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第3章
第14話 鬼のミチ
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「俺の所為だっ。俺がもっと警戒していれば……あの依頼を受けたりしなきゃ……仲間は死ななかった」
カシムの言葉は、彼の一方的な言い分だ。
全てが真実だとは限らないが、俺は当時の事を何も知らない。だから、カシムの言葉を俺はただ聞く事しかできない。
だが、たった一つだけ、俺が言える確かな事があった。
「そんな悲惨な戦い中で、良く生き残りましたね」
鶏冠蛇竜は、狙った獲物を甚振り、弄ぶ事はあっても、生かして逃す事はない。それ故に、目撃情報も少ない特徴がある。
「…………」
カシムは、光を宿さない目で俺を見てから、重い口調で話し出した。
「戦えなくなった俺を、仲間達が庇ってくれたんだ。そして、護衛対象の連中が、この目的地まで俺を連れて逃げた……」
いつも声が大きく、自信満々に見えたカシムの姿が、今はその面影すらない。まるで、崩れて消えてしまいそうだった。
「だから、俺は生きている」
「冒険者になったのは?」
「犯罪者崩れの俺が、今更国の軍隊や信用第一の商人に慣れる訳ねぇだろ」
カシムは冗談の様に笑って見せている。
「……あの人みてぇに、誰かを護ったり、助けられたら、この気持ちが少しは楽になると思ったんだ」
『あの人』という言葉が少し気になったが、些細な疑問だ。
「それで、気持ちは楽になりましたか?」
「いいや。今もあの時の光景が、悪夢みてぇに頭から離れねぇよ」
乾いた笑いを浮かべながら、温くなってしまった酒をカシムは飲み干した。
「……もう、潮時だな」
「……」
「俺の力じゃ、2人を護れねぇ。この間みてぇに、格下の魔物にすら殺されかける始末だからな」
おそらく、忌蟲の森での事だ。
「もう嫌なんだ。俺が弱い所為で、護れずに奪われるのは……」
『もう嫌なんだ。俺が弱い所為で、誰かが死ぬのは……っ』
カシムの姿、不意に過去の自分に重なった。
この異世界に召喚されて、戦争に参加したが、何度も自分の無力を味わい逃げ出した時の記憶が蘇る。
「本当に悪いな……。お前にまで、そんな顔をさせちまって」
カシムに言われて、俺は口を付けていなかった酒に映った自分の顔を見る。
なんとも言えない、酷い顔だ。
昔の――最も嫌いな弱い自分とカシムを重ねただけで、こんな表情になっていた事に、自分でも驚く。
「金は俺が払っとくから、安心しろ」
カシムは、力なく立ち上がり俺の横を通り過ぎる。
「…………本当は、俺があの時に死ぬべきだったんだ」
『どうしてだよっ……。俺はどうして、こんなに弱いんだ?何で、こんな弱い俺を皆は護ってくれるんだよ!』
戦場から逃げ出して、1人で泣き叫んでいた時の事を思いだす。
『俺が勇者の仲間だからか?!俺が、他の人より強いからか!!』
『……いるだろっ。俺を護るより、生きて会いたい人が……』
あの時の内側から感じた痛みは、今でも記憶と一緒に、俺の体に刻みつけられている。
きっとこの痛みだけは、一生忘れる事はない。
誰にも聞こえない声で、〝静音静寂〟を詠唱し、カシム以外には気付かれない様に発動する。
幸い隣の席に客は座っておらず、近くの客までの距離も少し離れていた。
「……それが本音ですか?」
カシムの足が止まるのを感じつつ、俺は体の熱を下げる様に息を吐き出す。
「……?」
「命を賭けて護られた貴方の本音が、それなんですか?って聞いてるんです」
「……」
背中越しに、カシムが拳を握り締めている事が分かる。
「もしそうなら、2度と俺の前に現れないで下さい」
「……」
「情け無い貴方を見てると、思い出したくない奴の事を思い出すので」
カシムの雰囲気が変わった。
「お前に何が分かる?」
俺の言葉を聞いたカシムは、怒りを放ちながら俺に詰め寄って来る。
店内にいた他の冒険者の数名が、こちらの異変に気づいて視線を向けていた。
「目の前で、護れなかったんだ!全部、奪われたんだぞ!そんな俺の気持ちが、お前に分かる訳がねぇ!!」
『誰も俺の気持ちなんて分からない!……もう嫌だ、元の世界に帰りたいっ』
自分の感情に任せて放たれるカシムの言葉は、何故か勇者に覚醒する前の俺と重なる。
「お前は、俺なんかよりも遥かに強い。才能なら、きっと大戦の英雄達にだって引けは取らねぇ。アダマンタイト級にだって、近い将来、間違い無く手が届く」
周囲でこちらを伺っている人達の数が増えている。
「そんなお前が、こんな気持ちを味わった事なんてねぇだろ。……ある訳、ねぇんだ」
カシムは、拳を握り締めて、何かを必死に否定しようとしていた。
きっとカシムは、世間が英雄と呼ぶ強者達が、自分以上の無力感や孤独に耐えて、絶望的な状況を覆して来た事を知っている。
だが、それを認めて仕舞えば、自分が諦める理由が無くなってしまう。だから、否定したいのだ。
「俺の事は関係ありません」
俺は立ち上がり、カシムを見上げる。
「はあ?そんな事が言えるのは、お前が強いからだっ!」
カシムは感情を抑える事をせずに叫ぶ。
「生まれた瞬間から才能も力も持っている様な奴が、分かった様に話すんじゃねぇ!!」
カシムの胸ぐらを掴んでいた手に力が入り、俺の体はつま先のみが床に触れていた。
そのまま俺は、カシムに語りかける。
「忘れようとしても、忘れられない。思い出す度に、苦しくて、惨めに泣き叫んだ所で救われない」
「……」
「まるで、呪いだ」
胸に手を当てる。
「でも、この呪いを刻んだのは、他の誰かじゃない。自分自身だ」
「っ」
「だから、全てを諦めて、忘れようとした所で、この呪いからは逃げられない」
「……だったら、どうすりゃ良いんだ」
「それが分かれば苦労しません」
自嘲気味に息を吐く。
「少なくとも、カシムさんを護った人達の命は、貴方を生かす為にあったんです。それなのに、『自分が死ぬべきだった』と思うのは、その人達への侮辱ですよ」
カシムの体から力が抜けた拍子に、俺の胸ぐらからカシムの手が離れる。
「俺は……」
「自分が何をすべきか、もう一度考えて下さい。全てを諦めるのは、その後だって遅くは無いはずです」
カシムは、声も出さずに俺の目を覗き込む。
まるで、そこに映る俺じゃない、誰かを見ているかの様だった。
◾️◾️
翌日も『精霊の角』のメンバーと一緒に薬草採取に向かった。
昨日と違い城壁が見えない森の中へと入り、湿気を好む薬草を探す。視界が悪い上に、今回の目的の薬草は特殊な条件――毒性を持つコケの側に育つ事から見つけるのに時間がかかっていた。
先を進むハイリとミルを護る為に、ヴィルヘルムとリツェアが側に立ち歩いている。
「なぁ……」
珍しくハイリとミルの側を離れているカシムに声をかけられた。
昨夜は、あの後お金を折半して互いに別れている。
周囲に声が、静音静寂《フルード・サイレント》で漏れていなかったとはいえ、見ていた冒険者達からは何かあった事は勘付かれている。
もしかしたら、第五階梯の魔法程度なら一部を盗聴されていた可能性も否定出来ない。
何より、朝に会った時からカシムが気まずそうだ。
「その、もしもの話なんだけどよ……」
「何ですか?」
「お前なら、俺を強く出来たりするか?」
「……」
話の経緯が分からず、足を止めてカシムを見る。
「いや、魔導師の雪に言うのは可笑しいってのは分かってんだ……。
俺は、剣術や体術、魔力操作まで我流が体に染み付いててな。今まで、色々な奴に師事はしたんだが、どれも長続きしなかった。だから、その、雪ならって思ったんだ。……あー、すまん、迷惑だよな?」
聞いてもいない事を長々と説明しだし、異変に気づいたヴィルヘルム達まで戻って来てしまった。
「まぁ、迷惑ですね」
「そうだよな。だが、そこを何とか頼む」
「大前提として、魔導師が戦士に教えられる事はありません。寧ろ、変な癖がついて、最悪冒険者としての活動も難しくなりますよ」
「構わねぇ。どうせ、今のままなら、ハイリとミルを信頼出来る連中に預けて、冒険者を引退するつもりだったんだ」
ハイリとミル達がいる前で臆せず話しているという事は、カシムなりに覚悟を決めている事が分かる。
「……そこまで言うなら、少しの間だけですよ」
「引き受けてくれるか!なら、これから宜しく頼むぜ!」
「本当に、少しの間だけですよ」
露骨に大きなため息を吐きながら、薬草採取の為の探索を再開する。
だが、昼頃になっても目的の薬草は見つからなかった。その為、森の中でも陽当たりの良い場所に移動して休憩を取る。そして、休憩を切り上げて探索を再開する前にカシムの元に向かう。
「取り敢えず、カシムさんの魔力操作を何とかしましょう」
「魔力操作か」
「おそらく、カシムさんは感覚的に魔力を操作して〝身体強化〟を行っていますね?」
「ああ」
魔族や妖精族は、生まれつき魔力操作に長けている種族だ。
人間族では、鍛錬の末に習得出来る〝身体強化〟も才能のある者であれば、子供の時から無意識に部分的な〝身体強化〟を行っている場合もある。
だが、無意識的に魔力を操作するのと、意識的に行うのでは、全く結果として現れる〝身体強化〟の質が変わって来る。
鬼族は身体能力に優れた魔族である為、質の悪い〝身体強化〟でもある程度の結果は出せていたのだろう。
「正直、魔力の循環が滞り過ぎてて気持ち悪いです」
「そ、そこまでか」
「はい」
「分かった、魔力操作の練習は毎日続ける。他には何をすれば良い」
俺としては、魔力操作は全ての基礎だ。それを疎かにした状態で、他の事に意識を向けて欲しくない。
俺は少し考えて、交換条件を出す事にした。
「どうした?」
カシムは、握手をする様に出した手を見て訝しげな表情を浮かべる。
「〝魔力比べ〟をしましょう。10秒間手を離さなかったら、他の課題も考えます」
「お、おう。なら、結果は関係なく、俺に敬語はやめろよな」
魔力相撲とは、魔導師の素質がある子供同士が良くやる遊びだ。
互いの魔力を合わせた肌から相手に流し込んで、ぶつけ合う。
主に、魔力が多い者、魔力操作が長けている者が勝つ。
真面に戦士が魔導師に勝とうとしても、勝つ事が難しい遊びではある。
だが、魔力の押し合いに負けても、押されている感覚がするだけで、精神力さえあれば耐えられない程の苦痛は感じない。
前提として、握手程度の肌の接触で体に流れ込んで来る魔力の量など、高が知れている。その事を知っているだろうカシムは、訝しげな表情を浮かべたまま俺の右手を握った。
「分かりました。ハイリさん、開始の合図と10秒を数えて下さい。それと審判も」
「審判、ですかぁ?」
「そうです。ハイリさんが手を離せ、と言うまで、俺は手を離しません」
「えっと、はい」
ハイリは、戸惑いながら了承する。そして、「始めて下さい」と開始の合図をする。
その次の瞬間、時間にすれば2~3秒にも満たない程度だ。
「カ、カシム!?」
「っ!!?」
カシムは地面に膝を突き、顔色を青白くして歯を食い縛っていた。体もガタガタと震えている。
ミルが驚いて大声をあげた。
ハイリも目を見開き、中止の声を上げるのを忘れていた。
「くっ、ぅ……」
既にカシムの手から握力は失われている。
寧ろ、俺の手から逃れようと手を引こうとしていた。
「ハイリっ、ハイリ!!」
ミルが大声でハイリを呼ぶ。そして、悲鳴の様に「手を離して下さい」と叫んだ。
カシムの言葉は、彼の一方的な言い分だ。
全てが真実だとは限らないが、俺は当時の事を何も知らない。だから、カシムの言葉を俺はただ聞く事しかできない。
だが、たった一つだけ、俺が言える確かな事があった。
「そんな悲惨な戦い中で、良く生き残りましたね」
鶏冠蛇竜は、狙った獲物を甚振り、弄ぶ事はあっても、生かして逃す事はない。それ故に、目撃情報も少ない特徴がある。
「…………」
カシムは、光を宿さない目で俺を見てから、重い口調で話し出した。
「戦えなくなった俺を、仲間達が庇ってくれたんだ。そして、護衛対象の連中が、この目的地まで俺を連れて逃げた……」
いつも声が大きく、自信満々に見えたカシムの姿が、今はその面影すらない。まるで、崩れて消えてしまいそうだった。
「だから、俺は生きている」
「冒険者になったのは?」
「犯罪者崩れの俺が、今更国の軍隊や信用第一の商人に慣れる訳ねぇだろ」
カシムは冗談の様に笑って見せている。
「……あの人みてぇに、誰かを護ったり、助けられたら、この気持ちが少しは楽になると思ったんだ」
『あの人』という言葉が少し気になったが、些細な疑問だ。
「それで、気持ちは楽になりましたか?」
「いいや。今もあの時の光景が、悪夢みてぇに頭から離れねぇよ」
乾いた笑いを浮かべながら、温くなってしまった酒をカシムは飲み干した。
「……もう、潮時だな」
「……」
「俺の力じゃ、2人を護れねぇ。この間みてぇに、格下の魔物にすら殺されかける始末だからな」
おそらく、忌蟲の森での事だ。
「もう嫌なんだ。俺が弱い所為で、護れずに奪われるのは……」
『もう嫌なんだ。俺が弱い所為で、誰かが死ぬのは……っ』
カシムの姿、不意に過去の自分に重なった。
この異世界に召喚されて、戦争に参加したが、何度も自分の無力を味わい逃げ出した時の記憶が蘇る。
「本当に悪いな……。お前にまで、そんな顔をさせちまって」
カシムに言われて、俺は口を付けていなかった酒に映った自分の顔を見る。
なんとも言えない、酷い顔だ。
昔の――最も嫌いな弱い自分とカシムを重ねただけで、こんな表情になっていた事に、自分でも驚く。
「金は俺が払っとくから、安心しろ」
カシムは、力なく立ち上がり俺の横を通り過ぎる。
「…………本当は、俺があの時に死ぬべきだったんだ」
『どうしてだよっ……。俺はどうして、こんなに弱いんだ?何で、こんな弱い俺を皆は護ってくれるんだよ!』
戦場から逃げ出して、1人で泣き叫んでいた時の事を思いだす。
『俺が勇者の仲間だからか?!俺が、他の人より強いからか!!』
『……いるだろっ。俺を護るより、生きて会いたい人が……』
あの時の内側から感じた痛みは、今でも記憶と一緒に、俺の体に刻みつけられている。
きっとこの痛みだけは、一生忘れる事はない。
誰にも聞こえない声で、〝静音静寂〟を詠唱し、カシム以外には気付かれない様に発動する。
幸い隣の席に客は座っておらず、近くの客までの距離も少し離れていた。
「……それが本音ですか?」
カシムの足が止まるのを感じつつ、俺は体の熱を下げる様に息を吐き出す。
「……?」
「命を賭けて護られた貴方の本音が、それなんですか?って聞いてるんです」
「……」
背中越しに、カシムが拳を握り締めている事が分かる。
「もしそうなら、2度と俺の前に現れないで下さい」
「……」
「情け無い貴方を見てると、思い出したくない奴の事を思い出すので」
カシムの雰囲気が変わった。
「お前に何が分かる?」
俺の言葉を聞いたカシムは、怒りを放ちながら俺に詰め寄って来る。
店内にいた他の冒険者の数名が、こちらの異変に気づいて視線を向けていた。
「目の前で、護れなかったんだ!全部、奪われたんだぞ!そんな俺の気持ちが、お前に分かる訳がねぇ!!」
『誰も俺の気持ちなんて分からない!……もう嫌だ、元の世界に帰りたいっ』
自分の感情に任せて放たれるカシムの言葉は、何故か勇者に覚醒する前の俺と重なる。
「お前は、俺なんかよりも遥かに強い。才能なら、きっと大戦の英雄達にだって引けは取らねぇ。アダマンタイト級にだって、近い将来、間違い無く手が届く」
周囲でこちらを伺っている人達の数が増えている。
「そんなお前が、こんな気持ちを味わった事なんてねぇだろ。……ある訳、ねぇんだ」
カシムは、拳を握り締めて、何かを必死に否定しようとしていた。
きっとカシムは、世間が英雄と呼ぶ強者達が、自分以上の無力感や孤独に耐えて、絶望的な状況を覆して来た事を知っている。
だが、それを認めて仕舞えば、自分が諦める理由が無くなってしまう。だから、否定したいのだ。
「俺の事は関係ありません」
俺は立ち上がり、カシムを見上げる。
「はあ?そんな事が言えるのは、お前が強いからだっ!」
カシムは感情を抑える事をせずに叫ぶ。
「生まれた瞬間から才能も力も持っている様な奴が、分かった様に話すんじゃねぇ!!」
カシムの胸ぐらを掴んでいた手に力が入り、俺の体はつま先のみが床に触れていた。
そのまま俺は、カシムに語りかける。
「忘れようとしても、忘れられない。思い出す度に、苦しくて、惨めに泣き叫んだ所で救われない」
「……」
「まるで、呪いだ」
胸に手を当てる。
「でも、この呪いを刻んだのは、他の誰かじゃない。自分自身だ」
「っ」
「だから、全てを諦めて、忘れようとした所で、この呪いからは逃げられない」
「……だったら、どうすりゃ良いんだ」
「それが分かれば苦労しません」
自嘲気味に息を吐く。
「少なくとも、カシムさんを護った人達の命は、貴方を生かす為にあったんです。それなのに、『自分が死ぬべきだった』と思うのは、その人達への侮辱ですよ」
カシムの体から力が抜けた拍子に、俺の胸ぐらからカシムの手が離れる。
「俺は……」
「自分が何をすべきか、もう一度考えて下さい。全てを諦めるのは、その後だって遅くは無いはずです」
カシムは、声も出さずに俺の目を覗き込む。
まるで、そこに映る俺じゃない、誰かを見ているかの様だった。
◾️◾️
翌日も『精霊の角』のメンバーと一緒に薬草採取に向かった。
昨日と違い城壁が見えない森の中へと入り、湿気を好む薬草を探す。視界が悪い上に、今回の目的の薬草は特殊な条件――毒性を持つコケの側に育つ事から見つけるのに時間がかかっていた。
先を進むハイリとミルを護る為に、ヴィルヘルムとリツェアが側に立ち歩いている。
「なぁ……」
珍しくハイリとミルの側を離れているカシムに声をかけられた。
昨夜は、あの後お金を折半して互いに別れている。
周囲に声が、静音静寂《フルード・サイレント》で漏れていなかったとはいえ、見ていた冒険者達からは何かあった事は勘付かれている。
もしかしたら、第五階梯の魔法程度なら一部を盗聴されていた可能性も否定出来ない。
何より、朝に会った時からカシムが気まずそうだ。
「その、もしもの話なんだけどよ……」
「何ですか?」
「お前なら、俺を強く出来たりするか?」
「……」
話の経緯が分からず、足を止めてカシムを見る。
「いや、魔導師の雪に言うのは可笑しいってのは分かってんだ……。
俺は、剣術や体術、魔力操作まで我流が体に染み付いててな。今まで、色々な奴に師事はしたんだが、どれも長続きしなかった。だから、その、雪ならって思ったんだ。……あー、すまん、迷惑だよな?」
聞いてもいない事を長々と説明しだし、異変に気づいたヴィルヘルム達まで戻って来てしまった。
「まぁ、迷惑ですね」
「そうだよな。だが、そこを何とか頼む」
「大前提として、魔導師が戦士に教えられる事はありません。寧ろ、変な癖がついて、最悪冒険者としての活動も難しくなりますよ」
「構わねぇ。どうせ、今のままなら、ハイリとミルを信頼出来る連中に預けて、冒険者を引退するつもりだったんだ」
ハイリとミル達がいる前で臆せず話しているという事は、カシムなりに覚悟を決めている事が分かる。
「……そこまで言うなら、少しの間だけですよ」
「引き受けてくれるか!なら、これから宜しく頼むぜ!」
「本当に、少しの間だけですよ」
露骨に大きなため息を吐きながら、薬草採取の為の探索を再開する。
だが、昼頃になっても目的の薬草は見つからなかった。その為、森の中でも陽当たりの良い場所に移動して休憩を取る。そして、休憩を切り上げて探索を再開する前にカシムの元に向かう。
「取り敢えず、カシムさんの魔力操作を何とかしましょう」
「魔力操作か」
「おそらく、カシムさんは感覚的に魔力を操作して〝身体強化〟を行っていますね?」
「ああ」
魔族や妖精族は、生まれつき魔力操作に長けている種族だ。
人間族では、鍛錬の末に習得出来る〝身体強化〟も才能のある者であれば、子供の時から無意識に部分的な〝身体強化〟を行っている場合もある。
だが、無意識的に魔力を操作するのと、意識的に行うのでは、全く結果として現れる〝身体強化〟の質が変わって来る。
鬼族は身体能力に優れた魔族である為、質の悪い〝身体強化〟でもある程度の結果は出せていたのだろう。
「正直、魔力の循環が滞り過ぎてて気持ち悪いです」
「そ、そこまでか」
「はい」
「分かった、魔力操作の練習は毎日続ける。他には何をすれば良い」
俺としては、魔力操作は全ての基礎だ。それを疎かにした状態で、他の事に意識を向けて欲しくない。
俺は少し考えて、交換条件を出す事にした。
「どうした?」
カシムは、握手をする様に出した手を見て訝しげな表情を浮かべる。
「〝魔力比べ〟をしましょう。10秒間手を離さなかったら、他の課題も考えます」
「お、おう。なら、結果は関係なく、俺に敬語はやめろよな」
魔力相撲とは、魔導師の素質がある子供同士が良くやる遊びだ。
互いの魔力を合わせた肌から相手に流し込んで、ぶつけ合う。
主に、魔力が多い者、魔力操作が長けている者が勝つ。
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だが、魔力の押し合いに負けても、押されている感覚がするだけで、精神力さえあれば耐えられない程の苦痛は感じない。
前提として、握手程度の肌の接触で体に流れ込んで来る魔力の量など、高が知れている。その事を知っているだろうカシムは、訝しげな表情を浮かべたまま俺の右手を握った。
「分かりました。ハイリさん、開始の合図と10秒を数えて下さい。それと審判も」
「審判、ですかぁ?」
「そうです。ハイリさんが手を離せ、と言うまで、俺は手を離しません」
「えっと、はい」
ハイリは、戸惑いながら了承する。そして、「始めて下さい」と開始の合図をする。
その次の瞬間、時間にすれば2~3秒にも満たない程度だ。
「カ、カシム!?」
「っ!!?」
カシムは地面に膝を突き、顔色を青白くして歯を食い縛っていた。体もガタガタと震えている。
ミルが驚いて大声をあげた。
ハイリも目を見開き、中止の声を上げるのを忘れていた。
「くっ、ぅ……」
既にカシムの手から握力は失われている。
寧ろ、俺の手から逃れようと手を引こうとしていた。
「ハイリっ、ハイリ!!」
ミルが大声でハイリを呼ぶ。そして、悲鳴の様に「手を離して下さい」と叫んだ。
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異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。
夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。
妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。
勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。
ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。
夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。
夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。
その子を大切に育てる。
女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。
2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。
だけど子どもはどんどんと強くなって行く。
大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。
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