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第3章
第23話 猫に睨まれて
しおりを挟む「皆さん無事で、良かったですニャ」
突然聞こえた声に、カシム達が声の出所である俺の後方に視線を向けた。
しなやかな2本の足で、真っ直ぐに立つ三毛猫。
足には、毛皮で作ったブーツを履き、頭には羽が飾られた深緑色の三角帽子、コートにズボンまで履いている。そして、貴族の様な金色の糸で刺繍された羽毛のマントまで羽織っていた。
「ケット・シー!?」
逸早く三毛猫の正体に気付いたミルは、短剣へ咄嗟に手が動く。その視線は、三毛猫の腰に吊るされた細剣に向けられていた。細剣からは、鞘で隠していても研ぎ澄まされた魔力が僅かに漏れ出ている。
ミルの一連の動作を見たケット・シーは、元々浮かべていた笑みを深めた。
「おっと、失礼したニャ!」
三毛猫が、細剣を撫でると魔力が霧散し、新たに魔力が漏れ出て来る事はない。
「魔力を抑えるのを忘れてたニャ」
悪びれた様子がなく、寧ろカシム達を試した様にも感じた。
ケット・シーは、被っていた三角帽子を脱ぎ、慣れた動作で胸に当てる。そして、軽く頭を下げると自己紹介を始めた。
「吾輩は、ケット・シーのラセル。こちらにいる、雪様と契約した召喚獣ニャ」
ケット・シーは、魔物に分類されているが、別名『妖精猫』とも言われる種族だ。その名の通り、魔物だが、精霊や人などにも近い部分を持つ。その為、ケット・シーの事を魔物の枠組みから逸脱した存在と考える者もいる。
特に、精霊魔法を扱うエルフやドワーフからは、悪戯好きの隣人、と嘗ては呼ばれていた。
ラセルは、驚くカシム達に猫らしい微笑みを浮かべる。
習得の難易度が高い召喚魔法と人前に滅多に姿を現さないケット・シーの組み合わせは、驚いても当然だ。
俺は、10年前に何匹かの召喚獣と共に戦った。
だが、俺の召喚獣達は殆ど無名と言っても良い。
『勇者』トウヤ・イチノセの側には、常に自分に匹敵する程の力を持つ仲間がいた。その為、召喚獣を呼び出す機会は少なく、呼び出さざる負えない状況では周囲に生きている人よりも、死体の方が多かった。
何より、嘗ての俺が契約していた魔物――召喚獣は、強力な力を持つ存在達ばかりだった為、そう易々と召喚して仕舞えば、周囲を危険に晒す可能性があった。
いや、それよりも、当時は召喚獣だと言っても、魔物に対しての敵対意識が過激な人々もいたので、人目に晒さない様に気を付けていた事の方が、俺の召喚獣達が無名である大きな理由かもしれない。
嘗ての俺が召喚魔法を使える事自体も、知っている者は多くはなかった。
「……ラセル」
「分かっておりやすとも。こっちの魔物も解体しやすね」
ラセルが視線を背後の叢に向けて、大きく手を振る。
すると、飄々としたラセルの方に向かって、風呂敷を背負ったケット・シーが次々と姿を現す。
「急がなくて良いから、丁寧に頼む」
「お任せ下さいニャ」
他のケット・シーに指示を出すラセルを見ながら、ハイリは昔を懐かしむ様に呟く。
「ケット・シーを見るのは、久しぶりですぅ」
妖精族――特に、エルフ族は長命だ。
見た目が若く見えても、数十年、百数年生きていても不思議ではない。その為、人前にあまり姿を見せないケット・シーを見た事があったのだろう。
「なんと、他のケット・シーと会った事があるのかニャ?」
「はい、故郷の国で何度か……」
「……」
エルフ族の国は、俺が知っている限り一つしかない。
いや、一つしかなかった。
嘗て、エルフの女王が治めていた国――妖精国エル・ワーフ。
今は、存在していた、という記録だけを遺している。
「ほぉ、どうやらお嬢さんは、運が良いらしいニャ」
「はい、本当に。私は、運が良いです」
故郷が滅び、人間の国で冒険者となったハイリに、『運が良い』とは皮肉にも聞こえる。
だが、ハイリは心底『その通りだ』と信じている様に頷く。
俺には、2人の言葉の裏に込められた意思が分からない。励ましなのか、悲哀なのか、同情なのか、それとも、それ以外なのか……。
おそらく、今の俺には答えが出せなかった。
「長、準備出来やした」
ケット・シーの1人が、ラセルに声をかけた。
「追加で解体するっすよ!」
「「「「解体《ばら》すぜ!ヒャーハー!!」」」」
世紀末の悪党の様な叫び声を上げるケット・シー達。そして、自らの影から取り出した解体の為の道具は、使い込まれ、悪党らしさが醸し出されている。
「あとは任せて良いか?」
「勿論ですニャ」
こちらに向かっているヴィルヘルムとリツェアと合流する為に、2人の魔力が向かって来る方向へ歩き始める。
「カシムさん達は大丈夫ですか?」
「おう。少し休んだら帰る」
「一応、吾輩が森の外まで護衛しますニャ」
不思議と安心感を与えるラセルの言葉に、メデルは「お願いします」と頭を下げる。そして、俺の隣に立ち、カシム達を気にしつつ歩き出した。
「……」
カシム達は、血抜きをされている鶏冠蛇竜の異端王を眺める。
カシムは、座り込んだまま、これまでの事を振り返る。
抜け出せないと思っていた悪夢。その原因となった仇敵を倒し、心の大半を埋めていた物が無くなってしまったかの様に感じる。
その感覚はまるで、寂しさや喪失感にも似ていた。
「終わったな……」
ハイリとミルは、小さく漏れたカシムの言葉に返答する事はなかった。
カシムは隣で鼻歌を歌うラッセンを見る。
「なぁ、雪ってのは何者なんだ?」
「旦那は、旦那ですニャ」
ラセルの言葉は、何となく腑に落ちた。
「……そうだな」
雪が何者か……。そんな些細な事は、どうでも良い。
カシムは、自分の心に新たな感情が湧き出すのを感じる。
「俺は、冒険者を辞めるつもりだった……」
「……」
「辞める、つもりだったんだがな……」
ラセルは、鼻歌を辞めてカシムを見る。
悪戯心を宿した様な目がカシムの言動を観察していた。
「だが、やる事が出来ちまった」
「借りを借りたままは、カシムさんらしくないですもんね」
「ああ」
ラセルは、糸目になる程の笑顔を浮かべる。
「それじゃ、早速訓練を始める?」
「勘弁してくれ」
他愛の無い話で笑うカシム達を見て、ラセルは思考を巡らす。
10年前にも、トウヤ・イチノセを助けようとする大勢の人々がいた。
だが、その多くは、口先だけだったり、無惨な死を迎えたり……結局、トウヤ・イチノセを本当の意味で救う事が出来た人などいない。
ラセル自身を含めて、トウヤ・イチノセを救う事は出来なかった。
ラセルは、凍夜が消えた日の事を思い、目の前の3人がせめて、凍夜の歩む足枷にならない事を祈っていた。
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