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第3章
第22話 晩成
しおりを挟む異変に最も早く気付いたのは、ヴィルヘルムだった。
5匹目のポイズン・リザードを討伐し、次の獲物の気配を探っていた時、ヴィルヘルムが呟く。
「……変だな」
俺達は、ヴィルヘルムの言葉の先を促す様に視線を向ける。
「魔物の気配が少な過ぎる。それに、姿を見せる魔物達も何かに怯えている様だ」
「スタンピードの予兆にも似てるな」
俺の言葉に、ヴィルヘルムは頷く。
スタンピードとは、魔物の生活圏――縄張りに他の魔物が侵入して来た際や環境の変化で稀に起こる現象だ。
別名、大暴走、とも呼ばれている。
魔物が生息地を急激に変える事で、侵入して来た土地の魔物達の生活が乱れ、周囲の土地にも影響が波紋の如く広がって行く。それが連鎖的に重なり、大量の魔物が人間の生活圏を蹂躙した事は過去にも何度もあった。
「確かに似ているが……」
珍しく歯切れの悪いヴィルヘルムから視線を外し、俺の魔力探知の範囲圏内に侵入して来た敵の情報を伝える。
「……竜種。それも、群れだな」
ドラゴンの劣等種である竜種の中には、群れで行動する個体がいる。
幾らドラゴンの劣等種である竜種であっても、通常の魔物と比較すると知能が高く、厄介なスキルや魔法を使う個体が多い。
特に厄介なのが、極稀に産まれる竜種の亜種と呼ばれる個体だ。ドラゴンなどの別格の存在を抜けば、魔物の中では屈指の危険性を誇る。
「主っ。カシムさん達が心配です!」
メデルの言葉を聞いて、ヴィルヘルムがカシム達が向かった方向に視線を向ける。その方角は偶然にも、竜種の群れが現れた方角と同じだった。
「行くわよ。時間がない」
「分かっている」
森に似つかわしくない鳥肌が立つ様な唸り声。
「トウヤ、敵は俺達が倒す。お前は、カシム達の元に向かってくれ」
俺は、ヴィルヘルムの言葉に反論をせずに駆け出す。
森を駆け抜けていた俺達は、鶏冠蛇竜の群れと遭遇した。それでも、ヴィルヘルムとリツェアは戸惑う事なく、鶏冠蛇竜に向けて武器を振るう。
「行って!」
俺とメデルは、敵攻撃を躱して森の奥へ向けて走り抜ける。そして、カシム達と相対する 鶏冠蛇竜と似ているが、遥かに強力な個体を感知して走る速度を上げた。
息が荒くなる程の速度で走っているとカシムの魔力が弱まり、急激に高まった。
まるで、種火が業火となったかの様に荒々しく、見違える様な魔力だ。
◼︎◼︎◼︎
「……トウヤ・イチノセ」
突然カシムに自分の名を呼ばれて、鶏冠蛇竜の異端王を警戒しつつ、注意深くカシムを観察する。
当然の事だが、俺はカシムに『雪』という名前しか名乗っていない。その為、辺境都市で俺の本当の名前を知っているのは、ヴィルヘルム達だけだ。
――何故、気付かれた。
姿形や魔力の質まで変わってしまった俺は、勇者だった自分とは別人だ。
何より、この世界では、10年という時間が経過している。
返答をせずに無言の俺の姿に何を思ったのか、カシムが慌てて話し出す。
「ぁ、いや、悪いっ。お前の姿が、トウヤ・イチノセの姿に重なっちまったっていうか……。俺も、何でこんな事を言ったかわかんねぇんだ」
慌てて喋り続けるカシムの姿は、初めて見る。
いつもカシムは、陽気に見せていても、何かに怯えている様な雰囲気を纏っていた。
だが、今はそんは影は一切ない。
その所為か、カシムに何かしらの裏がある様には感じなかった。
「……俺は、あいつとは違う」
俺は、その言葉を紡ぐのが精一杯だった。
「雪……。そうだな」
カシムは俺の言葉をどう捉えたのか分からないが、表情を引き締めて俺の横に立つ。
傷口から流れる血の量や内臓へのダメージを考えると、戦闘を俺に任せて治療に専念して欲しい所だ。
だが、敵だけを睨むカシムの姿を見て、彼を後方に下がらせる事を諦めた。
心配げにこちらに視線を向けていたメデルに、首を横に振る事で応える。
「グギュルルウォォォオオ!!」
鶏冠蛇竜の異端王とカシムが睨み合った瞬間に、殺気と魔力が乗った咆哮を鶏冠蛇竜の異端王が放った。
〝恐怖の咆哮〟と呼ばれるスキルで、抵抗力に応じて敵を硬直させる。
カシムは、数秒体が動かなくなり、鶏冠蛇竜の異端王は、その数秒を逃さずにカシムに跳びかかった。
だが、カシムの炎に行動を妨げられる。そして、硬直から抜け出したカシムの剣を爪で受け止めた。
幾ら身体能力に優れた魔族――鬼族が〝身体強化〟を施しても鶏冠蛇竜の異端王の腕力には及ばない。
「第七階梯魔法〝地操領域〟」
「ッ?!」
鶏冠蛇竜の異端王の足場を、泥沼の様に変化させる。
突然の地形の変化に、鶏冠蛇竜の異端王は体勢を崩す。その隙をカシムは逃さず、敵の懐に踏み込み、剣を胴体に突き立てる。
「〝羅刹炎武〟」
カシムの声に応える様に、炎が鶏冠蛇竜の異端王を包み込む。
――普通の炎じゃない。
遠目に見えていたが、鶏冠蛇竜の異端王の硬い鱗を貫通してダメージを与える程の火力。そして、これだけの火力を放出しているのに、周囲の木々は無事だ。
カシムが使っているのは、間違いなく固有スキル。その中でも、特殊な効果を持っているスキルかもしれない。
「ちっ」
致命傷に至るより前に、鶏冠蛇竜の異端王は体を捻り、カシムの攻撃から逃れる。そこへ追撃を行う。
「第七階梯魔法 〝氷閉領域《フリージアス・テリトリー》〟」
直前で効果範囲から逃げ様としたが、鶏冠蛇竜の異端王は躱し切れずに〝氷閉領域〟によって凍てつく。
鶏冠蛇竜の異端王から逃げ場を奪い、着実にダメージを蓄積させて行く。
「グゲェレ!?」
鶏冠蛇竜の異端王は、簡単には逃げられない事を悟り、正面から俺とカシムと再度向き合う。
「ゲェルルル」
鶏冠蛇竜の異端王の象徴とも言える鶏冠が、光を放ち始める。そして、赤黒かった鱗は鮮やかな赤色を放つ。
「カシム、気をつけろ」
「ああ」
カシムの全身から噴き出した炎の全てが、両手剣へと集まり炎の大剣へと姿を変える。
以前とは別人の様な魔力操作だ。
「行くぜ!」
大剣を肩に担ぐ様にしてカシムは、地面を蹴り走り出す。それと同じタイミングで、鶏冠蛇竜の異端王もカシムに向けて接近する。
「グギャァァアアっ!!」
「うぉぉぉおおおおおお!!!」
鶏冠蛇竜の異端王に食いちぎられるより早く、炎の剣が首を斬り飛ばす。高熱の炎に焼き斬られた傷口から血は噴き出さず、2つに両断された首と頭が互いに違うタイミングで地面へと落ちる。
「や、やったぜ……」
魔力切れを起こし倒れ込んだカシムの左腕は、鶏冠蛇竜の異端王によって石化させられている。それでも、清々しい表情をカシムは浮かべていた。
「主、カシムさんはっ!?」
駆け寄って来たメデルに、「大丈夫だ」と答える。
石化の魔眼は、解除さえ出来れば命に別状はない状態異常だ。そして、メデルの契約した精霊は状態異常を無効化する事を得意とする精霊だ。
「カシムさん大丈夫ですか!」
飛びつく様な勢いでカシムの元に向かったメデルの周りには、羽毛の様な小さな羽が浮遊している。その羽がカシムの体に触れると弱い光を放ち、石化が治って行く。
「雪さん。今回もありがとうございました」
「3人も良く持ち堪えたな」
ハイリは、嬉しそうな微笑む。
「……雪さん。私、漸くどんな魔導師になりたいか決めました」
「そうか。なら、頑張れ」
「はい」
俺とハイリから少し下がった位置で、ミルが微笑んでいる。
「また、助けられちまったな」
カシムは剣を杖代わりにして、ゆっくりとこちらにやって来る。
「借りだぞ」
「ああ。また、でけぇ借りが出来ちまったな」
清々しい表情のカシムと視線が交差する。
「取り敢えず、鶏冠蛇竜の異端王の素材の権利は、お前達にやるよ」
カシムの言葉に、ミルやハイリも反対するつもりはない様だ。
だが、竜種の亜種の素材は、市場に出回る事が少ない所為で、素材を全て売れば何年も遊んで暮らせる程の価値になる。
武具を作れば、冒険者等級の昇級すら叶う力を得られる筈だ。
「良いのか?」
「雪やメデルが来てくれなきゃ、どうせ俺達は死んでたからな」
「でも、皆さんも命懸けで戦ったのに……」
「良いんだよ。俺達は、もうたくさん貰ったからよ」
「「?」」
メデルからの答えを求められる視線を受けたが、鶏冠蛇竜の異端王の素材に吊り合う物を渡した記憶がない。
俺とメデルに思い当たる節がない様子を見て、カシム達は苦笑を浮かべる。
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