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第4章
第3話 虎と鬼
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カシムは、バルザックに促されるまま、組合長室まで移動した。
組合長室に戻った途端、テーブルに置いたままだったグラスの酒をバルザックは飲み干す。
「おいおい、飲んでて良いのか?」
カシムの呆れた言葉を聞いて、バルザックはカシムを睨み付ける。
だが、カシムは慣れた風に、バルザックの次の言葉を待つ。
「これが飲まずには、やってられるか」
「……何があった?」
「……」
ため息を吐いてソファーに座ったバルザックの正面に、カシムも座る。そして、暫く考えた後に、バルザックは話し出した。
「領主は、今回の依頼から手を引けと言って来た」
「何っ!?」
バルザックの言葉信じると、辺境伯は調査村にいるかもしれない生存者を見捨てた事になる。
「確かに、今向かった所で、手遅れかもしれない。だがな、絶対、ではない筈だ」
「つまり、領主は、いるかも分からない生存者を救いに向かうより、都市の守り固めるべきだって、言いたい訳か?」
獲物に飛び付く寸前の肉食獣の様な形相で唸るバルザックは、カシムの言葉に頷く。
「はっ、結構な事だな」
カシムは、辺境伯の意思を嘲笑う。
「都市を護るなら、敵がこれ以上増える前に討伐するべきだ。それを考えられねぇ程、無能じゃねぇだろ?」
次は、カシムがバルザックを見つめる。
「……領主は、何かを隠している」
「何かって?」
「それが分からないから、苦労してるんだ!」
バルザックは、右手で頭をガリガリとかく。
「お前は、元々頭を使うタイプじゃねぇからな」
「……くそっ」
カシムの言葉を否定出来ず、バルザックは視線を空になったグラスに向ける。
「……で?」
「……?」
「おいおい。まさか、こんな愚痴を聞かせる為だけに、俺を呼び止めたのか!?」
「……」
不器用な友人――バルザックに対して、カシムは盛大なため息を吐く。
「いや、ない訳じゃない」
「何だよ?」
勿体ぶったバルザックの態度は珍しく、カシムは目の前の男の言動を観察する。
「……」
「帰って良いんだな?」
「……」
ソファーから立ち上がったカシムに、「待ってくれ」とバルザックは呼び止める。
「本当にどうしたんだ?お前らしくねぇ」
段々心配になって来たカシムは、再びバルザックと対面の位置にあるソファーに座った。それを確認してから、バルザックは呟く様に話し出す。
「……最近、急に有名になった冒険者パーティーの事なんだが……」
「雪達の事か?」
「そうだ」
少し間を置いて、「どんな奴等だ?」とバルザックは、カシムに問いかける。
「どんな奴等って言われても、全員が普通じゃないな。性格もそうだし、強さも怪物みたいな連中だからな」
「怪物?」
「ああっ。俺の見立てじゃ、次にアダマンタイト級になるのは、あいつらだな」
その時、カシムは、ハッとした様にバルザックを見る。
「そういや、ヴィルヘルムって奴の〝魔装〟何だが」
「……」
「お前と同じ、雷の魔装なんだ」
「雷……」
「だが、どうにも使い熟せてねぇ感じがすんだよ」
「……そうなのか」
「だから、お前が、ヴィルヘルムに教えてやってくれねぇか?」
名案だと思ったカシムだが、目の前にいるバルザックの姿を見て驚く。
困惑……、いや、まるでバルザックが、怯えている様にすら見える。
だが、あえてカシムは指摘しなかった。
「悪いが、それは出来ない」
「組合長の立場の所為……じゃねぇな」
「ああ」
「何かあったのか?」
暫くバルザックは考え込む。
「……子…なんだ」
「あ?聞こえねぇよ」
「息子なんだ」
バルザックの言葉に、カシムは咄嗟に声が出なかった。
「ヴィルヘルムは、俺の息子だ」
「はぁぁあ!!?」
驚愕するカシムの目の前で、バルザックは、一回り程小さくなったのではないか、と錯覚する。
「まぁ、父親、と名乗れる資格はないけどな」
詳しい事情を知らないカシムは、バルザックの言葉の意味が分からなかった。
「……悪かったな。詳しい事情も知らねぇのに、勝手な事を言って」
「いや、最初は俺も勘違いだと思ったからな」
2人の間に、沈黙が落ちる。
「だが、ヴィルヘルムの強さは本物だ」
「そうか」
何処か、嬉しそうにバルザックは頷く。
「それに、ヴィルヘルムだけじゃねぇ、リツェアやメデルもすげぇんだ」
「だそうだな」
「おうっ。だが、雪って奴だけは別格だ」
偶然酒場で語らう様になった事がきっかけで、バルザックとカシムは、友人の様な間柄になった。それから10年近く経っている。
「それ程か」
だからこそ、バルザックはカシムの人を見る目に信頼を置いている。
「ああ。俺も随分戦場も渡り歩いて来たが、あんな奴を見たのは2人目だ」
「2人目?」
「トウヤ・イチノセ。雪は、あの勇者に似てるんだ」
バルザックは、カシムを友人として信頼している。
だが、バルザックも譲れない一線があった。
「……あいつが、あの勇者と似ている、だと?」
「……」
「俺の左腕を奪った奴が、あの人間と同じだってのか?」
先程の集まりで見た人間の少年――カシムの隣に立つ事で、より小柄に見えた姿。
立ち振る舞い、異質な雰囲気。そこからでも、並の人間の強さではない事が分かった。
だが、それだけだ。
あの勇者――トウヤ・イチノセとは、まるで違う。
「そうかもしれねぇな」
「……」
「だがな。俺は、雪をあの勇者と重ねちまった」
真っ直ぐにカシムは、バルザックを見つめる。
「他の誰かじゃねぇ。俺が、雪の中に、あの勇者と同じ何かがあるって感じちまったんだ」
「……はぁ、相変わらず、面倒な奴だ」
「間違いねぇな」
恥ずかしげもなく笑うカシムを見て、バルザックは自分の胸に痛みが走っている事に気づく。
だが、その痛みの原因を打ち明ける訳にはいかなかった。
仲間の元に戻るつもりで立ち上がったカシムは、最後にバルザックに向けて言葉を放つ。
「……だから、一度ヴィルヘルムと話してみろよ」
「……」
『どうしてそうなる』と言いたげな視線を受けて、カシムは冗談を言う様に話す。
「そんで、一発ぶん殴られたら、気持ちも少し晴れんじゃねぇか?」
背を向けて、組合長室の扉から出て行くカシムを見届ける。
「……一発で済む訳ないだろ」
バルザックは、自分が息子にして来た事を振り返る。
自分が家を離れた所為で、妻を守れず、ヴィルヘルムの目の前で母親を殺されてしまった。
娘が亡くなった時も、側にいてやる事すら出来ずに、ヴィルヘルムにたった1人で看取らせてしまった。
バルザックが、怒りに囚われて戦場で戦っていた時も、1人で父親の帰りを待ち続けていた。それなのに、そんなヴィルヘルムと向き合う事が出来ず、バルザックは、今もここにいる。
殴られて当然だと思う。
だが、その程度で許されるとは思っていない。
いや、許されてはいけない、と思っている。
「はぁ……」
大きな溜息が、組合長室に消える。
雪達の事を聞きたかった事の一つだったが、本当に伝えたかった事は別の話だった。
『組合長様、どうかお助け下さい』
ある人物の言葉と姿を思い出す。
立場ある人物が、極秘で『冒険者組合の組合長』であるバルザックに、助けを求めて来た。
とある人物が語った話の内容は、バルザックにとっては、嘗て何度も聞いた『侵攻』の話。
都市の中枢を魔の手が犯し、徐々に周囲の人々にも影響を与え始める。
辺境都市の現状は、背後から刃を突き付けられている状態だ。
『このままでは、王国が滅びるかもしれません』
とある人物が語った話、その全てが本当の事であれば、既に辺境都市の中で侵攻を跳ね除ける事は難しい。
現状で、他国に協力を要請すれば、新たな戦争の火種になる可能性もある。
王都に協力を要請する事もバルザックは考えたが、時間がかかり過ぎる。その上、敵に気付かれて仕舞えば、優勢である敵が、どんな一手を繰り出して来るか、想像も出来ない。
だからこそ、仲間を集める必要があった。
信頼し、背中を預ける事の出来る仲間が。
カシムの人柄をバルザックは、信頼していた。
だが、実力を信じ、真実を打ち明ける事は出来なかった。
金級――中堅止まりの実力は、都市の命運を左右する今回の件に関わらせるには、あまりにも力不足だとバルザックは判断する。
言葉を飲み込んだ後の胸の違和感を感じ、空のグラスに水を注いで飲み干す。
自分が行った判断は、正しかったのか。
一時の感情に流されて、本当に必要なモノを見落としていないか。
バルザックは、日々悩み続けていた。
組合長室に戻った途端、テーブルに置いたままだったグラスの酒をバルザックは飲み干す。
「おいおい、飲んでて良いのか?」
カシムの呆れた言葉を聞いて、バルザックはカシムを睨み付ける。
だが、カシムは慣れた風に、バルザックの次の言葉を待つ。
「これが飲まずには、やってられるか」
「……何があった?」
「……」
ため息を吐いてソファーに座ったバルザックの正面に、カシムも座る。そして、暫く考えた後に、バルザックは話し出した。
「領主は、今回の依頼から手を引けと言って来た」
「何っ!?」
バルザックの言葉信じると、辺境伯は調査村にいるかもしれない生存者を見捨てた事になる。
「確かに、今向かった所で、手遅れかもしれない。だがな、絶対、ではない筈だ」
「つまり、領主は、いるかも分からない生存者を救いに向かうより、都市の守り固めるべきだって、言いたい訳か?」
獲物に飛び付く寸前の肉食獣の様な形相で唸るバルザックは、カシムの言葉に頷く。
「はっ、結構な事だな」
カシムは、辺境伯の意思を嘲笑う。
「都市を護るなら、敵がこれ以上増える前に討伐するべきだ。それを考えられねぇ程、無能じゃねぇだろ?」
次は、カシムがバルザックを見つめる。
「……領主は、何かを隠している」
「何かって?」
「それが分からないから、苦労してるんだ!」
バルザックは、右手で頭をガリガリとかく。
「お前は、元々頭を使うタイプじゃねぇからな」
「……くそっ」
カシムの言葉を否定出来ず、バルザックは視線を空になったグラスに向ける。
「……で?」
「……?」
「おいおい。まさか、こんな愚痴を聞かせる為だけに、俺を呼び止めたのか!?」
「……」
不器用な友人――バルザックに対して、カシムは盛大なため息を吐く。
「いや、ない訳じゃない」
「何だよ?」
勿体ぶったバルザックの態度は珍しく、カシムは目の前の男の言動を観察する。
「……」
「帰って良いんだな?」
「……」
ソファーから立ち上がったカシムに、「待ってくれ」とバルザックは呼び止める。
「本当にどうしたんだ?お前らしくねぇ」
段々心配になって来たカシムは、再びバルザックと対面の位置にあるソファーに座った。それを確認してから、バルザックは呟く様に話し出す。
「……最近、急に有名になった冒険者パーティーの事なんだが……」
「雪達の事か?」
「そうだ」
少し間を置いて、「どんな奴等だ?」とバルザックは、カシムに問いかける。
「どんな奴等って言われても、全員が普通じゃないな。性格もそうだし、強さも怪物みたいな連中だからな」
「怪物?」
「ああっ。俺の見立てじゃ、次にアダマンタイト級になるのは、あいつらだな」
その時、カシムは、ハッとした様にバルザックを見る。
「そういや、ヴィルヘルムって奴の〝魔装〟何だが」
「……」
「お前と同じ、雷の魔装なんだ」
「雷……」
「だが、どうにも使い熟せてねぇ感じがすんだよ」
「……そうなのか」
「だから、お前が、ヴィルヘルムに教えてやってくれねぇか?」
名案だと思ったカシムだが、目の前にいるバルザックの姿を見て驚く。
困惑……、いや、まるでバルザックが、怯えている様にすら見える。
だが、あえてカシムは指摘しなかった。
「悪いが、それは出来ない」
「組合長の立場の所為……じゃねぇな」
「ああ」
「何かあったのか?」
暫くバルザックは考え込む。
「……子…なんだ」
「あ?聞こえねぇよ」
「息子なんだ」
バルザックの言葉に、カシムは咄嗟に声が出なかった。
「ヴィルヘルムは、俺の息子だ」
「はぁぁあ!!?」
驚愕するカシムの目の前で、バルザックは、一回り程小さくなったのではないか、と錯覚する。
「まぁ、父親、と名乗れる資格はないけどな」
詳しい事情を知らないカシムは、バルザックの言葉の意味が分からなかった。
「……悪かったな。詳しい事情も知らねぇのに、勝手な事を言って」
「いや、最初は俺も勘違いだと思ったからな」
2人の間に、沈黙が落ちる。
「だが、ヴィルヘルムの強さは本物だ」
「そうか」
何処か、嬉しそうにバルザックは頷く。
「それに、ヴィルヘルムだけじゃねぇ、リツェアやメデルもすげぇんだ」
「だそうだな」
「おうっ。だが、雪って奴だけは別格だ」
偶然酒場で語らう様になった事がきっかけで、バルザックとカシムは、友人の様な間柄になった。それから10年近く経っている。
「それ程か」
だからこそ、バルザックはカシムの人を見る目に信頼を置いている。
「ああ。俺も随分戦場も渡り歩いて来たが、あんな奴を見たのは2人目だ」
「2人目?」
「トウヤ・イチノセ。雪は、あの勇者に似てるんだ」
バルザックは、カシムを友人として信頼している。
だが、バルザックも譲れない一線があった。
「……あいつが、あの勇者と似ている、だと?」
「……」
「俺の左腕を奪った奴が、あの人間と同じだってのか?」
先程の集まりで見た人間の少年――カシムの隣に立つ事で、より小柄に見えた姿。
立ち振る舞い、異質な雰囲気。そこからでも、並の人間の強さではない事が分かった。
だが、それだけだ。
あの勇者――トウヤ・イチノセとは、まるで違う。
「そうかもしれねぇな」
「……」
「だがな。俺は、雪をあの勇者と重ねちまった」
真っ直ぐにカシムは、バルザックを見つめる。
「他の誰かじゃねぇ。俺が、雪の中に、あの勇者と同じ何かがあるって感じちまったんだ」
「……はぁ、相変わらず、面倒な奴だ」
「間違いねぇな」
恥ずかしげもなく笑うカシムを見て、バルザックは自分の胸に痛みが走っている事に気づく。
だが、その痛みの原因を打ち明ける訳にはいかなかった。
仲間の元に戻るつもりで立ち上がったカシムは、最後にバルザックに向けて言葉を放つ。
「……だから、一度ヴィルヘルムと話してみろよ」
「……」
『どうしてそうなる』と言いたげな視線を受けて、カシムは冗談を言う様に話す。
「そんで、一発ぶん殴られたら、気持ちも少し晴れんじゃねぇか?」
背を向けて、組合長室の扉から出て行くカシムを見届ける。
「……一発で済む訳ないだろ」
バルザックは、自分が息子にして来た事を振り返る。
自分が家を離れた所為で、妻を守れず、ヴィルヘルムの目の前で母親を殺されてしまった。
娘が亡くなった時も、側にいてやる事すら出来ずに、ヴィルヘルムにたった1人で看取らせてしまった。
バルザックが、怒りに囚われて戦場で戦っていた時も、1人で父親の帰りを待ち続けていた。それなのに、そんなヴィルヘルムと向き合う事が出来ず、バルザックは、今もここにいる。
殴られて当然だと思う。
だが、その程度で許されるとは思っていない。
いや、許されてはいけない、と思っている。
「はぁ……」
大きな溜息が、組合長室に消える。
雪達の事を聞きたかった事の一つだったが、本当に伝えたかった事は別の話だった。
『組合長様、どうかお助け下さい』
ある人物の言葉と姿を思い出す。
立場ある人物が、極秘で『冒険者組合の組合長』であるバルザックに、助けを求めて来た。
とある人物が語った話の内容は、バルザックにとっては、嘗て何度も聞いた『侵攻』の話。
都市の中枢を魔の手が犯し、徐々に周囲の人々にも影響を与え始める。
辺境都市の現状は、背後から刃を突き付けられている状態だ。
『このままでは、王国が滅びるかもしれません』
とある人物が語った話、その全てが本当の事であれば、既に辺境都市の中で侵攻を跳ね除ける事は難しい。
現状で、他国に協力を要請すれば、新たな戦争の火種になる可能性もある。
王都に協力を要請する事もバルザックは考えたが、時間がかかり過ぎる。その上、敵に気付かれて仕舞えば、優勢である敵が、どんな一手を繰り出して来るか、想像も出来ない。
だからこそ、仲間を集める必要があった。
信頼し、背中を預ける事の出来る仲間が。
カシムの人柄をバルザックは、信頼していた。
だが、実力を信じ、真実を打ち明ける事は出来なかった。
金級――中堅止まりの実力は、都市の命運を左右する今回の件に関わらせるには、あまりにも力不足だとバルザックは判断する。
言葉を飲み込んだ後の胸の違和感を感じ、空のグラスに水を注いで飲み干す。
自分が行った判断は、正しかったのか。
一時の感情に流されて、本当に必要なモノを見落としていないか。
バルザックは、日々悩み続けていた。
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