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第4章
第7話 風が吹く
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森を吹き抜ける、生温い風を鼻先で感じて、表情を顰める。
「毒か」
カシムが睨みつけた風上の先に、灰色の中に怪しげな色を混ぜた様な羽を持つ蝶――トキシム・パピヨンが飛んでいた。
別名、『幻粉蝶』と呼ばれる魔物だ。鱗粉に毒があり、時折放つ朧げな光には、人を魅了する力がある。
どの能力も強力な物ではないが、身体に不調を与える事に変わりはない。その不調の有無によって、戦況が左右される可能性もある。
「ハイリ!解毒だ!」
ハイリなら出来る、という確信の元に、カシムは少女の名を呼んだ。
「精霊魔法〝防毒の光粒〟」
蟲系の魔物が持つ事の多い、毒の効果を弱める光が周囲に広がる。
これだけでも、光を浴びている冒険者全員の毒耐性が上昇し、弱い毒であれば無力化する事が可能だ。
〝羅刹炎武〟の炎でトキシム・パピヨンを焼き払ったカシムは、次にミルの名を呼ぶ。
「分かってる。時間稼ぐ」
ミルは、矢を番えると素早く放つ。
乱戦状態になりつつある戦場で、ミルの矢は上空から近付く魔物を正確に撃ち抜いた。
更に、次々と矢を放ち、前線で疲弊している冒険者を援護する。
「あ、」
ミルは、魔物に囲まれた冒険者達に向けて駆け出す。
正確な射撃で数を減らしつつ、精霊魔法〝穿ち風〟を放つ事で、硬い甲羅に覆われた魔物をすら屠る。
「一旦後退」
静かに呟くミルに、息を切らせた冒険者達は「悪い」と返答し後退を始める。
それを見届ける事なく、ミルは、更に矢を番えた。
「精霊魔法〝風々牙狼〟」
ミルの番えた1本の矢は、風を纏う。そして、風は徐々に渦を巻き、飢えた狼が口を開く様な錯覚を周囲の冒険者に与える。
「射貫け」
迫って来る敵に向かって、ミルは、冷静に矢を放つ。
矢は、周囲にいた魔物を食い千切るかの様に進み、奥の魔物の身体を貫通した。
「第五階梯魔法〝束縛の土鞭〟」
ミルに迫っていた魔物は、ハイリの詠唱した魔法によって拘束される。そして、それだけでなく、弾き飛ばされて地面に転がった。
本来なら敵を拘束する目的の〝束縛の土鞭〟で、敵に攻撃を加えるのは簡単な事ではない。
「すげぇ」
「あれが『精霊の角』か」
「……あいつら、あんなに強かったか?」
カシム達の活躍を見た冒険者達は、一般的な金級冒険者の実力を凌駕している3人に驚く。
冒険者の実力にとって、等級が全てではない。
例えば、冒険者の最高位――アダマンタイト級の実力があろうと、実績や人間性などに問題があれば、等級は低くなる。
その逆に、実力は中堅冒険者――金~白金程度であっても、仲間との連携が優れ、貴重な能力を持ち、実績を積み重ねた人格者であれば、アダマンタイト級を授かる事も不可能ではない。
「カシムっ、お前実力を隠してたのか!?」
カシムと馴染みのある冒険者の言葉に、敵を斬りながらカシムは答える。
「隠してた訳じゃねぇ!」
「だったら……」
「生きて依頼を達成したら、理由を教えてやるよ!」
「おい、そういう事は言うなよ」
互いに目の前の敵を屠りつつ、会話を行う。
「違いねぇな。だが、どうする?」
遊撃部隊の纏め役――冒険者は、カシムの言外にある意味を理解する。
カシム達を含めた冒険者は、敵と互角以上に戦えているが、体力と魔力が持たない。
直に尽きるか、既に尽きかけている者もいる筈だ。
何よりも、若い冒険者達をカバーしながら戦う事の負担を甘く見ていた。
「何とか、動ける内に若い連中だけでも逃がしたい所なんだが……」
本来、冒険者の戦闘の殆どは短期決戦だ。
勿論、それが不可能な場合は少なくないが、戦闘時間は短い程良いとされている。その理由は、魔物との身体的アドバンテージの差だ。
身体能力が上回っている敵と長期戦となれば、僅かな隙から致命傷を受ける確率が上がる。それ以外にも、武具や道具が、破損するかもしれない。その為、短時間で敵を倒す事が理想と言われているのだ。
辺境都市の冒険者組合で、金級となった冒険者達は、皆がふるいにかけられる。
銀級以下の冒険者に斡旋される依頼は、コツさえ掴めば簡単に倒せる魔物や安全性の高い依頼が多い。
だが、金級となった瞬間、斡旋される依頼の難易度が跳ね上がる。
準備に数日かかる依頼や明らかに格上の魔物と戦う依頼など、依頼1つにかかる時間と労力が方違いだ。その為、金級となって間もない冒険者――若い冒険者達は、情報を集め、依頼を達成する為に必要な仲間を探す事になる。
その時間には、個人差はあるだろうが、決して短い時間ではない。
この場にいるのは、準備や仲間集め――依頼を受ける為の準備を終えた冒険者達だ。
「不味いな」
金級以上の冒険者として活動を続ける上で、鬼門となるのが『不利な状況での立ち回り』だ。
体力のペース配分を適切に行い、敵を観察し続け、思考を止めない。そして、周囲に気を配る。
現状、それを行えている若い冒険者は殆どいない。
最初から勝ち目の薄い戦いだったが、部隊全体の指揮が落ち、部隊の隙を埋めていたベテランの冒険者達の体力も限界に達していた。
「くそ、炎が……」
反撃で放った火属性の魔法の消火が、魔物達への対処で上手く進まず、いつの間にか部隊の動きを制限する障壁の様になっていた。
部隊の冒険者は、当初は最善だと思っていた選択が、現状で部隊全体の首を絞めている事に表情を顰めて焦り出す。
「落ち着け。今更消火は無理だ」
「あ、ああ」
「それより、奇襲を仕掛けて来る敵に注意しろよ」
カシムと冒険者の会話は、いつの間にか部隊の指針を決める話し合いの様になり、他のベテラン冒険者達も2人の言葉に従って動く。
だが、それでも、限界は訪れた。
じっくりと迫って来る敵と炎を前に、冒険者達に恐怖に怯え始める。
「ひぃ……」
「来るなぁ!」
「ちくしょう、嫌だっ、嫌だ……」
1人、また1人と恐怖に支配される。その影響は、一瞬で部隊全体に伝染する。
恐怖は思考を鈍らせ、微かに残っていた戦意を完全に削ぎ落とすには、充分過ぎる効果あった。
既に、カシム達――ベテランの冒険者達が、どんな声をかけて、励まそうと、恐怖を消す事は出来ない。
「全員聞け!!戦える奴は、出し惜しみなく戦え!!」
冒険者が叫ぶ。
「逃げたい奴は、逃げろ!」
「な、お前何言ってんだ!?」
「ただし、絶対に後ろを振り返るな!仲間の姿が見えなくても、拠点まで走れ!!」
その言葉で、カシム達は理解した。
『数人の仲間を生かす為に、大勢の仲間に死んでくれ』と部隊の冒険者は命令したのだ。その言葉の意味を理解したベテランの冒険者達は、雄叫びを上げて武器を構える。
その時、風が吹いた。
先程から吹いていた炎の熱を纏った風――熱風とは違う。
元々、忌蟲の森を漂う甘い臭いを纏った風とも違う。
「……」
まるで、畏怖を感じさせる様な純粋な風だ。
雄叫びを上げていた冒険者は、皆何かが起こる気配を感じて動きを止める。そして、恐怖に支配されていた筈の冒険者すら、声を出す事が出来なくなっていた。
敵の魔物達すら、威嚇音を上げずに周囲を注意深く警戒している。
一瞬の沈黙。
「「「!!!??」」」
突然、豪風が吹き抜けた。
森を焼いていた炎を瞬時に掻き消し、人々の恐怖を吹き飛ばす様な神々しい程の風だ。そして、その豪風が止んだ時、カシムにとっては見慣れた4人の姿が目の前にあった。
「後は、俺達に任せろ」
雪達を見たカシムは、ある言葉を思い出した。
いや、カシム以外の冒険者も、同じ言葉を思い出していた。
ヴァルフリード王国に住む、誰もが一度は聞いた事のある言葉。
10年前に終結した戦争――種族間戦争が語られる時には、必ず登場する言葉。
『勇者は、風と共にやって来る』
この言葉を誰が最初に言ったのかは、分からない。
だが戦場では、敵味方問わず、この言葉が叫ばれていた、という。
「毒か」
カシムが睨みつけた風上の先に、灰色の中に怪しげな色を混ぜた様な羽を持つ蝶――トキシム・パピヨンが飛んでいた。
別名、『幻粉蝶』と呼ばれる魔物だ。鱗粉に毒があり、時折放つ朧げな光には、人を魅了する力がある。
どの能力も強力な物ではないが、身体に不調を与える事に変わりはない。その不調の有無によって、戦況が左右される可能性もある。
「ハイリ!解毒だ!」
ハイリなら出来る、という確信の元に、カシムは少女の名を呼んだ。
「精霊魔法〝防毒の光粒〟」
蟲系の魔物が持つ事の多い、毒の効果を弱める光が周囲に広がる。
これだけでも、光を浴びている冒険者全員の毒耐性が上昇し、弱い毒であれば無力化する事が可能だ。
〝羅刹炎武〟の炎でトキシム・パピヨンを焼き払ったカシムは、次にミルの名を呼ぶ。
「分かってる。時間稼ぐ」
ミルは、矢を番えると素早く放つ。
乱戦状態になりつつある戦場で、ミルの矢は上空から近付く魔物を正確に撃ち抜いた。
更に、次々と矢を放ち、前線で疲弊している冒険者を援護する。
「あ、」
ミルは、魔物に囲まれた冒険者達に向けて駆け出す。
正確な射撃で数を減らしつつ、精霊魔法〝穿ち風〟を放つ事で、硬い甲羅に覆われた魔物をすら屠る。
「一旦後退」
静かに呟くミルに、息を切らせた冒険者達は「悪い」と返答し後退を始める。
それを見届ける事なく、ミルは、更に矢を番えた。
「精霊魔法〝風々牙狼〟」
ミルの番えた1本の矢は、風を纏う。そして、風は徐々に渦を巻き、飢えた狼が口を開く様な錯覚を周囲の冒険者に与える。
「射貫け」
迫って来る敵に向かって、ミルは、冷静に矢を放つ。
矢は、周囲にいた魔物を食い千切るかの様に進み、奥の魔物の身体を貫通した。
「第五階梯魔法〝束縛の土鞭〟」
ミルに迫っていた魔物は、ハイリの詠唱した魔法によって拘束される。そして、それだけでなく、弾き飛ばされて地面に転がった。
本来なら敵を拘束する目的の〝束縛の土鞭〟で、敵に攻撃を加えるのは簡単な事ではない。
「すげぇ」
「あれが『精霊の角』か」
「……あいつら、あんなに強かったか?」
カシム達の活躍を見た冒険者達は、一般的な金級冒険者の実力を凌駕している3人に驚く。
冒険者の実力にとって、等級が全てではない。
例えば、冒険者の最高位――アダマンタイト級の実力があろうと、実績や人間性などに問題があれば、等級は低くなる。
その逆に、実力は中堅冒険者――金~白金程度であっても、仲間との連携が優れ、貴重な能力を持ち、実績を積み重ねた人格者であれば、アダマンタイト級を授かる事も不可能ではない。
「カシムっ、お前実力を隠してたのか!?」
カシムと馴染みのある冒険者の言葉に、敵を斬りながらカシムは答える。
「隠してた訳じゃねぇ!」
「だったら……」
「生きて依頼を達成したら、理由を教えてやるよ!」
「おい、そういう事は言うなよ」
互いに目の前の敵を屠りつつ、会話を行う。
「違いねぇな。だが、どうする?」
遊撃部隊の纏め役――冒険者は、カシムの言外にある意味を理解する。
カシム達を含めた冒険者は、敵と互角以上に戦えているが、体力と魔力が持たない。
直に尽きるか、既に尽きかけている者もいる筈だ。
何よりも、若い冒険者達をカバーしながら戦う事の負担を甘く見ていた。
「何とか、動ける内に若い連中だけでも逃がしたい所なんだが……」
本来、冒険者の戦闘の殆どは短期決戦だ。
勿論、それが不可能な場合は少なくないが、戦闘時間は短い程良いとされている。その理由は、魔物との身体的アドバンテージの差だ。
身体能力が上回っている敵と長期戦となれば、僅かな隙から致命傷を受ける確率が上がる。それ以外にも、武具や道具が、破損するかもしれない。その為、短時間で敵を倒す事が理想と言われているのだ。
辺境都市の冒険者組合で、金級となった冒険者達は、皆がふるいにかけられる。
銀級以下の冒険者に斡旋される依頼は、コツさえ掴めば簡単に倒せる魔物や安全性の高い依頼が多い。
だが、金級となった瞬間、斡旋される依頼の難易度が跳ね上がる。
準備に数日かかる依頼や明らかに格上の魔物と戦う依頼など、依頼1つにかかる時間と労力が方違いだ。その為、金級となって間もない冒険者――若い冒険者達は、情報を集め、依頼を達成する為に必要な仲間を探す事になる。
その時間には、個人差はあるだろうが、決して短い時間ではない。
この場にいるのは、準備や仲間集め――依頼を受ける為の準備を終えた冒険者達だ。
「不味いな」
金級以上の冒険者として活動を続ける上で、鬼門となるのが『不利な状況での立ち回り』だ。
体力のペース配分を適切に行い、敵を観察し続け、思考を止めない。そして、周囲に気を配る。
現状、それを行えている若い冒険者は殆どいない。
最初から勝ち目の薄い戦いだったが、部隊全体の指揮が落ち、部隊の隙を埋めていたベテランの冒険者達の体力も限界に達していた。
「くそ、炎が……」
反撃で放った火属性の魔法の消火が、魔物達への対処で上手く進まず、いつの間にか部隊の動きを制限する障壁の様になっていた。
部隊の冒険者は、当初は最善だと思っていた選択が、現状で部隊全体の首を絞めている事に表情を顰めて焦り出す。
「落ち着け。今更消火は無理だ」
「あ、ああ」
「それより、奇襲を仕掛けて来る敵に注意しろよ」
カシムと冒険者の会話は、いつの間にか部隊の指針を決める話し合いの様になり、他のベテラン冒険者達も2人の言葉に従って動く。
だが、それでも、限界は訪れた。
じっくりと迫って来る敵と炎を前に、冒険者達に恐怖に怯え始める。
「ひぃ……」
「来るなぁ!」
「ちくしょう、嫌だっ、嫌だ……」
1人、また1人と恐怖に支配される。その影響は、一瞬で部隊全体に伝染する。
恐怖は思考を鈍らせ、微かに残っていた戦意を完全に削ぎ落とすには、充分過ぎる効果あった。
既に、カシム達――ベテランの冒険者達が、どんな声をかけて、励まそうと、恐怖を消す事は出来ない。
「全員聞け!!戦える奴は、出し惜しみなく戦え!!」
冒険者が叫ぶ。
「逃げたい奴は、逃げろ!」
「な、お前何言ってんだ!?」
「ただし、絶対に後ろを振り返るな!仲間の姿が見えなくても、拠点まで走れ!!」
その言葉で、カシム達は理解した。
『数人の仲間を生かす為に、大勢の仲間に死んでくれ』と部隊の冒険者は命令したのだ。その言葉の意味を理解したベテランの冒険者達は、雄叫びを上げて武器を構える。
その時、風が吹いた。
先程から吹いていた炎の熱を纏った風――熱風とは違う。
元々、忌蟲の森を漂う甘い臭いを纏った風とも違う。
「……」
まるで、畏怖を感じさせる様な純粋な風だ。
雄叫びを上げていた冒険者は、皆何かが起こる気配を感じて動きを止める。そして、恐怖に支配されていた筈の冒険者すら、声を出す事が出来なくなっていた。
敵の魔物達すら、威嚇音を上げずに周囲を注意深く警戒している。
一瞬の沈黙。
「「「!!!??」」」
突然、豪風が吹き抜けた。
森を焼いていた炎を瞬時に掻き消し、人々の恐怖を吹き飛ばす様な神々しい程の風だ。そして、その豪風が止んだ時、カシムにとっては見慣れた4人の姿が目の前にあった。
「後は、俺達に任せろ」
雪達を見たカシムは、ある言葉を思い出した。
いや、カシム以外の冒険者も、同じ言葉を思い出していた。
ヴァルフリード王国に住む、誰もが一度は聞いた事のある言葉。
10年前に終結した戦争――種族間戦争が語られる時には、必ず登場する言葉。
『勇者は、風と共にやって来る』
この言葉を誰が最初に言ったのかは、分からない。
だが戦場では、敵味方問わず、この言葉が叫ばれていた、という。
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