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第4章
第8話 氷閉領域
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先を急ぐヴィルヘルムが、突然走る速度を落とす。
「すまない」
ヴィルヘルムは、俺達に相談する事もなく、自分勝手に行動してしまった事を後悔しているのかもしれない。
だが、最終的に誰かが救援に向かわなければいけない状況だった。そして、その可能性が高かった候補に、俺達のパーティーが入っていた可能性もある。その為、ヴィルヘルムが罪悪感を感じる必要はない。
「何よ、勝手に謝って」
「……。頭に血が昇って、冷静な判断が出来ていなかった」
「元々、俺が勝手に受けた依頼だ。こんな事で、ヴィルヘルムが責任を感じる必要なんてないだろ?」
「……」
「それとも、嫌なら帰るか?」
振り返ったヴィルヘルムは、「帰る訳がないだろ」と笑みを浮かべる。
「だが、思ったよりも距離がありそうだな」
先程聞こえた魔法による爆発と森から立ち昇る煙によって、遊撃部隊の大まかな位置が分かる。それでも、俺の魔力感知の範囲外の為、詳しい状況は分からない。
森の中を走り抜けると、平地を走るよりも遥かに時間が掛かってしまう。それに、遊撃部隊の元に辿り着いたとしても、魔物に囲まれていては助けるのに時間がかかる。
「間に合わないかもしれないわね」
「ぅ、どうしましょう……」
魔力感知の範囲に、他の魔物の魔力を感じる。
このまま進んだ所で、魔物に足止めを受けて手遅れになるかもしれない。
俺は、一度大きく呼吸をする。そして、ヴィルヘルム達から離れた位置に立つ。
「どうしました、主?」
「メデル、少し離れてろ」
「?」
意味は分からずとも、メデルはヴィルヘルム達を連れて、俺から離れる。それを確認して、詠唱を行なった。
「召喚〝セト〟」
召喚魔法の魔法陣が、空中に出現し、砕ける。その瞬間、俺を中心に視界を隠す程の風が渦巻く。そして、風が1箇所に集まり、姿を現す。
「漸ク、呼ンデクレタナ」
風が弾け飛び、2対の双翼を広げる魔物が姿を現す。
真紅と純白の羽毛を併せ持つ、鷲の鳥人の様な姿。
クルタと呼ばれる衣装に似た服に、腰布、腰帯、左肩にかける聖紐など、古い民族衣装を連想させる衣服纏った存在。
だが、黄金の瞳から放たれる凶暴的な威圧感と身体の所々に見られる人とは違う特徴が、彼を人ならざる魔物なのだと現している。
「何だ、あの魔物はっ」
「私は知らないわよっ!?」
ヴィルヘルムとリツェアは、自分の知らない存在を前に驚愕の声を上げる。そして、驚かれている本人は、大きな身体を小さくして、俺の後ろに隠れようとしていた。
「相変わらず、人見知りなのか?」
「…………ソウダ」
恥ずかしそうに返答するセトは、俺の背から顔を覗かせる。
「トウヤ、良ク無事ダッタ」
「……無事に見えるか?」
姿形や中身まで変わっている事に、セトなら気付いている筈だ。
「コウシテ、生キテ会エタダロ?」
セトは、俺が最初に召喚魔法で契約した魔物だ。
いや、セトと契約する為に、俺は召喚魔法を学んだ。
「…………もしかして、ガルーダですか?」
「「!?」」
「メデル、知っているのか?」
「えっと、お母様から聞いた事があります」
俺が促すと、セトは顔を出して自己紹介を始めた。
「我ハ、ガルーダノセト。宜シク頼ム。新タナ同行者達」
「「……」」
魔物ガルーダ。
人前に姿を見せる事が無い存在として、物語や伝説に登場する。
最強の魔物であるドラゴンと同等の存在で語られる逸話も存在し、『火と風の化身』『竜蛇の天敵』『聖鳥』などの名前で呼ばれていた。
一つ訂正するなら、ガルーダは、厳密には魔物では無い。
元々、魔物という名は、人が人ならざる存在を総称して呼ぶ様になった事が始まりだ。その枠組みで話すなら、精霊なども魔物と同一視しなければいけなくなる。
ガルーダは、精霊と魔物の間の様な存在であり、姿から分かる通り、人にも似た特徴を持つ種族だ。
『境界の種族』と古の人々は、魔物でも、精霊でも、人でも無い種族を呼んでいたという。
「セト、頼みがある」
「分カッテイル。行キタイ所ガアルンダロ?」
セトは、曇りのない黄金の瞳で俺の答えを待つ。
「この森の中で、魔物に襲われている奴等の所に俺達を連れて行ってくれ」
「分カッタ」
セトが頷いて間もなく、俺達の周囲を風が吹き抜ける。そして、風は徐々に強くなり、俺達を包み込んだ。
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
眼前には、魔物の大群が無数の威嚇音を上げている。
後方には、俺達が突然現れた事に驚愕する冒険者達が立ち尽くしていた。
「……後は任せろ」
冒険者達の中に、無傷な物はいない。
「ああ、悪いな」
「だが、油断するなよ」
「勿論だ」
冒険者達の最前列に立っていたカシムは、周囲の冒険者達よりも傷は少ない。その上、恐怖や絶望に支配されず、俺達が突然現れた事に、最も早く反応していた。
「……」
冒険者達から視線を外し、視線を空に向ける。
セトの気配が消えている事から、自分の意思で〝帰還〟したのだろう。
俺と召喚された魔物――召喚獣達は、対等な契約を結んでいる。
俺の行う召喚魔法――〝召喚〟〝帰還〟には、絶対的な強制力はない。そして、〝帰還〟する事は召喚獣の意思で行う事が出来る。
召喚獣と契約を行なった嘗ての俺は、彼等を対等な仲間として扱っていた為、こういった契約内容になっていた筈だ。
「……」
俺達を警戒し、動きを止めていた魔物の群が動き出す。
威嚇音を上げたまま、俺達との距離を縮め始める。
敵を睨みつけ、ヴィルヘルムは槍を地面に刺して、両手を撃ち鳴らす。
「魔装〝迅雷〟」
合掌の様に、掌を打ち合わせて雷を全身に纏う。
〝魔装〟は、獣人族の固有スキルだが、誰にでも使えるスキルではない。
厳しい鍛錬や才能を磨き続ける事で、手に入れる事の出来る獣人族の力――『戦士の証』と評されるスキルだ。そして、手に入れるだけではなく、そこから魔装をコントロールするまでにも、長い時間をかけて鍛錬を重ねる必要がある。
「雷の魔装っ」
「幻獣種……白虎の戦いを見れるのか」
ヴィルヘルムは、周囲で騒ぐ獣人族の冒険者達の声など気にもせず、槍を地面から引き抜く。そして、迫って来る魔物の群れの中に飛び込み、敵を薙ぎ払う。その巧みな槍裁きに、感嘆の声が数名の冒険者から上がる。
「〝雷電〟」
雷が魔物をつたり、焼き殺して行く。
「虎男、避けなさいよ」
リツェアは、空中に複数の〝闇槍〟を出現させて放つ。そして、ヴィルヘルムを避けて接近していた魔物に向けて、続けて魔法を詠唱する。
「第六階梯魔法〝暗黒の斬糸〟」
黒い糸の様な魔力が宙に煌めく。その軌道に沿って、魔物達が切断される。
「複数の魔法を殆ど同時に扱うなんて……」
リツェアもまた、冒険者達の声を気にする事は無く魔力を練り上げ魔法を放ち続ける。
「避ける必要があったのか?」
「手元が狂うかもしれないでしょ?」
ヴィルヘルムとリツェアの2人は、視線を交差させる。そして、互いを挑発する様な微笑を浮かべた。
その時、2人の背後から現れた4体のサンド・ワームが襲い掛かる。
「第六階梯魔法〝氷結凍矢〟」
貫いた相手を内側から氷結させる魔法――〝氷結凍矢〟をサンド・ワーム達に向けて放つ。素早い動きのサンド・ワームを正確に射抜き、敵は苦痛の悲鳴を上げた。
「キィ、キィアッッ」
俺達の猛攻に、魔物達は怯む様子はない。
寧ろ、周囲に広がっていた群れが俺達に向けて動き出している為、数が増えた様にすら感じる。
「ちょっとっ!」
「何だ?」
「あんたって広範囲の技ってないの?」
「……ない」
リツェアは、先程から得意とする〝闇槍〟の魔法を辞めて、威力は弱くなっても広範囲に攻撃出来る魔法を詠唱していた。それに対し、ヴィルヘルムの攻撃手段は槍か体術しかない。その為、速度でカバーしてはいるが、敵が増える現状では、ヴィルヘルムに掛かる負担が大きくなる一方だ。
元々、殆どの獣人族は魔法が使えない。
〝魔装〟を習得しても、広範囲技を使える様になるかは、本人の素質や才能に依存する。
「足引っ張んないでよ」
「そのつもりは、ないっ!」
広範囲技が無くても、ヴィルヘルムはリツェアに勝るとも劣らない活躍を続けている。
2人から視線を戻す事なく、魔法の詠唱を始めた。
「第七階梯魔法〝氷閉領域〟」
飛びかかって来ていた魔物が凍り付き、地面に落下する。
――ガシャンッ……。
まるで、ガラス細工の様に魔物の体が割れた。それは、表面だけでなく、身体の内側まで完全に凍り付いた証だ。
「一瞬で凍ったっ!?」
「第七階梯魔法って言ったか?」
「凄いな。噂通り、実力はある様だ」
「〝氷閉領域〟。第七階梯魔法の中で、特に扱いが難しい空間に干渉する魔法をあんな簡単に……」
「でも、敵が多過ぎるっ」
勝手な話ばかりをする冒険者達に向け、カシムは口を開く。
「おい、集中しろ」
「いや、だがな……」
「カシム、今のうちにミルとハイリを逃がせ」
「あ?」
意味の分からない冒険者の言葉に、訝しげな視線をカシムは向ける。
「幾ら彼等が強くても、あの数は不味い!」
「そう思うか?」
「あ――っ?!」
言葉遊びをする様なカシムの言葉に、僅かに冒険者は苛立つが、前方から感じた冷気に視線を戻す。
「良く見とけ」
カシムは、前方の光景に釘付けになって行く冒険者達を見て、隠し切れない笑みを浮かべる。
「……」
俺の吐き出した息が、白く染まり空に昇って行く。
魔物の群れの中で、素早い動きで立ち回るヴィルヘルムやリツェアがいる為、徐々に〝氷閉領域〟の効果範囲を広げる。それに伴い、地面、草木、魔物が凍り付く。
警戒か、恐怖の為か、魔物の敵意が俺に集中する。
地面を避け、空中から襲い掛かって来る魔物も地面を強行突破して来る魔物も、纏めて凍り付いた。
「雪、私は大丈夫!」
「良いぞっ、殺れ!」
「分かった」
俺は、制限していた魔力を解放し、〝氷閉領域〟の効果範囲を急激に広げた。
「第七階梯魔法〝氷閉領域〟!」
〝氷閉領域〟の効果範囲が、魔物の群れを包み込んだ瞬間に、全ての魔物が凍り付いた。
元々、生物には『冷気』や『氷結』に対する抵抗力が備わっている。それは、殆どの生物にとって必要な事の為、特別な事ではない。
だが、だからこそ、生物を魔法で短時間の間に凍らせる事は難しいと言われている。それ故に、生物を凍らせるには、敵よりも圧倒的に上回る魔力が必要だ。
敵の強敵であったり、大群である場合は、必要とされる魔力量は計り知れない物になるだろう。
「……ぅ、ぁ」
大勢の冒険者達が口を大きく開き、唖然としている。
「……」
「ちょっと、怪我なんてしてないでしょうね?」
「していない。体が汚れただけだ」
「うわ、汚い」
凍り付いた魔物を踏み砕きながら、ヴィルヘルムが歩き、その後ろをリツェアが歩く。
槍や体に付いた魔物の体液をヴィルヘルムは払い、リツェアが露骨に表情を顰める。それに気付いている筈のヴィルヘルムは、特に気にしている様子はない。
俺は、2人が魔物の群れから離れたのを確認して、風属性魔法を放つ。それにより、凍り付いていた魔物が砕け散った。
「すまない」
ヴィルヘルムは、俺達に相談する事もなく、自分勝手に行動してしまった事を後悔しているのかもしれない。
だが、最終的に誰かが救援に向かわなければいけない状況だった。そして、その可能性が高かった候補に、俺達のパーティーが入っていた可能性もある。その為、ヴィルヘルムが罪悪感を感じる必要はない。
「何よ、勝手に謝って」
「……。頭に血が昇って、冷静な判断が出来ていなかった」
「元々、俺が勝手に受けた依頼だ。こんな事で、ヴィルヘルムが責任を感じる必要なんてないだろ?」
「……」
「それとも、嫌なら帰るか?」
振り返ったヴィルヘルムは、「帰る訳がないだろ」と笑みを浮かべる。
「だが、思ったよりも距離がありそうだな」
先程聞こえた魔法による爆発と森から立ち昇る煙によって、遊撃部隊の大まかな位置が分かる。それでも、俺の魔力感知の範囲外の為、詳しい状況は分からない。
森の中を走り抜けると、平地を走るよりも遥かに時間が掛かってしまう。それに、遊撃部隊の元に辿り着いたとしても、魔物に囲まれていては助けるのに時間がかかる。
「間に合わないかもしれないわね」
「ぅ、どうしましょう……」
魔力感知の範囲に、他の魔物の魔力を感じる。
このまま進んだ所で、魔物に足止めを受けて手遅れになるかもしれない。
俺は、一度大きく呼吸をする。そして、ヴィルヘルム達から離れた位置に立つ。
「どうしました、主?」
「メデル、少し離れてろ」
「?」
意味は分からずとも、メデルはヴィルヘルム達を連れて、俺から離れる。それを確認して、詠唱を行なった。
「召喚〝セト〟」
召喚魔法の魔法陣が、空中に出現し、砕ける。その瞬間、俺を中心に視界を隠す程の風が渦巻く。そして、風が1箇所に集まり、姿を現す。
「漸ク、呼ンデクレタナ」
風が弾け飛び、2対の双翼を広げる魔物が姿を現す。
真紅と純白の羽毛を併せ持つ、鷲の鳥人の様な姿。
クルタと呼ばれる衣装に似た服に、腰布、腰帯、左肩にかける聖紐など、古い民族衣装を連想させる衣服纏った存在。
だが、黄金の瞳から放たれる凶暴的な威圧感と身体の所々に見られる人とは違う特徴が、彼を人ならざる魔物なのだと現している。
「何だ、あの魔物はっ」
「私は知らないわよっ!?」
ヴィルヘルムとリツェアは、自分の知らない存在を前に驚愕の声を上げる。そして、驚かれている本人は、大きな身体を小さくして、俺の後ろに隠れようとしていた。
「相変わらず、人見知りなのか?」
「…………ソウダ」
恥ずかしそうに返答するセトは、俺の背から顔を覗かせる。
「トウヤ、良ク無事ダッタ」
「……無事に見えるか?」
姿形や中身まで変わっている事に、セトなら気付いている筈だ。
「コウシテ、生キテ会エタダロ?」
セトは、俺が最初に召喚魔法で契約した魔物だ。
いや、セトと契約する為に、俺は召喚魔法を学んだ。
「…………もしかして、ガルーダですか?」
「「!?」」
「メデル、知っているのか?」
「えっと、お母様から聞いた事があります」
俺が促すと、セトは顔を出して自己紹介を始めた。
「我ハ、ガルーダノセト。宜シク頼ム。新タナ同行者達」
「「……」」
魔物ガルーダ。
人前に姿を見せる事が無い存在として、物語や伝説に登場する。
最強の魔物であるドラゴンと同等の存在で語られる逸話も存在し、『火と風の化身』『竜蛇の天敵』『聖鳥』などの名前で呼ばれていた。
一つ訂正するなら、ガルーダは、厳密には魔物では無い。
元々、魔物という名は、人が人ならざる存在を総称して呼ぶ様になった事が始まりだ。その枠組みで話すなら、精霊なども魔物と同一視しなければいけなくなる。
ガルーダは、精霊と魔物の間の様な存在であり、姿から分かる通り、人にも似た特徴を持つ種族だ。
『境界の種族』と古の人々は、魔物でも、精霊でも、人でも無い種族を呼んでいたという。
「セト、頼みがある」
「分カッテイル。行キタイ所ガアルンダロ?」
セトは、曇りのない黄金の瞳で俺の答えを待つ。
「この森の中で、魔物に襲われている奴等の所に俺達を連れて行ってくれ」
「分カッタ」
セトが頷いて間もなく、俺達の周囲を風が吹き抜ける。そして、風は徐々に強くなり、俺達を包み込んだ。
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
眼前には、魔物の大群が無数の威嚇音を上げている。
後方には、俺達が突然現れた事に驚愕する冒険者達が立ち尽くしていた。
「……後は任せろ」
冒険者達の中に、無傷な物はいない。
「ああ、悪いな」
「だが、油断するなよ」
「勿論だ」
冒険者達の最前列に立っていたカシムは、周囲の冒険者達よりも傷は少ない。その上、恐怖や絶望に支配されず、俺達が突然現れた事に、最も早く反応していた。
「……」
冒険者達から視線を外し、視線を空に向ける。
セトの気配が消えている事から、自分の意思で〝帰還〟したのだろう。
俺と召喚された魔物――召喚獣達は、対等な契約を結んでいる。
俺の行う召喚魔法――〝召喚〟〝帰還〟には、絶対的な強制力はない。そして、〝帰還〟する事は召喚獣の意思で行う事が出来る。
召喚獣と契約を行なった嘗ての俺は、彼等を対等な仲間として扱っていた為、こういった契約内容になっていた筈だ。
「……」
俺達を警戒し、動きを止めていた魔物の群が動き出す。
威嚇音を上げたまま、俺達との距離を縮め始める。
敵を睨みつけ、ヴィルヘルムは槍を地面に刺して、両手を撃ち鳴らす。
「魔装〝迅雷〟」
合掌の様に、掌を打ち合わせて雷を全身に纏う。
〝魔装〟は、獣人族の固有スキルだが、誰にでも使えるスキルではない。
厳しい鍛錬や才能を磨き続ける事で、手に入れる事の出来る獣人族の力――『戦士の証』と評されるスキルだ。そして、手に入れるだけではなく、そこから魔装をコントロールするまでにも、長い時間をかけて鍛錬を重ねる必要がある。
「雷の魔装っ」
「幻獣種……白虎の戦いを見れるのか」
ヴィルヘルムは、周囲で騒ぐ獣人族の冒険者達の声など気にもせず、槍を地面から引き抜く。そして、迫って来る魔物の群れの中に飛び込み、敵を薙ぎ払う。その巧みな槍裁きに、感嘆の声が数名の冒険者から上がる。
「〝雷電〟」
雷が魔物をつたり、焼き殺して行く。
「虎男、避けなさいよ」
リツェアは、空中に複数の〝闇槍〟を出現させて放つ。そして、ヴィルヘルムを避けて接近していた魔物に向けて、続けて魔法を詠唱する。
「第六階梯魔法〝暗黒の斬糸〟」
黒い糸の様な魔力が宙に煌めく。その軌道に沿って、魔物達が切断される。
「複数の魔法を殆ど同時に扱うなんて……」
リツェアもまた、冒険者達の声を気にする事は無く魔力を練り上げ魔法を放ち続ける。
「避ける必要があったのか?」
「手元が狂うかもしれないでしょ?」
ヴィルヘルムとリツェアの2人は、視線を交差させる。そして、互いを挑発する様な微笑を浮かべた。
その時、2人の背後から現れた4体のサンド・ワームが襲い掛かる。
「第六階梯魔法〝氷結凍矢〟」
貫いた相手を内側から氷結させる魔法――〝氷結凍矢〟をサンド・ワーム達に向けて放つ。素早い動きのサンド・ワームを正確に射抜き、敵は苦痛の悲鳴を上げた。
「キィ、キィアッッ」
俺達の猛攻に、魔物達は怯む様子はない。
寧ろ、周囲に広がっていた群れが俺達に向けて動き出している為、数が増えた様にすら感じる。
「ちょっとっ!」
「何だ?」
「あんたって広範囲の技ってないの?」
「……ない」
リツェアは、先程から得意とする〝闇槍〟の魔法を辞めて、威力は弱くなっても広範囲に攻撃出来る魔法を詠唱していた。それに対し、ヴィルヘルムの攻撃手段は槍か体術しかない。その為、速度でカバーしてはいるが、敵が増える現状では、ヴィルヘルムに掛かる負担が大きくなる一方だ。
元々、殆どの獣人族は魔法が使えない。
〝魔装〟を習得しても、広範囲技を使える様になるかは、本人の素質や才能に依存する。
「足引っ張んないでよ」
「そのつもりは、ないっ!」
広範囲技が無くても、ヴィルヘルムはリツェアに勝るとも劣らない活躍を続けている。
2人から視線を戻す事なく、魔法の詠唱を始めた。
「第七階梯魔法〝氷閉領域〟」
飛びかかって来ていた魔物が凍り付き、地面に落下する。
――ガシャンッ……。
まるで、ガラス細工の様に魔物の体が割れた。それは、表面だけでなく、身体の内側まで完全に凍り付いた証だ。
「一瞬で凍ったっ!?」
「第七階梯魔法って言ったか?」
「凄いな。噂通り、実力はある様だ」
「〝氷閉領域〟。第七階梯魔法の中で、特に扱いが難しい空間に干渉する魔法をあんな簡単に……」
「でも、敵が多過ぎるっ」
勝手な話ばかりをする冒険者達に向け、カシムは口を開く。
「おい、集中しろ」
「いや、だがな……」
「カシム、今のうちにミルとハイリを逃がせ」
「あ?」
意味の分からない冒険者の言葉に、訝しげな視線をカシムは向ける。
「幾ら彼等が強くても、あの数は不味い!」
「そう思うか?」
「あ――っ?!」
言葉遊びをする様なカシムの言葉に、僅かに冒険者は苛立つが、前方から感じた冷気に視線を戻す。
「良く見とけ」
カシムは、前方の光景に釘付けになって行く冒険者達を見て、隠し切れない笑みを浮かべる。
「……」
俺の吐き出した息が、白く染まり空に昇って行く。
魔物の群れの中で、素早い動きで立ち回るヴィルヘルムやリツェアがいる為、徐々に〝氷閉領域〟の効果範囲を広げる。それに伴い、地面、草木、魔物が凍り付く。
警戒か、恐怖の為か、魔物の敵意が俺に集中する。
地面を避け、空中から襲い掛かって来る魔物も地面を強行突破して来る魔物も、纏めて凍り付いた。
「雪、私は大丈夫!」
「良いぞっ、殺れ!」
「分かった」
俺は、制限していた魔力を解放し、〝氷閉領域〟の効果範囲を急激に広げた。
「第七階梯魔法〝氷閉領域〟!」
〝氷閉領域〟の効果範囲が、魔物の群れを包み込んだ瞬間に、全ての魔物が凍り付いた。
元々、生物には『冷気』や『氷結』に対する抵抗力が備わっている。それは、殆どの生物にとって必要な事の為、特別な事ではない。
だが、だからこそ、生物を魔法で短時間の間に凍らせる事は難しいと言われている。それ故に、生物を凍らせるには、敵よりも圧倒的に上回る魔力が必要だ。
敵の強敵であったり、大群である場合は、必要とされる魔力量は計り知れない物になるだろう。
「……ぅ、ぁ」
大勢の冒険者達が口を大きく開き、唖然としている。
「……」
「ちょっと、怪我なんてしてないでしょうね?」
「していない。体が汚れただけだ」
「うわ、汚い」
凍り付いた魔物を踏み砕きながら、ヴィルヘルムが歩き、その後ろをリツェアが歩く。
槍や体に付いた魔物の体液をヴィルヘルムは払い、リツェアが露骨に表情を顰める。それに気付いている筈のヴィルヘルムは、特に気にしている様子はない。
俺は、2人が魔物の群れから離れたのを確認して、風属性魔法を放つ。それにより、凍り付いていた魔物が砕け散った。
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【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
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──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
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