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第4章
第11話 同じ道
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先程まで俺が立っていた場所に、蟷螂の鎌の様な魔物の身体の一部が突き立っていた。
突然繭を突き破り、現れた蟷螂の鎌。
鎌が突き破った繭の隙間が広がり、中から飢餓に満ちた魔物が姿を現す。
その姿を一言で現すなら、醜悪。
蜘蛛の顔、蠍の尾と足と鋏、蟷螂の鎌など様々な蟲の特徴を持っていた。何より、蜘蛛の頭の上にのる人間の女の形をした物が、魔物の醜悪さに拍車を掛けている。
「女王混蟲」
無意識に、嘗て倒した魔物の名前を呟く。
《禁忌の魔王》が創り出した災厄の1つ。
蟲型の魔物を従え、周囲にある生物を根刮ぎ喰らう怪物。どんな環境にも適応し、喰らった分だけ強くなる特性を持つ。
「キィ。ギィぃァア」
女王混蟲が、産声を上げると同時に繭を隠していた建物が崩れ落ちた。そして、その姿を大勢の冒険と村人達に晒す。
「あの魔物は何だ!?」
「ま、また……」
「もう、駄目だ」
「クソが。休ませても来れねぇのかよ」
「おい!周りも見てみろ!!」
「魔物だっ。魔物が集まって来てる!」
「怪我人は建物の中に!戦える奴は、武器を持て!!」
魔物の襲撃を想定していたルドルフは、怪我人と村人達を建物の中に避難させた。
村人の中でも戦えそうな者達は、手に武器になりそうな物を持って戦闘に参加する様だが、戦闘慣れしている冒険者と比べるまでもない。
「おい、何やってんだ!?」
「俺達も戦わせてくれ!」
「そうだっ。黙って食われるつもりはねぇ!」
次々と魔物の数が増えている現状では、言い争いをしている時間はない。
冒険者達は、悔しさや苛立ちを表情に浮かべたまま、武器を魔物に向けて構えた。
「キィギャャァァアア!!」
突然、咆哮した女王混蟲の声によって、自分と孵化したばかりの魔物が急激に成長を始める。
更に、黒板を爪で傷付けた様な不快音を上げると蟲系の魔物達の体が、赤、青、黄など様々な色に輝く。
「気を付けろ!おそらく〝眷属強化〟のスキルだ!」
ルドルフが叫ぶ。
「馬鹿な。自分と他の魔物を強制的に成長させただと!?」
「不味いわね……」
成長と強化。
女王混蟲が、《禁忌の魔王》の災厄の1体に数えられた理由の1つであり、この場において最悪の力だ。
蟲型の魔物特有の眼は、感情ではなく、プログラムされた機械の様に、ギョロリと周囲を眺める。身体を動かす度に鳴るキチキチという音が、まるで刻一刻と状況が悪くなって行く俺達を嘲笑っているかの様だ。
「〝氷閉領域〟」
〝氷閉領域〟を展開し、周囲の魔物と共に女王混蟲を氷漬けにする。
だが、女王混蟲を凍らせた氷にヒビが入り始めた。
〝氷閉領域〟に、女王混蟲を倒し切るだけの威力はない。
「早く部隊の方に戻って下さい」
「で、ですが……」
「早くっ!!」
俺の危機迫った声に、躊躇っていた冒険者達は部隊の方に向けて走り出す。
再度〝氷閉領域〟を展開しながら、俺も魔物達から距離を取る。
幾ら剣を使えるからといって、近接戦闘職――剣士や闘士達の様な技術は俺にはない。
特に、今回の様な多勢に無勢の戦闘では、無闇に距離を詰めてはいけない。それでも、これ以上後退する事は出来そうになかった。
これ以上俺が後退すれば、女王混蟲の影響が、冒険者達にまで出てしまう。
冒険者や村人は、死の恐怖を抑えて必死に戦意を保っている。そんな状況で、女王混蟲が戦場に乱入すれば、戦意を喪失するきっかけになってしまう。
「第六階梯魔法〝氷結凍矢〟」
氷から抜け出しつつあった女王混蟲に向けて、〝氷結凍矢〟を放つ。
〝氷結凍矢〟が|女王混蟲の甲羅を貫き、着実にダメージを蓄積していくが、数発は鋏や鎌に弾かれてしまった。それだけでなく、氷漬けになった魔物を氷ごと食べ始める。
「くそっ、耐性を得ようとしているのか」
女王混蟲が災厄と呼ばれたもう1つの理由は、異常に優れた適応能力だ。
喰らった凡ゆる攻撃に対して、短時間で適応し、耐性を取得する。それ故に、女王混蟲を倒すには、初手から最大火力の攻撃を与える事が最善だ。
この場に、女王混蟲を倒せるだけの火力を出せる可能性のある冒険者は1人――俺、しかいない。
自惚れや過信ではなく、冒険者達は疲弊仕切っている。
そんな状態で、一撃で女王混蟲を倒すだけの力を残している者はいる筈がない。
正直、俺も魔力を使い過ぎた所為で、女王混蟲を確実に倒せる自信はない。それでも、俺がやらなければいけない。
それが、この場に来てしまった俺の責任だ。
凍っていない鋏で魔法を弾き、逆の蟷螂の鎌のような腕を素早く振るって氷を削り取った。
氷から抜け出しだ女王混蟲は、威嚇音を上げながら、俺に迫る。
「第七階梯魔法〝火炎の渦〟」
地面から炎が吹き上がり、女王混蟲を中心に渦を巻いて身体を焼き尽くしていく。
絶叫を上げる女王混蟲の姿に、着実にダメージが蓄積している事は確実だ。
だが、致命的な一撃は与えられていない。
女王混蟲を抑えながら、周囲から襲いかかって来る魔物に対応する。その間に、女王混蟲は、俺から距離を取って再び威嚇音を上げ始めた。
与えた筈の傷も周囲の魔物を喰らう度に、徐々に癒え始めている。
「くそ。もう成長しているのか」
女王混蟲は、短命な魔物だ。寿命は、約3日程度で尽きてしまう。
だが、短命故に成長が早く、戦闘が長引く程に強くなっていく。
「――っ」
一瞬意識が周囲の魔物の対応に向いた瞬間、女王混蟲の尾から毒液が放たれる。
魔法で防ぎつつ、後退した。その場所は、懸命に魔物達からの攻撃を防ぐ、冒険者達の近くだった。
『しまった』と思ったが、既に襲い。
冒険者や村人の元に、女王混蟲が迫って来る。
「え。サ……死、喰ワ、ロ」
女王混蟲の蜘蛛の頭の上にある人間の女性を模した何か。
疑似餌か、何かの器官なのかすら不明だ。
だが、その何かが発する声には、スキルの力が宿っていた。そのスキルは、 鶏冠蛇竜の異端王の〝恐怖の咆哮〟よりも効果は弱いが、恐怖心を増幅する効果がある様だ。
実際に声を聞いた一部の人々は、身体を硬直したり、意識を失う様な事はないが、体が震え、女王混蟲から視線を外せなくなっていた。
「おい!しっかりしろ!」
「そうだぞ。俺達は、目の前の敵に集中するんだ」
ルドルフやカシム、一部の冒険者達の声は恐怖に染まりつつある人々の心を勇気付ける事は出来ない。
「虎男!」
「分かっている!」
敵の隙を逃さず迫って来る魔物の群れをヴィルヘルムとリツェアが防ぐ。
「2人とも、気を付けて下さい」
「「?!」」
魔物の群れと相対していたヴィルヘルムとリツェアに向けて、魔法が迫っていた。
メデルの警告で、余裕を持って躱わした2人は、魔物の群れの中に立つ冒険者達を睨み付ける。
「彼等は……」
「多分だけど、操られてるんじゃない?」
「ホムンクルス……」
ややぎこちない動きで、魔物に紛れて冒険者達が迫って来る。
「あいつらは、『蒼翼』と調査村で警備をしていた連中だ」
冒険者達の表情が、険しさを増す。
「畜生。仲間と戦うなんて」
「出来ないよ……私」
「くそくそくそ、どうして、どうしてこんな……」
ホムンクルスに操られた冒険者達との戦いに、冒険者だけでなく、ヴィルヘルムやリツェアも攻撃に迷いが出ていた。
魔物達は、そんな人々の迷いを嘲笑う様に、ホムンクルスに操られた冒険者を盾にして襲いかかって来る。
人々は、敵である魔物を殺す覚悟はあっても、仲間だった敵を殺す覚悟は持っていなかった。
覚悟を持っていなかったとしても、覚悟を決めるしかない。
単純な事ではあるが、それが出来る人は、この場にはいなかった。
「は、早く!」
「私達の事は良いから、敵を!」
「迷わず殺して!」
「私達の事は気にしないで……」
「すまない、すまない」
ホムンクルスに操られている一部の冒険者には、意識があった。それは、彼等を助けられる可能性がある、ということ。
だが、現状で拘束する事は不可能に近く、拘束出来たとしてもホムンクルスを殺す程の余裕は誰にもない。
対応が遅れている間に、冒険者達は急激に追い込まれて行った。
増援は未だに来ない。
俺も女王混蟲を相手にしている為、手助けは出来ない。
だが、女王混蟲のスキルの所為で、人々の戦意は徐々に失われている。
メデルなどの治癒系の魔法が使える魔導師が、駆け回って前線の維持に貢献しているが限界は近い。
「……もうおしまいだ」
たった1人の声が、多くの人々に届いてしまった。
絶望に染まり、死を受け入れるしかないと諦めた人の声は、必死に足掻いていた人々の心を折るには充分な影響力があった。
「嫌だ、こんな所で死にたくない」
「蟲に食い殺されるくらいなら、いっそ……」
「おかあさーん!」
「誰か、この子だけは……」
「嫌だ、ここまで来て……あと少しだったのに……」
戦場に響き渡る阿鼻叫喚、敵の放つ肌を斬るような殺気、人々の心を染める絶望、肌に絡み付く様な死の気配。
過去を思い出す必要もない程、見慣れた光景だ。
忘れたつもりでも、体と心がはっきりと覚えている。
「もう諦めるんですか?」
「「「「「…………」」」」」
背中に、人々から集まった視線を感じる。
「……雪?」
「俺達は、まだ生きている。それなのに、諦めてしまうんですか?」
身勝手に押し付けられた様々な期待と責任が、背中にのしかかる。それなのに、何故か、俺の体は軽くなっていた。
懐かしい感覚だ。
嘗ての勇者は、ずっとこんなものを背負っていたんだな。
本当に、馬鹿だ。滑稽な自己満足の化身。
全てが、今の凍夜と違う。
地球にいた頃は、嘗ての勇者を否定し続けた。
異世界に、戻って来ても、何度も嘗ての勇者を否定した。
――その筈なのに。
気付けば俺は、嘗ての勇者と同じ道を歩んでいたのかもしれない。
メデルと出会い、ヴィルヘルム達と出会い、カシム達と出会った。
他にも、多くの人々と関わった。そして、また嘗ての勇者と同じものを背負って歩き出した。
「俺は、諦めません」
自惚れかもしれない。
間違った事をしているのかもしれない。
だが、気付けばいつも、嘗ての勇者の面影を追いかけていたのかもしれない。
忘れたと思っていた嘗ての勇者を、どれだけ否定した所で、自分は、勇者なのだと、突きつけられている気分だった。
「………どうして、諦めない?」
ヴィルヘルムか、カシムか、それとも別の誰かだったかもしれない声が聴こえた。
だが、その答えは、嘗ての勇者も現在の俺も、見つけられていない。
突然繭を突き破り、現れた蟷螂の鎌。
鎌が突き破った繭の隙間が広がり、中から飢餓に満ちた魔物が姿を現す。
その姿を一言で現すなら、醜悪。
蜘蛛の顔、蠍の尾と足と鋏、蟷螂の鎌など様々な蟲の特徴を持っていた。何より、蜘蛛の頭の上にのる人間の女の形をした物が、魔物の醜悪さに拍車を掛けている。
「女王混蟲」
無意識に、嘗て倒した魔物の名前を呟く。
《禁忌の魔王》が創り出した災厄の1つ。
蟲型の魔物を従え、周囲にある生物を根刮ぎ喰らう怪物。どんな環境にも適応し、喰らった分だけ強くなる特性を持つ。
「キィ。ギィぃァア」
女王混蟲が、産声を上げると同時に繭を隠していた建物が崩れ落ちた。そして、その姿を大勢の冒険と村人達に晒す。
「あの魔物は何だ!?」
「ま、また……」
「もう、駄目だ」
「クソが。休ませても来れねぇのかよ」
「おい!周りも見てみろ!!」
「魔物だっ。魔物が集まって来てる!」
「怪我人は建物の中に!戦える奴は、武器を持て!!」
魔物の襲撃を想定していたルドルフは、怪我人と村人達を建物の中に避難させた。
村人の中でも戦えそうな者達は、手に武器になりそうな物を持って戦闘に参加する様だが、戦闘慣れしている冒険者と比べるまでもない。
「おい、何やってんだ!?」
「俺達も戦わせてくれ!」
「そうだっ。黙って食われるつもりはねぇ!」
次々と魔物の数が増えている現状では、言い争いをしている時間はない。
冒険者達は、悔しさや苛立ちを表情に浮かべたまま、武器を魔物に向けて構えた。
「キィギャャァァアア!!」
突然、咆哮した女王混蟲の声によって、自分と孵化したばかりの魔物が急激に成長を始める。
更に、黒板を爪で傷付けた様な不快音を上げると蟲系の魔物達の体が、赤、青、黄など様々な色に輝く。
「気を付けろ!おそらく〝眷属強化〟のスキルだ!」
ルドルフが叫ぶ。
「馬鹿な。自分と他の魔物を強制的に成長させただと!?」
「不味いわね……」
成長と強化。
女王混蟲が、《禁忌の魔王》の災厄の1体に数えられた理由の1つであり、この場において最悪の力だ。
蟲型の魔物特有の眼は、感情ではなく、プログラムされた機械の様に、ギョロリと周囲を眺める。身体を動かす度に鳴るキチキチという音が、まるで刻一刻と状況が悪くなって行く俺達を嘲笑っているかの様だ。
「〝氷閉領域〟」
〝氷閉領域〟を展開し、周囲の魔物と共に女王混蟲を氷漬けにする。
だが、女王混蟲を凍らせた氷にヒビが入り始めた。
〝氷閉領域〟に、女王混蟲を倒し切るだけの威力はない。
「早く部隊の方に戻って下さい」
「で、ですが……」
「早くっ!!」
俺の危機迫った声に、躊躇っていた冒険者達は部隊の方に向けて走り出す。
再度〝氷閉領域〟を展開しながら、俺も魔物達から距離を取る。
幾ら剣を使えるからといって、近接戦闘職――剣士や闘士達の様な技術は俺にはない。
特に、今回の様な多勢に無勢の戦闘では、無闇に距離を詰めてはいけない。それでも、これ以上後退する事は出来そうになかった。
これ以上俺が後退すれば、女王混蟲の影響が、冒険者達にまで出てしまう。
冒険者や村人は、死の恐怖を抑えて必死に戦意を保っている。そんな状況で、女王混蟲が戦場に乱入すれば、戦意を喪失するきっかけになってしまう。
「第六階梯魔法〝氷結凍矢〟」
氷から抜け出しつつあった女王混蟲に向けて、〝氷結凍矢〟を放つ。
〝氷結凍矢〟が|女王混蟲の甲羅を貫き、着実にダメージを蓄積していくが、数発は鋏や鎌に弾かれてしまった。それだけでなく、氷漬けになった魔物を氷ごと食べ始める。
「くそっ、耐性を得ようとしているのか」
女王混蟲が災厄と呼ばれたもう1つの理由は、異常に優れた適応能力だ。
喰らった凡ゆる攻撃に対して、短時間で適応し、耐性を取得する。それ故に、女王混蟲を倒すには、初手から最大火力の攻撃を与える事が最善だ。
この場に、女王混蟲を倒せるだけの火力を出せる可能性のある冒険者は1人――俺、しかいない。
自惚れや過信ではなく、冒険者達は疲弊仕切っている。
そんな状態で、一撃で女王混蟲を倒すだけの力を残している者はいる筈がない。
正直、俺も魔力を使い過ぎた所為で、女王混蟲を確実に倒せる自信はない。それでも、俺がやらなければいけない。
それが、この場に来てしまった俺の責任だ。
凍っていない鋏で魔法を弾き、逆の蟷螂の鎌のような腕を素早く振るって氷を削り取った。
氷から抜け出しだ女王混蟲は、威嚇音を上げながら、俺に迫る。
「第七階梯魔法〝火炎の渦〟」
地面から炎が吹き上がり、女王混蟲を中心に渦を巻いて身体を焼き尽くしていく。
絶叫を上げる女王混蟲の姿に、着実にダメージが蓄積している事は確実だ。
だが、致命的な一撃は与えられていない。
女王混蟲を抑えながら、周囲から襲いかかって来る魔物に対応する。その間に、女王混蟲は、俺から距離を取って再び威嚇音を上げ始めた。
与えた筈の傷も周囲の魔物を喰らう度に、徐々に癒え始めている。
「くそ。もう成長しているのか」
女王混蟲は、短命な魔物だ。寿命は、約3日程度で尽きてしまう。
だが、短命故に成長が早く、戦闘が長引く程に強くなっていく。
「――っ」
一瞬意識が周囲の魔物の対応に向いた瞬間、女王混蟲の尾から毒液が放たれる。
魔法で防ぎつつ、後退した。その場所は、懸命に魔物達からの攻撃を防ぐ、冒険者達の近くだった。
『しまった』と思ったが、既に襲い。
冒険者や村人の元に、女王混蟲が迫って来る。
「え。サ……死、喰ワ、ロ」
女王混蟲の蜘蛛の頭の上にある人間の女性を模した何か。
疑似餌か、何かの器官なのかすら不明だ。
だが、その何かが発する声には、スキルの力が宿っていた。そのスキルは、 鶏冠蛇竜の異端王の〝恐怖の咆哮〟よりも効果は弱いが、恐怖心を増幅する効果がある様だ。
実際に声を聞いた一部の人々は、身体を硬直したり、意識を失う様な事はないが、体が震え、女王混蟲から視線を外せなくなっていた。
「おい!しっかりしろ!」
「そうだぞ。俺達は、目の前の敵に集中するんだ」
ルドルフやカシム、一部の冒険者達の声は恐怖に染まりつつある人々の心を勇気付ける事は出来ない。
「虎男!」
「分かっている!」
敵の隙を逃さず迫って来る魔物の群れをヴィルヘルムとリツェアが防ぐ。
「2人とも、気を付けて下さい」
「「?!」」
魔物の群れと相対していたヴィルヘルムとリツェアに向けて、魔法が迫っていた。
メデルの警告で、余裕を持って躱わした2人は、魔物の群れの中に立つ冒険者達を睨み付ける。
「彼等は……」
「多分だけど、操られてるんじゃない?」
「ホムンクルス……」
ややぎこちない動きで、魔物に紛れて冒険者達が迫って来る。
「あいつらは、『蒼翼』と調査村で警備をしていた連中だ」
冒険者達の表情が、険しさを増す。
「畜生。仲間と戦うなんて」
「出来ないよ……私」
「くそくそくそ、どうして、どうしてこんな……」
ホムンクルスに操られた冒険者達との戦いに、冒険者だけでなく、ヴィルヘルムやリツェアも攻撃に迷いが出ていた。
魔物達は、そんな人々の迷いを嘲笑う様に、ホムンクルスに操られた冒険者を盾にして襲いかかって来る。
人々は、敵である魔物を殺す覚悟はあっても、仲間だった敵を殺す覚悟は持っていなかった。
覚悟を持っていなかったとしても、覚悟を決めるしかない。
単純な事ではあるが、それが出来る人は、この場にはいなかった。
「は、早く!」
「私達の事は良いから、敵を!」
「迷わず殺して!」
「私達の事は気にしないで……」
「すまない、すまない」
ホムンクルスに操られている一部の冒険者には、意識があった。それは、彼等を助けられる可能性がある、ということ。
だが、現状で拘束する事は不可能に近く、拘束出来たとしてもホムンクルスを殺す程の余裕は誰にもない。
対応が遅れている間に、冒険者達は急激に追い込まれて行った。
増援は未だに来ない。
俺も女王混蟲を相手にしている為、手助けは出来ない。
だが、女王混蟲のスキルの所為で、人々の戦意は徐々に失われている。
メデルなどの治癒系の魔法が使える魔導師が、駆け回って前線の維持に貢献しているが限界は近い。
「……もうおしまいだ」
たった1人の声が、多くの人々に届いてしまった。
絶望に染まり、死を受け入れるしかないと諦めた人の声は、必死に足掻いていた人々の心を折るには充分な影響力があった。
「嫌だ、こんな所で死にたくない」
「蟲に食い殺されるくらいなら、いっそ……」
「おかあさーん!」
「誰か、この子だけは……」
「嫌だ、ここまで来て……あと少しだったのに……」
戦場に響き渡る阿鼻叫喚、敵の放つ肌を斬るような殺気、人々の心を染める絶望、肌に絡み付く様な死の気配。
過去を思い出す必要もない程、見慣れた光景だ。
忘れたつもりでも、体と心がはっきりと覚えている。
「もう諦めるんですか?」
「「「「「…………」」」」」
背中に、人々から集まった視線を感じる。
「……雪?」
「俺達は、まだ生きている。それなのに、諦めてしまうんですか?」
身勝手に押し付けられた様々な期待と責任が、背中にのしかかる。それなのに、何故か、俺の体は軽くなっていた。
懐かしい感覚だ。
嘗ての勇者は、ずっとこんなものを背負っていたんだな。
本当に、馬鹿だ。滑稽な自己満足の化身。
全てが、今の凍夜と違う。
地球にいた頃は、嘗ての勇者を否定し続けた。
異世界に、戻って来ても、何度も嘗ての勇者を否定した。
――その筈なのに。
気付けば俺は、嘗ての勇者と同じ道を歩んでいたのかもしれない。
メデルと出会い、ヴィルヘルム達と出会い、カシム達と出会った。
他にも、多くの人々と関わった。そして、また嘗ての勇者と同じものを背負って歩き出した。
「俺は、諦めません」
自惚れかもしれない。
間違った事をしているのかもしれない。
だが、気付けばいつも、嘗ての勇者の面影を追いかけていたのかもしれない。
忘れたと思っていた嘗ての勇者を、どれだけ否定した所で、自分は、勇者なのだと、突きつけられている気分だった。
「………どうして、諦めない?」
ヴィルヘルムか、カシムか、それとも別の誰かだったかもしれない声が聴こえた。
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