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第4章
第13話 始まりの足音
しおりを挟む泣き崩れるローディスは、凍った地面に拳を叩き付けた。
「どうして……こんな……」
ローディスの姿を見た冒険者や村人は、悲痛な表情で口を噤む。
ローディスの他にも、氷漬けとなった人々の前では、涙を流す人々の姿があった。
「お前の全てを否定するつもりはない」
バルザックの視線は、涙を流す人々に向けられていた。
「だが、俺達――辺境都市の冒険者達は、あの様な涙を流す人々を1人でも減らす為に戦っている」
「……」
俺は、バルザックの言葉に言い返す事は出来なかった。
「今は、この場から離れた方が良い」
俺だけに聞こえる程度の声で、バルザックは囁く。
周囲を見回す必要もなく、この場は勝利を喜ぶ雰囲気よりも、仲間や知人を失った人々の悲しみが満たしている。
『生存者の救出』。
その依頼を俺は失敗した。
俺は、周囲の人々に視線を向ける事なく、歩き始める。そして、こちらを伺うメデルにだけ、視線を向けて頷く。
「っ!」
事前に説明を聞いていたメデルは、力強く頷いた。その姿は、出会った頃の自信無さげな姿とは格段に違う。
メデルは、聖獣――聖蛇だが、他人が成長するのは、なんだか胸の奥が熱くなる様な感覚がする。この感情は、きっと『喜び』や『感動』と例えられる物なのだろう。
だが、今回の俺の決断は、救えたかもしれない人々の『もしもの、可能性』を奪った、という事だ。
俺は、調査村の入り口に向けて歩きながら、破壊された周囲に目を向ける。
バルザック達――冒険者が通って来た道は、至る所に魔物の死体や破壊された建造物の残骸が散乱していた。その中には、拘束された村人だった物の姿もある。
「……」
魔法や縄などの道具で拘束された村人は、皆、内側からホムンクルスに食い破られて死んでいた。
ホムンクルスは、人にしか寄生しない。そして、寄生した人間を殺す事なく生かす。
だが、窮地に陥れば、人の皮を破り、襲い掛かって来る。
俺の処分が除名だけで済んだ事や他の冒険者が俺に剣を向けて来なかった理由は、俺達の元に辿り着く前にホムンクルスに寄生された人々の末路を見て来たからだった訳か。
だが、俺と決定的に違うのは――。
「救おうとしたのか……」
無駄だと、手遅れだと、バルザックは分かっていた筈だ。それでも、希望を捨てず、冒険者達に、希望を捨てない姿を見せていたのか。
無意識に、歩みが止まっていた。それに気づいて、再び歩き始める。
様々な考えや記憶が、湧き上がっては、新たに湧き出す考えや記憶に塗り潰されて行く。
深く、昏く、意識が沈んで行く様な、この感覚は、良く知っている。
徐々に意識が遠のいて、体を動かすのは、自分ではない、『誰かの意思』。
「……誰か?」
不意に湧いた疑問。
いや、記憶にない、感覚。
自分が、誰かの意思を体現する為の人形になったかの様な感覚とは少し違う。
自分の中に湧き上がった感情や欲求は、自分の物の筈なのに、他人から与えられた物だと頭で理解している様な、矛盾した感覚。
自分が、自分ではない何かに成り変わって行く。それを頭では理解しているのに、逆らえない。
「なんだ、この感覚は……」
記憶を幾ら探っても、その感覚を味わった時の記憶はない。
一度味わえば、忘れる事のない感覚。その筈なのに。
どれだけ歩いたのか。
俺は、いつの間にか、バルザックが置いた拠点の近くまで戻って来ていた。
だが、遠くに見える倒れ伏した冒険者達の姿に、警戒心を高める。
腰に装備した剣に手を添えて、徐々に距離を詰めて行く。
魔力が枯渇した現状では、魔法は使えない。
バルザック達の元に戻る場合は、拠点を襲撃した敵に背中を晒す事になる。
気づかれていなければ良いが、俺の勘が『敵は気付いている』と告げていた。
奇襲を受ける事なく拠点に辿り着いた俺は、屍となった冒険者を確認する。
人の造った刃物よりも、巨大な刃物で切り裂かれた傷口。剛腕で潰された様な四肢。人の形を保てず、内側から破裂した様な部位。
「……」
嫌な予感がして、周囲に倒れている死体を数える。
「3人」
バルザックが、拠点に何人の冒険者を置いて来たのかは分からない。それでも、この場の死体は全ては、冒険者の物だ。
バルザックが連れて来た、冒険者組合の職員の姿がない。
おそらく、冒険者が彼等を逃したのだろう。
その時、大きな影に追われる人影がこちらに走って来ていた。
「た、助けっ!!」
「い、いやっ……」
2人の女性は、バルザックが連れて来た冒険者組合の職員だ。
だが、2人の冒険者を追う大きな影にも、人の面影がある。
「混合獣っ」
俺は、魔力が枯渇して悲鳴を上げる体で剣を引き抜く。
「このまま、村の方まで走れ!!」
「「!!」」
俺の叫び声を聞いた女性達は、言葉を発する余裕もなく、駆け抜けて行く。
彼女達も冒険者組合の職員だ。
自分の役割は、承知している。
彼女達の役目は、この場に残って俺に助けを乞う事ではなく、現状を速やかにバルザック達に伝える事だ。
俺は、迫り来る混合獣の足に向けて剣を振るう。
すると、混合獣の足を容易く斬る事が出来た。
「ギィぁァアっ……」
人に似た声で暴れる混合獣の姿を睨み付ける。
「こいつ――」
――弱過ぎる。
この程度の混合獣なら、金級以上の冒険者が敗れる事はない。
不意を突かれたとしても、3人集まった冒険者の脅威にはならない筈だ。
つまり、冒険者達を殺害した敵は――
「――第八階梯魔法〝粛清の大火〟」
感情のない女性の事と同時に、足下に展開された魔法陣。そして、天を突く程の炎が噴き上がる。
「――クソ」
女性達を襲っていた混合獣が、囮だと逸早く気付けた事で、紙一重で敵の魔法を避ける事が出来た。
だが、先程敵が放った魔法――粛清の大火は、第八階梯魔法だ。並大抵の魔導師では発動すら出来ず、扱える者は、皆等しく人外の領域に足を踏み入れた猛者になる。
「外した。敵、生きている」
魔力が感じられる先に姿を見せたのは、魔物の体と結合した混合獣の女性だ。
本来、混合獣を創り出す事は禁忌の術――禁術として扱われる。もし、禁術を行使すれば、それだけで投獄や死罪となる程に危険な技術だ。それ故に、研究をする事すら許されず、技術が進歩する事はない。
嘗て、錬金術の禁術を研究していた組織――『結社』と呼ばれた名も無き組織は、魔物の素材を利用して『生きた人の混合獣』を創り出そうとした。
だが、研究は失敗した。
生きた人の体に魔物の体を結合させる事は出来ても、短時間で互いに拒絶反応を起こしてしまう。その上、素材が互いに影響を与え合う事で、混合獣となる前に使えていた魔法やスキルも全て使用出来なくなってしまう。そして、人としての知能が失われ、全てが自壊――死んだ。
結社が手を尽くしても、その問題を解決する事は出来なかった。それでも、結社が生み出した研究の副産物ですら、種族間戦争の情勢を左右する影響を与えた。
つまり、結社は『生きた人の混合獣』を創る事が出来ず、研究は失敗した事になっている。
だが、事実は違う。
結社は、研究を完成させていた。その事実は、国々にとって都合が悪く、結社の研究員、研究結果の全てが歴史から消されている。
ヴァルフリード王国の国王自ら、全てを焼き払った。
――その筈だ。
「生きた混合獣っ」
高度な魔法を扱う魔導師、背中の大翼、右腕の蟷螂の鎌。他にも複数の魔力が混ざり合っている。それなのに、互いに拒絶する事なく、1体の混合獣として完成されていた。
こんな事が出来るのは、俺の記憶に1人しかいない。
その予感は、女性の影に隠れていた人物の姿を確認して、確信へと変わった。
「お前は――っ!?」
無垢な子供の様な姿。性別は、目視では判別が付かない。瞳に秘める危うい好奇心の輝きは、見る者に理由のない恐怖を与える。
華奢な身体に不釣り合いな、歪な魔力の塊。
見間違える筈がない。
嘗て、俺と明日羽が倒した、禁忌の魔王――
「――ファウスト・ホムンクルス」
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