異世界召喚されたのは、『元』勇者です

ユモア

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第4章

第14話 破壊の気配

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始まりの小さき人間ファースト・ホムンクルス』。

 それは、結社が創り出した、最初で最後の完成された存在。
 結社の研究者曰く、『あの存在は完璧な生命体だ』『寿命を持たず、創られた瞬間産まれながらに、凡ゆる知識を内包している』『あの存在こそ、人々を進歩させる為に必要な存在だ』と語っている。

 そう――結社の真の目的は、『人々を進歩させる存在』を創り出す事だった。
 結社の人々が、何を思い、そのような志を抱いたのかは、分からない。
 だが、その存在を解き放った結果――人々は、あの存在を『魔王』と呼び、恐れた。そして、平和の為には『不要な存在』な存在と判断され、勇者達によって倒された。

 結社の研究者達からしたら、俺達の行いこそ、人の進歩に不要な行いだったのかもしれない。
 ――そうだとしても、『始まりの小さき人間ファースト・ホムンクルス』。
 いや、ファウスト・ホムンクルスは危険な存在だった。

「漸く、こうして会えましたね。トウヤさん」
「……」

 黙り込む俺に、屈託のない微笑みをファウストは浮かべる。

「隠す必要はありませんよ。何の因果か、僕は今、コッチ側にいるので」
「コッチ側?」

 ファウストが、俺の正体を確信している事は分かった。

 だが、『コッチ側』とは、何の事だか分からない。

「全てを明かすのは、面白くありませんね。ですが、ヒントは与えましょう――」

 ファウストは、隣に立つ女性の混合獣に視線を向ける。

「――彼女は、『元執行者』〝第九席〟《浄火》のネストラ・クリンミスさんです」
「?!」

 更に訳が分からなくなった。
『コッチ側』とは、執行者に敵対する存在なのか。

「うんうん、悩んでいますね。良い傾向です」

 ファウストは、本気で関心している様な素振りを見せる。

「人が成長する瞬間は、壁を乗り越えた瞬間。その壁には、様々な形が存在します。力や知恵、技や病気、などなど」

 ファウストの言う『壁』とは、人が『限界』と例えている物だ。

「人は凡ゆる可能性を秘めているというのに、殆どは壁を乗り越える事を諦めてしまう。本当に、勿体無い」
「それで、大勢の人を殺したのか?」

 嘗ても、同じ質問をした。

「ええ、そうですよ。壁を越えられない有象無象は、人々が進歩する為の足枷になりますから」

 その返答も、嘗てと全く同じだ。悪気など皆無。子供の様に、己が絶対に正しいと疑う事など考えていない。そして、偶然にも、似た様な決断を先程したばかりだった。

『大勢を救う為に、少数を切り捨てる』。その決断は、ファウストの考えと似ている所がある、と今の俺は感じてしまっている。
 嘗ては、そんな事を感じる事はなかった。

「さて、僕の時間は幾らでもありますが、トウヤさんはそうでは無いでしょ?」

 ファウストの言う通りだ。
 奴は、素材が有れば、幾つも混合獣を創り出す能力がある。
 冒険者という、素材が増えれば、厄介な敵を幾つも創り出してしまう。
 奴を倒す為には、周囲から孤立した現状が最善だ。

 だが、今の俺にはファウストを倒す為の魔力はない。
 

『魔力の切れた魔導師は、戦場では重症者以上に足手纏いだ』

 今の状況で、嘗て魔法の師に言われた言葉を思い出す。
 どれだけ優れた魔法を扱う魔導師であっても、強敵を前にして、魔力がないので有れば、無力な存在だ。
 
 もし、バルザックが来るまでファウストの攻撃を耐えられたとしても、戦況は変わらない。
『禁忌の魔王』と呼ばれたファウストは、入念な準備した勇者ではなかった頃の俺と明日羽達が全力で戦い、紙一重で勝つ事が出来た相手だ。
 万全ではない俺とバルザックが集まった所で、ファウストを倒す事は極めて難しい。

「何を戸惑っているのです?」
「……」
「あるのでしょう?君には、僕という『壁』を破壊し得る力が」

 ファウストの狙いは、分からない。それでも、俺の使っていない奥の手を誘っている事は分かる。

 ――聖剣。又は、別の力か。

 明らかに罠と分かっていて飛び込むには、相手が悪い。
 
「……何を言って――」
「――神器」
「……」

 嘗ての種族間戦争ですら、神器を使ったのは数回。
 神器を使う事になった敵は、全員死んでいる。その中に、ファウストはいない。それなのに、何故ファウストが神器の事を知っているか分からずに、睨み付ける事しか出来なかった。
 
「聖剣は、顕現させるにも、維持するのにも、今のトウヤさんの魔力では心許ない。他の魔法も同じ」

 まるで、俺の手の内を知り尽くしている様な話し方だ。

「でも、神器は違う」
「ファウスト……。お前は、何処まで知っている?」

 俺の問いに、ファウストは答えない。
 答えの代わりとして、隣の混合獣ネストラが左手の杖を振るう。

 空中に10を超える数の炎球が出現し、俺に降り注ぐ。
 炎球は、地面に触れた瞬間に爆発し、俺の体制を崩す。そして、砂煙に塞がれた視界を諸共せずに、再び魔法が襲いかかって来る。
 人の目では無く、魔物の目に変えられた混合獣ネストラの攻撃は正確に俺の動きを追って来ていた。

「さぁ、君は何を選ぶのかな?」

 爆発音に掻き消される様に、ファウストが呟く。
 

 俺は、敵からの魔法を回避しつつ、リンの言葉を思い出す。
 
『我の力を使えば、貴様は必ず後悔する』

 この世界に戻って来て、リンに言われた言葉が脳裏を過ぎる。
 だが、それでも、やるしかない。

「第八階梯魔法〝粛清の大火パージフィル・フレア〟」

 先程よりも魔力が込められた魔法陣は、回避するのが不可能と判断出来る程に大きな魔法陣を展開している。

 逃げ場はない。
 魔力の無い状態では、防ぐ事も出来ない。

「……」

 こちらを混合獣ネストラの隣に立ったまま、無防備に眺めるファウストを睨み付ける。それに気付いたファウストは、俺が何をするのか、期待するかの様に笑みを浮かべた。

 このままでは、間違いなく死ぬ。
 それなら、罠だと分かっていても、突き進むしか無い。

 俺は虚空へと左手を開く。

「黄昏の時は来た 封じられし枷を破り 
憎悪と憤怒を力へ変え 忌まわしき鎖を噛みちぎれ
『神器:ヴァナル・ガンド』」

 俺の詠唱に応え、顕現した狼を模した杖の神器。
 一見煌びやかな装飾の殆どない杖だが、杖の周囲の空間が歪んでいる様にすら感じさせる異質な力を纏っている。

「〝破壊之波動ヴァナルス・ヴァルナ〟」

 俺は、詠唱と同時に神獣リンの魔力を周囲に放つ。
 たったそれだけの現象で、〝粛清の大火パージフィル・フレア〟の魔法陣は跡形もなく破壊された。
 
 その光景を見ていたファウストは、表情を変える。

「なるほど。それが、神器。話に聞いていた以上の力を秘めている様ですね」

 ファウストの表情に映るのは、敵の力に警戒心よりも、無知の力を解き明かそうとする研究欲に近い感情。そして、破壊欲だ。

「ですが、その力は人には不要です」
「……」
「他者の力を放つだけの道具は、人を堕落させる」

 確かに、ファウストの言う事は間違っていない。
 俺の『神器』は、リンの力の一部を行使する為だけの道具。それも、敵を殺す力ではなく、破壊するだけの力だ。
 
 敵味方問わず、力が向かった先にある全てを破壊してしまう力は、新しい獲物を見つけた事に歓喜しているかの様に魔力が荒れ狂っている。
 油断すれば、体の内側からバラバラに引き裂かれそうな痛みを感じるが、表情に出す事なく、神器を構えた。


「僕は、人を進歩させる存在として、その神器を認める訳にはいかない」

 ファウストの意思に従い、混合獣ネストラが新たな詠唱を始める。

 だが、魔法を構築する者――魔導師に対して、ヴァナル・ガンドは必殺の強さを持つ。

「〝破壊之波動ヴァナルス・ヴァルナ〟」

 混合獣ネストラの魔法が完成する前に、魔法を破壊する。そして、神器から溢れ続ける魔力を一点に集めて放つ。

「〝破壊之咆哮ヴァナルス・ロア〟」

 それは、単なる魔力という名の力の塊。
 凄まじい力の塊は、咆哮の様な音を上げて、眼前の敵を含めた全てを抉り取った。
 
 
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