異界の相対者

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逃亡編

唯一の動揺

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「こんにちは。私は」
「ハクエン四局長、だろう。知っている」
 カーネスは椅子に固定され、手も拘束されている。
「もう喋るのは飽きた」
「よく喋っているんだね」
 ハクエンは微笑む。カーネスはその微笑みが気に入らないというように鼻を鳴らした。そしてドアの向こうを見る。
「もう一人入ってこないのか? 尋問はいつも二人以上だろう」
「今日は特別だ。一人だが、ドアの外に見張りがいる。逃げる隙はないぞ」
「今逃げようなんて思ってないさ」
 カーネスはやる気がなかった。
「サウザン氏の娘の奴は認めただろうが。物証がないから駄目なのか?ならやっぱりこの間可愛い顔した四局の男でコイン引っくり返してやろうか? 」
「そんな気遣いいらないよ」
 ハクエンは微笑んだままだった。だが威圧をかけているのは分かった。カーネスは面倒そうに上を向いた。
「じゃあなんだ? シズ・カンダの逃亡先なんて僕は知らないよ。シズ・カンダが四局になっていたのも知らないし、サウザン氏を半殺しにしたのも知らなかったし、八局棟にいたのも知らないし、脱走したのも知らない」
「でもミトス・スイドを知っているだろう? 」
 カーネスは天井を見上げたまま答えない。
「カンダの事は勿論、知っているんだろう? 」
「そりゃあね」
 二度目は返事をした。
「そのカンダと同じ顔をした男だ。お前のコインの話を信じるとミトス・スイドとカンダはコインと考えるのが正しいだろう」
「そういえば、この間はシズ・カンダのコインの話は出さなかったよね?なんで今さら聞くの? 」
「今が聞くタイミングだと思ったからだ。九局にも聞かれただろう?ミトス・スイドの名前」
 ハクエンは九局の動向の探りを入れた。
「ああ、聞いた。けど僕が答えることは何もなかったよ」
 やはり「ミトス・スイド」の事を九局は掴んでいた。ハクエンは九局がカーネスをアベンチュレにとどめようとする理由に納得し、話を続けた。
「四局がお前を捕まえた時、お前は墓参りをしていた。スイド家の墓に花を投げた。それなのになぜ今さらしらばっくれる? 」
「そっちが勝手に墓参りしたと勘違いしたんだろう?花を投げたのは僕じゃない。そちらさんの見間違いだよ」
 不思議だった。なぜ、今さらそんな嘘を吐くのか。コインを引っくり返す話をして、カンダの事も知っている。それなのに「ミトス・スイド」の事を知らないという。あきらかに無理がある。カーネスが「ミトス・スイド」の事を黙っているのはなぜだ。
「カンダの生まれはフェナのヘミモル村だ。それは知っているか? 」
 カーネスは顔をおろしハクエンの顔を見た。けれど喋る事はしない。
「スイド家もヤナギ村にある。それは知っているだろう?」
「さあ」
 カーネスは真面目に話を聞く気はなかった。
「スイド家に地下があるんだ」
 そうハクエンが言った時、微かにカーネスの瞳が揺れた。その戸惑いを逃すものかとハクエンは続ける。
「うちの部下が見つけた。君がミトス・スイドの両親達の命日に墓参りに訪れると予測した部下だ。名前はカラミンという。コーネス・カーネスが来るかどうかは賭けだった。けど必ずスイド家に関わる人間が来ると踏んだ。ミトス・スイドが九十七期生の悲劇で死んでいないと知っている誰かが。村のミトス・スイドの幼馴染に聞くと、ああ、その子はミトス・スイドが九十七期生の悲劇で死んだと思っている。その幼馴染が九十七期生の悲劇の翌年も、スイドの両親達の命日に花束がひとつ置かれていたと教えてくれた。去年までずっと。カンダは去年青少年学校に通っていた。だから去年すでにミトス・スイドはいなかった。それでも去年も花はあった。普通に考えて去年花を持って来た人物が、今年も花を持って来る」
「それがスイド家の地下とどう関係あるんだ? 」
 カーネスが自分に引っ張られているのをハクエンは感じた。「ミトス・スイド」とは関係ないと言っているのに知りたがっている。
「悪いね。話が逸れた。スイド家に地下はある。不思議な地下室だ。風呂もトイレもあった。コンロも。まるで誰かが隠れて住んでいたようだ。君はスイド家の地下に住んでいたんじゃないか? 」
 カーネスの唇が微かに震えた。
「君の最終目撃情報はオウサだ。君はオウサと関わりがあり過ぎる。それなのになぜ今さらミトス・スイドの事を隠す? ばれている嘘をなぜ吐き通す?」
 カーネスはハクエンをしばし見つめ笑い肩をすくめた。ハクエンは眉を顰めた。
「九十七期生に生き残りがいたってバレたらおたくら的には困るんじゃないですか? 」
「俺達の為にミトス・スイドの事を黙っているって事か?」
「まさか。けどまあ、僕が明言しないと調書に書けないんでしょうね」
 カーネスの言う通りだった。調書に明確にはっきりと証言したものしか記録してはいけない事になっていた。尋問者が調書の捏造を防止するためであり、冤罪を避け、憶測に誘導させるのを防ぐためであった。限りなく黒に近い証言、グレーな証言を他の城人に伝えるには口頭が原則だった。
「なぜそんな事お前が知っている? 」
「長くヨンキョクから逃げているとね、詳しくなるんだ」
「そうなのか。という事は、ミトス・スイドの名前が調書に残るのは嫌だという事か? 九十七期生の悲劇の秘密を守るのはお前がアベンチュレの味方か何かだからか? 」
「僕は誰の味方にもならない」
 カーネスは歯を見せてニヒルに笑う。ハクエンは言った。
「それでもお前はミトス・スイドの味方なんだろう」
 カーネスの笑いが怯んだ。今までで一番の動揺だった。だがすぐに笑みを浮かべ直す。
「僕の味方はこの世界にいないさ」
 嫌に優しい声でカーネスは言った。ドアをノックされる。ハクエンは立ち上がりドアを開ける。
「ハクエン局長、時間です」
「分かった」
 シラーを八局室に入れる。カーネスはシラーを一瞥したが、また退屈そうにそっぽを向いた。シラーは椅子とカーネスを繋ぐ拘束を解いた。
「立て。戻るぞ」
 カーネスはシラーの言う通りにした。ハクエンがドアを開ける。シラーは頭を下げるとカーネスを連れて八局室を出た。ハクエンも八局室を出ると二人を見送った。
「僕の味方はこの世界にいないさ」
 それはハクエンの質問に「イエス」と答えているようにしかハクエンは思えなかった。この世にはいないが違う世界にいる。コーネス・カーネスとミトス・スイドの関係は、サウザン氏のようなビジネスの関係ではない。何か強い関係が二人にはある。それがコーネス・カーネスがミトス・スイドの事を吐かない理由か。ハクエンはしばらく考えたが、憶測は憶測にしかならなかった。

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