異界の相対者

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過去編

百年の恋、もしくは隠された希望

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「スピネ王子も民のこと考えていらっしゃる立派な王子ですよ。けれどまあ、今は状況が状況ですからルリ様もお寂しいとは思いますが」
「別にスピネ様に構って欲しいわけではないわ」
 ルリはきっぱり言うと詩集を持って立ち上がった。
「あの人にとって私は子どもなの。私より国務が大事なのも知っているわ。それに、あのお方は国を愛しているの。国を愛しているから私と結婚したの。私を愛しているわけではないわ」
「ルリ様……」
 ジルが悲しい顔をする。ルリは明るく笑った。
「そんな深刻な顔しないで。私はジルがいるから、ジルが思っているほど寂しくないわ。けど、ジルもお嫁に行ってもいいのよ」
「今はそのような気持ちにはなれません。私はルリ様のお傍におります」
「ふふ、ありがとう。そろそろ部屋に戻って刺繍でもするわ。今しているタペストリーが出来上がったらスピネ様が見せて欲しいと。出来がよかったら飾ってくれるそうよ」
「それなら頑張らなくてはなりませんね」
 ルリはジルと共にあずまやを出た。中庭に咲き誇る花をルリは眺める。インデッセは花が咲く期間が短い。もうすぐ夏が来るがすぐに去ってしまうだろう。ルリはこの心細い生活の中で一番この中庭が好きだった。冬の寂しい庭にも愛着を持っていた。けれどやはり花が咲いていた方が嬉しい。ルリは赤く揺れる花を見た。その花がきらりと光った。ルリは立ち止まる。赤い花はまた光った。まるで鏡に反射したように光った。
「ルリ様? 」
 立ち止まったルリをジルは振り返る。ルリは赤い花に近づくとしゃがんだ。花はまた光った。いや、花の後ろで光っていた。ルリは折れないように花をそっとよけた。するとそこに銀に輝く何かがいた。ルリは息を飲み、ジルを呼んだ。
「ジル! 来て! これを見て」
 ジルはルリの元まで行くと、後ろからジルが指さすものを見た。
「なんですか? この桃色のものは? 」
「桃色? 」
 ルリは訝しげに顔を顰めた。
「ジル、何を言っているの? これは銀色よ」
 ジルも訝しげに顔を顰めた。ジルはさらにじっと見た。
「いえ、桃色です」
 ジルが嘘をついているようにはルリには見えなかった。ルリは銀色に見えるそれを指先でつついた。するとそれはもぞもぞと動いた。
「動いたわ! 」
「ルリ様。得体の知れない生物にそう簡単に触れてはいけません。毒を持っているかもしれません。頼んで駆除をしてもらいましょう」
「駆除とは酷い。少し休憩していただけだ」
 ルリがジルの口をじっと見つめた。
「ジル、今男の人のような声で喋った」
「え、ルリ様が喋ったのではないのですか? 」
「俺だ」
 ルリとジルは二人で揃って同じ所に視線をやった。視線の先では銀色のものが起き上がり、こっちを見上げていた。
「少し道に迷った。泉がどこにあるか知っているか? 」
 トカゲのようなタツノオトシゴのようなそれはつぶらな潤んだ瞳を二人に向けていた。ルリとジルは顔を見合わせる。
「喋った……」
 ルリが呟く。
「もうここに住み着いて幾日も経つ。お前らの言葉は覚えたよ」
 得体の知れないものが言葉を話した。ジルがルリに抱き付き立ち去らせようとする。
「ルリ様、これ以上近づいてはなりません。これはオードからの悪魔の使いかもしれません。呪いを運んできた恐ろしい呪いかもしれません」
 ジルは焦りのあまりめちゃくちゃなことを口走った。
「呪いじゃない。俺の名前はダイアスだ。ここの泉に住み着いている。綺麗な泉が好きなのだ。お前らの生活の邪魔はしない」
 ルリはダイアスを見つめた。ダイアスは落ち着いて座っていた。ルリはジルの腕をはずした。
「あなたは何者? 」
 ルリは尋ねた。
「さっき言っただろう。ダイアスだ」
「それは名前でしょう? 私は人間。あなたはトカゲ? 」
「違う。種類の話か? 俺はそういうのは分からない。人間ではないのは確かだ」
「ルリ様。それ以上得体の知れないものと口を効いてはなりません! 悪魔に心が持っていかれます! 」
「だから悪魔じゃないと言っているだろう」
 ダイアスは呆れていた。その姿が面白くルリは噴出した。
「まあダイアスが悪魔でもなんでもいいわ。迷子なのよね? 泉に帰りたいの? 」
「そうだ。この近くにある」
 ルリはインデッセ城に住んで一年経つが、泉があることを知らなかった。
「ジル、泉がどこにあるかしらない? この子を返してあげたいの」
「正気ですかルリ様」
 ジルの声が裏返る。
「この子が悪魔ならとっくに私に呪いをかけているわ。それに帰りたい場所に帰れるなら、私は帰してあげたいわ」
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