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10 会談
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「ちょっと無理しすぎじゃないの? 今夜ぐらいはゆっくり休んだら?」
ジェシカが心配して声をかけてくる。
わたしは計画書を開きながら大丈夫と答えた。
「明日は一日通して会談が行われます。視察団の日程でも最も重要なものとなるでしょう。計画書を見て確認しておかないと」
ジェシカはやれやれと諦めたようにこぼす。
「言っても聞かないとは思ってたけど。なにか温かい飲み物でも作って持ってくるわ」
「ありがとう」
ジェシカに礼を言い、計画書の会談の項目へと再び視線を移す。
会談自体は外務卿主導で行われるだろうが、重要な決定事項ともなると王の代行であるわたしに決断が迫られるはず。
ここでダラムの不利益となるような事をしてしまえば、あのアレックス王の事だ。戦から帰ってきてすぐにわたしを糾弾するだろう。
計画書の紛失や食材の不足などの嫌がらせから見ても、スムーズに進行するか怪しいものだ。
あらゆる質問や交易についての条約、情報交換などを想定しておかなければならない。
十年前の使節団ではそこまで踏み込んだ話し合いはしてないようだった。
まだ両国が緊張状態にあり、不可侵条約や商船を襲わないといった約束をした程度。
今回の会談の内容によってはダラムだけではなく、シェトランドやブリジェンドにも影響が及ぶかもしれない。
戦とはいえ、こんな重要な局面でわたしに代役を任せるのは不自然な気がする。
地方の一領主の討伐など、それこそ別の者に任せておけばいいのに。
ふとそんな考えが頭をよぎった。
今までは計画書を作り直したり、使節団の対応の準備で気を取られていたけど。
王都を離れる必要があった? 使節団とは会いたくない口実があった?
なにがなんでもタムワースと戦をする理由があった?
「どうしたの、難しい顔をして」
部屋に戻ってきたジェシカがわたしの目の前に湯気の立ったカップを差し出す。
わたしは考え事を、と言ってまずその香りを楽しむ。
独特なクローブと甘酸っぱいシナモンの香り。
口に含むと程よい酸味と甘み、心地よいアルコールの風味が広がった。
「ホットワインですね。体が温まります」
「香辛料と砂糖、シロップ入りのわたしの特製。ブリジェンドにいたときはよく飲んでたの」
「ジェシカは……ブリジェンドに戻りたいですか?」
ふいにそんなふうに聞いてみた。国の事情とはいえ無理に連れて来られたのだ。帰りたいに決まっているのに。
ジェシカは人差し指を顎につけてうーんと考えてから答えた。
「そりゃあね。でも前ほどでもないかな。ひどい目に合ってるわけでもないし。それに侍女ってのも悪くないのかも。堅苦しい王女なんかより合ってるかもね」
「…………」
「それにね」
悪戯好きな子供のように覗きこみ、ジェシカは笑った。
「あなたにも会えたことだし。わたしと同い年でこんな逞しくて頼りがいのある女の子なんていなかったわ。あなたと一緒にいる限り、なんかどこでもやっていけそうって」
「ジェシカ」
それはわたしも同じだ。弱みを見せまいと毅然とした態度を取っているが、味方も知人もほとんどいないこの城の中で気を許せるのはジェシカだけだ。
「あ、王女っていえば噂を聞いたんだけど」
ここでジェシカが思い出したように声をあげた。
「ほら、ダラムに攻め滅ぼされたロージアンって国があったじゃない? あそこの王女がもしかしたら生きているかもって」
「ロージアンの王女が?」
中立の立場を取っていたシェトランドやブリジェンドと違い、ロージアンは激しくダラムに敵対していた。
滅亡後、ロージアンの王族は残らず処刑されたと聞いていたのだが。
「うん。本当に噂程度なんだけどね。ロージアン騎士団の生き残りに助けられて、どこかに潜伏しているかもって」
「ロージアン騎士団についてはわたしも聞いたことがあります。国が滅んだあとも残党が復讐を誓っていて、アレックス王を狙っているとか」
「そうそう。物騒な話だけど、そのロージアンの王女とはわたし達、仲良くなれそうじゃない? 本当に生きててくれればいいんだけど」
にわかには信じられない話だが、そういう噂が立つのもなにか理由があるはず。
「たしかに興味深い話ではありますね。使節団の件が終わったら、わたし達で調べてみますか」
そう提案するとジェシカは顔をほころばせてうん、とうなずいた。
✳ ✳ ✳
翌日。朝の会食が終わるとわたしと重臣、使節団一行は評議室へ移動。
その途中でモーガン外務卿がわたしに声をかけてきた。
「王妃殿下。恐縮ではありますが、会談の前に計画書を確認させて頂きませんか?」
「はい、それは構いませんが。外務卿ともあろう方が予習が必要ですか? 進行が不安ならわたしが代わりを務めてもよいのですよ」
わざと意地悪なふうに答えて計画書を渡した。
もちろん最初に手渡された物ではない。あれはすぐに紛失、というか何者かによって盗まれてしまった。
これはわたしがジェシカやフィンの力を借りて一から作ったものだ。
モーガン外務卿は苦虫を潰したような顔で計画書を受け取り、それを読んで目を白黒させている。
「これは、わたしが手渡したものと違っておりますが……」
「はい。多少読みにくかったのでわたしが添削し、独自に調べたものも追加しています。何か問題が?」
「い、いえ。元のものより内容が充実しておりますので。驚きました。こんなものを作る時間など無かったはず」
計画書を返しながらモーガン外務卿はわたしの顔をまじまじと見た。
こんな少女が計画書を一から作り上げたのがまだ信じられないのだろう。
やはり元の計画書を盗み出させたのは外務卿の手の者だろうか。
だけど大事な会談の日にここでいちいち問い詰めるつもりはない。
わたしは急ぎますよ、と足早に評議室へ向かう。モーガン外務卿も慌ててついてきた。
評議室の中。席へ着いたが、使節団は昨日のような親しみのある笑みは浮かべていない。
交渉に関しては真剣そのものだ。ひとつひとつの内容が国の利益に直結する。
それでは、と挨拶もほどほどにモーガン外務卿が会談の口火を切る。
さすがというか、先程わたしと話した時の動揺はもう見られない。
「さっそくではありますがダラムとオークニー両国間の不可侵条約の期限が近づいております。両国の関係はこの十年、交易や他国への圧力として良好な関係を築けていました。ダラムとしては当然この関係を持続したい考えです」
「それはこちらも同じです。ダラムの風土や文化に学ぶことは実に多い。我が国の海軍や商船が海峡を無事に通過できるのも、ダラムの港で補給できるのもおおいにに助かっています」
使節団代表のエドワーズ提督が答える。
モーガン外務卿はうなずきながら条約継続の文書を彼の前に提示する。
「不可侵条約の細かい規約はこちらに明記してあります。問題が無ければこのまま継続という事で調印を」
エドワーズ提督はじっくりと時間をかけてそれを読み、問題ありませんと言って印を押した。
すんなりと調印をしたので外務卿も他の大臣も安堵の表情を浮かべる。
十年前の初調停の際には色々と紛糾したらしいので用心していたのだろう。
「ありがとうございます。これからも両国の繁栄のために尽力致しましょう。それでは次に交易品についての取り決めですが」
不可侵条約の継続。そして次に交易品に関しての交渉。
わたしの作った計画書通りに会談は進んでいく。
ジェシカが心配して声をかけてくる。
わたしは計画書を開きながら大丈夫と答えた。
「明日は一日通して会談が行われます。視察団の日程でも最も重要なものとなるでしょう。計画書を見て確認しておかないと」
ジェシカはやれやれと諦めたようにこぼす。
「言っても聞かないとは思ってたけど。なにか温かい飲み物でも作って持ってくるわ」
「ありがとう」
ジェシカに礼を言い、計画書の会談の項目へと再び視線を移す。
会談自体は外務卿主導で行われるだろうが、重要な決定事項ともなると王の代行であるわたしに決断が迫られるはず。
ここでダラムの不利益となるような事をしてしまえば、あのアレックス王の事だ。戦から帰ってきてすぐにわたしを糾弾するだろう。
計画書の紛失や食材の不足などの嫌がらせから見ても、スムーズに進行するか怪しいものだ。
あらゆる質問や交易についての条約、情報交換などを想定しておかなければならない。
十年前の使節団ではそこまで踏み込んだ話し合いはしてないようだった。
まだ両国が緊張状態にあり、不可侵条約や商船を襲わないといった約束をした程度。
今回の会談の内容によってはダラムだけではなく、シェトランドやブリジェンドにも影響が及ぶかもしれない。
戦とはいえ、こんな重要な局面でわたしに代役を任せるのは不自然な気がする。
地方の一領主の討伐など、それこそ別の者に任せておけばいいのに。
ふとそんな考えが頭をよぎった。
今までは計画書を作り直したり、使節団の対応の準備で気を取られていたけど。
王都を離れる必要があった? 使節団とは会いたくない口実があった?
なにがなんでもタムワースと戦をする理由があった?
「どうしたの、難しい顔をして」
部屋に戻ってきたジェシカがわたしの目の前に湯気の立ったカップを差し出す。
わたしは考え事を、と言ってまずその香りを楽しむ。
独特なクローブと甘酸っぱいシナモンの香り。
口に含むと程よい酸味と甘み、心地よいアルコールの風味が広がった。
「ホットワインですね。体が温まります」
「香辛料と砂糖、シロップ入りのわたしの特製。ブリジェンドにいたときはよく飲んでたの」
「ジェシカは……ブリジェンドに戻りたいですか?」
ふいにそんなふうに聞いてみた。国の事情とはいえ無理に連れて来られたのだ。帰りたいに決まっているのに。
ジェシカは人差し指を顎につけてうーんと考えてから答えた。
「そりゃあね。でも前ほどでもないかな。ひどい目に合ってるわけでもないし。それに侍女ってのも悪くないのかも。堅苦しい王女なんかより合ってるかもね」
「…………」
「それにね」
悪戯好きな子供のように覗きこみ、ジェシカは笑った。
「あなたにも会えたことだし。わたしと同い年でこんな逞しくて頼りがいのある女の子なんていなかったわ。あなたと一緒にいる限り、なんかどこでもやっていけそうって」
「ジェシカ」
それはわたしも同じだ。弱みを見せまいと毅然とした態度を取っているが、味方も知人もほとんどいないこの城の中で気を許せるのはジェシカだけだ。
「あ、王女っていえば噂を聞いたんだけど」
ここでジェシカが思い出したように声をあげた。
「ほら、ダラムに攻め滅ぼされたロージアンって国があったじゃない? あそこの王女がもしかしたら生きているかもって」
「ロージアンの王女が?」
中立の立場を取っていたシェトランドやブリジェンドと違い、ロージアンは激しくダラムに敵対していた。
滅亡後、ロージアンの王族は残らず処刑されたと聞いていたのだが。
「うん。本当に噂程度なんだけどね。ロージアン騎士団の生き残りに助けられて、どこかに潜伏しているかもって」
「ロージアン騎士団についてはわたしも聞いたことがあります。国が滅んだあとも残党が復讐を誓っていて、アレックス王を狙っているとか」
「そうそう。物騒な話だけど、そのロージアンの王女とはわたし達、仲良くなれそうじゃない? 本当に生きててくれればいいんだけど」
にわかには信じられない話だが、そういう噂が立つのもなにか理由があるはず。
「たしかに興味深い話ではありますね。使節団の件が終わったら、わたし達で調べてみますか」
そう提案するとジェシカは顔をほころばせてうん、とうなずいた。
✳ ✳ ✳
翌日。朝の会食が終わるとわたしと重臣、使節団一行は評議室へ移動。
その途中でモーガン外務卿がわたしに声をかけてきた。
「王妃殿下。恐縮ではありますが、会談の前に計画書を確認させて頂きませんか?」
「はい、それは構いませんが。外務卿ともあろう方が予習が必要ですか? 進行が不安ならわたしが代わりを務めてもよいのですよ」
わざと意地悪なふうに答えて計画書を渡した。
もちろん最初に手渡された物ではない。あれはすぐに紛失、というか何者かによって盗まれてしまった。
これはわたしがジェシカやフィンの力を借りて一から作ったものだ。
モーガン外務卿は苦虫を潰したような顔で計画書を受け取り、それを読んで目を白黒させている。
「これは、わたしが手渡したものと違っておりますが……」
「はい。多少読みにくかったのでわたしが添削し、独自に調べたものも追加しています。何か問題が?」
「い、いえ。元のものより内容が充実しておりますので。驚きました。こんなものを作る時間など無かったはず」
計画書を返しながらモーガン外務卿はわたしの顔をまじまじと見た。
こんな少女が計画書を一から作り上げたのがまだ信じられないのだろう。
やはり元の計画書を盗み出させたのは外務卿の手の者だろうか。
だけど大事な会談の日にここでいちいち問い詰めるつもりはない。
わたしは急ぎますよ、と足早に評議室へ向かう。モーガン外務卿も慌ててついてきた。
評議室の中。席へ着いたが、使節団は昨日のような親しみのある笑みは浮かべていない。
交渉に関しては真剣そのものだ。ひとつひとつの内容が国の利益に直結する。
それでは、と挨拶もほどほどにモーガン外務卿が会談の口火を切る。
さすがというか、先程わたしと話した時の動揺はもう見られない。
「さっそくではありますがダラムとオークニー両国間の不可侵条約の期限が近づいております。両国の関係はこの十年、交易や他国への圧力として良好な関係を築けていました。ダラムとしては当然この関係を持続したい考えです」
「それはこちらも同じです。ダラムの風土や文化に学ぶことは実に多い。我が国の海軍や商船が海峡を無事に通過できるのも、ダラムの港で補給できるのもおおいにに助かっています」
使節団代表のエドワーズ提督が答える。
モーガン外務卿はうなずきながら条約継続の文書を彼の前に提示する。
「不可侵条約の細かい規約はこちらに明記してあります。問題が無ければこのまま継続という事で調印を」
エドワーズ提督はじっくりと時間をかけてそれを読み、問題ありませんと言って印を押した。
すんなりと調印をしたので外務卿も他の大臣も安堵の表情を浮かべる。
十年前の初調停の際には色々と紛糾したらしいので用心していたのだろう。
「ありがとうございます。これからも両国の繁栄のために尽力致しましょう。それでは次に交易品についての取り決めですが」
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