人質王女が王妃に昇格⁉ レイラのすれ違い王妃生活

みくもっち

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11 交渉

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 まず使節団とこちらに資料が配られる。
 両国の交易における物品と関税についてのものだ。
 品目ごとに細かく設定されている。

 関税についてはわたしも調べ済みだ。
 今までにもダラムとオークニー間で交易は行われているが、今回の会談で取引する交易品が追加されたり税率が変わる物があるかもしれない。

 資料の上からリストごとに確認していく。
 オークニーからは塩、海産物、毛皮、果物が主な交易品となる。
 ダラムのほうからは穀物、塩漬けの肉、毛織物。それにワインや香辛料。

 不作の年や天災、戦で税率は変動する事もあるが、ここ数年はそれほど大きな変化は起きていない。
 今まで通りに取り扱っていた交易品の税率に関しては、お互いこのままで良いというふうに話はまとまりそうだった。

「それと新たに交易品として加えて頂きたい品目なのですが」

 エドワーズ提督が品目をメモした紙片をテーブルに置いた。
 モーガン外務卿がそれを手に取り、読み上げる。

「石材。それに武器と防具ですか。石材はいいとしても武器と防具は……」

 十年前にもそのような要望があったようだが、ダラムは武器と防具に関しては交易を許していない。

 以前よりも友好関係が築けている今ならそれも可能な気もするが、モーガン外務卿の表情は固い。
 エドワーズ提督はそれに構わず要求を続ける。

「ダラ厶軍の演習を見て、とても良い装備だと思いました。鉄の鉱石は我が国でも採れるが、冶金技術においてはやはりダラム製の物が素晴らしい。鎧、剣、槍の他に馬の装具等も含めて」
「他の品目ならともかく、武器、防具は技術の流出や国の防衛に関わることなのでなんとも……」
「お互いの知識や技術を惜しまず提供し、友好を深め、国の利益とするのがこの使節団の役目。あなた方にも損は無いと思いますが」
「…………」

 オークニーと手を組んでいるのは経済面や軍事面での重要性があるから。

 オークニーとの交易も重要だが、さらに北方にはダラム以上の大国ハノーヴァーがあり、牽制したり情報収集するために繋がりが必須だった。

 この大陸でもロージアンが滅び、シェトランドやブリジェンドが恭順したとはいえまだまだ不安定な要素は多い。
 現にタムワース領との戦が起きているのが実情だ。

 オークニー自身はダラムと同盟を結びつつ、ハノーヴァーにも接近している。
 いわば二重外交だが、ここでそれを非難するわけにもいかない。
 武器、防具の輸出はそのハノーヴァーにも情報が流出するリスクがあるのだ。
 
「ともかく武器、防具に関しては陛下不在の今、我らが独断で決めるわけにもいかないので。次の機会というわけにはいきませんかな」

 モーガン外務卿はそう言ってかわそうとしたが、エドワーズ提督は首を横に振る。

「我らの滞在期間も限られている。この武器、防具の品目の追加は今回の会談で必ずまとめろと王命を受けている。なんの結果も得られずに帰るわけにはいかないとご理解頂きたい」
 
 温和な紳士ふうだったエドワーズ提督の雰囲気が凄みを増す。
 モーガン外務卿や他の大臣もたじろぐほどだ。
 
「それにダラム王が不在とはいえ、代行として王妃殿下がここにいらしてるのではないかな? ここはぜひご意見を伺いたい」

 使節団のみならず、ダラムの大臣たちの視線もわたしに集まる。

 わたしは計画書や交易品のリストをしばらく見つめ、間を置いてから発言した。

「たしかにわたしは陛下の代行としてこの会談に参加していますし、それなりの権限も与えられています。それを前提にこちらからも聞いておきたいのですが、エドワーズ提督」
「なんでしょうか」
「この会談においては、あなたもオークニーの代表として交渉の判断を任されているという認識で間違いありませんか」
「ええ、それはもちろん」
「だとすれば話は早いですね。武器、防具の交易はわたしが認可しましょう」
「おお、それは」

 使節団の面々の表情が明るくなる。
 反対に、ダラム側の重臣からは困惑の声が上がった。

「王妃殿下、少しお待ちを」
「陛下に知られればなんと言われるか」

 わたしはそれを手で制して話を進める。

「ですが、もちろん無条件というわけにはいきません。通常の交易品とは違い、これには高い関税が付くことになりますが」
「む、それは……そうなりますかな」

 喜びから一転、エドワーズ提督は警戒した顔になる。

「穀物や食料品は10~15%。嗜好品や貴金属は20%ですが、武器、防具については最低でも60%は頂かないと」
「60……それは」

 エドワーズ提督は腕を組み、考え込む。
 使節団の他のメンバーは口を出さず、それを見守っている。
 
「それは、もう少しなんとかなりませんか」

 困り顔でエドワーズ提督が口を開く。
 わたしはすぐにどうにもなりません、と否定した。
 ダラム側の重臣は皆、ハラハラした顔をしている。

「先程、モーガン外務卿が言ったように武器、防具の輸出は技術の流出や国の防衛に関わる大事。それをオークニーだけに認可するというのですから」
「オークニーの軍備が充実するというのはダラム側にも利があるでしょう。オークニーの北にはダラムをも凌ぐ大国ハノーヴァーがあります。あの国の矢面に立つオークニーの存在があるからこそ、ダラムはこの大陸の覇権を握られたのでは?」

 オークニーの提督だけあって諸国の力関係は熟知しているようだ。
 オークニーはハノーヴァーと付かず離れず、巧みにその関係を利用している。

 独自の海洋技術と交易、海賊行為。その利益を政治的にうまく活用しているのだった。

「王妃殿下。目先の利だけでは国の運営はままなりません。長期的かつ広い見識を持つべきでしょう。とはいえ、こちらもそちらの武器防具の性能には敬意を払います。ここは40%で手を打ちましょう」

 エドワーズ提督の妥協案。
 情報流出の危険はあるが、武器、防具の交易で40%の関税。莫大な利益が上がるだろう。
 決して悪くない条件に使節団のメンバーもダラムの重臣もホッとした表情を見せる。

 だけどこんなものではアレックス王がこの場にいれば納得しないだろう。わたしはそれでも首を縦には振らなかった。
 
「第五区荘園のフィンがそちらの土地に適した種子を無償で提供すると言っていましたね。肥料に関する知識もあなた方へ伝えると。さらに譲歩する形でも55%ですね」
「……なんとか45にはなりませんか」
「話になりません。ですが、条件次第では50%には」
「聞きましょう」

 居住まいを正すエドワーズ提督。
 わたしはその条件を話し始めた。

「この大陸で最も海洋に面している割合が大きいのはこのダラムです。ですがオークニーに比べ、造船や航海の技術はまだまだ未発達。現に商船や輸送船はありますが、大型の軍船は一隻もありません」

 これも城の書庫で調べていたことだ。
 十年前の会談でダラムはオークニーの海洋技術を欲していたが、それはほぼ叶えられなかった。
 海洋国家である自国の強みをそうやすやすと教えるはずもなかった。
 
 だけど今の状況なら。相手側が強く望んでいる武器、防具の交易。それに新しい農業技術の伝達。それを交換条件に出せると、わたしは予想していた。

「そちらの軍船を一隻、こちらへ譲渡して頂きたい」

 わたしの言葉に評議室内がざわつく。
 エドワーズ提督も目を丸くして固まっていた。

「いかがでしょうか、エドワーズ提督」

 わたしの問いかけに、はっと我にかえるエドワーズ提督。咳払いをし、額の汗を拭うしぐさを見せる。

「いや、驚きました。ここで軍船の話が出てくるとは。さすがに予想していませんでしたな。たしかに我らは二隻の軍船でこの地へ参ったのですが」

 二隻用意していたのは、数多くの献上品を積んでいたからだ。
 帰りにはこちらからの返礼品を山のように積んでいくだろう。

 エドワーズ提督は唸るような声を出した。

「軍船の譲渡。さすがにこれはわたしの裁量を超えています」
「ならば、こちらも関税の件はそのまま60%ということで」
「いえ、お待ち下さい。軍船そのものは無理ですが、設計図ならなんとか」
「軍船の設計図ですか。お譲りして頂けるのですか?」

 設計図を元に建造なら、時間はかかるかもしれないがこちらでも出来る。ここまでエドワーズ提督から引き出せれば十分だった。

「ええ。旧型のもので良ければ。用意致しましょう」
「ありがとうございます。ではこちらも武器、防具を交易品に加え、関税は50%で設定しましょう」
「よろしくお願いします」

 交易品の取り決めもようやくこれで話がついた。
 わたしとエドワーズ提督は書類にサインし、それぞれ交換する。

 午前中の会談はこれで終了。
 昼の会食を挟み、午後から会談が再開される。

 だが主だった重要事項は午前中に決めてしまったので、午後はのんびりと談笑したり、情報交換をおこなったりといったものだった。
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