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12 医師ブラウン
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午後の会談の中で、使節団のメンバーのひとりがおずおずと手を挙げた。
の
「あの、よろしいでしょうか。先程は白熱した交渉の場で言い出しにくかったのですが」
使節団の中では最も若い男。
エドワーズ提督や他のメンバーとはどこか雰囲気も違う。わたしはどうぞ、とその男が発言するのを促した。
「ありがとうございます。わたしは医師のブラウンと申します」
医師……。政治や軍事に関わる者ばかりの使節団のメンバーの中ではやはり異質な存在だった。
十年前の使節団には医師は含まれていなかったし、わたしの計画書にも医師との会談は想定されていない。
ブラウンは自分の持っているカバンの中からいくつかの書類や薬瓶、小さな紙包みを取り出してテーブルの上に広げる。
「これは?」
「使節団の派遣が決まった時に、ダラム側から頼まれていたものです。医療に関する資料や薬剤。薬剤についてはほとんど他国からの輸入品なのですが」
わたしはモーガン外務卿のほうを見るが、彼は困惑したように小さく首を横に振る。
元の計画書を作った外務卿すら知らない。頼まれた、とブラウンは言っていたが、それは誰からか。
モーガン外務卿が知らないとなると別の廷臣の可能性も無い。
そんな事を直接要請できるのは──アレックス王以外に考えられなかった。
だがこちらが何も知らないと気付かれるのはまずい気がする。
わたしは何事もなかったように礼を言った。
「ありがとうございます。戦時における兵の怪我や病気を少しでも軽減させたいと以前から考えていましたので。特に薬においては様々な国と取引のあるオークニーなら多種多様なものを揃えていると信じていました」
ブラウンはそうなんです、と何度もうなずく。
「オークニーもダラムも薬といえばハーブや薬草から加工したものがほとんどです。ですがこの薬包の中身をご覧ください。この粉末は鹿の角。こちらは亀の甲羅から作られたもので」
「めずらしいですね。効果があるのでしょうか」
「ええ。異国では重宝されているようです。これらの種類や効能もこちらに書いていますのでご参照ください」
「わかりました。ぜひ活用させて頂きます」
その後もブラウンの医療や薬学について熱のこもった話が続き、エドワーズ提督のほうからもうその辺にしておかないか、とたしなめられたところで午後の会談は終了。
少し予定外の事が起きたが、全体としては会談は成功だ。
これで使節団対応の最も重要な局面をクリアした事になる。
会談が終わったその日の夕方。
わたしは自室の机に向かい、ブラウンより受け取った医学の資料に目を通していた。
「それはなんですか? 計画書とは違うみたいですけど」
興味深げに召使いのハリエットが聞いてくる。
ジェシカは所用で出かけており、わたしの部屋には休憩中だというハリエットが訪れていた。
わたしは今日の会談と、医師ブラウンについて簡単に話した。
「そうなんですね。王妃殿下でさえ予測できなかった事があったなんて。でもあの陛下が医学とか薬とかに興味があるとは思えません」
ハリエットの言う通り、軍備や貿易の利益については積極的だが、医学等の学問について専門者を重用したり資金を投入したりといった形跡はない。
「ここで資料を調べてみれば目的も分かるかもと思ったのですが。効能には滋養強壮があるものも含まれていますので、陛下自身が服用する可能性もありますね」
「陛下が? どこかお悪いのですか?」
「いえ、特にどこかというわけではありませんが。以前、朝にお会いしたときにひどい顔色だったことがあります。ただ深酒しただけかもしれませんが」
「そうですよね。戦にも積極的に参加するぐらいですから。まだ若いですし」
「ええ。一番可能性があるのはそれこそ戦場での怪我や病気の対策に役立つぐらいのものですね。兵のためというより戦に勝つためでしょうが」
どちらにしろアレックス王が戦場から戻ってくればこれらの資料や薬剤を渡す。
そこで何かが判明するかもしれない。
「ともかく使節団対応の山場は越えることができました。これもたくさんの情報を集めてくれたハリエット達のおかげです」
「い、いえ。あたしなんて、そんな……でも、王妃殿下にお礼を言われるなんて。あたし、嬉しいです」
ハリエットは顔を赤くして頬を両手で押さえ、こう聞いてきた。
「王妃殿下は明日も忙しいのですか?」
「ええ、明日の使節団の予定は城下を見て回るのでそれに同行します。観光みたいなものでそう大げさなものではないのですが」
「そ、そうなんですね」
「? なにかありましたか?」
「い、いえ。あたし、明日はめずらしく休みを頂いたから少しでも王妃殿下と話せるんじゃないかと思って」
「そうだったのですか。ごめんなさい。でも、城下の視察も午前中だけですので午後からは話せますよ」
「えっ、本当ですか? あっ、申し訳ありません。ただの召使いが軽々しく王妃殿下と話すだなんて」
ハリエットはますます顔を赤くしてうつむく。
「そんなに仰々しくしないで。ジェシカも言っていたではありませんか。わたし達は仲間だって。わたしもあまり話せる人がいないから嬉しいんですよ」
そう言って手に触れると、ビクンッとハリエットは飛び上がるほどに反応。
「あっ、あっ、休憩終わるのでもう行きますね! それでは王妃殿下、また明日に!」
「ええ、明日の午後にゆっくり話しましょう」
慌てて部屋を出ていくハリエットを微笑みながら見送る。
それと入れ違いに訪れたのは侍女のジェシカだ。
「なに今の? ハリエットが顔を真っ赤にして走っていったんだけど」
「ええ、明日の午後からお話しましょうと約束をしたのですが」
「もうすっかり麗しき王妃殿下にぞっこんね。まあなんでも出来る完璧な美人に憧れるのは分かるけど」
「完璧だなんて……。わたしも心細いからひとりでも多くの話し相手がいると助かるのです」
「元はといえばわたしが紹介したのに。あの子、抜け駆けみたいなことするなんてねー」
「もちろんジェシカも一緒にお話するのですよ。美味しいハーブティーやお菓子も用意して」
そう言うとふくれっ面のジェシカの機嫌も直った。
ジェシカにも明日の午前中は使節団の視察に同行することを説明し、その日は早めに就寝することにした。
の
「あの、よろしいでしょうか。先程は白熱した交渉の場で言い出しにくかったのですが」
使節団の中では最も若い男。
エドワーズ提督や他のメンバーとはどこか雰囲気も違う。わたしはどうぞ、とその男が発言するのを促した。
「ありがとうございます。わたしは医師のブラウンと申します」
医師……。政治や軍事に関わる者ばかりの使節団のメンバーの中ではやはり異質な存在だった。
十年前の使節団には医師は含まれていなかったし、わたしの計画書にも医師との会談は想定されていない。
ブラウンは自分の持っているカバンの中からいくつかの書類や薬瓶、小さな紙包みを取り出してテーブルの上に広げる。
「これは?」
「使節団の派遣が決まった時に、ダラム側から頼まれていたものです。医療に関する資料や薬剤。薬剤についてはほとんど他国からの輸入品なのですが」
わたしはモーガン外務卿のほうを見るが、彼は困惑したように小さく首を横に振る。
元の計画書を作った外務卿すら知らない。頼まれた、とブラウンは言っていたが、それは誰からか。
モーガン外務卿が知らないとなると別の廷臣の可能性も無い。
そんな事を直接要請できるのは──アレックス王以外に考えられなかった。
だがこちらが何も知らないと気付かれるのはまずい気がする。
わたしは何事もなかったように礼を言った。
「ありがとうございます。戦時における兵の怪我や病気を少しでも軽減させたいと以前から考えていましたので。特に薬においては様々な国と取引のあるオークニーなら多種多様なものを揃えていると信じていました」
ブラウンはそうなんです、と何度もうなずく。
「オークニーもダラムも薬といえばハーブや薬草から加工したものがほとんどです。ですがこの薬包の中身をご覧ください。この粉末は鹿の角。こちらは亀の甲羅から作られたもので」
「めずらしいですね。効果があるのでしょうか」
「ええ。異国では重宝されているようです。これらの種類や効能もこちらに書いていますのでご参照ください」
「わかりました。ぜひ活用させて頂きます」
その後もブラウンの医療や薬学について熱のこもった話が続き、エドワーズ提督のほうからもうその辺にしておかないか、とたしなめられたところで午後の会談は終了。
少し予定外の事が起きたが、全体としては会談は成功だ。
これで使節団対応の最も重要な局面をクリアした事になる。
会談が終わったその日の夕方。
わたしは自室の机に向かい、ブラウンより受け取った医学の資料に目を通していた。
「それはなんですか? 計画書とは違うみたいですけど」
興味深げに召使いのハリエットが聞いてくる。
ジェシカは所用で出かけており、わたしの部屋には休憩中だというハリエットが訪れていた。
わたしは今日の会談と、医師ブラウンについて簡単に話した。
「そうなんですね。王妃殿下でさえ予測できなかった事があったなんて。でもあの陛下が医学とか薬とかに興味があるとは思えません」
ハリエットの言う通り、軍備や貿易の利益については積極的だが、医学等の学問について専門者を重用したり資金を投入したりといった形跡はない。
「ここで資料を調べてみれば目的も分かるかもと思ったのですが。効能には滋養強壮があるものも含まれていますので、陛下自身が服用する可能性もありますね」
「陛下が? どこかお悪いのですか?」
「いえ、特にどこかというわけではありませんが。以前、朝にお会いしたときにひどい顔色だったことがあります。ただ深酒しただけかもしれませんが」
「そうですよね。戦にも積極的に参加するぐらいですから。まだ若いですし」
「ええ。一番可能性があるのはそれこそ戦場での怪我や病気の対策に役立つぐらいのものですね。兵のためというより戦に勝つためでしょうが」
どちらにしろアレックス王が戦場から戻ってくればこれらの資料や薬剤を渡す。
そこで何かが判明するかもしれない。
「ともかく使節団対応の山場は越えることができました。これもたくさんの情報を集めてくれたハリエット達のおかげです」
「い、いえ。あたしなんて、そんな……でも、王妃殿下にお礼を言われるなんて。あたし、嬉しいです」
ハリエットは顔を赤くして頬を両手で押さえ、こう聞いてきた。
「王妃殿下は明日も忙しいのですか?」
「ええ、明日の使節団の予定は城下を見て回るのでそれに同行します。観光みたいなものでそう大げさなものではないのですが」
「そ、そうなんですね」
「? なにかありましたか?」
「い、いえ。あたし、明日はめずらしく休みを頂いたから少しでも王妃殿下と話せるんじゃないかと思って」
「そうだったのですか。ごめんなさい。でも、城下の視察も午前中だけですので午後からは話せますよ」
「えっ、本当ですか? あっ、申し訳ありません。ただの召使いが軽々しく王妃殿下と話すだなんて」
ハリエットはますます顔を赤くしてうつむく。
「そんなに仰々しくしないで。ジェシカも言っていたではありませんか。わたし達は仲間だって。わたしもあまり話せる人がいないから嬉しいんですよ」
そう言って手に触れると、ビクンッとハリエットは飛び上がるほどに反応。
「あっ、あっ、休憩終わるのでもう行きますね! それでは王妃殿下、また明日に!」
「ええ、明日の午後にゆっくり話しましょう」
慌てて部屋を出ていくハリエットを微笑みながら見送る。
それと入れ違いに訪れたのは侍女のジェシカだ。
「なに今の? ハリエットが顔を真っ赤にして走っていったんだけど」
「ええ、明日の午後からお話しましょうと約束をしたのですが」
「もうすっかり麗しき王妃殿下にぞっこんね。まあなんでも出来る完璧な美人に憧れるのは分かるけど」
「完璧だなんて……。わたしも心細いからひとりでも多くの話し相手がいると助かるのです」
「元はといえばわたしが紹介したのに。あの子、抜け駆けみたいなことするなんてねー」
「もちろんジェシカも一緒にお話するのですよ。美味しいハーブティーやお菓子も用意して」
そう言うとふくれっ面のジェシカの機嫌も直った。
ジェシカにも明日の午前中は使節団の視察に同行することを説明し、その日は早めに就寝することにした。
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