17 / 44
17 陰謀
しおりを挟む
夕食時、ホールではやはりアレックス王の姿は見えない。
以前と変わらず城の中でも人を近づけようとしない。
ふたりきりで話すと言ったものの、いつどこでと具体的な時間と場所を指定していなかった。
近くにいる召使い数人にアレックス王を見かけなかったと聞くが、誰も知らなかった。
仕方なく自室へ戻る途中。
街を見下ろせる城壁近くで背後から声をかけられた。
アレックス王だ。わたしが近づこうとすると途中で止まれ、と命じられる。
「そこからでも話はできる。早く用件を言え」
「お渡ししたい物があるのですが」
「そこへ置いておけ。あとで持っていく」
言われたように通路の上に医術書や薬剤の入った鞄を置く。
「使節団の医師の方から預かっていた物です。中身はあとでお確かめください」
「…………」
「陛下が医学や薬に興味があるとは意外でした」
「……いずれはダラムも海を越えて別の大陸へ攻め込む時が来る。未知の病に備えておく必要があるからな」
「ロージアンを滅ぼし、シェトランドとブリジェンドを従えてなおその野心は満たされないというのですか」
「いかなる贅沢も金銀も広大な領土も余を満足させることなど出来まいよ。戦に赴き、敵を討ち滅ぼすそのときだけは充足感を得られるがな」
「……そのために大勢の人間が死ぬことになっても意に介せぬというのですか」
「愚問だな。元より余は無駄な戦はしない。戦略上や他に方法が無い場合にだけ軍を動かす」
「タムワースに関してはこちらから仕掛けたのでは?」
「黙れ。何も知らない小娘の分際で。自分が目にし、耳に聞こえる事だけが真実だと思うなよ。そもそも貴様と議論するつもりはない」
アレックス王の言う通り議論するつもりはなかった。
価値観や倫理観が最初から違う。熱く語ったところで分かり合えるはずがなかった。
「話が逸れましたが、大事な事を伝えます。使節団が襲撃された件ですが」
「そうだったな。結局盗賊の仕業で犯人らは全員死亡でカタがついたのだろう」
「いえ、その後の調査で見つかった物ですが」
わたしは離れた位置から指輪を見せる。
「ロージアンの紋章の入った指輪です。犯人の中にロージアンで地位の高かった者がいたという証拠になります」
「…………」
「ロージアンの残党がダラムとオークニーの関係悪化を狙った犯行です。王都内にはまだ仲間がいるかもしれず、巡回や警備を強化して対応しています」
「そうか」
アレックス王の反応は淡々としたもので意外に思った。
怒り狂って、それこそロージアンの旧領に徹底的に弾圧を加えないかと警戒していたのだが。
この指輪の件はわたしが黙っていても必ずウィリアムからアレックス王の耳に入る。
それならわたしから伝えて、無闇な虐殺をしないよう説得しようと思っていたからだ。
残党がいるという事はアレックス王の命も狙っているはず。
それを聞いてなお冷静でいられるのは何故だろうか。
「ロージアンか。当然よな。王族も死に絶え、領地も接収。長く仕えた者ほど余を恨んでおるだろう」
「改めてなにか対策は」
「無用だ。放っておけ。余を恨んでいる者など元々掃いて捨てるほどいる。余の目の前で堂々と牙を剥く者がいれば話は別だが」
こそこそと暗躍する者など意に介さないというわけか。豪胆というか大胆というか。
それすら虚勢ではないかと思えてくる。実際に女ひとり身辺に近づけようとしない用心ぶりではないか。
「話というのはそれだけか」
「はい。以上になります」
「ならばもう行け。用があるときはこちらから呼ぶ」
「はい」
一礼しその場を去ろうとしたときだった。
ふと視線を落として気づいたのだが、わたしが持ってきた医術書や薬剤の入った鞄。
どこか違和感。留め具をしている横の部分が大きくふくらんでいる。急いで無理やり詰め込んだような。
中身は数日前に再確認してある。わたし以外に触る人間もいない。だけど嫌な予感がした。
「どうした? なにをしている」
アレックス王が怪訝そうに聞いてくる。
わたしは鞄を開け、ひとつひとつ取り出して確認をはじめた。
「これは」
見覚えの無い瓶の入れ物。他の薬剤は陶器か木箱に入っているので明らかにおかしい。
ブラウン医師から預かった当日も、数日前に確認したときもこんな物は入ってなかった。
瓶の中身は白い粉末。わたしはそれを握りしめながら言った。
「陛下、最初に入ってなかった物が紛れています」
「なんだと」
「誰かの仕業でしょう。これは──」
「おい! 貴様、動くなよ! 誰かあるっ!」
アレックス王の呼びかけに複数の兵が集まってくる。
「陛下、誤解です。これはわたしが入れた物ではありません」
「誤解だと? それがなんだか分からんが、貴様が直接預かった物だろう。場合によっては貴様……」
冷静だったアレックス王の顔が紅潮し、唇が震えている。
あっという間に兵に押さえつけられ、鞄も押収された。
何を言っても聞いてもらえずわたしは自室へ押し込まれ、外側から鍵をかけられてしまった。
あれは一体……。
何者かが混入させた物には違いない。でもなんのために?
考えられるのはわたしへのなんらかの罪をなすりつけるためか。
それか、あれを実際に手にとって調べようとするアレックス王を害しようとする目的か。
その両方なのかもしれない。
とにかくここに閉じ込められていては情報を得ることもできなかった。
以前と変わらず城の中でも人を近づけようとしない。
ふたりきりで話すと言ったものの、いつどこでと具体的な時間と場所を指定していなかった。
近くにいる召使い数人にアレックス王を見かけなかったと聞くが、誰も知らなかった。
仕方なく自室へ戻る途中。
街を見下ろせる城壁近くで背後から声をかけられた。
アレックス王だ。わたしが近づこうとすると途中で止まれ、と命じられる。
「そこからでも話はできる。早く用件を言え」
「お渡ししたい物があるのですが」
「そこへ置いておけ。あとで持っていく」
言われたように通路の上に医術書や薬剤の入った鞄を置く。
「使節団の医師の方から預かっていた物です。中身はあとでお確かめください」
「…………」
「陛下が医学や薬に興味があるとは意外でした」
「……いずれはダラムも海を越えて別の大陸へ攻め込む時が来る。未知の病に備えておく必要があるからな」
「ロージアンを滅ぼし、シェトランドとブリジェンドを従えてなおその野心は満たされないというのですか」
「いかなる贅沢も金銀も広大な領土も余を満足させることなど出来まいよ。戦に赴き、敵を討ち滅ぼすそのときだけは充足感を得られるがな」
「……そのために大勢の人間が死ぬことになっても意に介せぬというのですか」
「愚問だな。元より余は無駄な戦はしない。戦略上や他に方法が無い場合にだけ軍を動かす」
「タムワースに関してはこちらから仕掛けたのでは?」
「黙れ。何も知らない小娘の分際で。自分が目にし、耳に聞こえる事だけが真実だと思うなよ。そもそも貴様と議論するつもりはない」
アレックス王の言う通り議論するつもりはなかった。
価値観や倫理観が最初から違う。熱く語ったところで分かり合えるはずがなかった。
「話が逸れましたが、大事な事を伝えます。使節団が襲撃された件ですが」
「そうだったな。結局盗賊の仕業で犯人らは全員死亡でカタがついたのだろう」
「いえ、その後の調査で見つかった物ですが」
わたしは離れた位置から指輪を見せる。
「ロージアンの紋章の入った指輪です。犯人の中にロージアンで地位の高かった者がいたという証拠になります」
「…………」
「ロージアンの残党がダラムとオークニーの関係悪化を狙った犯行です。王都内にはまだ仲間がいるかもしれず、巡回や警備を強化して対応しています」
「そうか」
アレックス王の反応は淡々としたもので意外に思った。
怒り狂って、それこそロージアンの旧領に徹底的に弾圧を加えないかと警戒していたのだが。
この指輪の件はわたしが黙っていても必ずウィリアムからアレックス王の耳に入る。
それならわたしから伝えて、無闇な虐殺をしないよう説得しようと思っていたからだ。
残党がいるという事はアレックス王の命も狙っているはず。
それを聞いてなお冷静でいられるのは何故だろうか。
「ロージアンか。当然よな。王族も死に絶え、領地も接収。長く仕えた者ほど余を恨んでおるだろう」
「改めてなにか対策は」
「無用だ。放っておけ。余を恨んでいる者など元々掃いて捨てるほどいる。余の目の前で堂々と牙を剥く者がいれば話は別だが」
こそこそと暗躍する者など意に介さないというわけか。豪胆というか大胆というか。
それすら虚勢ではないかと思えてくる。実際に女ひとり身辺に近づけようとしない用心ぶりではないか。
「話というのはそれだけか」
「はい。以上になります」
「ならばもう行け。用があるときはこちらから呼ぶ」
「はい」
一礼しその場を去ろうとしたときだった。
ふと視線を落として気づいたのだが、わたしが持ってきた医術書や薬剤の入った鞄。
どこか違和感。留め具をしている横の部分が大きくふくらんでいる。急いで無理やり詰め込んだような。
中身は数日前に再確認してある。わたし以外に触る人間もいない。だけど嫌な予感がした。
「どうした? なにをしている」
アレックス王が怪訝そうに聞いてくる。
わたしは鞄を開け、ひとつひとつ取り出して確認をはじめた。
「これは」
見覚えの無い瓶の入れ物。他の薬剤は陶器か木箱に入っているので明らかにおかしい。
ブラウン医師から預かった当日も、数日前に確認したときもこんな物は入ってなかった。
瓶の中身は白い粉末。わたしはそれを握りしめながら言った。
「陛下、最初に入ってなかった物が紛れています」
「なんだと」
「誰かの仕業でしょう。これは──」
「おい! 貴様、動くなよ! 誰かあるっ!」
アレックス王の呼びかけに複数の兵が集まってくる。
「陛下、誤解です。これはわたしが入れた物ではありません」
「誤解だと? それがなんだか分からんが、貴様が直接預かった物だろう。場合によっては貴様……」
冷静だったアレックス王の顔が紅潮し、唇が震えている。
あっという間に兵に押さえつけられ、鞄も押収された。
何を言っても聞いてもらえずわたしは自室へ押し込まれ、外側から鍵をかけられてしまった。
あれは一体……。
何者かが混入させた物には違いない。でもなんのために?
考えられるのはわたしへのなんらかの罪をなすりつけるためか。
それか、あれを実際に手にとって調べようとするアレックス王を害しようとする目的か。
その両方なのかもしれない。
とにかくここに閉じ込められていては情報を得ることもできなかった。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる
仙冬可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。
清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。
でも、違う見方をすれば合理的で革新的。
彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。
「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。
「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」
「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」
仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
助けた騎士団になつかれました。
藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。
しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。
一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。
☆本編完結しました。ありがとうございました!☆
番外編①~2020.03.11 終了
【本編完結】厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです
あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。
社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。
辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。
冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。
けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。
そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ自分の居場所を取り戻していく。
静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。
【追記】本編完結しました
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる