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16 詰問
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「ふん、わざわざ呼ばんと顔も見せんのか。戦から戻ってきた夫を出迎えもせんとは」
アレックス王は開口一番、居丈高にそう言ってきたが、わたしは特に反論しない。
頭を下げて申し訳ありません、と表向きはしおらしく振る舞った。
「使節団の対応はうまくこなしたつもりか。モーガンから話は聞いているが」
「…………」
「余が不在なのをいいことに、あれこれと勝手に決めたようだな」
「総責任者として、陛下の代わりを務めたにすぎません。権限を越える判断はしていないと存じます」
「ほう、言うではないか。相変わらず小賢しいヤツよ」
玉座で足を組み直し、アレックス王は大声で笑った。
居並ぶ廷臣や兵はどういう反応をしていいかわからず、固まっている。
「まずは……そうだな。禁猟区に無断で狩りをおこなっただろう。王妃とはいえ王に断りなく猟場を開放するなど前例が無い。これについて説明しろ」
「使節団へのもてなしで肉が不足していたのでやむなく。城にも市場にも無く、他領地より取り寄せるのでは間に合いませんでした。ダラムではまともな肉も用意できぬかと思われるのは心外。陛下の名誉のためにも苦渋の決断を」
「よく言うわ。聞くところによると貴様自身も狩りに参加したそうではないか。それは王妃としての振る舞いとして問題はないか」
「ダラムの国是は武。ならば王妃も剣を取り弓を引いてもなんら不思議ではないでしょう。もとより緊急時に座して動かぬ指揮官などダラムには不要かと存じます」
「……狩った獲物を兵や猟師、農奴にまで分け与えたそうだな。これも余の認可を得ずに許されると思ったのか」
「先程も申し上げた通り、緊急時に招集して協力して頂いたのですから相応の報酬として問題はないかと。彼らの活躍なくして今回の歓待は成功しませんでした。その点はなにとぞご理解賜りたく存じます」
「ち、ああ言えばこう抜かす。口先から生まれてきたのではないか。貴様は」
「お褒めの言葉と受け取っておきましょう」
「では次に聞くことだが」
アレックス王は顎に手をやりながら考えている。どうにかしてわたしが決定したことを責めたいようだ。
「武器、防具の交易認可の件だ。我が国は長くこの品目の交易を禁止してきた。重要な技術や情報の流出。及び防衛上の問題とも重なるからな。我が国に多大な損害が出るとは思わんのか」
「たしかに技術の流出の恐れはありますが、オークニーで同等の物を作り、増産するには職人も施設も足りないでしょう。当分の間は高く設定した関税のおかげで莫大な利益を上げることが出来ます。それについてわたしが試算したデータもありますのであとでご覧になってください」
交易に関しては必ず詰問されると予想していた。
会談が終わってからその対策はすでに講じていた。
憎たらしい、という顔をしながらさらにアレックス王が聞いてくる。
「こちらの農産物の種子を分けてやったそうだな。むこうで育成が成功すれば、わざわざこちらの輸出品を減らす真似になるだろうが」
「寒冷地の土壌に合うよう改良した品種でもともとこちらでは多く生産するものではないと聞いています。交渉を有利にするためのひとつと見れば些細なことです」
「些細かどうかは貴様が判断することではない」
「それも先程言ったデータを見ていただければ納得できると存じます。こちらの輸出品目と利益率を計算したものですが、それを見れば明らかです」
「まだ起きてもいない事象を数字だけで語るな。王妃のくせに商人か学者気取りか」
「利益を出し、国を富ませるには数字は欠かせません。失礼ですがダラムでは数値化や統計が軽視されているふうに見えます」
さすがにこれは怒るか、と顔色をうかがう。
だがアレックス王は興味深げにこう聞いてきた。
「貴様のその知識はシェトランドで学んだものか」
「はい。独学ですが。シェトランドでは政務に関わることは禁じられていましたから、活用することはありませんでした」
「馬に乗って狩りをし、算術や交渉にも長けている。つくづく変わった女だ」
呆れたようにため息をつき、アレックス王はさらに聞いてきた。
「最後は城下町の視察時に襲撃された件だ。一歩間違えれば両国の関係が破綻する事件。お得意の計算でこれは予測できなかったのか?」
「その件は申し開きのしようがありません。日時やルートが事前に漏れていたと思います。こちら側に死傷者が出なかったのは幸いでした」
この件については下手な言い訳はせず、深く頭を下げた。そしてこう付け加える。
「恐れながら、陛下」
「なんだ」
「その件につきまして、あとでふたりきりでお話があります。よろしいでしょうか」
「……ふん、いいだろう。この場でこれ以上責められるのはプライドが許さんか。それとも王妃の責務に耐えられず、余に助けを乞うつもりになったのか」
「…………」
「まあいい。戦にも勝ったことだし、軍船の設計図を手に入れたことだけは評価してやる。お飾りの貴様に役目を与えてやったことに感謝するんだな……下がれ」
「はい」
わたしは頭を下げて謁見の間から退出。
自室で心配そうに待っていたジェシカに結果を話す。
「やっぱりいちゃもんつけてきたわね。でも無事に切り抜けられて良かった。それにアレックス王もなんだかんだ言って使節団の対応は評価してるんじゃないかな」
「そのような公平なものの見方をする方でしょうか」
「いろいろトラブルあったんだし、レイラじゃないとうまく出来なかったよ。今度からは王妃としてちゃんと認めるかもね」
「どうでしょうか」
「ふたりきりで話すって大丈夫? ロージアンのことを話すの?」
「ええ。それとブラウン医師から預かった医術書や薬剤を渡します」
「薬ねえ。アレックス王がそんなものに興味持つとは思えないけど」
「ハリエットも同じことを言ってましたね。その用途についてもなにか分かるかもしれません」
アレックス王は開口一番、居丈高にそう言ってきたが、わたしは特に反論しない。
頭を下げて申し訳ありません、と表向きはしおらしく振る舞った。
「使節団の対応はうまくこなしたつもりか。モーガンから話は聞いているが」
「…………」
「余が不在なのをいいことに、あれこれと勝手に決めたようだな」
「総責任者として、陛下の代わりを務めたにすぎません。権限を越える判断はしていないと存じます」
「ほう、言うではないか。相変わらず小賢しいヤツよ」
玉座で足を組み直し、アレックス王は大声で笑った。
居並ぶ廷臣や兵はどういう反応をしていいかわからず、固まっている。
「まずは……そうだな。禁猟区に無断で狩りをおこなっただろう。王妃とはいえ王に断りなく猟場を開放するなど前例が無い。これについて説明しろ」
「使節団へのもてなしで肉が不足していたのでやむなく。城にも市場にも無く、他領地より取り寄せるのでは間に合いませんでした。ダラムではまともな肉も用意できぬかと思われるのは心外。陛下の名誉のためにも苦渋の決断を」
「よく言うわ。聞くところによると貴様自身も狩りに参加したそうではないか。それは王妃としての振る舞いとして問題はないか」
「ダラムの国是は武。ならば王妃も剣を取り弓を引いてもなんら不思議ではないでしょう。もとより緊急時に座して動かぬ指揮官などダラムには不要かと存じます」
「……狩った獲物を兵や猟師、農奴にまで分け与えたそうだな。これも余の認可を得ずに許されると思ったのか」
「先程も申し上げた通り、緊急時に招集して協力して頂いたのですから相応の報酬として問題はないかと。彼らの活躍なくして今回の歓待は成功しませんでした。その点はなにとぞご理解賜りたく存じます」
「ち、ああ言えばこう抜かす。口先から生まれてきたのではないか。貴様は」
「お褒めの言葉と受け取っておきましょう」
「では次に聞くことだが」
アレックス王は顎に手をやりながら考えている。どうにかしてわたしが決定したことを責めたいようだ。
「武器、防具の交易認可の件だ。我が国は長くこの品目の交易を禁止してきた。重要な技術や情報の流出。及び防衛上の問題とも重なるからな。我が国に多大な損害が出るとは思わんのか」
「たしかに技術の流出の恐れはありますが、オークニーで同等の物を作り、増産するには職人も施設も足りないでしょう。当分の間は高く設定した関税のおかげで莫大な利益を上げることが出来ます。それについてわたしが試算したデータもありますのであとでご覧になってください」
交易に関しては必ず詰問されると予想していた。
会談が終わってからその対策はすでに講じていた。
憎たらしい、という顔をしながらさらにアレックス王が聞いてくる。
「こちらの農産物の種子を分けてやったそうだな。むこうで育成が成功すれば、わざわざこちらの輸出品を減らす真似になるだろうが」
「寒冷地の土壌に合うよう改良した品種でもともとこちらでは多く生産するものではないと聞いています。交渉を有利にするためのひとつと見れば些細なことです」
「些細かどうかは貴様が判断することではない」
「それも先程言ったデータを見ていただければ納得できると存じます。こちらの輸出品目と利益率を計算したものですが、それを見れば明らかです」
「まだ起きてもいない事象を数字だけで語るな。王妃のくせに商人か学者気取りか」
「利益を出し、国を富ませるには数字は欠かせません。失礼ですがダラムでは数値化や統計が軽視されているふうに見えます」
さすがにこれは怒るか、と顔色をうかがう。
だがアレックス王は興味深げにこう聞いてきた。
「貴様のその知識はシェトランドで学んだものか」
「はい。独学ですが。シェトランドでは政務に関わることは禁じられていましたから、活用することはありませんでした」
「馬に乗って狩りをし、算術や交渉にも長けている。つくづく変わった女だ」
呆れたようにため息をつき、アレックス王はさらに聞いてきた。
「最後は城下町の視察時に襲撃された件だ。一歩間違えれば両国の関係が破綻する事件。お得意の計算でこれは予測できなかったのか?」
「その件は申し開きのしようがありません。日時やルートが事前に漏れていたと思います。こちら側に死傷者が出なかったのは幸いでした」
この件については下手な言い訳はせず、深く頭を下げた。そしてこう付け加える。
「恐れながら、陛下」
「なんだ」
「その件につきまして、あとでふたりきりでお話があります。よろしいでしょうか」
「……ふん、いいだろう。この場でこれ以上責められるのはプライドが許さんか。それとも王妃の責務に耐えられず、余に助けを乞うつもりになったのか」
「…………」
「まあいい。戦にも勝ったことだし、軍船の設計図を手に入れたことだけは評価してやる。お飾りの貴様に役目を与えてやったことに感謝するんだな……下がれ」
「はい」
わたしは頭を下げて謁見の間から退出。
自室で心配そうに待っていたジェシカに結果を話す。
「やっぱりいちゃもんつけてきたわね。でも無事に切り抜けられて良かった。それにアレックス王もなんだかんだ言って使節団の対応は評価してるんじゃないかな」
「そのような公平なものの見方をする方でしょうか」
「いろいろトラブルあったんだし、レイラじゃないとうまく出来なかったよ。今度からは王妃としてちゃんと認めるかもね」
「どうでしょうか」
「ふたりきりで話すって大丈夫? ロージアンのことを話すの?」
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