人質王女が王妃に昇格⁉ レイラのすれ違い王妃生活

みくもっち

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25 密室

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「兵の増員まで? でもそれはわたしの気持ち次第?」

 どういう意味だろうか。それに王妃相手に交渉するつもりなのか。
 いくらこっちがお飾りの王妃だとしても無礼にも程がある。

 わたしがあからさまに不快な表情を出してもグレイソンは気にかけない。

「その通りです。条件について話したいのですが、それにはまず人払いをお願いしたい」

 ジェシカを退室させるつもりか。グレイソンの側近二人はもう評議室を出ようとしている。

「お待ちください。あなたとここで二人きりで話し合うなどと……軍務に関することとはいえ、あらぬ噂が立ちかねません」
「そんなことを言っている場合でしょうか? 兵の編成や船の手配、漕ぎ手の確保。これに海賊の情報を一から収集するとなると、大変な手間でしょう。そんな時間はないと思いますが」
「なぜ二人きりで話さねばならないのです」
「軍に関する機密が含まれるからです。それに陛下の秘密を知りたくはないのですか」
「えっ」

 アレックス王の秘密。意外な言葉が出てきてわたしは驚いた。
 グレイソンはフフフ、と笑いながらわたしの反応に喜ぶ。

「気になるのでしょう。あの、人を身辺に寄せ付けぬ徹底ぶり。苛烈ともいえる他人への接し方。あれにはすべて理由があるのですよ」

 アレックス王の気質とばかり思っていた言動には理由があった? 
 そしてこの男はその秘密を知っている……。可能性は高い。王からの信頼も厚い騎士団長ならば。

 わたしは俄然、それを知りたくなった。

「ジェシカ、しばらく席を外してください」
「えっ、大丈夫なの? ……じゃなかった、大丈夫なのですか⁉」
「はい。少しの間だけですので」
「………………」

 渋々ジェシカは口をとがらせながら側近二人と評議室の外へ。

「わたしがいいと言うまで中へは誰も入れるな。誰であろうと決してな」

 念を押して側近に伝えるグレイソン。
 評議室内に二人となり、彼はなぜか席から立ち上がった。

「人払いをしたとはいえ、大きな声で話せるような内容ではありません。王妃殿下、隣の席に座ってもよろしいでしょうか」
「……ええ、構いません」

 おおいに構うのだが、そうでもしないと話を進めなそうな雰囲気だ。
 
 グレイソンは無遠慮にわたしの隣に座り、身体をこちらに向けてくる。
 逆にわたしは耳だけそちらへ向けて目も見ないようにしていた。

「氷の美貌とも海の至宝とも評される青い髪に瞳……近くで見るとますます美しい。実を言うと、ダラムへ移送される際に一目見たときから気になっていたのです」
「早いところ本題に入りたいのですが。その、女と見れば誰にでも言うようなセリフを聞きに来たわけではありません」
「ハハハ、これは手痛い。ですが、わたしとしてはこれが条件に当たるわけでして」
「どういう意味です?」
「あなたの立場は不安定すぎる。ここへ来てからというもの、数々の嫌がらせや無理難題。命の危機にあったことも一度や二度ではないでしょう」
「それが?」
「後ろ盾が欲しくはありませんか? たとえばわたしなら──あなたを陛下からの嫌がらせから守ることもできます」
「その条件というのが、この話し合いなのですか」
「もう子供でもあるまいし、分かるでしょう。噂によると陛下とは寝所を共にしたことすらないとか」

 スッ、とグレイソンの手が卓上にあるわたしの手に触れた。

 あまりのことにビクッと震えた。
 無礼な、と席を立つ。

「なにをするのですか! 人を呼びますよ」
「無駄ですよ。すでにこの辺りは警護の兵すら遠ざけています」
「! はじめからそれが目的で」
「どうでしょうか。ですが、あなたには余計なことはして頂かないでほしい。海賊の件も早々と辞退してもらいたいものです。そうもいかないのでしょうが」

 言いながらグレイソンはわたしの手首を掴み、壁際に押し付ける。
 暴れて抵抗するけれど、ものすごい力だ。ビクともしない。

 不意をつかれたとはいえ、こんな簡単に。
 単純な男と女の力の差があるのだろうが、この男、手慣れている。
 おそらく同じようなことを何度も繰り返しているのだろう。

 そしてその権力の大きさ故に罰せられることも公になることもない。
 
「こんなことが陛下に知られればどうなると思っているのです」
「脅しているつもりですか? あなたと陛下の不仲は周知の事実。あなたの訴えなど陛下が聞く耳持つでしょうか?」

 首すじに顔を近づけながらグレイソンが生温い息を吹きかけてくる。
 顔をそむけながらわたしはジェシカ、ウィリアム、と助けてくれそうな者の名を呼んだ。

「ハハハ、無駄だと言ったでしょう。今、ここに近付ける者など誰も──」

 ふいにここで評議室の前から怒鳴り声。
 グレイソンの側近と言い合いになっているようだ。

 だがそれはほんの間で、次の瞬間には扉は蹴破られていた。

 評議室内に踏み込んできたのは……なんとアレックス王だった。
 抜き身の剣をダラリと気だるそうに握ったまま、こちらへ大股に歩いてくる。

「こっ、これは陛下。なぜここへ」

 顔面蒼白になり、ひざまずくグレイソン。
 フン、とそれを見下ろしながら剣先を突きつけるアレックス王。

「とある者が知らせてくれたのでな。それより、余の妻に何をしているグレイソン騎士団長」
「な、なにをとは。これは……海賊の件についての会議で」
「笑止。海賊については貴様はもう口出しするなと伝えていただろう。すべて無用だ。その女にやりたいようにやらせておけ」
「はっ……は」
「いらん癖が治ってないようだな、騎士団長。今までの戦功に免じて今回は見逃すが、次はないぞ。行け」
「…………はっ」

 這うようにして出口へ向かうグレイソン。
 彼にしても相当予想外の出来事だったようだ。いや、それはわたしだって同じだ。まさかアレックス王が助けに来てくれるだなんて。

「何をぼうっとしている? 貴様も出ていけ。のんびりしているヒマはないのだろう」

 アレックス王に言われ、ハッと我に返る。
 そういえばこんな距離まで近付いたのははじめてかもしれない。

 やや乱れた銀髪。濡れたような長い睫毛に上気した頬。
 暗い陰を落としたような碧眼。

 怒りに興奮したためだろうか。息も多少荒いように感じる。

「陛下。助けて頂き、ありがとうございます。いえ、それよりやはりどこかお身体が」
「やめろ」

 後ずさり、口元を押さえながらアレックス王はこちらへ剣を向ける。

「貴様を助けたわけではない。グレイソンに対してもだ。有用なら使う。それだけだ。使い道が無くなれば容赦なく切り捨てる。身分など関係無しにな」
「陛下……陛下のそのお言葉も、態度も強硬な姿勢もなにかわけがあるのでは? それをお聞かせ願えませんか」

 わたしの言葉にアレックス王は舌打ちしながら逆に聞いてきた。

「ヤツから何か聞いたのか」
「いえ、肝心なことは何も」
「そうか」
「陛下」
「黙れ」
「………………」

 短いやり取り。それも打ち切られ、わたしは黙るしかなかった。
 やがてアレックス王は剣を引きずるようにして自分から評議室の外へ出ていった。
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