人質王女が王妃に昇格⁉ レイラのすれ違い王妃生活

みくもっち

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24 グレイソン騎士団長

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「ええっ⁉ 決闘の次は海賊退治? それも引き受けちゃったの⁉」

 自室で素っ頓狂な声をあげたのはジェシカ。
 う~、と唸りながら部屋の中をぐるぐる歩き回る。

「あのアレックス王のことだからなんか仕掛けてくるとは思ったけど、まさか戦をしてこいだなんて。ん、もしかしたらレイラは兵を指揮したことある?」
「いえ、まったくありません」
「む~、やっぱり! なんでもできるレイラでもいきなり戦なんて無理よ! それに海戦なんて」
「そうですね。大型の船に乗ったことすらありません」

 シェトランドにいた頃は王族用の遊覧船に乗って河川を下ったりしたこともあるが、それすら数十人乗りのものだった。

「あー! 今度こそ大ピンチだわ! 戦慣れした他の騎士も出来ないことをやれったって、そんなの……いえ、待って」

 ここでジェシカが何かを思いついたようだ。
 しかしその顔はどう見てもよからぬ悪巧みをしているようにしか見えない。

「兵を三千もレイラに与えちゃうんだよねえ。それを使って反乱を起こすとか! もし失敗してもシェトランドやブリジェンドまでは逃げられるかも?」

 やはり突拍子もない考えだった。
 わたしは苦笑しながらそれをたしなめる。

「ダラムの中枢にはすぐに動ける二万以上の精鋭がいるのですよ。そんな反乱などすぐに鎮圧されてしまいます。それにシェトランドやブリジェンドに逃げてしまえば、今度こそ国ごと滅ぼされてしまいますよ」

 あ、とそれに気付いたジェシカはうなだれる。
 慰めるように手を取り、彼女を椅子に座らせる。

「でもわたしのことで色々考えてくれてありがとう、ジェシカ。あなたはやはりかけがえのない友達です」
「なによ、いきなりそんな……照れくさいじゃない。わたしだって同じ気持ちよ」

 赤くなりながらそっぽを向くジェシカ。
 そしてまたあっ、と声をあげて立ち上がる。

「こんな時こそウィリアムに相談すればいいじゃない⁉ どうして忘れてたのかしら。彼なら戦の経験も豊富だろうし」

 それはわたしも考えていた。だけど今回ばかりは協力を求めるのを遠慮する事情があった。

「すぐに呼んでくるから! レイラはここで待ってて!」

 わたしが止める間もなく、ジェシカは走り去ってしまった。



 ほどなくしてジェシカに腕を引っ張られたウィリアムが連れてこられた。
 そういえばウィリアムに会うのも咎人の儀以来。久しぶりの再会だった。

「王妃殿下、お久しぶりにございます。ご健勝で何よりです」

 ひざまずき、そう挨拶を述べるウィリアム。
 咎人の儀の件で少しは親しくなれたかな、と思ったけれど堅苦しい物言いは変わらない。

「なぁによ、そんな固くなって! わたしたちの仲じゃない」

 ジェシカが笑いながらウィリアムの背中を叩くが、彼は無言でうつむいてしまった。
 ここに呼ばれた理由ももう分かっているのだろう。

「海賊の件ですね」

 わたしが聞くより早く、ウィリアムが先に切り出してきた。
 わたしはええ、と返事をする。

「兵を率いるのも海戦もすべてが未経験。あなたから教授頂ければ心強いと思ったのですが」
「それは」

 顔を上げたウィリアムだったが、再び顔を伏せる。
 うつむいたまま、ボソボソとつぶやく。

「王妃殿下が率いる兵三千の他にも下級、中級の騎士が幾人か付けられるでしょう。実際に兵を指揮するのはその者らに任せられるのが良いかと」
「なるほど。生兵法をかじるよりも、現場を良く知る者に一任。理に適っていますね」
「はい。その者らも海戦は得意とはいえませんが、歴戦の強者であるのは間違いありません。相談するのもその者たちとのほうが……」

 ここでちょっとちょっと、とジェシカが割り込んでくる。

「なんか他人事に聞こえるんだけど。レイラが出陣するときにはウィリアムも来るんだよね」
「………………」

 なんで黙ってるのよ、と強引に上体を引き起こそうとするジェシカを止める。

「彼にも事情があるのです。やはり彼に相談すべきではありませんでしたね」
「なんで? こないだだって協力してくれたのに。なんで今回はダメなの?」
「騎士団に関わることだからです。すでに陛下は騎士を派遣し、海賊を討伐しようとしていました」

 ここまで言うと、ウィリアムが申し訳なさそうにより一層頭を下げる。

「その通りです。騎士団が成し得なかったことを王妃殿下が達成されてしまうと、騎士団のメンツに関わるのです」
「は? はあ? メンツ⁉ そんなもののために……こっちは命がかかってんのよ! 海賊退治が失敗して、レイラがどうなってもいいって言うの⁉」

 噛みつくように抗議するジェシカ。
 だがこれはウィリアム本人を責めるわけにはいかない。
 彼にも立場があるのだ。おそらくすでに騎士団の上位の者に釘を刺されている。

「わたしが言えることはここまでです。何もお力になれず……申し訳ありません」

 地に頭が着くほど平伏するウィリアム。
 本人も口惜しいのだろう。だが騎士のしての立場。騎士団に対する忠誠。その騎士団の誇りを汚してはならないという使命感。

 こんな人質同然の形ばかりの王妃に比べたら……どれほど大事なことだろうか。

「いえ、こちらも無理を言ってすみません。ウィリアム、もう下がってもよろしいですよ」
「…………は」

 意気消沈した顔で退出するウィリアム。
 彼が出ていったあとでジェシカが地団駄を踏む。

「なにアイツ! 見損なったわ! 前までは結構頼りになってちょっと顔もイイかな~なんて思ってたけども! 信じらんないっ」
「予想はしていたことですし、これ以上ウィリアムに迷惑はかけられません。これからはあまりわたしたちに関わらせないほうが良いのかも」
「せっかく仲間が増えたと思ったのに……ハリエットもいなくなっちゃったし、わたしたち本当に孤立無援じゃない」

 ハリエットの件に関しては事実をまだジェシカに話していなかった。事情があって故郷に帰ったとしか伝えていない。
 
 ハリエットはこれからわたしの前に敵として立ちはだかると宣言して去っていった。
 そんなことを知ったらジェシカは悲しむだろうし、動揺するだろう。
 
「それより本格的にどうするか考えないといけませんね。アレックス王の気質を考えてものんびりしてはいられません」


 ✳ ✳ ✳


 それから二日後のことだった。

 騎士団から正式に兵の指揮権や騎士の貸与についての会議を開きたいとの申し出があった。

 もちろんそれはこちらも望んでいたこと。
 評議室での会議がさっそく開かれ、わたしは騎士団の代表と会うことにした。

 定例の評議会では大勢の廷臣が居並ぶ評議室も、今回はわたしとジェシカ。騎士団側は騎士団長と側近二人だけだった。

 グレイソン騎士団長。年はアレックス王より一回り上の二十九歳。

 王族と姻戚関係で公爵位にあり、その権限や発言力はアレックス王に次ぐものがあると言われている。
 ダラムの先王が亡くなった時には直系のアレックス王ではなく、彼を王位に推す声も多かったという。

「急な会議で呼び出すような無礼、お許し頂きたい」
 
 まずそう言って深々と頭を下げるグレイソン。
 ライトブラウンの髪色に日に焼けた肌。長身で筋肉質な体格。
 整ったアゴ髭にやや下がった目尻。

 騎士としての貫禄はさすがだという印象。
 だけど同時にわたしに対する軽薄な視線も感じた。

 噂で聞いたことがあるけれども、正妻がいるにも関わらずほうぼうに愛人を作っているとか。
 人格的に問題がありそうだけれど、ロージアンやタムワースでは確かな戦果を上げている。
 
「いえ。こちらも王命とはいえ、大事な騎士や兵を借り受ける身。海賊への対策も兼ねてあなたには色々聞いておきたいと考えていましたので」

 ウィリアムの反応から見ても、騎士団の協力や助言は得られないように思えた。
 今回の会議もアレックス王の手前、形式だけのものかもしれない。
 わたしは淡々と返事しながらそう考えていた。

「対策……いや、お恥ずかしい話ではありますが、我が騎士団はすでに何度も海賊を取り逃がしている始末。陛下が聡明かつ勇敢な王妃殿下に兵を任せられたのもそのような経緯があってのこと」
「いえ、わたしも自分ひとりの力では何もできません。ここにいるジェシカや皆の協力があって、なんとかやってこれたのです」
「ご謙遜を。先の咎人の儀では我が騎士団のフロストをその知恵と工夫で見事に打ち破った。これにより王妃殿下の名声は高まり、逆に我が騎士団の威信は地に落ちた」
「それは……」
「地に落ちた、とは言い過ぎかもしれませんが、実際城下では子供たちが流行り唄を広めてましてな。『ダラムの騎士は滅法強い。大陸では向かうところ敵なし。だけど王妃様の縄遊びには手も足も出ない』などと」

 ここでわたしの隣に立っていたジェシカがプッと吹き出したのでグレイソンからは見えないよう、彼女のスカートの裾をツンツンと引っ張る。

 ゴホゴホと咳払いをしながら姿勢を正すジェシカ。

 それを一瞥してからグレイソンは冗舌に喋り続ける。

「話が逸れました。兵はもちろん預けます。幾人かの騎士も付けましょう。ですが、戦略的なことはすべて王妃殿下のお考えでやるべきでしょう。正直なところ、これ以上の協力は期待しないで頂きたい」

 予想はしていたが、ここまではっきり言われるとは思っていなかった。
 わたしは首を振り、それからまっすぐにグレイソンを見つめた。
 
「……そうですね、わたしの立場から考えれば当然です。ならばせめて海賊の規模や特徴、出没する場所や日時の情報を教えて頂けませんか」
「残念ながらそれも」

 グレイソンは即座に断る。やはりどうあってもわたしに戦功を上げさせるつもりはないらしい。

「しかし──」

 ここでグレイソンが右手を小さく上げ、提案してきた。

「王妃殿下のお気持ち次第によっては情報も、戦略も、場合によっては兵の増員も可能だとお伝えしておきたい」
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