人質王女が王妃に昇格⁉ レイラのすれ違い王妃生活

みくもっち

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29 王の秘密

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 アレックス王への報告も終わり、ようやく自室でゆっくりすることができる。

 ここへ来たばかりの頃は落ち着かなかった部屋だが、今では城の中で唯一安心できる場所。

 王妃という名ばかりの肩書きからも解放される。
 
 ジェシカとハーブティーを飲みながら雑談した後、寝巻きに着替えてベッドに入る。

 海賊の件はうまく解決できた。
 軍船を失った原因もリアムの手によるものだと判明した。
 領主リアムは不当な税を貯めこみ、それで私腹を肥やしていたのか。
 そういった資金の流れもこれから分かってくるだろう。

 気になるのはアレックス王のことだ。
 わたしに対するアレックス王の態度が軟化したように思える。

 そしてあのやつれよう……他の側近たちは気づかないのだろうか?

 考え事をしているとどうにも眠れなくなり、わたしは部屋を出た。

 夜風に当たりながら城壁沿いに歩く。
 王妃となって初めての夜を思い出す。

 寝所を共にするはずだったが、アレックス王はわたしに指一本触れることはなかった。

 今になっても同じだ。わたしを卑しい者扱いしているからだと思っていたけれど、それはどうにも違う気がする。

 無意識にアレックス王の部屋のほうに近づいていた。
 夜間でも衛兵がいるはずだが見当たらない。
 不用心だと思いながら自室に戻ろうとした時。

 曲がり角の向こうで呻くような声が聞こえる。
 この先は王の部屋の入口。

 本来王妃ならば近づいても問題ないのだけれど、今のわたしの立場上あらぬ疑いをかけられかねない。

 ためらっていると、さらに物音と咳き込む声。
 ただごとではないと足早にそこへ向かう。

 角を曲がり、わたしの目に飛び込んできたのは──。
 壁によりかかり、苦しそうに口を押さえているアレックス王の姿。

「陛下、これは」

 それからどのように声をかけていいのか分からない。
 アレックス王は苦悶の表情ながらも目では近づくなと言っているようだった。
 だけどさすがにこれは。わたしが誰かを呼ぼうとした時、ガラガラの声でアレックス王がそれを止めた。

「や……めろ。誰も呼ぶな。軽い発作が……出ただけだ」
「発作⁉ どこかお悪いのですか」
「たいしたことではない……夜間や朝方に多少咳が出る程度だ……」
 
 そう言いながらアレックス王はまた咳き込む。
 よりかかった壁から手が離れ、倒れそうになる。

「あぶないっ」

 とっさに飛び込むようにしてその身体を支えた。
 はじめて王の身体に触れた。アレックス王はそれを拒絶するように腕を振り上げる。

 殴られるかと思ったけれど、また咳でアレックス王の身体が曲がる。

「陛下、血が」

 咳と一緒に微量の血が吐き出されていた。
 具合が悪いとか発作だとかいう段階ではない。なにか重い病状に違いなかった。

「医者を呼んできます──陛下、なにを」

 今度はわたしの服をぐっと掴み、離そうとしない。
 
「無駄だ。医者には極秘で何度も診てもらった。これは治らん病だ」
「病……それでは日々やつれていったのも」
「そうだ。このことはごく一部の者しか知らぬ。多くの家臣は余の体調には気付きもしない。皮肉なことに疎んじている貴様が余の変化に一番気付いていた」
「陛下、今は話さないでください。とにかく部屋に戻りましょう」

 誰を呼ぶことも許さないので、わたしが肩を貸しながら王の寝所へと運んだ。
 女一人の力でもなんとか運べたので体重もかなり減っているのではないだろうか。

 ベッドに横になり、しばらくすると咳も落ち着いてきたようだった。

「クソ……よりによって貴様にこんな姿を見られるとはな。おい、早く貴様も自室へ戻れ」
「いえ。陛下がこのような状態なら戻るわけにはいきません。せめて今夜はお側に」
「……余の父も母も、兄弟も似たような病状で死んだ。これは伝染る病かもしれんのだぞ」
「もとより覚悟の上です。それにわたしのことを嫌っているのでしょう? それならば問題ないはずです」
「………………」

 人を近づけないのも苛烈な態度も病を隠すため。そして人に伝染る可能性を極力減らすためだった。

「病を公表していないのもダラムに不安や混乱を招かないためなのですね」
「……この発作も以前より間隔が短くなってきている。見た通り、血も吐くようになってきた。余は長くは生きられん」

 急な軍拡や大陸制覇、タムワースへの出兵。オークニーの医師ブラウンに頼んでいた薬品。
 すべての行動が繋がってくる。

「しかし、なぜそこまでして」

 いくら時間が無いとはいえ病を隠し、押してまで戦をする必要があったのだろうか?
 無理をすれば病も悪化するだろうし、周囲に気づかれる可能性も高くなる。

「ハノーヴァーの脅威だ。かの大国は徐々に、だが確実にこの大陸を侵略せんと工作を進めている。ロージアンやタムワースがよい例だ。ヤツらは秘密裏にハノーヴァーと手を結んでいた」
「ロージアンとタムワースが?……まさか」

 ロージアンはあのハリエットの祖国だ。
 そしてタムワース公はダラムの辺境伯。この両方ともダラムの関係は険悪であったけども、そんなことははじめて聞いた。

「これも人心をむやみに混乱させぬために公表していない。表向きは余の野心による領土拡大と皆が思っていよう」
「ハノーヴァーが大陸を狙っていると知られれば、さらに造反者が出てくると。そうなれば国中が戦火に巻き込まれる」
「……そうだ。だから強引に大陸を平定する必要があった。グズグズしていてはシェトランドやブリジェンドもハノーヴァーと密約を交わしていたであろう」

 シェトランドとブリジェンドは戦わずしてダラムの傘下に。
 間接的にしろダラムの支配下ならハノーヴァーが近づける余地はない。
 
 その両国がダラムにあっさりと降参したのも、ロージアンの前列があったからだ。

「すべて計算ずくだったのですね。ハノーヴァーの影響を遠ざけ、ダラムの強さも誇示できる。その上、陛下の病も隠すことが出来る。病の人間が続けて戦をするなど誰が想像できましょう」

 苛烈な態度や傲慢な言動。残虐とも言われた性格。
 それはこのためだった。大陸全体で争乱が起こる前に、悪名を被ろうとも被害を最小限に抑えようとした。

「あなたという人は……なんという」

 死期を悟りながら国を、大陸を、民衆のことを考えていた。
 大国の脅威から守ろうとしていた。誰も近づけず、孤独な中で一人で戦っていたのだ。

 アレックス王の汗ばんだ額を拭き、それから頬にそっと手を添えた。
 アレックス王は驚いたような目をしたが、拒否はしなかった。

「これからは一人で抱え込まないでください。わたしが付いております。だから、その病のことも諦めないでください」
「フ……あれだけの仕打ちを受けてきたのに余を恨んでいないのか? 報復を考えているのなら今が絶好の機会であろう」
「今までのことも残虐非道な王を演じられていたためでしょう? もうそんな必要はないのです。これからは協力して外部の脅威に立ち向かいましょう」
「そうか……そうだな。お前は有能で頼れる女だったな。不思議だ……こうしていると母上のことを思い出す」

 アレックス王はわたしの手に触れ、目を閉じた。
 しばらくして落ち着いた寝息が聞こえてくる。

 でもまたいつ発作が起こるか分からない。
 その夜はわたしはずっとアレックス王の側に付いていた。
 
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