人質王女が王妃に昇格⁉ レイラのすれ違い王妃生活

みくもっち

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28 王への報告

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 異変はその日の深夜に起きた。
 ドタドタと階段を駆け上がる音と無数の人声。
 わたしが泊まっている部屋の前で大声で報せてきたのはフロストだった。

「王妃殿下っ! 大変です! 港で、船がっ!」

 同室のジェシカが慌ててドアを開ける。
 フロストが転がるように部屋へ入り、その巨体にしがみついているのは小領主のリアム。

「な、なんですかこの男は。許しも得ずにこんな夜中に押し入って。門扉を壊すわ、使用人を殴るわ。しかも王妃殿下の部屋に近づくなんて」

 兵たちの幕舎は館の外にあり、わたしに用がある時はリアムを通じて館内に入るようになっている。
 夜間、そして緊急のためにそれをせずに強引に館へ入ったのだろう。館内の騒ぎはフロストが原因だった。

「その男はわたしの部下なのでお構いなく。それでフロスト、港でどうかしたのですか?」
「とっ、とにかく来てください! 急がないと船が──」

 フロストらしからぬ狼狽えように、ただ事ではないと判断。
 ろくに着替えもせず、寝巻きに上着を羽織った格好で馬にまたがった。



 港のほうへ急行。その方角の空が明々と照らされていた。これは──火事⁉

 港ではごうごうと炎が上がっていた。
 燃えているのは係留していたわたしたちの船だ。

「これは……一体どういうことですか」

 兵たちが消化活動を行おうとしているが、その火の勢いにまともに近づけない。
 
 わたしが昨日乗っていた船も帆柱が音を立てて崩れていく。

「これだけ火が広がっていては鎮火は無理です。フロスト、兵を下がらせなさい。地元民の避難と負傷者がいれば搬送を優先して」
「し、しかし」
「急いでください。幸い、燃えているのはわたしたちの船だけのようですから」

 港にはやや離れた位置に地元民の漁船もあるのだが、そちらは全くの無傷。
 放火とみて間違いない。だが、誰がなんのために。

「ああ、船が、わたしたちの船が燃えて沈んでいく……。なんでこんなこと……」

 追いついてきたジェシカが馬の上から呆然と眺めている。
 
「昨日はやっと海賊を捕まえて、これからだって時に……こんなの、こんなのひどすぎる」

 落馬しかねないほどぐったりするジェシカを支え、わたしは自分自身を叱咤するように声をかける。

「いえ、今のところ兵たちや地元の方々に被害は無いようです。それだけでも幸運だと思わないと。大丈夫。大丈夫ですから」
「でもほとんどの船が……これだけでも責任取らされるに決まってるわ。もうおしまいよ!」

 悲嘆に暮れるジェシカ。たしかにこの火事はわたしの責任になる。船が無ければ海賊討伐もままならない。
 漁師から船を接収してそれを使うか? いや、元々数が足りないだろうし、彼らの生活の道具を奪えばさらなる反発を招く。

 そして犯人は……港に潜んでいた海賊の仲間か。
 一応夜間も見張りは立てていたはずだが、グレイソンの息がかかった兵士なら当てにはならない。

 

 数時間後。焼け落ちた真っ黒な残骸。それが無数に海に浮かんでいるのが月明かりに照らされている。

 誰もが無言だった。
 火事の原因や残った船の調査は明日やることにして、わたしたちはリアムの館に戻ることにした。

 その途中、一人の人物が暗がりから姿を現した。
 すぐにフロストがわたしを守るように前に出る。

 待て、とその人物がフロストに声をかけるとフロストも警戒を解く。
 その正体はウィリアムだった。

「王妃殿下に頼まれていた件、概ね終わりましたのでここに。どうぞこちらを」

 そう言ってウィリアムはわたしにいくつかの文書を渡す。

「リアム邸の使用人に紛れて探っていましたが、どうしても近づけない一室がありました。それが今夜の騒ぎで入ることが出来ました」

 今夜の騒ぎ……火事を報せに来たフロストの一件だろう。
 
「これは……わかりました。もしかしたらこれでなんとかなるかもしれませんね」
「はい。王妃殿下が疑念を持っていた通りでした。すべての元凶はあの男にありました」
 
 わたしたちの会話の内容にジェシカが首を傾げている。

「ど、どういうこと? なんとかなるかもしれないって」

 わたしは微笑みながら答えた。

「この火事の件も、海賊のことも一気に問題が解決するということです。まずは昨日捕らえた海賊から話を聞くことにしましょう」


 ✳ ✳ ✳


 それから一週間後。
 わたしは王城の謁見の間にいた。

 アレックス王から預かっていた剣を捧げるようにひざまずき、彼の言葉を待つ。

 しばらく間を置いて騎士の一人がその剣を受け取り、アレックス王の元まで届ける。

「ほとほと呆れたヤツだ。騎士団でも手を焼いた海賊を一兵も失うことなく解散させるとはな」

 上段より降ってきた声は意外にも穏やかだった。

 最後に会った時はかなり怒らせてしまっていた。
 体調を気にした言葉が気に入らなかったのだろうか。

 口には出さないが、わたしはやはりアレックス王の顔が気になった。
 わたしが遠征する前と比べてやはりやつれている。
 それを感じさせないように気を張って声を出しているようにも見える。

「海賊の問題はすべて領主のリアムに原因がありました。不当な税を漁師に課していたために発生した案件だったのです」
「うむ。すでに報告書には目を通している。不正に税を吊り上げられ、貧しさゆえに海賊行為を働くしかなかったとな」
「彼らも略奪はすれど、無用な殺人は行ってはいませんでした。どうか寛大な御処置を」
「……まあ、よかろう。気に入らんが功を立てたのは確か。その程度の進言は受け入れてやる」
「ありがたきお言葉。感謝致します」

 ここで一人の男が階下に歩み出てくる。
 わたしと違ってひざまずくでもなく、傲然と胸を張って突然喋りだした。

「陛下、恐れながら申し上げます。この方は海賊の件は確かに解決しましたが、我が国が所有する軍船を多数失っております。これについての責任はさすがに取らせるべきでしょう」

 この男は……たしか咎人の儀で色々と口を出してきた神官だ。
 教会の権威や神官の地位はこのダラムでも高く、宗教的な儀式や式典のみならず政治にも平気で口を出してくる。

 以前のわたしの発言にまだ遺恨があるのか、仇でも睨むような目だ。
 
 わたしが反論しようとする前にアレックス王が鋭くそれに反応した。

「ほう、王妃に罰を与えるべきと。ギリアン司祭はそう主張するか」

 ギリアン司祭……そういえばそんな名だったか。
 ギリアン司祭はややたじろいだふうに見えたが、すぐにええ、その通りですと続けた。

「失火による多数の軍船の喪失。金額的にすれば相当なものでしょう。しかもこれは我が国の防衛に大きく影響します。いくら王妃殿下といえどこれを見逃すのはいかがかと存じます」
「いつものように神の名の下に、というわけか」
「はい。神の前ではいかなる身分の方も平等に裁かれます。あえて王妃殿下を厳しく罰することで、神への信仰と法の厳格さを示すことにもなります」
「なるほどな。それで罰としてはなにが適当か。ギリアン司祭に問いたい」

 そう聞かれたギリアン司祭は得意気な表情でわたしを指差した。

「今回の件と咎人の儀における神への暴言。これを鑑みれば王妃の地位を剥奪し、国外追放。これが最も妥当かと思われます」
「追放か。たしかに軍船を失ったのは痛い。その責は問うべきだろう。だがギリアン司祭」
「はっ」
「貴殿が王妃を責める理由に私怨が無いと言い切れるか。この場で公平に物を申していると神に誓えるのか」
「そっ、そ、それはもちろんです。わたしはあくまでも神に仕える身であり、ダラムの法を知るものとしての見解を」

 しどろもどろになるギリアン司祭。
 図星を突かれたのか、動揺している。
 アレックス王がわたしをかばうような発言をするのは意外なのだが。

「そこで貴様は何か申し開きはあるのか」
 
 そう聞かれ、わたしはうなずく。

「わたしの口からよりも、もうしばらくすれば納得して頂ける証拠がやって参ります」
「もうしばらくだと? どれくらい待てばよいのだ」
「しばしお待ちを。それほどかからないと思いますので」
「………………」

 そこから一分も経たないうちに謁見の間に入ってくる騎士が一人。
 素早くわたしの斜め後ろにひざまずく。

「貴様はたしか王妃直属の騎士となった……」

 アレックス王も顔と名を覚えている。その騎士は低く、だが謁見の間全体に響くような声で発言した。

「ウィリアムにございます。領主リアムの取り調べが終わりましたので早急にご報告を」
「申せ」
「軍船の火事についてもリアムの手による者と自白致しました。海賊が捕まったことで、不正な税収が明白になることを恐れての犯行だと」

 地元の漁師からリアムのある程度の悪評は聞いていた。
 だが証拠がなかった。海賊に転身した者たちから同じような証言がいくつも得られれば、本格的に取り調べられる。
 館に隠してあった裏の税収の文書が見つかるのも時間の問題。

 わたしが海賊をはじめて捕らえたことでかなり焦ったのだろう。
 海賊討伐自体を諦めさせるべく、軍船を焼く暴挙に及んだというのだ。

「というわけだ。失火ではなく、明確に放火だと判明したわけだが。これでも王妃を罪に問うか?」

 アレックス王の問いかけに、ギリアン司祭はなにやらブツブツ言いながら引っ込んでいった。
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