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42 希望と絶望
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わたしはアレックス王のことはウィリアムに任せ、砦の階段を上がる。
塁壁の上から見下ろすと敵部隊は分散し、進入口を探しているようだった。
またある者は鉤縄を使い、上部から侵入を試みようとしている。
まだうまくいっていないようだが中に入られるのも時間の問題。
痩せた色黒の男。長刀を振り回しながら怒鳴っている。あれが指揮官か。
わたしが呼びかけると男は意外そうな顔で長刀を鞘に納め、うやうやしくお辞儀をする。
「これはこれは、麗しきダラムの王妃殿下。砦の中で息を潜めているかと思いきや、そちらから声をかけてくれるとは」
「あなた方の正体は分かりました。そしてその対抗策も。もうじきここにはわたしたちの援軍が現れるでしょう」
「ほう、我らの正体が分かったと。それに援軍? はったりで我らを動揺させるつもりか」
「金品目当てのただの盗賊にしては統率が取れすぎていますし、ダラムの騎士団だと分かった上で襲うほど愚かでは無いでしょう。それにあの橋の手の込んだ罠」
ここまで言うと男はくつくつと笑いながら肩をすくめる。
「橋の崩落で仕留める手はずだったが、思いのほか頑丈だったな。それに先頭にいた騎士の判断が早かった。あれさえなければ」
「今、陛下の命を狙うのはロージアンの残党の可能性が一番高い。でも前回の失敗でハリエットは捕らえられ、組織としてこんな計画を立てられるはずもありません」
「ほう、それで王妃殿下はどう推測されますかな」
男はニヤついた表情で聞いてくる。
「その訛りは隠しきれてませんよ。大陸外から来た者たちですね。となれば、ハノーヴァーからというのはおのずと分かります」
そう指摘すると男は真顔になり、なるほどとパチパチと拍手をする。
「噂にたがわぬ聡明な王妃殿だ。ご明察の通りハノーヴァーからの諜報員や工作員で組織された先遣隊ともいうべき部隊。そして俺はそれをまとめているガノッサという者。以後お見知りおきを」
「先遣隊……ハリエットをそそのかして反乱を企てたのもあなたたちの仕業ですね。大国らしからぬ卑劣な真似を」
「ハリエット? ……ああ、ロージアンの王女のことですな。あなたと違って使えない女でしたなぁ。旧ロージアン国に呼びかけても誰も決起しない。まあ無理からぬ事。あなたと違い、ロージアンの王族は人望がありませんからな」
「ロージアンから援軍が来なかったのは旧臣や民衆が呼びかけに応じなかったから……? それでハノーヴァーは彼らを見捨てたのですか」
「見捨てたとは人聞きの悪い。こちらも何かと人員や資金を援助していたのですよ。ですがね、ロージアンは元々民衆に重税を課し王族は贅沢し放題。今のダラムによる統治のほうがずっとましだと皆言っていますよ」
「……そのことはもういいです。それよりのんびりしていていいのですか? 援軍がそろそろやって来る頃ですが」
「いいや、来ませんな。こちらの情報網を甘く見てもらっては困る。ダラムの主だった兵は王都から出ておりません。はったりで我が部隊を退かせるつもりなのだろうが、そうはいかん」
やはり簡単には引っかからない。しかし、敵は圧倒的有利な状況にかかわらず焦りがあった。
ここが敵地であるというのと、自身の部隊が少数であること。
さらに手早く計画を実行するつもりが、予想外に手間取っていること。
絶好の機会とはいえ彼らも命は惜しいはず。
もしも兵力を上回る援軍が来た場合、全滅覚悟で戦うとは考えられなかった。
「信じないのなら結構。以前のロージアンの事件以来、こちらもハノーヴァーの動きは警戒しています。ここに人員を集結させたのは間違いでしたね。その動きはすでに察知されていますよ」
「察知しているのなら、こんな襲撃は未然に防げたでしょう。ダラム王やあなたの危機にすぐに駆けつけないのも近くにいない証拠。もうやめましょう、時間稼ぎか何か知らないがこのような問答は」
その時だった。
ハノーヴァー先遣隊の後方からわっ、と騎馬の一隊が現れた。
驚く先遣隊の中に突っ込み、縦横無尽に駆けまわる。
「こ、これはっ⁉ まさか本当に援軍が?」
ガノッサは驚きつつも兵をまとめようとする。
だが不意をつかれ、先ほどの戦闘で疲れている先遣隊は立て直すことが出来ない。
「おのれ、はったりではなかったのか! 今一歩のところで、クソッ!」
騎馬隊の勢いは猛烈で先遣隊を崖まで追い込み、次々と突き落としていく。
ガノッサも崖のふちに追い詰められた。
そこへ一騎の騎馬が猛然と襲いかかる。
わたしも予期していなかった援軍の指揮官か。
その凄まじい斬撃にガノッサは受けるのが精一杯。そして二度、三度目の攻撃を受けた時に足を踏み外した。
「バカな、俺がこんなところでっ! こんな異国の地で俺は死ぬのかっ」
崖から転落し、深い闇の底へと消えていくガノッサ。
そしてガノッサを倒した騎士がこちらへ向かってきた。
近づいてきてようやくその正体が分かる。
「あなたはエヴァン! なぜこんな所に」
騎士の正体はエヴァンだった。
ということは謎の援軍はシェトランド騎士団。
後を追ってきたにしろ、橋が落ちている状態でどうやってここへ来たのだろうか。
けれどエヴァンの表情を見てわたしはすぐにその理由が分かった。
「夜のうちから出発し、待ち伏せていたわけですね。わたしを攫うために」
「……ええ。夜間の訓練だと称し、一隊を率いてこの先で待ち構えていました。それがこのような状況になっているとは」
「エヴァン。偶発的にしろ助けてくれたのには礼を言います。ですが、わたしはあなたに付いていくわけにはいきません。強引に連れていくつもりならあなたとも戦わねばなりません」
塁壁の上からはっきりそう言うと、エヴァンはゆっくりと首を横に振った。
「俺は……たしかにそういうつもりでした。陛下に負け、あなたにも拒絶されて……。でも、あなたが命がけで陛下を守ろうとしているのを見て考えが変わりました。あなたと陛下の間に入る隙など最初から無かったのだと」
「エヴァン……」
「あなたの事は諦めます。いえ、今はそんなことより陛下を」
エヴァンの言葉にわたしもはっとし、急いでアレックス王のもとに戻った。
* * *
砦から出てエヴァンたちに護衛されながら近くの街に到着。
そこでアレックス王の容態を医者に診せることにした。
普段は医者にかかることを拒否するアレックス王だっだが、今は衰弱しきっているためか大人しく診察を受けている。
一通り診察が終わり、わたしは別室で医者から話を聞く。
「陛下は一体なんの病なのですか? 何か治療法はあるのですか? 今までどんな医者に診せても、どんな薬を用いても良くならなかったと聞いてましたが」
アレックス王が頑なに医者に診せなかったので専門家から容態を聞くのは初めてだ。
堰を切ったように質問を投げかける。医者は困惑しながらうつむき、首を振った。
「申し訳ありません。根本的な原因や治療法はわたしにも……。ただ、すでに手の打ちようがないほどひどい状態としか」
「そんな、何かあるはずです。せめて延命できる方法とか。彼がいないとダラムは、大陸の平和が」
「王妃殿下、落ち着いてください。陛下は以前すでに王宮直属の医者に診てもらっているのでしょう。それでも分からなかったことがこの小さな町医者に分かるはずもありません」
「ではこのまま、何も出来ないまま死を待つしかないと」
「……残酷ですが、どのような高貴な方でも死からは免れません。原因不明な病ならなおのこと。あとはただ安静に、決して無理はなさらずに養生しておく他はないかと。あと、陛下の病のことは決して他言致しませんので。それだけはご安心ください」
「………………」
そんな事を言われてもなんの気休めにもならなかった。
わたしはフラフラと部屋から出ていき、すぐに出発を命じた。
「良いのですか? ここで休まれたほうが陛下のお身体にも良いのでは」
ウィリアムがそう聞いてきたけれど、それでもわたしは出発を命じた。
ここにいてもアレックス王の状態が良くなるわけでもない。
それどころか王都に着く前にもしもの事があったら。
わたしは暗澹とした気持ちでアレックス王を支えながら馬車に乗る。
彼の頭を膝に乗せ、泣きそうになるのをこらえながら王都までの帰路を急がせた。
塁壁の上から見下ろすと敵部隊は分散し、進入口を探しているようだった。
またある者は鉤縄を使い、上部から侵入を試みようとしている。
まだうまくいっていないようだが中に入られるのも時間の問題。
痩せた色黒の男。長刀を振り回しながら怒鳴っている。あれが指揮官か。
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「これはこれは、麗しきダラムの王妃殿下。砦の中で息を潜めているかと思いきや、そちらから声をかけてくれるとは」
「あなた方の正体は分かりました。そしてその対抗策も。もうじきここにはわたしたちの援軍が現れるでしょう」
「ほう、我らの正体が分かったと。それに援軍? はったりで我らを動揺させるつもりか」
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「橋の崩落で仕留める手はずだったが、思いのほか頑丈だったな。それに先頭にいた騎士の判断が早かった。あれさえなければ」
「今、陛下の命を狙うのはロージアンの残党の可能性が一番高い。でも前回の失敗でハリエットは捕らえられ、組織としてこんな計画を立てられるはずもありません」
「ほう、それで王妃殿下はどう推測されますかな」
男はニヤついた表情で聞いてくる。
「その訛りは隠しきれてませんよ。大陸外から来た者たちですね。となれば、ハノーヴァーからというのはおのずと分かります」
そう指摘すると男は真顔になり、なるほどとパチパチと拍手をする。
「噂にたがわぬ聡明な王妃殿だ。ご明察の通りハノーヴァーからの諜報員や工作員で組織された先遣隊ともいうべき部隊。そして俺はそれをまとめているガノッサという者。以後お見知りおきを」
「先遣隊……ハリエットをそそのかして反乱を企てたのもあなたたちの仕業ですね。大国らしからぬ卑劣な真似を」
「ハリエット? ……ああ、ロージアンの王女のことですな。あなたと違って使えない女でしたなぁ。旧ロージアン国に呼びかけても誰も決起しない。まあ無理からぬ事。あなたと違い、ロージアンの王族は人望がありませんからな」
「ロージアンから援軍が来なかったのは旧臣や民衆が呼びかけに応じなかったから……? それでハノーヴァーは彼らを見捨てたのですか」
「見捨てたとは人聞きの悪い。こちらも何かと人員や資金を援助していたのですよ。ですがね、ロージアンは元々民衆に重税を課し王族は贅沢し放題。今のダラムによる統治のほうがずっとましだと皆言っていますよ」
「……そのことはもういいです。それよりのんびりしていていいのですか? 援軍がそろそろやって来る頃ですが」
「いいや、来ませんな。こちらの情報網を甘く見てもらっては困る。ダラムの主だった兵は王都から出ておりません。はったりで我が部隊を退かせるつもりなのだろうが、そうはいかん」
やはり簡単には引っかからない。しかし、敵は圧倒的有利な状況にかかわらず焦りがあった。
ここが敵地であるというのと、自身の部隊が少数であること。
さらに手早く計画を実行するつもりが、予想外に手間取っていること。
絶好の機会とはいえ彼らも命は惜しいはず。
もしも兵力を上回る援軍が来た場合、全滅覚悟で戦うとは考えられなかった。
「信じないのなら結構。以前のロージアンの事件以来、こちらもハノーヴァーの動きは警戒しています。ここに人員を集結させたのは間違いでしたね。その動きはすでに察知されていますよ」
「察知しているのなら、こんな襲撃は未然に防げたでしょう。ダラム王やあなたの危機にすぐに駆けつけないのも近くにいない証拠。もうやめましょう、時間稼ぎか何か知らないがこのような問答は」
その時だった。
ハノーヴァー先遣隊の後方からわっ、と騎馬の一隊が現れた。
驚く先遣隊の中に突っ込み、縦横無尽に駆けまわる。
「こ、これはっ⁉ まさか本当に援軍が?」
ガノッサは驚きつつも兵をまとめようとする。
だが不意をつかれ、先ほどの戦闘で疲れている先遣隊は立て直すことが出来ない。
「おのれ、はったりではなかったのか! 今一歩のところで、クソッ!」
騎馬隊の勢いは猛烈で先遣隊を崖まで追い込み、次々と突き落としていく。
ガノッサも崖のふちに追い詰められた。
そこへ一騎の騎馬が猛然と襲いかかる。
わたしも予期していなかった援軍の指揮官か。
その凄まじい斬撃にガノッサは受けるのが精一杯。そして二度、三度目の攻撃を受けた時に足を踏み外した。
「バカな、俺がこんなところでっ! こんな異国の地で俺は死ぬのかっ」
崖から転落し、深い闇の底へと消えていくガノッサ。
そしてガノッサを倒した騎士がこちらへ向かってきた。
近づいてきてようやくその正体が分かる。
「あなたはエヴァン! なぜこんな所に」
騎士の正体はエヴァンだった。
ということは謎の援軍はシェトランド騎士団。
後を追ってきたにしろ、橋が落ちている状態でどうやってここへ来たのだろうか。
けれどエヴァンの表情を見てわたしはすぐにその理由が分かった。
「夜のうちから出発し、待ち伏せていたわけですね。わたしを攫うために」
「……ええ。夜間の訓練だと称し、一隊を率いてこの先で待ち構えていました。それがこのような状況になっているとは」
「エヴァン。偶発的にしろ助けてくれたのには礼を言います。ですが、わたしはあなたに付いていくわけにはいきません。強引に連れていくつもりならあなたとも戦わねばなりません」
塁壁の上からはっきりそう言うと、エヴァンはゆっくりと首を横に振った。
「俺は……たしかにそういうつもりでした。陛下に負け、あなたにも拒絶されて……。でも、あなたが命がけで陛下を守ろうとしているのを見て考えが変わりました。あなたと陛下の間に入る隙など最初から無かったのだと」
「エヴァン……」
「あなたの事は諦めます。いえ、今はそんなことより陛下を」
エヴァンの言葉にわたしもはっとし、急いでアレックス王のもとに戻った。
* * *
砦から出てエヴァンたちに護衛されながら近くの街に到着。
そこでアレックス王の容態を医者に診せることにした。
普段は医者にかかることを拒否するアレックス王だっだが、今は衰弱しきっているためか大人しく診察を受けている。
一通り診察が終わり、わたしは別室で医者から話を聞く。
「陛下は一体なんの病なのですか? 何か治療法はあるのですか? 今までどんな医者に診せても、どんな薬を用いても良くならなかったと聞いてましたが」
アレックス王が頑なに医者に診せなかったので専門家から容態を聞くのは初めてだ。
堰を切ったように質問を投げかける。医者は困惑しながらうつむき、首を振った。
「申し訳ありません。根本的な原因や治療法はわたしにも……。ただ、すでに手の打ちようがないほどひどい状態としか」
「そんな、何かあるはずです。せめて延命できる方法とか。彼がいないとダラムは、大陸の平和が」
「王妃殿下、落ち着いてください。陛下は以前すでに王宮直属の医者に診てもらっているのでしょう。それでも分からなかったことがこの小さな町医者に分かるはずもありません」
「ではこのまま、何も出来ないまま死を待つしかないと」
「……残酷ですが、どのような高貴な方でも死からは免れません。原因不明な病ならなおのこと。あとはただ安静に、決して無理はなさらずに養生しておく他はないかと。あと、陛下の病のことは決して他言致しませんので。それだけはご安心ください」
「………………」
そんな事を言われてもなんの気休めにもならなかった。
わたしはフラフラと部屋から出ていき、すぐに出発を命じた。
「良いのですか? ここで休まれたほうが陛下のお身体にも良いのでは」
ウィリアムがそう聞いてきたけれど、それでもわたしは出発を命じた。
ここにいてもアレックス王の状態が良くなるわけでもない。
それどころか王都に着く前にもしもの事があったら。
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