朝が来てもそばにいて〜聖夜の約束〜

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やさしい誤解

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 変な子だな。

 ベッドに腰掛け真っ直ぐに向けた視線の先、キラキラとした色素の薄い瞳を見つめながらしばらく考えて、凛は首を横に傾げた。
 長らくサンタをやっているけれど、友達になろうなんて言われたのは初めてだ。
 それは一般の、『長いお髭のおじいさん』なサンタのイメージと自分の風貌がかけ離れてるのも原因のひとつだろうし、凛の無駄に整った容貌は人形めいていて、子供受けが悪い自覚もある。
 お仕着せのこのダサいサンタ服だって『子供が怖がるから』という理由で、久遠に無理矢理着せられているのだ。
 そう。思い返せば爽真だって、最初に会ったときは怯えていた。怖いくせに、来年も来るかと訊ね、次の年はケーキまで用意して待っていた。やっぱり、変わった子だ。

「そんなこと言われたの初めてだよ」
「え?」
「友達になろう。なんて初めて言われた」
「え…? サンタクロースって、ひとりしかいないの?」
「まさか。たくさんいるよ。たまにお祭り的なイベントもあるっていうし、結構な人数いるんだと思うよ。まあ、僕はそういうところ行かないし、会ったことないけど」

 答えると目の前の子供はなんだか神妙な顔をした。

「……仲間外れにされてる?」
「へ?」

 思わず変な声が出た。どうしたらそうなるのか。子供の思考回路は謎だ。
 他のサンタと交流がないのは、ただただ凛が面倒くさいと思ってるからで、他に理由はない。単純に苦手なのだ。他人が。

 昔からそうだったのかと訊かれれば、爽真くらいの頃はそうでもなかったように思う。
 生前の凛は、いわゆる名家のお坊っちゃんだった。まわりは皆凛にかしづき、何不自由なく暮らしていた。風向きが変わったのは、正妻だった母が亡くなってからだ。凛はまだ七つだった。翌年迎えた後妻とその子供を溺愛した父は、あの女の口車にのせられて凛を疎んじるようになった。それに加え元々身体が丈夫でなかった凛は、あっと言う間に跡目争いから脱落。後ろ盾も失い、最期は唯一信頼してた側使えの男に刺されて死んだ。二十になった年の、寒い、雪が降る日だった。
 周りは敵ばかりで信じられるものなどほとんどなかった。誰にも必要とされないなら消えてなくなりたいと、ずっとずっと思っていた。

 そんな、もうずいぶんと長い間思い返すこともなかったことを思い出して、凛は口元を覆った。まるで磨り硝子越しに向こうの景色を見ているみたいに、思い出した記憶は何処か朧げで現実味がない。けれど、胸を握り潰し、さらに何本もの針で突き刺したような痛みは、思った以上に鮮明だ。呼吸が、しにくい。
 
 他人なんて、信じられない。
 
 あの頃、日常的に感じていた想いが思い出され、凛は戸惑って目を伏せた。
 それをどう取ったのか、目の前の子供がいきなり両の手を伸ばして膝を折り、凛の手をぎゅうと握ってくる。驚く凛を見上げる、夜の星を集めたようにキラキラとした瞳は、なにかを決意したようにやたらと力が籠もっていた。

「大丈夫! おれが友達になってあげる! 」

 ……は?

「そしたらもう寂しくないから。ね?」

 相変わらず手を繋いだまま、キラキラの瞳でそんなことを言われて、結構です。と、喉まで出かけた言葉を凛は咄嗟に飲み込んだ。
 
 ───もっと効果的な方法を思いついたのだ。
 
 非常に大人げない、久遠が聞いたら顔を青くして全力で止めに来るだろうやり方だったけれど。

「ねえ」

 意識的に優しい声で語りかけると、爽真は期待に満ちた目で凛を見た。
 泣くかな? と意地の悪いことを考えながら、内緒話をするように、そっと爽真に顔を近づける。

「サンタクロースが子供たちにプレゼントを贈る理由、知ってる?」

 いきなり変わった話題に、爽真はキョトンとした顔で首を横に傾けた。かまわず凛は、その子供らしいふっくらした頬を包むように手を添え、また少し顔を近づける。不思議そうにぱっちりした二重の瞳がパチパチと瞬きを繰り返した。

(───起きてる子に試したことはないけど)

 拳ひとつ分まで距離をつめ、すうっと静かに息を吸う。すると薄く開いた爽真の唇でから吸い上げられたものが、ふたりの間で静かに乳白色の玉になった。その光景に、これ以上開けないというくらい、爽真の目がまるくなる。それを尻目に、凛は人差し指と親指で、その出来立てのパッチを摘んでみせた。

「な、に……?」
「これが僕たちサンタクロースの食べ物。プレゼントをあげる代わりに、僕たちはこれをもらってるんだ。……怖いでしょ? だから子供たちが寝てる間に、サンタはプレセントを配るんだよ」

 怯えたような目をした爽真に、うっすらと笑みを刷いた唇で、凛はことさら優しく語り掛けた。
 ───その方が、怖いだろうと思ったからだ。
 
 それから、手に取ったパッチをゆっくり口の中に入れて咀嚼して見せる。それは舌の上でクシャリと潰れ、甘い味と香りがいっぱいに広がった。

 これで凛のことが怖くなって、友達になろうなんていう素っ頓狂な考えも改まるだろう。とりあえず驚いてるうちに帰り支度をして出ていかなきゃだ。大声で泣かれたら厄介だし。口止め……は、まあいいか。どうせ大人は子供の言うことなんて信じない。夢か何かだと思うだろう。
 久遠、は、…怒るだろうなあ。帰ったらお説教される覚悟はしないといけない。
 そうと決まれば、と、凜がベッドから立ち上がろうとした時だった。

「……しい?」
「え?」

 声のした方に視線を送ると、爽真が興味深そうな顔でじっとこちらを見つめていた。
 予想外の反応に、凛は腰を浮かせかけたまま固まり、爽真の顔を凝視する。

「それ、美味しい?」

 戸惑いながら、まあ。とかうん。とか曖昧に返事をすると、ずいと爽真が身を寄せてきて、思わず仰け反った凛はまた、ベッドの上に腰を下ろす羽目になった。

「どんな味?」
「どんなって……甘い、けど」

 ふうん。と言って、また少し爽真が近づいてくる。予想を裏切られたからなのか、子供に教えてはいけない秘密を見せてしまった後ろめたさからなのか、その真っ直ぐな視線から逃げるように、凛はベッドの上をズリズリと後退した。でもあっという間、背は壁に当たってしまい、追いかけてきた爽真との間に挟まれてしまう。

「じゃあ、もっとあげる」
「は…?」
「最初はちょっと怖いって思ったけど、痛くも痒くもなかったし。それに……なんかすごく綺麗だった」
「いや…、あの……」

 ちっとも予想通りに動かない爽真に困惑していると、伸びてきた手がそっと凛の二の腕を掴んだ。

「大人にしては、細いね」
「……まあ」
「サンタに友達がいない理由、ちょっと考えたんだけど、元気が足りないんじゃないかな? あんまり大人しいと話しかけにくかったりするし」
「いや、そうじゃ、なくて…」
「ううん。たぶんそうだよ。さっきアレ、サンタの食べ物なんだよね? あんなあめ玉みたいなのひとつ食べたくらいじゃ、ぜんぜん足りないんじゃない? もっと食べたらきっと元気出るよ!」

 キラキラとした瞳でそう言って、爽真はぎゅっと凜の手を握った。
 
「ご飯はたくさん食べなさいって、学校の先生もお母さんも、そう言うし。だから、ね?」

 何を言われているのがよく理解できなくて固まっている凛に、爽真が顔を近づけてくる。
 仲間はずれを否定しなかったせいで、色んな誤解を生んでしまっている気がする。けど。

「い、いいよ!」
「駄目だよ。遠慮しなくても大丈夫だし」
「遠慮してるわけじゃ…っ!」

 言っても爽真は聞かない。どうやるの? こう? と言いながら、ふうと吹きかけてくる息が、顔を背けた凛の耳元にかかってくすぐったかった。

「わかった!わかったから!!」

 結局全部で三つ、興味深そうに見つめる爽真の前で、凛はそれを食べてみせた。それでも足りないと言わんばかりに爽真はぐいぐい寄ってくる。最終的には「まだ配達が残ってるから!」と彼を押し退けて、逃げるように凛は爽真の家を後にした。身体が重い。……敗北感と疲労感で。

「なんで僕がこんな目に…!」

 そう思ったのも束の間。ちょっと頭が冷えればすぐにわかる。

 自業自得だ。

 ひさびさに思い出してしまった記憶に引きずられて、普段ならしないようなことをしてしまったからだ。あの子───爽真にも余計なことをしてしまって、本当に、ちょっと、どうかしていたと思う。
 ふるふると頭を振ると、自分の身体から慣れない匂いがして戸惑った。少し長居してしまったせいで爽真の部屋の匂いがついてしまったのだろう。不快、ではないけれど、なんとなく落ち着かない。
 もう一度頭を振って、それと一緒に口から漏れたため息は、いつもよりずっとずっと深かった。
 
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