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凍える夜の灯
しおりを挟む次の年、もらった配達リストの中にその名前を見つけて、凛は小さく息をついた。
去年のこと、あの子は覚えているだろうか?
そんなことをチラと考えて、後ろめたいような、でも会うのが楽しみなような、微妙な気持ちでその名前を凝視する。
去年の出来事を彼がどう思っているのかもわからなかったし、それに、爽真は凛が思った通りには動かない。その予想外の言動に自分の中がぐちゃぐちゃと掻き回される感じがして、凛はなんとなく、少しだけ彼が怖かった。
そんなことを埒もなく考えて迎えたクリスマス当日。本日の天候は、吹雪。最悪だ。
寒いのは、嫌いだ。
遠い昔の嫌な記憶は、全部、雪と繋がっている気がする。
いつもにも増して憂鬱な気分で、凛は爽真の家を訪れた。
凛の家は住宅地の中にある、小さな一軒家だ。庭木の陰からそうっと覗くと、窓の外をぼんやりと眺めている爽真の姿が見えた。咄嗟に凛は踵を返し、他の配達を先にすることにする。
卑怯だとは思いつつ、他の配達をしている間に爽真が寝てしまってくれたらいいな。と願っていたのだけれど。
中身があと一個になった袋を持って戻った爽真の家、当たり前のように、少年はまだ起きていて、部屋の中をウロウロとしているようだった。
その様子を、また庭木の陰からそっと伺って、凛はため息をついた。さっき様子を見に来てから、かなりの時間が経っている。ずっと起きて待っていてくれていたのだと思うと、胸の奥がさわさわと騒いで、落ち着かない気分になった。
ほうと吐き出した息が白くて、外気の冷たさに身体が震える。サンタは特殊な力に守られているから、吹雪の中でも濡れたりはしないけれど、寒さ暑さは普通に感じる。カチカチと鳴り始めた歯に、窓の外にでもプレゼントを置いて帰ってしまおうか。なんて考えが浮かんだけれど、やっぱりそんなことはできないと、凛は覚悟を決めて爽真の部屋の窓をそっと開いた。
「よかった! 遅いから、今日は来てくれないのかと思った!」
凛の姿が見えた途端、爽真はパッと顔を輝かせた。窓から中に入った凛に駆け寄ってきて、ぎゅうっと両の手を握ってくる。
「寒くない? 大丈夫?」
冷たいね。と、爽真はひと回り小さな手で、凛の手を温めるように包んだ。それから心配そうに眉を下げて、手近にあったブランケットを引っ張ると、それを凛の肩に掛けてくれる。
「あれ? サンタ、なんか…小さくなった?」
「まさか。僕が小さくなったんじゃなくて、爽真が大きくなったんだよ」
「ああ。そっか」
つられて微笑みそうになった顔を、凛はあわてて引き締める。このままだと、また、爽真のペースに巻き込まれる。だから今日は渡すものを渡したら、さっさと帰るんだと心に決めていた。
「え。もう帰っちゃうの?」
プレゼントを爽真の手の中に押し込んで、踵を返そうとしたところで、服の裾を引っ張られた。ギクリと身体が強張る。
「……仕事、終わったし」
「で、でも! もうちょっとくらい…っ! と、友達だし!」
「友達、に、なった覚え、ないけど」
確かに去年爽真はそんなことを言っていたけれど、凛は了解した覚えはない。だから素直にそう言っただけなのだけれど、思った以上に傷付いた顔をした爽真に、チクッと胸が痛んだ。今にも泣きそうな顔できゅっと下の唇を噛んでいる。
どうしよう。と、思う。
この子を、泣かせたいわけでも傷付けたいわけでもない。けど。
「で、でも! あ、ほら、食事! 食事は?」
「あ、いや。……おなか、いっぱいだから」
言った途端、涙の膜が張りはじめた瞳に、今度は胸がぎゅうと苦しくなる。凛を見上げている夜空の星を集めたようにピカピカの瞳は、何処か必死な色をしていて、目を合わせたままでいるとひどく落ち着かない気持ちになった。
「……サンタ、おれのこと嫌い?」
どうやって声をかけたら……と視線を彷徨わせていた凛に、爽真が少し掠れた声でそう問うてくる。
凛は、迷った。
嫌いだ。と、そう言ってしまえば、爽真は纏わりついてこなくなるかもしれない。煩わしい思いもしなくて良くなる。
そう、思ったけれど。
「……嫌いじゃないよ」
「本当に!?」
「…うん」
自分の口から転がり出た言葉に、ああ。そうか。と凛は思う。僕はこの子が嫌いだから遠ざけたいんじゃなくて、思いの外、気に入っているから嫌なんだ。爽真が仲良くなりたいのはサンタで、凛じゃない。だから、要は……拗ねたのだ。
気付いてしまった理由が思った以上に子供っぽくて、凛はぐっと奥の歯を噛んだ。
だってどうせこの子も、すぐに凛のことなんて忘れてしまう。子供らしい遠慮のなさで凛の中を掻き回しておいて、次の年にはきっと平気で素知らぬ顔をするのだ。
嫌だな、と思う。それなら最初から関わりなど持たない方が楽だ。そう、思うのに。
爽真の表情が曇るとチクチクと胸が痛む。どうせ見るなら笑っている顔が見たいな、と思う。
どうして? と自分に問うて、出ない答えに問うことすら放棄して、凛はひとつ息をついた。
意地を張るのを止めることで自分のプライドが傷付くのも、差し出された手を振り払って爽真に悲しい顔をさせることもどちらも嫌で、けれど、片方しか選べないなら……仕方がない。
そんな風に考えて、「嫌いじゃない」ともう一度はっきりと言うと、爽真の表情がぱっと明るくなった。それから、ちょっと待ってて! と、机の引き出しを開けてゴソゴソと中を探りはじめる。
「なに…?」
差し出された包みの意味がわからなくて首を横に傾けると、さっきとは逆、凛の手のなかに包みが押し付けられた。
「クリスマスプレゼント。いつっも貰ってばっかりだし、おれもなんかあげたいなぁって。……どうしたん?」
包みに手をかけたまま固まってしまった凛を、爽真が不思議そうに覗きこむ。
「僕、に…?」
「うん。サンタの好きなものわかんなかったから、気に入らなかったらごめんなさい」
一生懸命考えたんだけど、と、不安げな表情の爽真に凛は何度も瞬きをした。それから、「開けてみて?」と促されて、赤いリボンをそっと解く。包みを開くと、中から出てきたのは赤い毛糸のマフラーだった。
「手袋の方が良かったかな? 来年は手袋あげるね」
まだ小さな爽真の手が、また、凛の手を捕まえて温めるように擦る。なにも言えなくて小さく頭を振ると、貰ったばかりの赤いマフラーを、爽真がくるくると首に巻いてくれた。
子供のお小遣いで買える程度のものだ。上等な毛糸を使ってるわけでも、殊更に丁寧な作り方をされているわけでもない。
けれどそれは、凛が今まで使ってきたものの中で、いちばん素敵に見えた。
「……凛、だよ」
「ん?」
「僕の名前。凛って言うんだ。本当は内緒で教えたら駄目なんだけど、爽真にだけ、教えてあげる」
不思議そうにパチパチと瞬きをした爽真に、凛は薄く笑んだ。
サンタが持ってくるプレゼントはサンタの国から子供たちに贈られたものだ。凛はただそれを届けているだけ。だから、今思いつく限り、凛が凛個人で爽真に返せるものは、これだけだ。
もしかしたら、また、久遠は怒るかもしれないけれど。
「凛…」
確かめるように名を口にのせ、爽真の二重の瞳がじっと凛を見つめる。
「じゃあ、さ。凛…さん、て呼んでもいい?」
「凛、でいいよ」
「ありがとう」
そう言って嬉しそうにふわり笑んだ爽真に、じんわりと胸の奥が温かくなった。
それからというもの、爽真は毎年凛にプレゼントをくれた。
約束した手袋にブランケット、ふかふかのルームシューズ、大きなクマのぬいぐるみ。
「だって凛は寒いの嫌いなのに、冬しか起きてられないんでしょ? だからさ、少しでも暖かく過ごして欲しいなぁって」
かわりに凛は爽真に請われるまま、自分のことを話した。サンタになった経緯や生きていたときのことを。爽真は口数少なめに、凛のどんな話もうんうんと聞いてくれる。楽しい話の時は声を上げて笑って、悲しい話の時は泣かない凛の代わりに泣いてくれた。
そんな爽真を凛は、寒い冬の朝に差し込んでくる朝日みたいだと思う。長い間ずっと氷漬けになっていた心が、その陽の光に当って溶けて、少しずつ柔らかくなっていく気がする。凍えるような吹雪の日だって、爽真のそばだけはとても暖かくて、ひどく心地が良かった。
毎年、出来るだけはやく配達を終わらせて、爽真の元に急ぐ。会うたび目線の位置は高くなり、爽真は今年十四になった。小さな頃から整った顔立ちの子だとは思っていたけれど、爽真は歳を追うごとに美しくなる。あどけなさはそのままに、ときおり大人びた顔も見せるようになった。
毎回、帰る前にするようになった『食事』のために、顔を近付けられるのがなんだかひどく恥ずかしく感じる。真っ直ぐに凛を見つめてくる瞳の奥に、チラチラと見え隠れする感情を直視するのも怖かった。それでも。
「また、来年」
次のクリスマスが待ち遠しいなんて、サンタになってから初めてのことだった。
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