朝が来てもそばにいて〜聖夜の約束〜

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暖かな夢

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 爽真と初めて会ってから8回目のクリスマスがやってきた。
 出発前に荷物を確認して、今年もちゃんと爽真宛のプレゼントがあったのに、なんだかホッとして胸を撫で下ろす。
 赤いマフラーを首に巻きながら、凛はくるり自分の部屋を見回した。
 暖炉の前、ロッキングチェアの上に、去年爽真がくれたクマのぬいぐるみが座っている。出会った頃の爽真くらいの、大きなぬいぐるみだ。
『そのクマ、おれだからね。寂しくなったら、ギュッてしてね。…………あっ! …もう。叩いたりしないで。おれだと思って優しくしてってば』
 そう言って、悪戯っぽく笑った爽真の顔を思い出す。
 そのクマの膝にかかっている膝掛けだって、足元に揃えてあるルームシューズだって、みんな爽真がくれたものだ。更に飾り棚に並んだキャンディポットの中にも、爽真のパッチがまだいくつか残っている。
 
 部屋が、爽真一色だ。
 
 思った途端ドキンと鳴った心臓にびっくりして、続けて火照りだした頬に狼狽える。
 そんな状態で部屋の中、ひとりあわわとしていると、軽いノックの音がして久遠が中に入ってきた。

「ど、どうしたの? 心配しなくても、もうすぐ出るよ」
「別に心配で見に来たわけじゃねーよ。凛、最近は仕事熱心だし」
「そう…かな?」

 言われて首を傾げると、ふうと息をついた音がする。振り向いてちゃんと対面すると、久遠はなんだか微妙な顔をしていた。

「どうしたの?」

 訊ねると長いまつ毛が瞬いて、その視線が外される。

「いい知らせ……のはずなんだけど、どうかな?」

 意味を図りかねて話の先を促すと、迷うように久遠が口を開いた。

「許可が、出たんだ」

 許可…? なんの?
 言われたことの意味がわからなくて、ますます首が横に傾ぐ。

「自分でわからない? 凛、最近かなり人間らしくなった」
「え……?」
「おまえ、最近、ちゃんとパッチ摂るようにしてただろ。あとは気持ちの問題、かな。とにかくここ最近でめちゃめちゃ魂の修復がすすんで、かなりいい感じになってる。だから、もう、パッチは必要ない。集めて食べる必要がなくなった。……要は、サンタの仕事、しなくて良くなったってこと、だよ」

 言われたことを正しく理解するのに、少し時間がかかった。
 飾り棚にお行儀良く並んだキャンディポットをチラリと見る。

「あ、の。……それって、もう、決まりなの?」
「いや、そりゃ、希望すればサンタを続けること、出来なくはない、けど」
「じゃあ…っ」
「まあ待てって。よく話を聞け。再申請したらサンタは続けられるけど、かわりに十年は辞められない」
「そう、なの?」
「ああ。そういう決まり」

 あと、十年。
 その間、爽真に何度会えるだろうか。
 そんな疑問が、ふと頭の中を過る。

「あの、俺は凛の上司だから、一応ね、部下のことは把握してるつもりなんだけど、さ。だから、おまえがあの子───爽真くん、だっけ? 彼を相変わらず可愛がってるのも知ってる。本当は、そういう特別扱い駄目なんだけど、でも、凛が楽しそうだったから、ずっと黙ってた」
「久遠…」
「だからおまえが、サンタ続けよっかな? なんて考えるのも、その子のためだって、わかる。わかるよ? でもよく考えろ。正直、あの歳でおまえが見えるのが、不思議なくらいなんだよ」

 爽真は今年で十五だ。
 普通だったら、サンタなんてとうの昔に見えなくなってる。
 けど。でも。

「……わかってるよ」
「わかってねーよ。全然」

 頭ひとつ低い位置から、久遠がじっと凛を見つめてる。その視線を避けるように、顔を俯けた。

「配達、遅れるから」

 そう言うと、凛は袋を担いで家の外に飛び出した。その後ろから、久遠の声が追ってくる。

「もっとちゃんと考えろよ!!」

 考える?
 なにを?

 とにかく、はやく、爽真の顔が見たかった。



 大急ぎで配達を終え、爽真の家の前までやってきて、なんだかいつもと違う雰囲気に凛は首を傾げた。
 見上げた部屋の窓は、カーテンこそ開いていたものの真っ暗だ。いつもは凛のため窓辺にライトかキャンドルが灯してあったというのに。

 爽真はもう十五だ。

 さっきと同じことを反芻して考えて、サッと体中の血の気が引く。
 子供の成長ははやい。
 来年も来てね!とせがんだ子が、翌年には凛の姿を見るどころか、その存在さえ否定して見向きもしなくなる。

 よくあることだ。
 何度も、経験したこと。

 自分自身に言い聞かせてはみたものの、どうも上手くいかない。凛はぎゅうっと唇を噛んで、赤い毛糸のマフラーの中に顔を埋めた。
 たとえ爽真がサンタを必要としなくなってしまったのだとしても、袋のなかには爽真宛のプレゼントが入っている。配り終えないことには帰れないし、このまま暗い窓を眺めながら朝を迎えるのも、なんだか耐えられそうになかった。
 軽く弾みをつけて空に浮き、慣れた手順で窓を開け、そっと部屋に忍び込む。室内は暖かい。爽真は眠っているのか、ベッドにはこんもりとした膨らみがあった。

(………)

 手に持ったプレゼントを枕元に置いて、この部屋から出れば今年の配達は終わり。余計なことを考えるのはやめよう。
自分にそう言い聞かせて、凛はゆっくりベッドに近づいて、それを置く。途端。

「…って…っ」

 もそりと膨らみが動いたかと思うと、なかから伸びた手が凛の手首を掴んだ。驚いて思わずそれを振りほどくと、待って。と、掠れた声が訴える。

「そう、ま……?」

 ベッドからだらりと垂れたままの手をおそるおそる取ると、やけに熱い。

「ごめん…今朝から、めっちゃ具合、悪くて…。インフルエンザって、サンタにも伝染る…?」

 一瞬、なにを言われたのかわからなくて、それから、ふうと大きく息をつくと、凛は首を横に振った。

「良かった。プレゼント…今年の。机の上に、あるから…貰って?」
「……病人のくせに。そんなこと気にしてないで、ちゃんと寝なよ」
「嫌だ。だってせっかく、凛、いるのに」

 部屋に灯りがなかったことに、今日はじてめて凛は感謝する。
 自分が今どんな表情をしてるか、自信がなかった。

「開けていい?」

 手に取ったプレゼントは、なんだか大きくてずっしりと重い。どうぞ。と送り主が了解したのを聞いて、凛は丁寧に包みを剥がした。もそもそと爽真が動く気配がして、パチンとベッドサイドのライトが灯る。

「写真集……?」

 分厚い冊子をペラと捲くると、青い海と白い砂浜が目に眩しい写真が視界に映った。

「うん。去年、さ、南の島なら、配達、行ってもいい、て、言ったの…覚えてる…?」

 言われてみればそんな話をした記憶がある。
 確か、もしも旅行や引っ越しをしたら、そこまでプレゼントを届けに来てくれるのか? と爽真が訊いたのだ。
 サンタは基本、自分の意思で配達エリア外に出ることはできない。けれど事前に、その年エリア外に出ている受け持ちのこどもの情報はサンタへ通知され、自分で届けるか他のサンタに委託するかを選ぶことができるのだ。
 今までは面倒で、エリア外の配達はすべて委託してきたけれど。

『どうせ行くなら、暖かい南の島とかがいいなぁ。そしたら、配達してあげてもいいよ』

 たぶん、そんなことを、言った。

「凛、寒いの嫌だって、ずっと…言ってるじゃん? おれ、働いたらお金貯めて、南の島に家…買うから、さ。そしたら、来てね。暖かいとこ…行こ? だから、それまで…その写真集見て、さ、何処が…いいか、考えておいてよ」
「……馬鹿じゃないの?」

 凛はただのサンタクロースだ。
 年に一回、プレゼントを届けにくるだけの配達人。そんなことをしても、爽真にはなんの得にもならないのに。

「いいの。おれが…そうしたいんだ。…付き合ってよ。ね?」

 嫌だ。と、言いたかった。言いたかった、のに。
 口から言葉が出る代わりに、瞳から溢れた雫が頬を伝って、ぱたぱたと床に落ちた。
 腕を引かれ、ベッドの上に臥せったままの爽真に膝を折って顔を近づけると、熱い指先が濡れた頬を拭う。

「やくそく、…ね?」

 胸が、痛い。
 嬉しくて苦しくてどうにかなってしまいそうだ。

 いつまでサンタを求めてくれるかわからない、たった十五の子供の戯言。真に受けてはいけない。そう、思うのに。
 爽真は言いたいことだけを言ってしまうと、睡魔に誘われるまま、眠りのなかに落ちていく。
 その顔をじっと見つめながら、凛はその胸の痛みの意味を、朝が来るまで考え続けた。
 
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