可愛い悪魔の飼いならし方

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第一章

はじめての餌付け-2

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 どうすることも出来ず固まっていると、半分閉じたままの羽根の隙間から入ってきた手が、そうっとユーゴの髪を撫でた。もう片方の手が羽根を押し開いて、その身体が胸に抱えた両足のすぐ前までやってくる。男の両手が、瘦せこけたユーゴの顔をくるりと包んだ。

 恐る恐る視線を上げると、ゾッとするほど美しい顔が目の前にあった。

 誘われて薄く開いた唇を真似るように、固く引き結んでいた口を緩々と解く。唇に、驚くほど柔らかな感触が当たった。びっくりして身を固くすると、ふふっと笑った吐息が唇にかかって、それから、噛んだらアカンよ? と注意される。どうしていいかわからずに戸惑っていると、ぬるっと濡れた感触がして乾いた口の中に舌が入ってきた。鼻から香りが抜けて、口の中いっぱいに甘い味が広がる。

 その後は、もう夢中だった。

 その甘い蜜のような唾液を求めて舌を吸い、誘われるまま男の口の中に自分の舌を差し入れた。慣れない行為に勢いあまってガチと歯がぶつかる。けれど構わず、探るように舌で口のなかを散策して甘い蜜を啜った。
 じんと脳が痺れた。
 蕩けるように甘くて美味しくて、しかも気持ちがいい。濃い精気の味がして身体の内側が潤っていくのがわかる。今までしていた食事は何だったのかと思うほど、何もかもが違った。もっともっとと強請るように口を押し付けると、男の手がぐっとユーゴの肩を押した。離れてしまった唇に絶望を感じて、キッとその顔を睨みつけると男がふふっと笑う。

「気に入った?」

 問われて素直に頷いて、もう一度とその首にかけた手を男が握った。

「そんな急がんで。身体がびっくりするよ」

 そう言って握った手を自分の目の前に持ってくると、男はユーゴの手の甲にキスをした。そこに目を落とすと、さっきまで白く粉を吹くほどに荒れていた肌が内側から潤いを取り戻しなめらかになっていくのが見えた。自分を取り囲む羽根も艶を取り戻し、濡れたように潤っていく。
 わ。魔法みたいやね。と、男は目を丸くして、それから、綺麗。と艶と潤いを取り戻したユーゴの髪を撫でた。
 ユーゴもユーゴで自分の変化に驚いていた。だいたい年中空腹で身体は重だるいのが常だ。こんなに身体が軽いのはいつぶりだろう。

「ねえ。もしかして、キスするの初めて?」

 下手くそなキスを指摘されたのだとわかってユーゴは下を向いた。
 だって、人間は怖い。悪魔だと知れたら何をされるかわからない。人間に混じって生活はしていたけれど、当たらず触らず、あまり深くかかわらないようにしていたし、他の魔物たちは力の弱いユーゴなど馬鹿にして見向きもしない。たまに意地悪をされるだけで基本的にいつもひとりぼっち。他者との接触など皆無に等しかった。キスなんてしたことあるわけがない。
 だいたい、今のは食事だ。キスじゃ、ない。
 ボソボソと反論すると、ふふっと笑った気配がして、ポンと頭の上に男の手が乗った。

「そっかぁ。ずっとひとりやったんなら、寂しかったね」

 労わるように髪を撫でられてユーゴは首を傾げた。
 いつもひとりだった。でも、それを寂しいと感じたことはなかったけれど。

「それもわからないん? そっか。じゃあ、おれが色んなこと、いっぱい教えてあげるね」

 おいで。と腕を広げて呼ばれて、けれどユーゴはどうしていいかわからなかった。どうしていいかわからなくてそのままじっとしていると、男の腕がくるりとユーゴを包んで、ぎゅうと抱きしめる。

「もう一回、キスする?」

 耳元で訊ねられて、ユーゴは何度もコクコクと首を振った。でも、ふと、それでこの男は大丈夫なのだろうかという疑問が沸く。

「まあ、おれ、丈夫やから。でも、毎日ちょっとずつにしようね」

 毎日。という言葉にユーゴは目を瞬かせた。
 今までユーゴができる食事と言えば、ひと月に一度か二度が限界。それを、ちょっとずつでも、毎日?

「ええよ。いい子にしてたら、毎日あげる」

 ひどく甘美な誘いだった。
 本当は、この男の精気を全部吸って殺して逃げようかとも考えていた。
 人間は怖い。何をするかわからない。けれど目の前の男は粗暴でもなければ、たいして賢そうでもない。
 それに、とても綺麗だ。

「そうや! 名前は? おれはね、レイだよ」
「……ユーゴ」

 そう名乗ると、ええ名前やね。とレイはユーゴの頭を撫でた。それからそっとその顔が近づく。
 期待で胸をドキドキさせながら、教えられた通りにユーゴは薄く口を開いてそれを待った。
 ふふっと甘い吐息が唇にかかる。

「もうひとつは?」
「え?」
「名前。もう一個、あるんやろ?」

 問われれて、ドキリとした。
 悪魔は普段使っている名前の他に、もうひとつ生まれたときからついている名前がある。でもそれは他の者には教えてはいけない。自分でも口にしたことなどない。何故かはよくわからないけれど、そういうものだと頭の中に刻まれている。そう、なのだけれど。

「教えて?」

 触れるか触れないかの距離でレイの唇がそう囁く。
 脳の奥が、じんと痺れた。

 大丈夫。もしマズいようなら、殺して逃げればいい。
 質のいい精気を分けてもらったおかげで、身体はだいぶ楽だ。もっと吸えば、羽根も元に戻る。この男ひとりくらいなら、なんとかなる。大丈夫。

 唇が、震えた。
 抵抗感はかなり高い。頭の奥で駄目だと警鐘が鳴ってる。けれど飢えを満たしたい欲の方が勝った。
 聞き取れるギリギリくらいの声で、ユーゴがその名を口にする。レイが呟くように復唱すると、身体の奥がきゅうと締まるような奇妙な感触がした。

「ありがとう。いい子やね。でも、もうそれは誰にも教えたらアカンよ?」

 優しい手がするりとユーゴの頭を撫でて、唇が重なる。
 溺れた人が何かにすがるときのように、ユーゴはきつくその首に自分の腕を絡ませ、甘い蜜を貪った。
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