可愛い悪魔の飼いならし方

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第二章

ステージ

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 ホワイトプリンセス号の中は広い。
 迷子になりそうだな、と思いながらユーゴはメーメの後について廊下を進んだ。客室のあるフロアからエレベーターで下階に降りる。きょろきょろと辺りを見回しながら、また廊下を歩き、メーメの後を追っていると、ロビーのような広い空間に出たところでフッとその姿が消えた。
 あれ? と思って足を止めると、ポンと後ろから肩を叩かれる。

「ユーゴ」

 名前を呼ばれて振り向くと、タフィーがこちらを見上げていた。

「大丈夫?」

 強引な割に気遣いするタイプなんだなと思いながら、大丈夫と答えると、タフィーがジロジロとユーゴを眺めているのに気づく。

「なんか…変?」
「いや、変じゃないけど……なんか、すげぇなって」

 言われたことの意味を測りかねて首を傾げると、タフィーがすんと鼻を鳴らした。

「ちょっとだけ、匂いが変わった」
「えっ?」

 ユーゴはあわてて自分の服の袖を鼻に近づける。が、自分では自分の匂いしか感じない。また首を傾げると、タフィーがくすくす笑った。

「ユーゴが嗅いだってわかんねーよ。獣人じゃないんだから。うーん、そうだなぁ。なんて言えばわかるんだろ? 強くなった匂いがするんだけど……あ、レイくんに近い匂いになった、みたいな?」

 喜んでいいのかな? と考えて、でもレイの匂いに近くなったのは彼に精をたくさん注いでもらったからでは、なんて思った途端、顔が火照った。耳の先まで燃えるように熱くなる。

「どうした?」
「なんでも、ない」

 そう答えてふいと顔をそらす。
 タフィーは気にしたふうもなく、行こうとユーゴの腕を引いた。導かれるまま着いていくと、階段が見えてくる。ユーゴが覚えているかぎりのフロアガイドでは、ステージのあるホールはこの階にあったはずだ。不思議に思って鈍った足に気づいたのか、タフィーが振り返った。

「二階から見よう。面白いもの、見せてやるよ」

 面白いものって? と訊ねる間もなく階段を上るタフィーにあわててついて行く。上った先、両開きの重厚な扉をタフィーが躊躇いなく開けた。

「わ…っ!」

 中に足を踏み入れると、そこは小さな劇場だった。タフィーが言ったとおりユーゴたちがいるのは二階席で、下にお行儀良く客席が並んでいる。規模は小さいが荘厳な雰囲気で、昔見たオペラの劇場を思わせた。
 人気の公演と聞いていたとおり、席はほぼ埋まっている。ざわざわと高揚した雰囲気にあてられたように、途端、ユーゴの胸もドキドキしてきた。

「上、見てみ?」

 タフィーに促されて上を見る。天井はドーム状になっていて、採光のためか磨りガラスが嵌め込まれていた。さらにじっと目を凝らすと、その天井から降り注ぐ光の受け皿みたいに、透明な膜が張られている。膜は恐らく実体があるものではないだろう。その証拠に、会場内の人々から緩々と立ち上る煙のようなものが、天井と透明な幕の間に溜まっていく。
 説明を求めて横を見ると、にやにやと笑うタフィーとパチリ目が合った。

「この船はさ、ああやって精気を集める装置でもあるんだよ」

 まるで自分の手柄かのようにドヤ顔でタフィーが解説してくれる。しかもあれは後で濃縮して固めて持ち運びが可能な形状にするのだと言う。
 びっくりしているユーゴに、これだよ、とタフィーがポケットから何かを取り出して見せた。その手のひらには親指の爪くらいの大きさの、カラフルな石みたいなものがいくつか乗っている。
 精気を固めたものが存在すると昨日レイに聞いて知ってはいたけれど、実物を見たのは初めてだ。
 正直『人間を傷つけずに精気を採取して共存していく』なんて、絵空事の理想論だと思っていた。けれど、これなら本当に可能なのかもしれないと思えてくる。

 ビー! とブザーが鳴り、照明が落ちた。
 パッとスポットライトがステージを照らし、そこにいる人の姿が浮かび上がった。きらきら光るプラチナブロンド、いつもの黒衣を着たその手には教典を携えている。レイだ。
 見慣れた姿のはずなのに、ユーゴは緊張してグッと両の手を握った。すうっと空気を吸う音がして、その唇から教典の一節が零れる。ざわついていた会場が一瞬のうちに静まりかえった。パタンと教典を閉じる音がやけに大きく聞こえ、それから。

(───あ…)

 ピアノの音が聞こえた。それに合わせてレイの口が旋律を紡ぎ出す。すると人々の目が彼に釘付けになったのがわかった。聞き慣れているはずの賛美歌なのに、レイが歌うだけでこうも違う。初めてレイの歌を聞いた日の衝撃が蘇った気がして、ユーゴは小さく息をついた。
 そうしている間に曲が終わり、また舞台が暗転する。すぐに照明がつき、今度は賑やかな旋律が会場内を満たした。舞台袖からきらびやかな衣装を纏ったセオドア、テオ、アラン、リアムが次々に現れ、人々がわっと声を上げる。レイの作った静謐な空間との落差も相まって、会場の熱気が急速に高まった。

「うわ…っ」

 四人が歌い出し、ステージの上をところ狭しと駆け回ると、人々の発する精気の濃さが徐々に濃くなり、視界がどんどん烟っていく。
 手すりに手をかけ身を乗り出すようにしてステージを見ていたユーゴの背を、タフィーがポンと叩いた。

「行くよ」
「え…? 何処に?」
「下、見えなくなっちゃったし、仕事、手伝ってよ」
「ええっ?! で、でも、まだ終わってないし」
「ショーならまた見れるじゃん。いいから」

 タフィーに強く腕を引かれて、ユーゴは仕方なく手すりから手を離した。『仕事』と言われるとどうも断りづらい。

「なにをするの?」

 会場を後にして階段を下りながら訊ねる。横に並ぶタフィーはまた意味ありげに笑った。

「船の安全を守る、大事な仕事だよ」
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