可愛い悪魔の飼いならし方

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第二章

揺れる記憶

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 タフィーがユーゴを連れてきたのは、船の最後尾の甲板だった。途中、倉庫のような部屋に寄って、ひとかかえもある籠を渡された。中には牛乳瓶くらいの瓶がたくさん入っていて、なかなか重い。何が入っているのかと訊ねると、固めて粒にした精気を詰めてあるのだと言う。それをユーゴとタフィーでひとつずつ、この甲板まで運んできたのだ。
 最初からそのつもりでユーゴを部屋から誘い出したのかもしれない。そう思いながらチラリ横を見ると、「ありがとう! 助かった!」とタフィーがユーゴの背をばんばん叩いた。

「人がいないときにさっさとやんなきゃいけないんだ」

 そう言って周囲をぐるりと見回す。
 元々、人があまり来ない場所ではあるけれど、ショーの最中だからか周りに人影はまったくなかった。

「何をするの? 人払いが必要な感じなら、目くらましの魔法陣、張る?」
「え。ユーゴやってくれんの? やった!」

 頷いてタフィーから三歩ほど離れると、ユーゴはその場で片膝を折った。右の手のひらを甲板の床にあて、頭の中に魔法陣を描きながらくっと力を入れる。右手全体が発光し、青白い光の輪が床を侵食するように広がった。それに呼応するようにぶわっと強い風が吹いて、ユーゴの髪や服がばたばたとはためく。

「うわっ!!」

 予定の倍以上の魔法陣が出来てしまって、ユーゴはあわてた。振り返るとタフィーが目を丸くしてこちらを見ている。

「ご、ごめん! 魔力のコントロールが上手くできなかったみたいで」
「い、や。大丈夫だけど…もうちょい小さい方がいいかなー?」

 コクコクと頷いて、今度はサイズ調整をする。

「どう?」

 少し不安に思いながらも訊ねると、「いい感じ!」とタフィーが親指を立てた。

「じゃあ、はじめるよ」

 甲板の先端まで籠を運ぶと、タフィーがそう言って瓶をひとつ取り上げその蓋を開けた。手すりから身を乗り出すようにして、下に広がる海へ中身を撒いていく。美しくキラキラと輝く海面にユーゴは目を奪われた。と、その下から何かが浮いてくる。

「……え? 人魚?」

 海面に浮かんだそれが、チラとこちらを見た。透き通るような青白い肌に、黒目がちな瞳。髪の色は青緑だ。存在は知っている。でも、見たのは初めてだ。
 びっくりしている間にも人魚の数は増え、波間にいくつかの顔が見える。

「よお。ひさしぶり」
「あら、タフィーじゃない! 珍しいわね。何処まで行くの?」
「ルイーズ」
「サイラス様のところ? もう随分お会いしてないわ。羨ましいわね」
「伝えとくよ」
「そっちの人は?」

 最初に出てきた人魚とタフィーの会話をぼんやり聞いていたユーゴは、急に話の矛先が自分に向いたのに気付いて慌てた。

「え、あ、あの、ユーゴ、です」

 ぎこちなく挨拶をすると、横からタフィーが「悪魔だよ」と補足をする。人魚たちはキャッキャとはしゃいで、それから自分の名前を次々に口にした。正直、ぜんぜん聞き取れない。

「で、まあ、俺たちが無事にルイーズに着けるかは、お姉さんたちにかかってるんで、よろしくね」

 言いながらタフィーは人魚のいない方に、用意しておいた瓶をポンポンと投げ込んでいく。

「いつもありがとう。この船の安全は私たちが保障するわ。だからルイーズまで、船旅を楽しんでね」

 籠が空になると、人魚たちはそう言って海の中に戻って行った。相変わらず呆けたように海を眺めているユーゴの背を、タフィーがポンと叩いた。

「こうやって取り引きすることで、いざってときは人魚のお姉さんたちが船を守ってくれるし、彼女たちが他の船を襲う必要もなくなるんだよ」

 なるほど、とユーゴは頷いた。
 ホワイトプリンセス号はたぶん、ユーゴが思っているよりもずっとたくさんの役割を持った船なのだ。
 
「本当はさ、こういうの、レイくんが説明すればいいと思うんだよね。でもセオドアさんがさ、『レイはそういうの向いてない。ユーゴさんが混乱するだろうから、タフィーが説明して』って」

 ひどい言われようだな、と思いつつも、セオドアの言うことも理解できるとユーゴは思う。レイは感覚が優先で、物事を口で説明するのは下手くそだ。タフィーが適任と判断したセオドアが、きっと正しい。

「ありがとう」
「おう。感謝しろよ」

 言いながら、タフィーがフイと顔を反らした。それから籠を回収し、魔法陣を解いて元来た方へ歩きだす。

「そろそろステージも終わった頃だし、レイくんたちと合流する?」
「そうだね」

 籠を戻し、最初にメーメが案内してくれたロビーに通じる廊下を目指して角を曲がる。トン、と前から来た誰かの肩がユーゴの腕にぶつかった。

「ご、ごめんなさい!!」

 声のした方に目を移すと、栗色の長い巻き毛が見えた。たぶん女の子。身長はユーゴの胸くらいまでしかないし、全体のサイズ感的にまだ子供だ。

 大丈夫、と言いかけて、ユーゴは固まった。
 ふわりと揺れる栗色の巻き毛。こちらを見上げる鳶色の大きな瞳。頬に少しだけあるそばかす。どれも、見覚えがある。

「エイミー…?」

 思わず名前を呼んでしまったことに気付いて、あわててユーゴは自分の口を手で覆った。
 間違いない。
 その子供は、コズレルにいた頃ユーゴの教え子のひとり、エイミー・コリンズだった。

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