可愛い悪魔の飼いならし方

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第二章

再会と違和感

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「え、先生…? ユーゴ先生? 本当に?」

 目の前の少女はパチパチと何度か瞬きをして、それから瞳を輝かせた。最後に会った時から約一年、随分大人びた感じがするけれど、たぶんまだ十二歳だ。無邪気に笑いかけてくる顔は愛らしい。
 けれどユーゴは戸惑って、思わず一歩後ずさった。

 ユーゴがコズレルを追われてから、もう一年近くが経っていた。突然ユーゴがいなくなった理由について、子供たちがどんな説明を受けたのかもわからない。エイミーの態度は好意的だし、本当のことを教えられてはいないように見える。
 でもユーゴは元々、子供たちと深く接する方ではなかった。愛想が悪くて根暗な教師だと思われていたことは、ユーゴ自身、良くわかっている。
 だから久々とはいえ、エイミーが自分に会って嬉しそうな顔をする理由が、良くわからなかった。

「誰?」

 横からかかった声にハッとして、ユーゴは顔を向けた。不思議そうな表情のタフィーに、そういえば彼は何処まで知っているのだろうと疑問が湧く。
 コズレルの事件で、重要参考人として手配されていたことは知っているはずだけれど、それ以外は?

「ええと…、コズレルにいた頃の教え子だよ」
「コズレル…?」
「うん」

 その地名にチクリと胸を刺されてユーゴが曖昧に笑うと、タフィーはエイミーの方に顔を向けた。

「コズレルから来たの?」
「は、はい」

 突然タフィーから質問されて、エイミーが戸惑いながら返事を返す。

「随分遠くから来たんだな。お疲れ。で、何処まで行くの?」
「ルイーズです。神学学術院の中等科に入るんです。ユーゴ先生が推薦して下さったんです!」

 誇らしげにそう言ったエイミーに、ユーゴは何度も目を瞬かせた。
 神学学術院に推薦? ……何の話かさっぱりわからない。

 ルイーズ神学学術院といえばルイーズで一番の学校だ。幼年科から大学院まであって、ここで学びたいと国内外からたくさんの生徒が集まってくる。もちろんレベルも高い。
 エイミーは確かに優秀だ。けれど神学学術院に推薦で入れるようなレベルではなかったとユーゴは記憶している。

「へぇ。すごいね」

 言ってタフィーがユーゴにチラと視線を送ってくる。ユーゴは小さく首を横に振った。
 正直、話がわからなすぎて返答ができない。

「コイツが推薦してくれたんだ? 俺さ、ユーゴと友達になったばっかでよく知らないんだよね。あんまり自分のこと話さないしさ。ユーゴって実は偉いの?」

 ユーゴをからかうような声音でタフィーが言うと、エイミーは「まあ!」と心外そうに頬を膨らませた。

「先生はとても優秀な方なんです! 去年の冬に神学学術院から声がかかって、ルイーズにお引っ越しされたんです。急なことで私たちもびっくりしたしましたけど…」

 子供たちにはそういう説明がされたのか、と、ユーゴは内心嘆息した。実情とあまりにも違いすぎる。

「それでアンタを推薦してくれたの?」
「アンタ、じゃない! エイミーです!」

 不満げにそう言って、エイミーは唇を尖らせた。
 タフィーは身長も低いし見た目が若い。もしかしたらエイミーは自分とさほど歳が違わないと思っているのかもしれない。

「夏頃に先生から手紙が届いて、私、本当にびっくりしました! 神学学術院なんて夢のまた夢だったのに…っ!」

 ね? と同意を求められて、ユーゴは曖昧に笑んだ。
 もちろんそんなことをした覚えはない。誰がユーゴの名前を騙った、と言うことだ。

「直接お礼が言いたいってずっと思ってたんです! ありがとうございます! 先生!」
「あ、いや……」

 エイミーがユーゴの手を取り、ブンブンと上下に振る。助けを求めてタフィーを見るけれど、ニヤニヤしながらこちらを見ているだけで、動く気配はない。

「それにしても先生…なんだか雰囲気が変わりましたね」
「そう、かな?」
「前はもっと近寄りがたい雰囲気で…その、暗くて、ちょっと怖い感じがあったんですけど…」

 エイミーの率直な感想に、思わずといった風にタフィーが吹き出した。それに気づいたエイミーがあわてたように手を振る。 

「あ、だ、だから…! 素敵になったなぁって思って…っ」

 相変わらず笑っているタフィーに、益々あせったエイミーが何事かを言おうと口を開く。
 と。

「いた! ゆーちゃん! 部屋におらんかったからどうしたんかと…」

 パタパタとこちらに走り寄ってくる足音と声に、その場にいた全員が顔を向けた。レイだ。そのままユーゴの隣に並ぶと、軽く上がった息を整える。

「ええと、そちらのお嬢さんは?」

 レイの問いに、ぼんやりとしていたエイミーがサッと背筋を伸ばした。頬が紅潮している。レイに見惚れていたんだろうな、とユーゴは苦笑した。

「僕がコズレルにいたときの生徒。エイミーだよ。偶然、会ったんだ」
「あ、あのっ。初めまして…」
「初めまして。───ふぅん。コズレルの…ね。エイミーちゃんね。よろしく」
「あ、は、はい! ええと、先生の、お友達ですか?」

 エイミーが助けを求めるような視線をユーゴに送ってくる。すると突然、廊下の奥からエイミーを呼ぶ声がして、また別の子供がひとり走り寄ってくる。今度は少年だ。

「エイミー! 何してるの? 遅れると怒られるって! 急いで」

 エイミーを囲んでいるユーゴたちの中に割って入って、少年はその手をサッと取った。不審げな顔でユーゴたちを見ている。エイミーが絡まれていると思ったのかもしれない。

「あ…っ! 先生、ごめんなさい! また、ゆっくりお話しましょう。失礼します!」

 少年に連れられてパタパタと足音高く去っていくエイミーを見送りながら、「今のは?」とレイが説明を求めてくる。
 事の顛末をタフィーが手短かに説明すると、ふぅんとレイが首を傾げた。

「その、神学学術院の特待生っていっぱいいるん?」
「さぁ。そこまでは…」

 そう答えるとレイは何事かを考えるようにしばし目を伏せて、それから、うん、と頷いた。

「タフィー。リアムのとこ行って今のふたりの記憶、消去するようにお願いしてきてくれん? ユーゴに会ったこと、他に知られん方がいい気がする」
「わかった」
「ゆーちゃん。俺らも部屋戻ろ? もう一回、話よく聞かせて」

 言いながらレイがそっと手を繋いでくる。少し驚いて、けれどその手の温かさにホッとするのと同時に、自分が緊張で異様に手汗をかいていたことに気が付いた。

「イチャイチャすんのは部屋に帰ってからにしなよ」

 呆れたようにそう言って、タフィーが手を振り廊下を歩いていく。レイと共に逆方向へと歩き出しながら、ユーゴは小さくため息をついた。
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