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第二章
美少女代打大作戦
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くるりと回ったタフィーに合わせて、スカートの裾がふわりと揺れた。
大きな姿見の中には、神学学術院の女生徒用制服を着た仏頂面のタフィーが映っている。紺色のブレザーに、淡いクリーム色のブラウスとリボンタイ。膝丈のプリーツスカートという清楚なデザインだ。
その姿がどうにも落ち着かないのか、タフィーはぎこちなくスカートの裾を引っ張った。奥には笑いをこらえているユーゴ、レイ、リアムが映っている。
「ええね。タフィー元から可愛いし、めっちゃ似合っとるよ」
「ホンマ、黙っとったら普通のお嬢さんに見えるわ」
誉めそやすレイとリアムを微妙な顔で見たタフィーが、今度はユーゴに目を移す。ユーゴは慌てて両手を振った。
「大丈夫だよ! 僕、最初にタフィーと会ったときだって、性別わかんなかったし!」
「ユーゴさん、正直すぎ」
クスクスと笑うリアムに戸惑っていると、チッと舌打ちをしながらタフィーがスカートの裾を直した。それからレイに手渡されたウィッグをかぶる。
「うん。完璧やね」
元から可愛らしい顔立ちのタフィーだ。
栗色の長い巻き毛にくりくりとした大きな瞳。リアムじゃないけれど、確かに黙っていれば普通に美少女に見える。
「いや…。やるって言ったの俺だし、いいんだけどね」
言ってタフィーは大きく肩を竦めた。
ホワイトプリンセス号の航海はあと二日で終わりを迎える。
部屋の中にため息を響かせてタフィーがレイを振り返った。
「で、いつから替わればいいの?」
「うーん、明日の晩やね」
レイの隣で小さく指を折ったリアムが、準備の段取りを口にする。
「それまでに、『特待生』全員と引率の教師っぽいのに暗示をかけて、タフィーが『エイミー』に見えるようにしとくわ」
「本物のエイミーはどうすんの?」
「ああ。彼女はしばらくこの船で預かるから、安心しとき」
「すみません……ありがとうございます」
ユーゴがリアムに頭を下げると、気にせんでええってと彼が笑った。
「で、それが終わったら船降りるときに、俺がエイミーと入れ替わる、と。……でもこれ、本当に必要?」
首元のリボンタイを摘んで、往生際悪くタフィーが鏡の向こうのレイに問う。彼は大きく頷いた。
「絶対、必要! 現状、船内でならリアムの暗示でどうにでも出来るけど、降りた後はそうはいかないんやし」
「まあ、そうだけど…」
「リアムの暗示が効くのは、今この船に乗ってる『特待生』たちと引率の教師だけ。降りたらタフィーは『エイミー』なんやから、女の子の格好してないとおかしいやろ?」
レイが真面目な顔でそう言うと、タフィーは顔をしかめながらスカートの裾をつまんだ。
「はいはい。わかったって。ちょっと訊いただけじゃん」
タフィーがため息混じりに呟く。
「ねえ。ルイーズ着いたら、何処に連れて行かれるんだと思う? 速攻ヤバい展開とか、ないよね?」
「それは船降りてみないとわからんね。────でも、大丈夫。絶対、おれらが助けるから」
「……頼むよ。大将」
そう言って、タフィーが口の端をあげる。
レイは、スカート姿のタフィーをもう一度上から下まで見て、満足げに頷いた。
「にしても、似合うね。可愛い」
「やめて。無駄に褒められるなら、貶された方が楽だわ」
タフィーが顔を赤くしながら睨むと、部屋中に笑い声が広がった。
タフィーの部屋を出て自室に戻ると、ユーゴはドスンとソファに腰を下ろした。
「不安?」
隣に座ったレイが、下から顔を覗き込む。どう言っていいかわからず、ユーゴは曖昧に笑んだ。
「タフィー大丈夫かな、って。やっぱり、潜入って危ないし、なのに女装まですることになっちゃって…僕がエイミーにこだわらなかったら、もっと簡単なんじゃないかな、とか、色々考えちゃって……」
そう呟くと、レイは少し驚いた顔をしてから、肩を竦めた。
「そんなん気にせんでええって。タフィーだって気にしとらんと思うし」
「でも…」
ユーゴが視線を落とすと、レイは優しく言葉を続けた。
「確かにこういう作戦になったんは、ゆーちゃんがエイミーちゃんに会ったのがきっかけやけど。でも、そのおかげで問題解決の糸口を掴めたんやもん。みんな感謝こそすれ、誰もゆーちゃんを責めたりせんよ」
その言葉に少し救われた気がしたが、それでも胸の奥がざわつく。ユーゴはそっと呟いた。
「……僕が、潜入できたら良かったのに」
それを聞いたレイは息をひとつついて、少し呆れたように首を振った。
「うーん。12、13歳くらいの子ばっかりやし、ゆーちゃん背、高すぎてソッコーでバレると思うよ」
「…だよね」
「うん。ていうか体格で考えたら、タフィー以外で潜り込めそうなの、あとはセオドアくらいやない? でも、まさかセオドアが行くわけにいかんし。タフィーもわかっとるから、自分が行くって言ったんよ」
わかってる。ユーゴだって、頭ではわかっているのだ。けど。
「ねえ、ゆーちゃん。タフィーにはタフィーの、おれらにはおれらのやることがある。でしょ?」
レイの言葉にユーゴは黙って頷いた。
「ほら、まずは最初の目的通り、教団本部に行こう。それで、サイラスに会って。ね?」
それを聞いて、ようやくユーゴは肩の力を抜いて微笑んだ。
「そうだね。僕は僕のできることをしないと、ね」
大きな姿見の中には、神学学術院の女生徒用制服を着た仏頂面のタフィーが映っている。紺色のブレザーに、淡いクリーム色のブラウスとリボンタイ。膝丈のプリーツスカートという清楚なデザインだ。
その姿がどうにも落ち着かないのか、タフィーはぎこちなくスカートの裾を引っ張った。奥には笑いをこらえているユーゴ、レイ、リアムが映っている。
「ええね。タフィー元から可愛いし、めっちゃ似合っとるよ」
「ホンマ、黙っとったら普通のお嬢さんに見えるわ」
誉めそやすレイとリアムを微妙な顔で見たタフィーが、今度はユーゴに目を移す。ユーゴは慌てて両手を振った。
「大丈夫だよ! 僕、最初にタフィーと会ったときだって、性別わかんなかったし!」
「ユーゴさん、正直すぎ」
クスクスと笑うリアムに戸惑っていると、チッと舌打ちをしながらタフィーがスカートの裾を直した。それからレイに手渡されたウィッグをかぶる。
「うん。完璧やね」
元から可愛らしい顔立ちのタフィーだ。
栗色の長い巻き毛にくりくりとした大きな瞳。リアムじゃないけれど、確かに黙っていれば普通に美少女に見える。
「いや…。やるって言ったの俺だし、いいんだけどね」
言ってタフィーは大きく肩を竦めた。
ホワイトプリンセス号の航海はあと二日で終わりを迎える。
部屋の中にため息を響かせてタフィーがレイを振り返った。
「で、いつから替わればいいの?」
「うーん、明日の晩やね」
レイの隣で小さく指を折ったリアムが、準備の段取りを口にする。
「それまでに、『特待生』全員と引率の教師っぽいのに暗示をかけて、タフィーが『エイミー』に見えるようにしとくわ」
「本物のエイミーはどうすんの?」
「ああ。彼女はしばらくこの船で預かるから、安心しとき」
「すみません……ありがとうございます」
ユーゴがリアムに頭を下げると、気にせんでええってと彼が笑った。
「で、それが終わったら船降りるときに、俺がエイミーと入れ替わる、と。……でもこれ、本当に必要?」
首元のリボンタイを摘んで、往生際悪くタフィーが鏡の向こうのレイに問う。彼は大きく頷いた。
「絶対、必要! 現状、船内でならリアムの暗示でどうにでも出来るけど、降りた後はそうはいかないんやし」
「まあ、そうだけど…」
「リアムの暗示が効くのは、今この船に乗ってる『特待生』たちと引率の教師だけ。降りたらタフィーは『エイミー』なんやから、女の子の格好してないとおかしいやろ?」
レイが真面目な顔でそう言うと、タフィーは顔をしかめながらスカートの裾をつまんだ。
「はいはい。わかったって。ちょっと訊いただけじゃん」
タフィーがため息混じりに呟く。
「ねえ。ルイーズ着いたら、何処に連れて行かれるんだと思う? 速攻ヤバい展開とか、ないよね?」
「それは船降りてみないとわからんね。────でも、大丈夫。絶対、おれらが助けるから」
「……頼むよ。大将」
そう言って、タフィーが口の端をあげる。
レイは、スカート姿のタフィーをもう一度上から下まで見て、満足げに頷いた。
「にしても、似合うね。可愛い」
「やめて。無駄に褒められるなら、貶された方が楽だわ」
タフィーが顔を赤くしながら睨むと、部屋中に笑い声が広がった。
タフィーの部屋を出て自室に戻ると、ユーゴはドスンとソファに腰を下ろした。
「不安?」
隣に座ったレイが、下から顔を覗き込む。どう言っていいかわからず、ユーゴは曖昧に笑んだ。
「タフィー大丈夫かな、って。やっぱり、潜入って危ないし、なのに女装まですることになっちゃって…僕がエイミーにこだわらなかったら、もっと簡単なんじゃないかな、とか、色々考えちゃって……」
そう呟くと、レイは少し驚いた顔をしてから、肩を竦めた。
「そんなん気にせんでええって。タフィーだって気にしとらんと思うし」
「でも…」
ユーゴが視線を落とすと、レイは優しく言葉を続けた。
「確かにこういう作戦になったんは、ゆーちゃんがエイミーちゃんに会ったのがきっかけやけど。でも、そのおかげで問題解決の糸口を掴めたんやもん。みんな感謝こそすれ、誰もゆーちゃんを責めたりせんよ」
その言葉に少し救われた気がしたが、それでも胸の奥がざわつく。ユーゴはそっと呟いた。
「……僕が、潜入できたら良かったのに」
それを聞いたレイは息をひとつついて、少し呆れたように首を振った。
「うーん。12、13歳くらいの子ばっかりやし、ゆーちゃん背、高すぎてソッコーでバレると思うよ」
「…だよね」
「うん。ていうか体格で考えたら、タフィー以外で潜り込めそうなの、あとはセオドアくらいやない? でも、まさかセオドアが行くわけにいかんし。タフィーもわかっとるから、自分が行くって言ったんよ」
わかってる。ユーゴだって、頭ではわかっているのだ。けど。
「ねえ、ゆーちゃん。タフィーにはタフィーの、おれらにはおれらのやることがある。でしょ?」
レイの言葉にユーゴは黙って頷いた。
「ほら、まずは最初の目的通り、教団本部に行こう。それで、サイラスに会って。ね?」
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「そうだね。僕は僕のできることをしないと、ね」
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