可愛い悪魔の飼いならし方

文字の大きさ
30 / 35
第二章

美少女代打大作戦

しおりを挟む
 くるりと回ったタフィーに合わせて、スカートの裾がふわりと揺れた。
 大きな姿見の中には、神学学術院の女生徒用制服を着た仏頂面のタフィーが映っている。紺色のブレザーに、淡いクリーム色のブラウスとリボンタイ。膝丈のプリーツスカートという清楚なデザインだ。
 その姿がどうにも落ち着かないのか、タフィーはぎこちなくスカートの裾を引っ張った。奥には笑いをこらえているユーゴ、レイ、リアムが映っている。

「ええね。タフィー元から可愛いし、めっちゃ似合っとるよ」
「ホンマ、黙っとったら普通のお嬢さんに見えるわ」

 誉めそやすレイとリアムを微妙な顔で見たタフィーが、今度はユーゴに目を移す。ユーゴは慌てて両手を振った。

「大丈夫だよ! 僕、最初にタフィーと会ったときだって、性別わかんなかったし!」
「ユーゴさん、正直すぎ」

 クスクスと笑うリアムに戸惑っていると、チッと舌打ちをしながらタフィーがスカートの裾を直した。それからレイに手渡されたウィッグをかぶる。

「うん。完璧やね」

 元から可愛らしい顔立ちのタフィーだ。
 栗色の長い巻き毛にくりくりとした大きな瞳。リアムじゃないけれど、確かに黙っていれば普通に美少女に見える。

「いや…。やるって言ったの俺だし、いいんだけどね」

 言ってタフィーは大きく肩を竦めた。



 ホワイトプリンセス号の航海はあと二日で終わりを迎える。
 部屋の中にため息を響かせてタフィーがレイを振り返った。

「で、いつから替わればいいの?」
「うーん、明日の晩やね」

 レイの隣で小さく指を折ったリアムが、準備の段取りを口にする。

「それまでに、『特待生』全員と引率の教師っぽいのに暗示をかけて、タフィーが『エイミー』に見えるようにしとくわ」
「本物のエイミーはどうすんの?」
「ああ。彼女はしばらくこの船で預かるから、安心しとき」
「すみません……ありがとうございます」

 ユーゴがリアムに頭を下げると、気にせんでええってと彼が笑った。

「で、それが終わったら船降りるときに、俺がエイミーと入れ替わる、と。……でもこれ、本当に必要?」

 首元のリボンタイを摘んで、往生際悪くタフィーが鏡の向こうのレイに問う。彼は大きく頷いた。

「絶対、必要! 現状、船内でならリアムの暗示でどうにでも出来るけど、降りた後はそうはいかないんやし」
「まあ、そうだけど…」
「リアムの暗示が効くのは、今この船に乗ってる『特待生』たちと引率の教師だけ。降りたらタフィーは『エイミー』なんやから、女の子の格好してないとおかしいやろ?」

 レイが真面目な顔でそう言うと、タフィーは顔をしかめながらスカートの裾をつまんだ。

「はいはい。わかったって。ちょっと訊いただけじゃん」

 タフィーがため息混じりに呟く。

「ねえ。ルイーズ着いたら、何処に連れて行かれるんだと思う? 速攻ヤバい展開とか、ないよね?」
「それは船降りてみないとわからんね。────でも、大丈夫。絶対、おれらが助けるから」
「……頼むよ。大将」

 そう言って、タフィーが口の端をあげる。
 レイは、スカート姿のタフィーをもう一度上から下まで見て、満足げに頷いた。

「にしても、似合うね。可愛い」
「やめて。無駄に褒められるなら、貶された方が楽だわ」

 タフィーが顔を赤くしながら睨むと、部屋中に笑い声が広がった。






 タフィーの部屋を出て自室に戻ると、ユーゴはドスンとソファに腰を下ろした。

「不安?」

 隣に座ったレイが、下から顔を覗き込む。どう言っていいかわからず、ユーゴは曖昧に笑んだ。

「タフィー大丈夫かな、って。やっぱり、潜入って危ないし、なのに女装まですることになっちゃって…僕がエイミーにこだわらなかったら、もっと簡単なんじゃないかな、とか、色々考えちゃって……」

 そう呟くと、レイは少し驚いた顔をしてから、肩を竦めた。

「そんなん気にせんでええって。タフィーだって気にしとらんと思うし」 
「でも…」

 ユーゴが視線を落とすと、レイは優しく言葉を続けた。

「確かにこういう作戦になったんは、ゆーちゃんがエイミーちゃんに会ったのがきっかけやけど。でも、そのおかげで問題解決の糸口を掴めたんやもん。みんな感謝こそすれ、誰もゆーちゃんを責めたりせんよ」

 その言葉に少し救われた気がしたが、それでも胸の奥がざわつく。ユーゴはそっと呟いた。

「……僕が、潜入できたら良かったのに」

 それを聞いたレイは息をひとつついて、少し呆れたように首を振った。

「うーん。12、13歳くらいの子ばっかりやし、ゆーちゃん背、高すぎてソッコーでバレると思うよ」
「…だよね」
「うん。ていうか体格で考えたら、タフィー以外で潜り込めそうなの、あとはセオドアくらいやない? でも、まさかセオドアが行くわけにいかんし。タフィーもわかっとるから、自分が行くって言ったんよ」

 わかってる。ユーゴだって、頭ではわかっているのだ。けど。

「ねえ、ゆーちゃん。タフィーにはタフィーの、おれらにはおれらのやることがある。でしょ?」

 レイの言葉にユーゴは黙って頷いた。

「ほら、まずは最初の目的通り、教団本部に行こう。それで、サイラスに会って。ね?」

 それを聞いて、ようやくユーゴは肩の力を抜いて微笑んだ。

「そうだね。僕は僕のできることをしないと、ね」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

処理中です...