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第二章
それぞれの役割-2
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港から少し歩いて市街地に出ると、街はいっそう賑やかになった。長い石畳の道が続き、両脇には古く趣のある建物が並んでいる。その半数は商店のようで、軒先に商品を並べている店もあった。
あちこちに人がたくさんいて、楽しそうな笑い声も聞こえてくる。
基本的に小さな町を選んで住んでいたユーゴからすると、活気がありすぎて、ちょっと怖い。
「話には聞いてたけど……賑やかだね」
辺りをそろりと見回しながらユーゴがそう言うと、レイが「ああ」と頷いた。
「まあ、ルイーズは観光やら勉強やらで来てる人が多い国やし、ここはその中心地やからね。リオンやコズレルとは比べものにならんよ」
「うん。本当に…すごい」
そう言って旅行鞄の持ち手をぎゅっと握ると、ふふっとレイが笑った気配がした。
「ゆーちゃん。セルヴァンまでまだ結構あるし、大通りに出て馬車拾わん? 荷物重いし」
「あ…、うん」
土地勘がなく目的地までの距離もわからないユーゴには、それ以外、返事のしようがなかった。レイに言われるまま、大通りに出て馬車を止め、乗り込む。
馬車が動き出すと、石畳を踏む馬の蹄のリズムに合わせて車体がギシギシと微かに軋み、小刻みに揺れた。その音と座面の振動を感じながら、ユーゴは流れる景色を窓越しに眺める。
ルイーズの街並みは美しかった。
歴史をまとった重厚な建物と、近代的な建物が絶妙な調和を保ち、街全体がひとつの芸術作品のように広がっている。思わずため息が漏れた。
「この辺は学校が多いんよ。やっぱり神学学術院がいちばん有名やけど、他にも医療系のマルカーヌ院とか、いっぱいあるね」
言われてみれば街中を歩く人の中に、制服らしき服装の人がチラホラいる。なるほど、と思っていると、向かいに座っているレイが車窓の向こうを指差した。
「奥の方、塔みたいな建物あるの見える? そう高い塔が三つ見えるやつ。…あれが神学学術院だよ」
その言葉に、身体がピクリと跳ねた。咄嗟にレイを見ると、まあまあといったふうに手を振っている。
「あっちはまた後でね。今おれらが用あるんは、あそこやないから」
さらに五分ほど揺られたあたりで、馬車が止まった。
馬車を降りると、そこには大きな鉄門が堂々と聳え立ち、周囲とは一線を画した厳かな空気を纏っている。思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「行こうか」
レイが軽い調子で促す。ユーゴが緊張しながら門の方へ歩き出そうとすると、「違う。こっち」とレイが教会を囲む塀伝いに歩き出した。
「正面は礼拝とか見学の人がいっぱいおるからね。裏から入るよ」
言われるがままに裏門へまわり、これまた立派な鉄門を潜った。
中へ一歩足を踏み入れると、整然とした石畳の道が続き、両側には手入れの行き届いた庭園が広がっていた。鮮やかな花々が規則正しく植えられ、低木で形作られた美しい彫刻のような緑が点在している。淡い風に乗って、かすかに花の香りが漂ってきた。
「……すごい」
思わず見惚れていると、ふたりの若い男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
見慣れた黒衣を纏っている。襟元には繊細な刺繍が施されているけれど、他に位を表すようなものは見当たらない。見習いか、まだ新米の祭司なのだろう。
彼らはユーゴたちの前で立ち止まると、深々と頭を下げた。
「レイ様。長旅、お疲れ様です。お荷物をお預かりするようにと、セレン様から言い使ってまいりました」
「セレンが? そっか。ありがとう」
レイがそう言ってトランクを渡す。聞き覚えのない名前に、ユーゴは首を傾げた。
「セレン」? 誰だろう? と、気にはなったけれど、訊ける空気でもない。
戸惑っているとレイが目配せしてきたので、ユーゴも恐る恐るトランクを渡した。ふたりはまた深く頭を下げると、足早に建物の奥へと去っていく。
「行こう」
再びレイに促され、ユーゴは歩き出した。
目の前にあるのは、あの教団の本拠地、セルヴァン大聖堂だ。
空を突き刺すような三つの尖塔が天高くそびえ、その先端には金色に輝く教団のシンボルマークが堂々と据えられている。どこまでも続くように見える純白の壁面は、太陽の光を受けてまばゆく輝き、見る者を圧倒するような存在感を放っていた。
裏口の扉の両脇にすら、精巧な聖人たちの彫刻が並び、不埒な者の侵入を阻んでいるようだ。
神聖な雰囲気に気圧されて、ユーゴは思わず足を止めてしまった。
「大丈夫、怖くない。慣れやって」
ユーゴを振り返りながらレイは柔らかく笑い、扉を押し開けて中へ入っていく。ユーゴも慌ててその後に続いた。
あちこちに人がたくさんいて、楽しそうな笑い声も聞こえてくる。
基本的に小さな町を選んで住んでいたユーゴからすると、活気がありすぎて、ちょっと怖い。
「話には聞いてたけど……賑やかだね」
辺りをそろりと見回しながらユーゴがそう言うと、レイが「ああ」と頷いた。
「まあ、ルイーズは観光やら勉強やらで来てる人が多い国やし、ここはその中心地やからね。リオンやコズレルとは比べものにならんよ」
「うん。本当に…すごい」
そう言って旅行鞄の持ち手をぎゅっと握ると、ふふっとレイが笑った気配がした。
「ゆーちゃん。セルヴァンまでまだ結構あるし、大通りに出て馬車拾わん? 荷物重いし」
「あ…、うん」
土地勘がなく目的地までの距離もわからないユーゴには、それ以外、返事のしようがなかった。レイに言われるまま、大通りに出て馬車を止め、乗り込む。
馬車が動き出すと、石畳を踏む馬の蹄のリズムに合わせて車体がギシギシと微かに軋み、小刻みに揺れた。その音と座面の振動を感じながら、ユーゴは流れる景色を窓越しに眺める。
ルイーズの街並みは美しかった。
歴史をまとった重厚な建物と、近代的な建物が絶妙な調和を保ち、街全体がひとつの芸術作品のように広がっている。思わずため息が漏れた。
「この辺は学校が多いんよ。やっぱり神学学術院がいちばん有名やけど、他にも医療系のマルカーヌ院とか、いっぱいあるね」
言われてみれば街中を歩く人の中に、制服らしき服装の人がチラホラいる。なるほど、と思っていると、向かいに座っているレイが車窓の向こうを指差した。
「奥の方、塔みたいな建物あるの見える? そう高い塔が三つ見えるやつ。…あれが神学学術院だよ」
その言葉に、身体がピクリと跳ねた。咄嗟にレイを見ると、まあまあといったふうに手を振っている。
「あっちはまた後でね。今おれらが用あるんは、あそこやないから」
さらに五分ほど揺られたあたりで、馬車が止まった。
馬車を降りると、そこには大きな鉄門が堂々と聳え立ち、周囲とは一線を画した厳かな空気を纏っている。思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「行こうか」
レイが軽い調子で促す。ユーゴが緊張しながら門の方へ歩き出そうとすると、「違う。こっち」とレイが教会を囲む塀伝いに歩き出した。
「正面は礼拝とか見学の人がいっぱいおるからね。裏から入るよ」
言われるがままに裏門へまわり、これまた立派な鉄門を潜った。
中へ一歩足を踏み入れると、整然とした石畳の道が続き、両側には手入れの行き届いた庭園が広がっていた。鮮やかな花々が規則正しく植えられ、低木で形作られた美しい彫刻のような緑が点在している。淡い風に乗って、かすかに花の香りが漂ってきた。
「……すごい」
思わず見惚れていると、ふたりの若い男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
見慣れた黒衣を纏っている。襟元には繊細な刺繍が施されているけれど、他に位を表すようなものは見当たらない。見習いか、まだ新米の祭司なのだろう。
彼らはユーゴたちの前で立ち止まると、深々と頭を下げた。
「レイ様。長旅、お疲れ様です。お荷物をお預かりするようにと、セレン様から言い使ってまいりました」
「セレンが? そっか。ありがとう」
レイがそう言ってトランクを渡す。聞き覚えのない名前に、ユーゴは首を傾げた。
「セレン」? 誰だろう? と、気にはなったけれど、訊ける空気でもない。
戸惑っているとレイが目配せしてきたので、ユーゴも恐る恐るトランクを渡した。ふたりはまた深く頭を下げると、足早に建物の奥へと去っていく。
「行こう」
再びレイに促され、ユーゴは歩き出した。
目の前にあるのは、あの教団の本拠地、セルヴァン大聖堂だ。
空を突き刺すような三つの尖塔が天高くそびえ、その先端には金色に輝く教団のシンボルマークが堂々と据えられている。どこまでも続くように見える純白の壁面は、太陽の光を受けてまばゆく輝き、見る者を圧倒するような存在感を放っていた。
裏口の扉の両脇にすら、精巧な聖人たちの彫刻が並び、不埒な者の侵入を阻んでいるようだ。
神聖な雰囲気に気圧されて、ユーゴは思わず足を止めてしまった。
「大丈夫、怖くない。慣れやって」
ユーゴを振り返りながらレイは柔らかく笑い、扉を押し開けて中へ入っていく。ユーゴも慌ててその後に続いた。
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