脳筋王子と茨姫〜大丈夫、私強いですから

閑人

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 陛下から茨の森の調査が命令されてから、私はとんでもなく忙しくなった。当初

 『長老が手伝ってくれるのかな?』

などと甘い考えを持っていたのだが、長老はある程度やり方、報告書の作り方などを指南しただけで

 「あとはご自身でやってみなさい」

と私に言った。無理だと泣きついたが

 「今回の王からの命令は殿下が誰から知恵をもらっているのか調べるという意味も含まれている。わしが教えているのがバレた時仲間たちが困った事になるのじゃ。だから〝ご自分で〟頑張ってください」と突き放した。
 
 ガッツリ落ち込んだ顔の私を見た長老は苦笑しながら

 「…ま、そんな泣きそうな顔せんでも、どうしても困った事になった場合には連絡をくれれば知恵を貸すから安心せい。それに殿下には執事のオリバーさんという強い味方もおるじゃろ?」

と慰めてくれた。考えみれば何から何まで教えてもらおうなど厚かましいのだ。一応人族換算では自分は大人なのだし(獣人としては獅子の〝子〟なので子ども扱いらしい)、大体の調査の道筋は教えてもらえたし…経費などのお金の計算はオリバーが担当してくれる事になっているので、あとは王命で派遣された測量技師や学者たち、警備を担当してくれる兵たちと一緒に調査を行なっていこうと決心した。
 
 ところが調査初日面倒な事が起きた。兵たちが私をバカにして言うことを聞いてくれないのだ。それどころか『不用意に茨に近づくな』という私の注意を無視して、いきなり茨を切りつけようとしたのだった。…もちろん茨に避けられて全く切ることが出来ずに終了…するのかと思いきや、どこからか斧を持ってきて根元を切り始めた。切られたらどうしようかとハラハラしてみていると何かおかしい。斧の刃が全く茨に刺さらず、弾かれているようだった。

 「硬い!石か何かみたいだ!」

と言う悲鳴にも似た声を兵たちはあげている。…自分は切れたけどなぁ、ブライアンが警備を強めたのかな?

 そろそろ諦めるかな?と学者たちや測量技師たちと高みの見物を決め込んでいると、うまくいかない事に苛立った兵の数人が茨の中へ突進して行った。

 「あ、やめとけ!」

 …間に合わなかった。突進した兵たちは茨に絡み取られぎゅうぎゅうと縛られる。甲冑のひしゃげる音が森に響いた。それを聞いた学者たちや測量技師たちの顔色がみるみる青くなり、突進しなかった兵たちもその様子を見て後退りをしている。

 「だから最初に注意したろう?」
 
 皆に聞こえる様に私は言った。縛られている兵たちはかわいそうだが、これで茨に不用意に近づく輩はいなくなるだろう。そろそろ助けようと私が動こうとすると、その瞬間ペッと兵たちが茨から吐き出された。どうやら酷い怪我人はいないようだが着ていた甲冑がズダボロだった。それを見た皆があまりにも意気消沈した為その日の調査は中止せざるを得なかった。

 次の日、兵たちは誰も現れなかった。昨日のことで懲りてしまったはわかるが、一応私たちの警備の王命を受けているはずなのだが?技師や学者たちは

 「どうします?」

 と不安げな上目遣いでこちらを見ているが、中止という選択は私の中にはない。
 
 「調査を開始します。皆茨に近づきすぎない様気をつけて、何かあったら私のところまで来て下さい」

 やっと調査が開始された。おっかなびっくりではあるが技師たちは茨の森の測量を、学者たちは森の植生や茨の状態を調べ始めた。どちらもプロなだけあってさすがに手際が良く身惚れてしまった。


 そんな日が何日か続いた。しかし兵たちは誰も現れない。この事をオリバーに頼んで王宮に伝えてもらったものの向こうからはなしのつぶてだ。

 「学者たちや測量技師たちはきちんと自分の仕事をしているのに、何故兵は自分の仕事を全うしないのか?」

 と愚痴が出る。オリバーに言わせると

 「多分手続きだとか王宮内の力関係だとかで陛下に伝わってないのでしょうね。…私にも全くわからないですし、分かりたくもないですが」

 ま、こちらは粛々と調査を進めるだけだ。最初私を遠巻きに見ていた学者たちや測量技師たちとも大分会話ができる様になってきたので、意外と楽しいのが救いだ。

 仲良くなった学者や技師に聞くと私と仕事をすると知った親戚や友人から

 『獣人の血が入ってる王子だぞ!野蛮と評判なんだぞ!酷い目に遭わされるのでは?』

 とものすごく心配されたらしい。野蛮な事なぞした事ないのに、それが私の評判なのだな…。


 順調に調査を続けていたある日、

 「うわー!で、出た!」

 と言う悲鳴があがった。技師の何人かが私の所に駆け寄ってきて

 「殿下、熊が出ました。早く逃げましょう」

 「待て、被害は?怪我人は?」

 逃げ損なった人がいるらしいと聞いて、私は動いた。兵もいないこの現状で戦えるのは私だけだ。他の皆には退避を命じて、私は逃げ損なった人のところへ急いだ。

 いた!怪我はしていないが熊に襲い掛かられそうになっている。臭いを嗅いだ。…うん、獣人ではない、本物の熊だ。ならば遠慮なく。
 私は熊に挑みかかった。まさか挑みかかってくる人間がいると思わなかったらしい熊は一瞬ビクッとしたが、すぐに目標をこちらに変えた。これで逃げ損なった人が逃げられる。

 「で、で、で、殿下!」

 次の瞬間、熊と私はがっぷり四つに組んだ。爪が身体に食い込むが気にしてはいられない。
 しかし相手は熊、身体も大きく体重も重い。何の考えもなくがっぷり組んでしまったが…どうしようか。離れて剣で戦った方が良さそうだと判断し、熊から離れようとするが、相手の力が強すぎてそれも難しい状況だ。ならば…

 「うおおお!」

 腹からの大声を出すと空気がビリビリと振動し、熊の動きが止まった。すかさず熊から離れて剣を構える。
 
 「さぁ来い!私が相手だ!」

 …?おかしい。熊が襲ってこない。それどころか化け物でも見たかの様な目でこちらを凝視したのち、くるりと踵を返して逃げていった。

 助かった。逃げ遅れた人も逃げていた人も大喜びで私の健闘を讃えている。…しかし釈然としない。何故逃げた?あ、『獅子の咆哮』のせいか。こんなところにいるはずのない獅子が現れたらそりゃ逃げるか…。
 

 その後も調査は続けられたが、熊はあの日以来現れなかった。と言うか獣という獣が私の周りに全く居なくなったのだ。心配になった私に学者の1人は

 「殿下の強さに恐れ慄いているのでしょう。殿下がここから去ればまた出てきますよ」

と慰めてくれたが、鳥の一羽すらいないのは少々寂しかった。

 

 


 


 
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