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女子として①
しおりを挟む「うちのこと、雇うてくれはりまへんやろか」
「くれはりまへんやろか、ってなんですか。そんなクドい京都弁地場もんは使いませんよ。それよりも、どう抑揚をつけるか、や。今の台詞を言いたかったら、『うちのこと雇うてくれまへんか』が妥当やろな。あと、素人は『~どす』て言いがちやけどな、そら遊女の言葉になってまうからあんまり使わん方がええですよ。まあ、遊女上がりって設定にするならそれもアリやけど」
さくらはげんなりとした様子で溜息をついた。
「山崎、無理だ。こんなことやってたら私はいつまで経っても任務に入れない」
「せやかて、島崎先生がこっちの言葉教えてくれ言うたんやないですか」
山崎、と呼ばれた男はぶすっと怒りの表情を浮かべた。彼は新選組に入って日が浅かったものの、京都・大坂の地理に詳しく、どこの家や地域が仲がいいだの悪いだの、長州贔屓だの土佐贔屓だの、商人同士の繋がりにも詳しいことから、満場一致で新役職「諸士調役」に抜擢されていた。他には島田や、四月の御前試合で型を披露した川島ら数人が選ばれていた。
さくら達の最初の任務は、大坂の様子を探ることだった。
八月一八日の政変以来、長州藩の人間は入京を禁じられていたが、その手前、大坂でくすぶっている可能性がある、という見立てだ。
長州贔屓だと言われている商家に、さくらが女中として潜入しようかという計画だったので、関西系の言葉づかいを学ぼうというわけだったのだが……
「もういい、江戸から来た未亡人ということにする」さくらは言葉の習得を早々に諦めた。
「未亡人がはるばる江戸から大坂に?なんでまた」
「こういうのはどうだ。ひとりぼっちのかわいそうな未亡人は、兄を頼って上京したが、家計は火の車。それで女中奉公に出てきた、と」
「大丈夫ですかねえ」
山崎は心配そうに眉を下げた。
「まあ、万が一正体がバレて斬られそうになったら、これで返り討ちにしてやるさ」
そう言って、さくらは懐から短刀を取り出した。
最近は木刀を振り回す稽古よりも、いかにすばやく相手の後ろを取り、短刀で急所を狙うか、という稽古にさくらは重きを置いていた。
「まあ、そういうことなら」山崎は渋々頷いた。
「ひとまずは『諸士調役』の初陣だ。無理せず軽く内情を探る程度、要領を掴むのが優先。ヤバくなったらとっととずらかる」
それからさくらは、いつも屯所に呼んでいる髪結い屋の店に自ら出向いていった。
「まあまあ島崎はん、どないしたん。この前行った時『まだ必要ない』言うてたのに」
髪結い屋の女将・タミが出てきて驚いたようにさくらを見た。
「実は、急遽、女に戻ることになりまして。かもじでなんとかなりますかね?」
タミは、京の町でさくらの正体を”正式に”知っている数少ない人間だ。
月代は剃れというくせに、髭を剃れと一度も言ったことがない理由を聞かれ、バレた。
だが、今はそれが役に立った。こうして気兼ねなく女に戻る相談ができる。
「女子に戻る?まあ、やってみいひんことにはなんとも……。それにしたってなんでまた」
「んー、気分です。これからは、気分次第で女になったり男になったりしてもいいと、局長の許しが出まして」
さすがに、密偵になるため、とは言えなかったのでそんな風にごまかしたが、ごまかせているかどうかということには不安が残った。
「まあ、もともとが訳ありやさかいなあ、島崎はんは。ほな、そうと決まれば早速準備をせなな」
存外、タミは飲み込みの早い女だった。さくらはそんな彼女に感謝し、早速今の髪型からどう女の髪型に見せるか、という打ち合わせに入った。それはおよそ一刻にも及んだ。
数日後、用意が整った。
久々に着る女子の着物はやはり可動域が狭く、動きにくい。それに、頭も重い。地毛ではなくあくまで鬘というのもあって、なんとも言えない違和感がずっと頭に乗っかっている。
そういう短所のことを思えば少し憂鬱にはなったが、同時に、くすぐったいような、心が躍るような、そんな気持ちもないではない。
密偵の任務は、一部の人間しか知らない機密任務。当然、さくらが女子の姿でいるのを隊士らに見られれば、何事かと思われてしまう。
その為、屯所内ではなくタミの店で着替えや髪型の用意をしたさくらは、山崎や島田らと共に大坂へと出立した。
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