浅葱色の桜

初音

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潜入!島原遊郭④

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 玄関口に立ち寄り、さくらは帳面を確認した。あの男たちの名は、「望月亀弥太もちづきかめやた」「北添佶摩きたぞえきつま」と言った。亀、と呼ばれていた方が望月だろう。どこの藩かは、わからなかった。来る者は皆客だからと、いちいちどこの藩の者かは気にしないというのがこの店の信条だ。だが、客の名前を呼ぶことがおもてなしになるからと名前はしかと書かせていた。
 ――「~がやき」とか、「わし、ちっくと」とか言っていたな。山崎なら何か知っているやも知れぬな。
 さくらは忘れないうちに書き留めようとしたが、「もし」と声をかけられた。さくらが声の方を見やると、色白で端正な顔立ちの男が立っていた。
「待ち合わせをしているのですが。望月か北添という男が来ていませんか」男の言葉には目立った訛りはなかったが、関東者のさくらにしてみれば抑揚に少し違和感があり、彼らの仲間にしては異質な印象を受けた。
「ええ、その方たちでしたら菊の間に」
「おや、廓の女性にしては珍しい言葉使いですね」
 ずばりと言われると、さくらは少し狼狽してしまって、「ああ、最近江戸から来たばかりで」とごまかした。そして申し訳程度に「堪忍です」と付け加える。
 ――やはり、多少は京ことばを身につけねばな。
「無理しないでも結構ですよ」男は見透かしたように気遣う言葉をかけた。
「お武家さまもその話し方、さぞやよい家柄の方のようですね。うちではお名前を書いてもらうことになっとります。こちらへ」
「はは、大した家ではありませんよ」
 男はそう言って、帳面に記名した。広戸孝助と書いてあった。さくらはこの男の素性をもう少し調べたいこともあって、広戸を菊の間の前まで案内した。そのわずかな間に今日はどちらからいらしたんですか、と聞いてみたところ、広戸は木屋町の方に住んでいるんですと答えた。木屋町には何があったっけ、と考えているうちに、菊の間に着いてしまい、それ以上は聞けなかった。

 ちょうど三日後は、屯所に戻ってここまでの経過を報告する日になっていた。その時に皆の意見を聞いてみようと思いさくらは番頭新造としての仕事に戻ろうとした。その時、またしても客が現れた。さくらはその面々を見て、やばっ、と身を隠した。客人は、左之助、平助と、数名の新入り隊士だった。
 慌てて同僚の女中・志乃を呼び出した。志乃は歳こそさくらより若いが、ここでの仕事歴の長さからいろいろと世話を焼いてくれていた。新入りのさくらにとっては、頼れる友達のような存在である。
「壬生浪が来た。お志乃ちゃん、あとよろしく、じゃない、よろしゅう!」さくらは隠れるようにして志乃を玄関先へと追いやった。
「お初ちゃんの壬生浪嫌いは筋金入りやな。うちに任せとき」
 実は、諸士調役は副長・土方歳三の直轄であり、詳しい任務内容は局長の勇・副長の山南と言えど秘密であった。勇くらいには言ってもいいのではないか、とさくらは提案したこともあったが、「それじゃあ、サンナンさんがまた俺ら二人だけで隠し立てかってふてくされるだろ」というのが返答だった。
「それなら山南さんにも言えばよいではないか」
「反対されたら面倒くさい」
 歳三は山南に気を使っているのだかいないのだか、さくらにはよくわからなかった。
 とにかくもそういうわけで、さくらが長期間屯所を離れているのは「大坂で特命がある」からということになっていた。さくらは新選組の面々が木津屋に来ようものなら、壬生浪が嫌いということにしてさっと身を隠していたのである。外部の人間よりむしろ仲間の方に気を使う毎日だった。 

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