皇女様の女騎士に志願したところ彼女を想って死ぬはずだった公爵子息に溺愛されました

ねむりまき

文字の大きさ
124 / 169
第4部 彼の笑顔を取り戻すため

122.お屋敷に棲みつく……

しおりを挟む
「まあ、エミリア。まだ朝食を食べ終えていなかったの? 民たちが汗水を流して育てた食糧です。しっかりお食べなさい」

 アルフリードからお別れを告げられて、皇城も追い出されてしまった後、彼がどんなふうに過ごしていたのか。
 お先真っ暗としか思えない話をローランディスさんによって突きつけられた私の耳には、クロウディア様の声が入ってきた。

 ラウンジの入り口の方を見ると、お散歩からもう戻ってきてしまったらしい、その人がいた。
 そして、その隣りにいるグレイリーさんは再び彼女の手を取ると、その甲に口づけして愛しそうに、でもどことなく寂しそうに見つめていた。

 クロウディア様はそんな彼を眺めた後、長くてフサフサなまつ毛のついたまぶたを閉じて、一度顔をうなずけた。

 その様子は高貴なお姫様と、彼女に一途にお仕えする寡黙な騎士、そのものの情景だった。

「今日は戻ることは難しそうですから、また明日うかがいます」

 ラウンジを後にするグレイリーさんを追って、私の前にいたローランディスさんも一緒に出て行ってしまった。

 結局……私をどうやってエスニョーラ邸から連れ出したのか、昨日ここから逃げ出したのにどうやって戻したのか……それらを聞き出すことはできなかった。

「さあエミリア、早くお食べなさい」

 こちらに歩いてきたクロウディア様は、私の朝食席の所まで来るとイスの背もたれに手を当てて、私の方をじーっと見ていらっしゃる。

 何か分からないけど、早く言うことをお聞きしてお待たせさせてはいけない! という気にさせられた私は、すぐさまそこのイスに腰掛けて、冷めてしまっている朝食たちに手をつけ始めた。

 クロウディア様はさっきまでお座りになっていた私の前の席に移動すると、とてもお行儀よく背筋を伸ばして、両手をお膝の上に置いた状態で、私が食している様子を眺めていらっしゃる。

 は、早く食さなければ……何かものすごいプレッシャーを感じながらも、私は一目散にそれらを食道に押し込めたのだった。

「では、お皿を洗うのはリリアナにおまかせするとして……8時を過ぎてしまいましたから、朝のお祈りに参りますよ」

 そう言うとクロウディア様はすっくと立ち上がり、またラウンジを出ていこうとなさった。
 私も慌ててその後を付いていく。

 すると辿り着いたのは、昨日も見かけた大きな風景画が飾られたお屋敷の中の一角で、その左端にある扉をクロウディア様はキィと押し開けた。

 そこに現れたのは、以前ヘイゼル邸でも見かけた3月の花に囲まれたあのお庭だった。

 クロウディア様は、その花園の中央あたりに足を踏み入れてヒザ立ちになり、手を胸の前で組んで目を瞑ると呟いた。

「戦地にいるお父様、戦士たちの無事を、そしてリューセリンヌの民たちに平穏が訪れますように…」

 その光景はまるで天国みたいな花々の咲き誇る楽園で、1人祈りを捧げる女神様みたいだった。

 けれど……クロウディア様は皆が彼女が亡くなったと思っていた7年前からずっと、ここでこうして滅んでしまったご祖国のために祈り続けているっていうの?

 私はやるせなさと、フツフツと怒りを感じながらも、急に現実を突きつけてクロウディア様がおかしくでもなってしまったら大変だからと思い、彼女に合わせることにした。

 彼女の横で私もヒザ立ちをして胸の前で手を組み、目を瞑った。

 すると、意外と草やら土の微妙な凹凸おうとつがヒザに当たって、だんだん痛くなってきた。

 ……

「さあエミリア、3時間経ちましたからつくろいものを始めますよ。ほら、立って」

 そんなふうにして、クロウディア様はついさっきこの体勢になったばかりかのように軽やかに立ち上がると、激痛に変わったヒザの痛みに耐えかねて顔をしかめる老婆のような私をいたわりながら、なんとか立ち上がるのを手伝ってくれた。

 お祈りなんて前の世界でも、こっちの世界でもあんまりやった事なかったけど、なかなか過酷な行為なんだな……
 クロウディア様がしきりに朝ごはんをちゃんと食べなさいと促されていた訳が分かったかも……

 やかたの中に戻っていく思った以上に丈夫な足をしているクロウディア様に従いながら、その後もとっても正確な体内時計を持っている彼女にここでの過ごし方を教わったのだった。

「12時になりましたからお昼にしますよ」
「1時になりましたから午後のお散歩に出掛けますよ」
「2時になりましたから読書を始めますよ」
「3時になりましたからティータイムにしますよ」
「4時になりましたからお風呂に入りますよ」
「6時になりましたから夕飯にしますよ」
「7時になりましたから好きなようにお過ごしなさい」

 こんなふうにして、クロウディア様はかなり時間通りに行動することをモットーとされているようだった。

 これは妹さんであるルランシア様には絶対に見られることのなかった几帳面さである。

 私の事を戦地からローランディスさんに救われてきた孤児だと思っているクロウディア様はそうして規則正しく過ごされる中、嫌な事を思い出せないようにしてくれているかのように、必要最低限のことは私に語られることはなかった。

 私も今朝まではクロウディア様をヘイゼル邸にどうやって連れ戻すか、彼女はそこでの生活を覚えていらっしゃるのか……色々考えたり聞き出したいと思っていた。

 けど、そんな事をしても彼女にとってはまた苦しい思いをさせる事になるかもしれないし、私がヘイゼル家のためにそんな事をする必要があるのか? という疑問まで湧いてきてしまったのだ。

 もし彼女とこっから脱出できたとして、皇女様との婚約が決まったアルフリードから見たら私は邪魔者でしかないだろうし、そもそも愛情を向けなかったお母様との再会を彼が望んでいる可能性も低そうではないか。

 それに、私がエスニョーラ邸に戻ったとして家族はきっと喜んでくれるとは思うけど、アルフリードのために頑張っていた事を思い出させる場所に帰っても私にとってはツラいだけのように思えてきた。

 こんなにここから脱出することにメリットを見出せないんなら、私のことが忘れられなかったから連れ去ったというローランディスさんの側にいてもいいのかな……

 そんなふうにさえ思えてしまっていた。

「うーん、好きにお過ごしなさいと言っても、何をすればいいか分からないでしょうね。私の部屋にいらっしゃい、いいものを見せてあげるから」

 夕飯を食べていたラウンジから出ると、クロウディア様は火のついた燭台を持って、また地下のお部屋へと向かった。

 お部屋が地下なのは、戦時下だと寝込みを襲われないために人目につかない場所で休むのが安全だからって事だろうか?

 また廊下の奥の広めの部屋に向かうと、燭台を扉の脇のテーブルに置いて、クロウディア様は置いてあるクローゼットの下の段にある引き出しから小さな箱を取り出した。

「とても綺麗な指輪なのよ。リューセリンヌのお城にあった王家の宝石類は持ってくることはできなかったけれど、前にかくまわれていたお屋敷で頂いたもののようなの」

 そう言って箱のフタを開けると、その中には大きな赤いルビーにその周りを白銀の小さなダイヤがいくつも一周するように、ぐるりと配置されていて、さらにリングに沿って3つずつほど小さな緑色のエメラルドが並べられた指輪が現れた。

 とても豪華で綺麗なものだった。

 だけど、前の匿われてたお屋敷って……ヘイゼル邸のこと?

「とっても綺麗な指輪ですね! あ、あの……その以前のお屋敷のことを覚えていらっしゃるのですか?」

「そうでしょう? これを見ていると、なぜかしら。とても心が満たされて、大事にしなくてはいけない気がしてくるの。だけど、前にいたお屋敷というのがなんだか恐ろしい所でね……そうだわ、あの頃の日記に残しているはずだから、ご覧なさい」

 クロウディア様は指輪の入った箱ごと私に託すと、昨日初めてこのお部屋に入った時に私が眺めてた本棚に向かって行った。

 日記といえば、彼女が眠っていると思われていたヘイゼル家の霊廟に行った時、専属メイドだったマグレッタさんがお花根こそぎ紛失事件の時に一緒に消えてしまったという日記のことだろうか?

 同じような3センチくらいの厚さの本が数冊並んでる中の一冊をクロウディア様は取り出すと、パラパラとめくりながら私の方へ戻ってきた。

「例えばここを読んでみてごらんなさい」

 私の持ってた指輪の箱を受け取りながら交換するみたいに、ページが開かれたままの状態でその日記を渡された。


『白と黒以外の色彩を失ったような薄気味が悪く、どこもかしこも古びれたこの邸宅に滞在してから、どれくらいの時間が経ったのかしら。
 ここには一応、何人も召使いがいるようだけれど、生きているのか死んでいるのか分からないほど、彼らの顔からは生気が抜けていて、動きも妙にキビキビとしていて人間とは思えないほど冷たい態度をしているわ』

 これは……完全に、私が初めてヘイゼル家に行った頃の幽霊屋敷と呼ばれていたお屋敷と使用人さん達の描写そのものだ……!!

『リューセリンヌは危険だからと、お父様と懇意にしている国外のお知り合いの邸宅に置いて頂いているのですから悪く言うのは失礼とは分かっているけれど、ちょっとこれは酷すぎるわ』

 ふーむ……クロウディア様はヘイゼル邸にいた時は、そういう状況だと思い込まされていたのか……

『そして今日もまた、夕刻を過ぎた頃に姿を現したの。あの少年が』

 あの、少年……?

『可哀想に。古くからありそうなこのお屋敷には様々な歴史が刻まれていそうだけれど、きっとあの子はこの世に未練を残したまま、ここに留まり続けているに違いないわ』

 これはまさか……ほ、本物の幽霊をクロウディア様は見てしまったってこと!?

「その少年はね、昼間はいないのに夕飯時になると現れるのよ。でもそういった者は自分の意識が反映するとも言われているからかしら。たまにその姿をハッキリと見てしまうと、その子はリューセリンヌの王族特有の顔立ちをしていたわ。とても可愛かったけど……そういった者には視線を向けてはいけないし、その存在自体も気づいていることを悟られてはいけないから、いつも何も感じないように振る舞っていたのよ」

 私が日記を読んで固まっていると、クロウディア様はそんな解説をして下さった。

 ……これって、まさか……

 ア、アルフリードの事なの……?

 以前、彼は子供の頃はほとんど皇城にいて、家にはご飯を食べるか寝に行くくらいしかして無かったって言ってたけど……

 クロウディア様は彼のことをヘイゼル邸に棲みつく幽霊だって思ってたってこと!!?
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした

エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ 女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。 過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。 公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。 けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。 これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。 イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん) ※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。 ※他サイトにも投稿しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!

永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手 ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。 だがしかし フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。 貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。

悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜

abang
恋愛
皇女シエラ・ヒペリュアンと皇太子ジェレミア・ヒペリュアンは血が繋がっていない。 シエラは前皇后の不貞によって出来た庶子であったが皇族の醜聞を隠すためにその事実は伏せられた。 元々身体が弱かった前皇后は、名目上の療養中に亡くなる。 現皇后と皇帝の間に生まれたのがジェレミアであった。 "容姿しか取り柄の無い頭の悪い皇女"だと言われ、皇后からは邪険にされる。 皇帝である父に頼んで婚約者となった初恋のリヒト・マッケンゼン公爵には相手にもされない日々。 そして日々違和感を感じるデジャブのような感覚…するとある時…… 「私…知っているわ。これが前世というものかしら…、」 突然思い出した自らの未来の展開。 このままではジェレミアに利用され、彼が皇帝となった後、汚れた部分の全ての罪を着せられ処刑される。 「それまでに…家出資金を貯めるのよ!」 全てを思い出したシエラは死亡フラグを回避できるのか!? 「リヒト、婚約を解消しましょう。」         「姉様は僕から逃げられない。」 (お願いだから皆もう放っておいて!)

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

処理中です...