異能ランクEの絶対皇帝≪Absolute Emperor≫

あんねーむど

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紺碧の臨界

紺碧の臨界2

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 厚労省庁舎のエントランスには、誰一人いなかった。職員も来客者も清掃スタッフも、誰一人としていない。時が止まっているかのような空虚な空間が広がっている。

 エレベーターの△マークを押すと、すぐに扉が開き、志津はパネルに表示された階数から12を選択、篭は静かな駆動を鳴らして上昇を始めた。

 厚生局が占有する十二階まで上がった彼女は、長い廊下を奥まで進み、『異能管理室』と書かれたプレートが掲げられるドアをゆっくり開ける。
 既に存在しない機関、使われていないはずの部屋は煌々とした照明で満たされていた。

 志津は目を窄める。

 ソファーで寝ころぶグウタラ男、ダンベルを持ち上げ続ける筋肉バカ、そんな彼らに頭を痛めるブロンド美女と静かに見守るエリオット、そして――永遠のライバルだった金髪の少女。

 昔観た光景が蘇る。

 しかし、整然と並ぶオフィスデスクに座っているのはたった一人。

 BGMの代わりなのだろうか、テレビが付けっぱなしにされた室内の一番奥、袖付き椅子に深く腰を掛け、足を組む男がいる。
 人懐っこそうな目元、しかしどこか人を喰った眼、少年は薄い笑みを浮かべていた。全ての元凶である八重山照がそこにいた。

 同い年のはずなのに、彼の容姿は二年前と変わらぬ少年らしさを保っている。

「やあ、久しぶりだね。君が変わってなくて嬉しいよ」

 ゆらりと手を上げた照の正面へ、志津は視線を切らずに移動した。 
 二人の距離は事務所に並ぶオフィスデスクを挟み、約十五メートル。

「お前は随分変わってしまったやないか、照……」

 照は肩をすくめて立ち上がった。

「そうかな? そんなに変わってないと思うけど」

 不気味なくらいあの日のままだ。十代後半といえば成長著しく、すっかり大人の容姿になっていると予想していたが……。
 志津は口では言い表せない違和感を覚える。

「見てくれやない、中身のことや」
「変わらない人間なんていないだろ?」

「……ふん。まあ、そんなことはどうでもええ。本題に入ろうやないか」
「それは残念。僕はもっと君とたあいもない会話を楽しみたかったんだけど。さて、それじゃあ本題に入る前にコーヒーでもどうだい?」
「いらん。前に電話で話したとおり、ウチの要求は『 おとなしく投降しろ』、それだけや。誰が何言うても命までは取らせん」

 照は首をハッキリと左右に振った。

「いいや、君の方こそ僕の所へ来るんだ。それ相応のポストを与えよう」
「興味ないわ。なあ、ずっと訊きたかったんやけど……咲はどこにいるん?」

 志津の質問を受けて、照は眼を伏せた。
 敵から目を離すなど軽率で浅はかな行動だ。今なら確実に仕留められると確信するも、志津は彼の答えを待った。

「彼女はこの上の階にいる。でも眠っているんだ、ずっとね……」
「眠っている?」
「インペリアル・オーダーで彼女は死にかけたんだよ、それ以来目を覚まさない」
「それが、お前が世界を変えようとした理由か……」
「ああ、そうだよ」
「だとしても、咲はこんなこと望んでないはずや。それくらい分かるやろ?」

 照は困り顔で微笑を浮かべ、「それかもしれない……だけど……もう僕と咲、二人だけの問題じゃないんだよ」と洩らした。

 その答えは志津に少なからず動揺を与えた。

「かっ、似合わんセリフを吐きおって……ほんまに変わったんやな……照」
「そうかもしれない……ところでさ、なんで僕の異能が君に効かないのかな? 新型のデバイスかなにかかい?」

 当然、照が仕掛けてくることは予想していた。そしてまた自分の異能《クリティカル・ブルー》が上手く機能していることに、思わず志津は口元をほころばせる。
 それは純粋に異能力同士のぶつかり合いを望み、勝負を楽しむ志津の本心から出た感情だった。

「目を凝らしてよう見てみるんやな」

 注意深く目を細めて志津を観察した照の目元が見開かれ、彼もまた楽しげに口元を緩めた。

「なるほど、クリティカル・ブルーで周囲を覆っているのか……通りで声が遠くに聞こえる訳だ」
「純水は電気を通さへんからな。つまり照、お前は丸腰同然、万が一でもウチに勝てん」
「どうかな? 酸素が尽きるのを待てば僕の勝ちだよ」
「意外と保つねんで、これ。それにアブソリュート・エンペラーだけじゃ時間切れまで凌ぐことはできん」
「やってみなきゃ分からないだろ?」

 直後、照は腰からハンドガンを引き抜き、銃口を志津に向けて発砲した。
 弾丸は志津に届かず空中で静止する。正確には志津を覆う水のバリアが弾丸を止めていた。
 志津はすかさず反撃。右手の人差し指を立てて銃を象ると、バリアの一部が変化し水撃弾が高速で射出される。
 次の瞬間、照の左肩から血が迸った。照は怯まず移動しながら発砲を続ける。しかし何度撃とうが銃弾は志津に届かない。逆に志津の攻撃だけが一方的に当たっていく。
 ついに弾を切らした照は机の陰に身を隠した。
 志津は慎重に足を進めて行く。

「最後のチャンスや、照。大人しく投降しろ」

 照が身を隠す机の数メートル手前で立ち止まった志津は、FRP製の銃をホルスターから引き抜いてトリガーに指をかけた。

 状況を察したのか、両手を挙げて照が立ち上がった。息が上がり、苦しそうに肩で呼吸している。
 白いワイシャツは紅く染まっていた。左肩に一発、右手に一発、腹部に三発、左足太モモに一発、絶え間なく血が流れていく。
 額に汗を滲ませ、満身創痍の状態で照は微笑を浮かべる。

「君はなんて優しいんだろう。一撃で倒せるところを僕に考える時間を与えようとしている。だけど、それが命取りになることもあるんだ」

「ほざけ……強がりもほどほどにしとき。内臓も相当イカれとるはずや、もう長くは保たん。それともこのまま死ぬつもりか?」

「実はこれくらいの怪我なら治してくれる異能者がいてね」
「ハッタリぬかすな。そんな奇跡みたいな能力者おるわけないやろ」
「そうかい? なら、みんな道連れだね」

 照はニッと不敵に笑ってみせた。

 志津は瞳を閉じた。眉間にシワを寄せ、歯を噛みしめる。

「照、ウチが引導を渡したる」

 志津がトリガーを引こうとしたそのときだった。

『番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします』

 視界の端で捉えていたテレビ画面が、昼の情報番組からニューススタジオに切り替わった。
 ADらしき男が慌てた様子で女子アナウンサーの前のテーブルにA4用紙を置く。

『え?』

 原稿を目で追ったアナウンサーは言葉を詰まらせた。明らかに動揺していることが分かるくらいに、彼女の挙動と瞳は事の重大さを物語っている。

『さ……さきほど、関西方面において大規模な爆発があったと情報が入ってきました。上空には巨大なキノコ雲が発生しているとのことですが、詳細は不明です。詳細が分かり次第お伝えします。繰り返します――』

「――ッ!?」

 照の顔が歪み、くくっと笑い声を洩らした。

「あははははっ! 最高だよ! 君のせいだ! 僕は忠告したよ! 従わないなら君の生まれ育った街を消すってね! 君がみんなを殺したんだ! おめでとう! 君は大量殺人鬼になったんだよ! さあ、もう少ししたら映像が送られてくる。僕と一緒に焼けただれる人々の姿を観ようじゃないか!」

 呆然とテレビ画面を眺めていた志津の中で理性が完全に弾け飛んだ。制御できない激情が駆け巡る。

「きさまぁぁぁぁぁっぁあっぁあぁぁッ!!」

 志津は怒りに任せて照の胸倉を掴み、顔面に拳を叩き込んだ。さらに両手で胸倉を掴んで引き寄せ、頭突きを打ち付ける。
 照の鼻腔から鮮血が噴き出した。それでも彼は歪んだ笑みを止めようとしない。

「なにがおかしい! 八重山照! 自分が何をやったか分かっとるんか!!」

 照は「覚悟がなければ世界は変えられないんだ」とうそぶき、「……待っていたよ。我を忘れて近づいてくるのをね」と胸倉を掴む志津の手首を掴んだ。

「し、しまッ――」
「不思議だよね。鼓動が止まると異能が使えなくなるんだ」

 照の異能によって一切の挙動が封じられた志津は、唯一動く視線を動かしてテレビ画面に目を向ける。画面は既に昼の情報番組に戻っていた。あれだけの事件があったにも関わらず、何事もなかったように、芸能人たちがダラダラと談笑する映像が流れている。

「気付いたかな? そう、あれはフェイクニュース。僕が事前に撮影させたものだ。君と闘っている最中に、異能でデッキを操作して再生しただけで、実際は何も起こっていない」

 脇腹の傷口を手で抑え、照は痛みを堪えながら無理やり引きつった笑顔を作った。

「さあ、これがラストチャンスだ。直江志津、僕の軍門に下れ」

 志津は照を睨み付けた。四肢を束縛する不可視の拘束具から抗い、力任せに引き千切らんとする。
 全身の血液が沸騰するみたいだった。
 口角から泡沫となった血が溢れ出す。悲しみ、怒り、嘆き、様々な感情が一気に爆発する。

「――ふ、ふざァけるなぁぁァァッァァァァッァァァッァァァァッァッツ!!」

 咆哮を上げた刹那、志津の視界は白い光に包まれていった。
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