異能ランクEの絶対皇帝≪Absolute Emperor≫

あんねーむど

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紺碧の臨界

紺碧の臨界4

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 視界よりも先に指の感触を取り戻した。
 指先が無意識に引っ掻いているのは、固く冷たい事務室の床だ。

 ――なんや……まだ生きとるんか……。

 生存しているという事実を、半ば疑いながらも志津は静かに瞼を開いた。
 光が染み込み、ぼやけた視界は徐々に輪郭を取り戻していく。

 ――まだ生きとる、ということは……。

 天井を仰ぐ身体を起こして辺りを見回す。
 付けっぱなしのテレビは相変わらず昼のバラエティー番組を垂れ流していた。やはり、芸人たちがダラダラと会話を続けている。

 志津は「……つまらん」と吐き捨てた。

 体感よりも時間は経過しておらんみたいやな……。

 静まり返った異能管理室にいるのは自分と、もう一人。
 うつ伏せで意識を失っている八重山照のみ。

 立ち上がった志津は照の背中を見つめ、

「勝負はウチの勝ちやったな……照。約束通り、咲の面倒はみたる。安心して逝け……」

 腰のホルスターからハンドガンを引き抜き、無防備な少年の頭部に銃口を向けた。
 後は引き金を引くだけ――だが、その手は震えていた。僅か数メートル先の照準が定まらない。

「なんで……なんでこんなことになって……」

 志津は震える右手を左手で無理やり押さえつけた。力の限りグリップを握りしめ、絶叫に近い咆哮と共に引き金を引いた。一発、二発と照の頭部目掛けて撃つ。銃口から音もなく放たれた水撃弾は側頭部を貫き、真っ赤な血液が溢れ出し、留まることなくフロアを鮮血に染め上げた。

 力なく床に膝をついた志津の手からハンドガンが滑り落ち、血だまりの中に大粒の涙が一つ、二つと落ちていく。
 彼女はたった一人、嗚咽を上げて泣き続けた。









 ――翌日。
 
 厚木航空基地の駐機場で待機している輸送機の元へ、スーツの男と看護師に付き添われた一台のストレッチャーが近づいてきた。
 ストレッチャーの上で眠る少女の姿を確認した自衛隊員はフライトヘルメットを脇に抱え、スーツを着た男に向かって敬礼する。

「お疲れ様です。今回の輸送任務を担当することになりました比嘉と申します」

 スーツの男は視線だけを動かして比嘉の階級を確認し、「よろしく、比嘉二佐」と手を差し出して握手を交わした。

「今回の〝荷〟はこの少女ですか?」

 比嘉の目元が興味深げに動く。年端もいかないサイドポニーテールの少女は、小さな唇を僅かに開いて呼吸している。眠っているのか眠らされているのか分からないが、少女の表情がどこか儚げに思えた。

「ああ、そうだ」
「この少女は一体どんな大罪を犯したというのでしょうか?」

 スーツの男は温度の足りない眼で比嘉の眼を静かに睨む。その視線が「聞くな」と語っていることに気付いた比嘉は、「失礼しました」と少女から目を離し姿勢を正した。

「よく聞くんだ比嘉二佐、この少女は『国外追放者だが、傷一つ付けるな』と総理から直々のお達しだ。丁重に扱え、僅かな振動も許さん」

 スーツ男は口の片側だけを吊り上げて微笑するが、鋭い眼光を維持したままだ。物理的に無茶な要求に比嘉は肩をすくめて苦笑する。

「それは『不可能指令』というやつですよ……」
「君のために言っているのだよ比嘉二佐。今は薬で眠っているが、もしも、君の操縦で彼女が目覚めでもしたら、クルーの命はないと思った方がいい」

「それは……、それは一体どういう意味でしょうか?」

 鼻を鳴らしたスーツの男は「これは機密事項なのだが……」とワザとらしく前置きをして、「この少女は特Sランク能力者とのことだ」
 まるで比嘉の反応を楽しむかのようにほくそ笑む。

「特Sランク? はは……御冗談を、特Sなんて聞いたことがありませんが……」
「私が冗談を言っているように見えるのかね?」

 スーツの男の威圧的な態度に息を呑んだ比嘉ニ佐は再び姿勢を正して敬礼する。

「核爆弾を運搬する心づもりで臨みます!」
「賢明な判断だ」

 スーツの男は比嘉に敬礼を返した。

「最終目的地はベネチアでよろしいですね?」
「ああ、美しき水の都だ。そうだな、どうせならベネチアで二週間ほど休暇を取ってみてはどうかね? 君の上司には私から伝えておこう」

「いえ、この任務が終わったら実家に戻る予定なので」

 申し訳なさげに答え、比嘉は首を振った。
 
「そうか、帰る場所があるというのは良いことだな……。それでは検討を祈る」

 比嘉はスーツの男から書類の入ったファイルを受け取り、「それでは行きましょう」と付き添いの看護師を促した。
 少女を乗せたストレッチャーは輸送機のハッチへと乗り込んでいく。



 ストレッチャーを輸送機のベルトに固定した看護師は、少女の閉じた瞳から一筋の涙が零れ落ちたことに気付き、白いハンカチでそっと拭った。
 
 そして、悲しい夢から彼女が目覚めることを願い、その手を握りしめた。
 


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