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囮よせ作戦。
しおりを挟む__パチリパチリ。パラシュートの残骸に火が爆ぜる。
海の温度変化は小さいとはいえ、やはり夜は冷え込んだ。
乾きと飢えでひび割れた体は、いつもよりも身軽に感じられる。そこに、夜の寒さが染み込んでいく。
岩場の中でも比較的な平らな部分。そこに2人の男女が身を寄せ合って休息をとっている。
二人の間には、確かな信頼関係がみてとれる。
そして翌朝。
パラシュートの火は消えていた。
「昨日は気が付かなかったけど妙ね。何で生きてるのかしら、私達」
俺は硬い岩肌で凝り固まった腰をほぐしていた。左右に回し、伸ばす。そんなときに須田さんの呟いた独り言が耳に入った。
「え、それは……。俺のおかげって話の続きかな」
「あっ、そうね。えぇ、感謝はしてる。けど、このパラシュートを見て思うところがないのかしら」
俺は、顔に血が集まるのを感じる。__なんか、感謝の押し売りみたいで……痛い奴みたいじゃないか。
(みたいではなく、痛い奴である。)
「普通だったら燃えない素材のはずですもんね。それが積み込まれていたってことは。はじめから殺すつもりだったってことですかね」
「そう。オスプレイが発進するときから、機長は殺される予定だったってこと。つまり私達の暗殺は計画的なものだってこと。そして計画通りに機長は操作し、逃げ出した」
「それで、本当の黒幕は更に実行者を口封じしたってことですか」
「ほら、おかしいと思わないかしら。今私達が生きていることが、ね。昨夜、あんなに無防備だったターゲットの私達になしの礫よ。銃弾の一発も飛んできていないわ」
集まっていた顔面の血液が、どこかに引いていくことがわかる。
「まって、それじゃあ」
「なにかしら。そんなに怒って」
「わかっていってますよね。……あのさ。自殺したいなら構わないから巻き込まないでくれるかな」
昨日、無防備に寝ていたのは自分もである。確かに俺もうっかりしていた。しかし、暗殺計画は失敗しているのだ。黒幕の目的が私っちの暗殺なら目的が達成したのかを確認するはずだ。
たしか、彼女は島を探索したといっていた。私が意識を取り戻すまでのそんなに長くない時間で。
それは敵に、『あなた達のターゲットは生きているわよ』と伝える行為にほかならないのではないか。
「自殺ね。初日はそうだったわ。あなたにも昨日話したでしょう、妹のこと。たしかに名前が変わっていても、近くにいたら守れた。それなのに……ね」
「病気とかいってたね。昨日、踏み込んで聞かなかったけど後悔してきたよ」
やはりそうだったのか。彼女の投げやりな様子の意味。それは命に執着していないことだったのだろう。何が探索者の勘だろうか。全く当てにならない。
「そう。でも今回は違うわ、よく考えてみて」
「自殺じゃないってことですか」
「そう、囮よ。いったでしょう、何もしなくても私達の命は持っても一週間だって」
「そうですね、今も喉がカラカラです」
「だから脱出しなくてはならないの。でもどうやってするのかしら。この島にあるものだけでは0%よ、魔法使いさんが本領を発揮してくれたらわからないけどね」
「だからおびき寄せようとしたってことですか」
「ええ、返り討ちの可能性は私達が衰弱したらその分だけ低くなるのは自明の理よ」
たしかに彼女の言うとおりかもしれない。
しかし、それで殺されてしまったら元本も利子もないのではないか。
「でもそれで死んだら」
「それまでだったということね。あのとき攻められていたら生存確率は1%もないわ。けれど確実に殺せる状況出ないなら衰弱するのを待てばいいだけなのよ、敵はね。だから確率だけで考えればこれでよかったの」
なるほど。俺は彼女の分析に完全に説得されてしまった。しかしこのまま認めるのどうにも気持ちの収まりがつかない。
「じゃあ、敵が攻めてこなかったのは不味かったってことですよね」
「そうね、私達が衰弱しているのを衛星から監視なんてされていたらどうしようもないわね。その時は諦めましょう。けれど望みはあるわ」
絶望的な状況に、一本の期待の蜘蛛の糸を垂らす。それは詐欺師のよく使う人心掌握術だという。
彼女の暮らしていた世界とはそれを無意識にできるほど使いこなせなければ生きていけないところだったのだろう。そう思うと、俺は気が付いていながらもその術中に嵌っていった。
「やっぱり情報て重要なんだね。僕にはとてもとても処理しきれないよ。それで望みって」
「そうね、ここからは有料コンテンツってことかしら」
「え、どういうこと。お金なんて今持っていないけど」
「ねぇ、私を雇ってみないかしら。帰還は私が死ぬまで。報酬はあなたの二年間よ。どうかしら」
「どうっていわれても、どういうこと」
「中級魔法っていったかしら。どんな病気も治せるって聞いたわ。だからね。だから、私の妹の病気を直してほしいの」
不思議に思っていたことがあった。自殺しようとまでしていた彼女が、この絶望的な状況で生にすがりつき始めたのはなぜなのか。
それは、きっと彼女の生ではないのだろう。俺の命。正確には、生還した俺に治療される妹の生。
だからこそ、ここが分水嶺だ。
確かに2年分の魔力はでかい。しかしそれもここから生還しなければ意味がないのだ。
俺の答えは決まっていた。
「わかった。いや、わかりました。私の2年間をあなたに差し上げます。ノダメ、だからあなたの一生を私にください」
なんだか告白じみている。正直
後悔している。
そんなセリフを吐いていた自分に、吐き気がするのだ。
(作者も書いていて吐き気がします。)
「契約成立ね。望みっていうのはね、敵が目的を達成しているかもしれないってことよ」
そして流された。告白していないのに振られた気持ちがわかったような気がする。
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