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-友達-
42 私のせいでも
しおりを挟む色々と気恥ずかしさは残しつつも、陽葵が私と一緒にいてくれる意志を固めてくれている。
それは素直に嬉しかった、一安心。
私の想いが通じたと思っていいのだろう。
柄にもなく、心が弾むのを感じていた。
「白凪さん、ちょっといい?」
「……え?」
と、ルンルン気分で放課後の学校から帰ろうと思っていたら、呼び止められる。
振り返るとそこには北川さんが立っていた。
その一瞬で体が強張ったのは、彼女の声がいつもより平坦で感情の起伏を感じさせなかったから。
「陽葵は先生に呼び出されてるからまだ来ないよ。だから時間あるよね?」
「あ、うん……」
何だろう。
私が何か言うより前に、退路を断たれている感じ。
その凍てついた視線が、悪い予感を想起させた。
「ついて来てよ」
ノーと言えるはずもなく、私は北川さんの後ろに着いて行く事になった。
向かった先は校舎裏だった。
わざわざ外に出て、こんな人目につかない場所を選ぶ時点で、穏便に済まないであろう案件という事は分かった。
「用件、分かるよね?」
壁を背にして振り返った北川さんの声はやっぱり平坦だけど、瞳の鋭さは隠しきれていない。
北川さんにはお世話になっていたから、こんな雰囲気になるのは望んではいなかったのだけど……。
私の行動で、彼女が気に入らない事があるとすれば思い当たるものは一つくらいしかなかった。
「陽葵の進路のこと?」
「そう、それ」
予想は当たったけれど、まさかこんなにも反発を食らうような出来事とも思っていなかった。
内心はハラハラとドキドキのせいで気持ち悪くなりそうだった。
「どういうつもりで誘ったの? わたしと一緒の大学に進学する予定だったのは知ってるよね?」
知っている。
その未来を私は変えたかったのだから。
「知ってたけど、北川さんに対して何かを思っているわけじゃないよ。ただ、個人的に陽葵を誘っただけで」
「だから、何でそんな事したのって聞いてるの。今さら急に」
何でと問われたら……それは陽葵の為を思っての行動なのだけど。
それを説明しても理解してもらえるはずもない。
「友達と一緒にいたいと思うのは普通だよね」
だから、ここは一般論で返すしかない。
自分の気持ちを偽っているわけでもないから、この言葉にも嘘はない。
「そんな軽い気持ちなら取り消して欲しいんだよね」
「……えっと」
北川さんの声音は平坦なまま、言葉だけが強くなっていく。
そのアンバランスさが彼女らしさを取り払っていて、事の重大さを予期させる。
「元々はわたしと陽葵が一緒になるはずだったんだから、いいよね?」
「いや、それは困ると言うか……」
まさか北川さんにここまで大きく反発されるとは思わなかった。
陽葵の決めた事ならすんなりと受け入れてくれるものと思っていたけど、そうもいかないみたいだ。
「北川さんの方こそどうしてそんなにこだわるの? 確か、陽葵とは偶然一緒になったって聞いたけど……」
「偶然じゃなかったら?」
「……え」
偶然じゃないという事は、必然という事で。
つまり北川さんの意志で陽葵と一緒になろうとしていたという事だ。
「分かるでしょ。わたしが陽葵のためにアレコレ動くのも、白凪さんにフォロー入れるのも、そうすると陽葵が喜ぶから。そして、それがわたしの喜びだから」
「……なる、ほど」
ああ……そうだったんだ。
妙に北川さんは面識のない私にまで優しいなとは思っていたけど、それは私が陽葵の友人である事が大きかったんだ。
面と向かって言われるとちょっと抵抗はあるけど、誰彼構わず愛想を振りまいている人よりはすっきりしているし、理屈も通っていて理解も出来る。
でも、その感情は明らかに友人の枠を飛び超えている様にも思えた。
「どうして、北川さんは陽葵の為にそこまでするの?」
「好きだから」
何の装飾もなく吐き出された言葉が刺さる。
「それ以外に何かある?」
返す言葉が見当たらない。
北川さんが最後まで陽葵を案じていた事は知っているから、私自身の至らなさばかりを思い出して心が苦しくなる。
「だからさ、白凪さんの気分一つで陽葵が振り回されるのが納得できないの」
分かっている。
北川さんに反論する資格なんて、私にはない。
でも、それでも……。
「でも選んだのは陽葵だよ」
決めたのは陽葵だから、それが全てだと思う。
これは覆らないし、私も覆すつもりなかった。
「……ずるいよね」
「え?」
「ずるいって、ついこの間まで陽葵の事をテキトーにあしらっておいてさ。気になったらまた呼び戻して、進路まで変えさせてさ。なんでそれでそっちが選ばれるの? 色々やってるわたしが馬鹿見るの?」
「……」
それは、その通りだと思う。
きっと正しいのは北川さんの方だ。
だって、本来の私と陽葵は分かれてしまったんだから。
その後悔をやり直した果てに、まさか北川さんの思いを踏みにじってしまう事になるとは思っていなかったけど。
「……ごめん」
ようやく返せる言葉を絞り出したけれど、北川さんの表情は歪んだ。
「……ムカつくなぁ。謝るくらいなら撤回して欲しいんだけど、自分は何しても陽葵に選ばれるからって調子に乗ってるんじゃない?」
「……そう言われても仕方ないとは思ってるよ」
本当に心の底から私は北川さんの方が正しいと思っている。
きっと、何も知らなければ私は北川さんの言う事に従っていたと思う。
「言葉だけなら何とでも言えるんだよね、わたしの言う事が正しいと思うなら撤回したらいいじゃん」
「本当に思ってるけど、でもそれは出来ない」
それだけは出来ない。
だって……。
「なんでよ」
その答えだけは、覆る事はなかった。
「陽葵が選んだのは北川さんじゃなくて、私だったから」
だって、あなたは陽葵の最後を見届ける事が出来なかった。
理由が何であれ、陽葵はあなたと別れ、私の事を気に掛けていた。
だから、同じことを繰り返すわけにはいかない。
もし、あなたといる事で陽葵が救われたなら、私は喜んで手を引いただろうけれど。
現実はそうじゃなかった。
だから、私は自分自身に賭けてみたい。
どれだけ感情が北川さんを正しいと訴えていても、その結末を知っている私から陽葵を放す事は出来なかった。
「マジ、白凪さんってけっこー性格悪いんだね」
「……そう、なのかな」
「結局、好かれてる私が勝ちですって結論じゃん。その上でこっちにも理解ある態度とるとか、あざとい通り越してウザい」
「……ああ、まぁ、そうだね、その通りだ」
北川さんにだけはそう言われても納得するし、それを言う権利が彼女にはあると思う。
これは、私の過去の過ちの清算の一つなんだと思った。
「せめて、“私の方が好きだから”とかって感情論の方がまだマシ。マウントとられたらそりゃ何も言い返せないよ」
「……すき」
「いいよ、もう。元々負けてたのは分かってたからね。我慢出来なかったらただの腹いせ。言えてすっきりしたよ、若干」
そう言って、少しだけいつもの雰囲気を取り戻した北川さんが去って行く。
その背中を見送りながら、彼女が残した言葉を反芻していた。
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