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後日談
06 楪柚稀 ①
しおりを挟む「……あれ、これは、あたしの体……よね……?」
朝、目が覚めると誰もいない部屋に一人目覚める。
ベッドから体を起こして、何度か地面に足を踏んでみるとその衝撃が自身に返って来る。
久しぶりの体感だった。
「そうか、あたしの意識が強く出ちゃったのね」
とある日から、あたしの意識はもう一人の自分が強く表出されるようになった。
そいつは保守的でつまらない奴だったけど、あたしが壊しかけていた人間関係を全て修復してくれた。
いや、何ならより良い関係を築いてくれた。
それには素直に感謝している。
「つまり、これは恩返しのチャンス……という事か」
きっとこうしてあたしの意識が強く出たのには理由がある。
それがもう一人の自分に対する感謝を示す事だとあたしは結論づけた。
「そうと決まれば即行動あるのみ」
◇◇◇
「あら、ごきげんよう。休日に学院で会うなんて珍しいわね」
先程、部屋を訪ねて反応がなかったため、学院にいるのではと推測したのが正解だった。
涼風千冬が廊下で大量のプリントを両手で抱えていた。
何気ない顔であたしに挨拶をしてくるが、それに相反した荷物の量が気になった。
「おはよう、千冬こそ相変わらずの勤勉さね」
「え、ち、ちふゆっ……!?」
――バサバサッ
「うわ、ちょっと、何してるのよっ」
どういうわけか、挨拶をしただけで手元を震わせた千冬はプリントを床にばら撒いてしまった。
彼女らしくない慌て方に、こちらも動揺してしまう。
「ご、ごめんなさい……ちょっと驚いてしまったわ」
「……しょうがないわね」
床に散ってしまったプリントを屈んで拾う千冬を見て、あたしも同じように拾うのを手伝う。
昔のあたしなら絶対にやらない行為だが、アイツの恋人を無視するわけにはいかない。
「千冬らしくないミスね、いきなりどうしたのよ」
「そ、それよっ」
「……どれ」
語尾を強める千冬に、あたしは意味が分からず眉間に皺を寄せる。
「貴女がいきなり名前で呼ぶから……その……驚いてしまったのよ」
「……ああ」
そう言えばアイツは“千冬さん”と敬称で呼んでいた気がする。
恋人になっても呼び方を変えないという所にあいつの謎の距離感を感じるし、それに純粋に驚く千冬というのも……。
「案外、千冬は可愛い性格をしているのね」
「……っ!」
「……プリントを拾う手が止まっているんだけど」
「ご、ごめんなさいっ」
千冬は顔を赤らめて、プリントを拾う作業を慌てて再開していた。
まぁ……恋人の前で態度が変わるのは当然の事か。
「よし、これで全部ね」
「ええ、ありがとう。助かったわ」
やはり、半分くらいで一人で持つ分にはちょうどの量な気がする。
明らかに一人で持つ量にしては多すぎる。
「これ、生徒会に運ぶ資料なの?」
「ええ、そうだけど」
「なら、あたしも一緒に行くわ」
「え、いいの……かしら」
少し困ったように首を傾げる千冬に、あたしは面倒で溜め息を吐く。
「恋人を助けるくらい当たり前でしょ、これくらいの好意は素直に受け取って」
「……あ、そ、そう言ってくれるなら、受け入れるわ」
「いつでも頼ってちょうだい、あなたの苦労なら喜んで手伝うから」
「あ、ありがとう」
こくこくと静かに千冬は頷く。
恋人の苦労を共にし、距離感が縮まるのならそれでいい。
これがあたしのアイツへの恩返しに少しでもなるのなら。
◇◇◇
生徒会室に着くと、千冬は空いた片手で扉をノックする。
さっきの両手で抱えたままだったら、どうするつもりだったのだろう。
「失礼します」
入室する千冬の後を追って、あたしも生徒会室へ足を踏み入れる。
窓を背に座っていたのは羽金麗だった。
「やぁ、休日にご苦労だったね涼風君」
「いいえ、当然の事です」
「これほどのデータを集めるのは大変だっただろう、すまないね」
「まだ半分あります」
「え、これで半分?」
千冬が麗の机の上に資料を置くと、その後を追うようにあたしも資料を置く。
そこで千冬の背後にいたあたしに気付いたのか、麗の目の奥が光る。
「驚いたな、まさか楪君も一緒に生徒会室に来るなんて」
「大変そうだったから、手伝っただけ」
「そうか……お互いに手を取り合うのは素敵な事だね」
しかし、なぜだろう。
その言葉とは裏腹に、麗と千冬の視線が絡み合って鋭くなっている気がする。
これがアイツの言っていた冷戦状態というやつか。
なるほど、居心地は確かに良くない。
「ありがとう涼風君、下がってくれていいよ。後は私に任せてくれ」
「はい、よろしくお願いします」
頭を下げてから扉に向かう千冬。
あたしも用は済んだので戻ろうと思ったのだが……。
「楪君はちょっと残ってくれるかな?」
「え、何か用があるの?」
聞き返すあたしに対して麗は肩をすくめるだけ。
用件は口にしない。
「……会長」
扉の前で千冬が冷ややかな視線を送る。
「ふふ、取って食べようだなんてしないよ。ただ、個人的に伝えたい事があったから呼び止めただけさ。私は君達のようにクラスが一緒じゃないから楪君と言葉を交わす機会がなくてね」
まぁ、確かに。
他の恋人は全員同じクラスだが、麗だけは先輩だ。
リアンも解消しているから、会話をする機会はかなり限られている。
「……そういう事なら」
渋々ながら納得したのか、含みがありつつも千冬は部屋を出て行った。
あたしと麗だけが残される。
「どうだい、一人の部屋に戻った気分は?」
「快適よ、あたしが望んだ事だもの」
「そうか、それは何よりだ。私はちょっと……複雑だけどね」
「そうなの?」
何の用件があるのかと思えば、ただの世間話か。
「うん、涼風君はいい子だけれど、やはり君と一緒にいる時とは違うからね。ちょっとだけ息苦しさを感じる事もあるんだ」
「……そう、大変なのね」
なんだか回りくどい表現をするな。
恋人と話をしたいなら、もっと気持ちをストレートに伝えろよと思うのだが……。
恐らく、先輩としてのプライドが邪魔しているのだろう。
それか生徒会長として、カリスマと羨望されている存在として、色々なしがらみに囚われているせいかもしれない。
「つまり、“あたしがいなくて寂しい”って解釈でいい?」
「……あ、えっと、そういう事かな」
あたしが要約すると、麗は戸惑いながらも頷く。
全く、千冬も麗もどこか遠回りを選ぶ。
アイツは黙っていたらもっと右往左往するんだから、もっと力づくで引っ張らないとダメだ。
「それならそうとちゃんと言葉で伝えてちょうだい、あたしは素直な表現の方が好きよ」
「そ、そうだね。ごめん。だけど何か楪君、いつもと雰囲気が……」
麗は何かを察しているみたいだが、まさか真実に辿り着くはずもない。
あたしは気にせず麗の横に立つと、彼女はキャスター付きの椅子を半回転させてこちらを向く。
「ふふ、そういう君も寂しいと思ってくれてるって事かな?」
それでも近づいてきたあたしに麗は余裕の笑みを浮かべる。
彼女はあくまで自身のペースを崩さない。
「さぁ、それはどうかしら?」
「……え、おっと」
麗の顎先を掴んで上に持ち上げる。
あたしから覗き込むように互いの瞳を見合った。
「余裕なのは構わないけれど、あたしはもっと力づくで来てくれる方が好きだから。これくらいは求めてくれないと、他を選ぶ可能性を忘れないでね?」
「……な、なるほど。てっきり、君は直接的なのは苦手かと思っていたよ」
「あたしも寂しいのよ。だから誰よりも求めてくれる人を望んでいる、分かった麗?」
「そ、そうなんだ……善処するよ」
普段は麗が主導権を握っている印象だったが、今回はあたしが握る事が出来たと思う。
恋人になったのだから、もっと求め合ってもらわないとね。
「……な、名前で呼ばれた」
小声で頬を染めている彼女を見ると、こういうのも悪くはないのだろう、きっと。
しかし、名前で呼ぶのってそんなに効果的なんだな。
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