28 / 36
27 乙女心は難しい
しおりを挟む「ここなら問題ないわね」
「あ、うん……」
氷乃に連れて来られたのは中庭だった。
春の終わりの時期とは言え、気温は上下しやすく、特に今日は風が強めなので人の姿はない。
「だけど、何でこんな所に?」
あたしは弁当を食べるだけだから、教室か食堂でいいのだが。
氷乃がこの場所を選んだ理由が分からなかった。
「いいから、座りなさい」
「あ、はい」
氷乃に催促され、隣同士でベンチに腰を下ろす。
なんだこれ。
「それで、どうしたらいいんだ……?」
「貴女は昼食を食べながら、百合について勉強しましょうか?」
氷乃さんが暴走しておられます。
「えっと、おかしなことを言っている自覚はあるかな?」
「貴女が私を勉強不足だと煽ってきたのでしょう?」
いや、あたしは仲良くしようぜマインドを伝えたかったんだけど……。
完全に裏目に出てしまったようだ。
もう、ここは大人しく言う事を聞くほかあるまい。
「なんでしょう、氷乃さん」
「お弁当箱を開けなさい」
「あ、はい……」
弁当箱を開けるように人に指示されるのって人生で初めてかもしれない。
訳が分からない体験だが、氷乃との関係性がおかしいのは今に始まったことではない。
パカッと開くと、ハンバーグやサラダの詰まったお弁当がそこにはあった。
「箸を貸しなさい」
「え? ムリ」
思わず即答、そして秒で睨まれる。
「いいから貸しなさい」
「あたしの弁当、取らないでよ……?」
「取らないわよ」
あ、それはそれで何か嫌な響きだな。
このママお手製のお弁当はなかなか美味しいんだぞ。
ちょっとだけマザコンが出てしまった。
氷乃に箸を渡す。
「あ、やっぱり食べてもいいよ?」
きっと氷乃もこのお弁当を食べたら評価を改めるに違いない。
次回からはヨダレを垂らしてあたしのお弁当箱を羨むことになるだろう。
だから、食べてみてもいいと心変わりした。
「要らないと言っているでしょう……」
「このハンバーグはママがタネから作っていて冷めても美味しいぞ?」
「私の話を聞いてもらえるかしら?」
「肉の気分じゃないならサラダもいいぞ。ママは自分で野菜も育ててるから、ただのサラダだと思って食べるとビックリすると思う」
「……」
氷乃が黙ってしまった。
なるほど、あたしのプレゼンを聞いてどれにしようかと頭を悩ませているのだろう。
価値が少し伝わったようで安心した。
「貴女のおすすめは?」
「やっぱりハンバーグかな」
あたしはサラダも好きだが、やはりお肉が好きだ。
最初はサラダを食べた方が太りづらいとは聞くけれど、あたしはそんな事を気にしてまでご飯を食べたくないのだ。
……だから痩せないんだという分かりきったツッコみは控えるように。
「そう、分かったわ」
氷乃がハンバーグを割って、摘まむ。
そのまま持ち上げて、あたしの口元へ運ぶ。
……ん? あたしの口元?
「氷乃?」
「ほら、どうしたの。食べなさい」
「こ、これは……まさか」
そこでようやくあたしは氷乃の意図に気付く。
「そう“あーん”よ」
あーん、で意中の相手にご飯を食べさせる。
確かにこれは恋愛ものなら定番すぎるほどの展開だ。
だが、しかし、あたしには疑問が残る。
「待ってくれ氷乃、これは本当に百合なのか……?」
よく男女関係で目にするこコレは果たして百合展開と言えるのだろうか?
「勘違いしているようだけれど、百合だからと言って特別そんな大きな違いというものは存在しないのよ」
「ま、マジで……?」
「同性同士の葛藤や、同性同士だからこそ共有し合える価値感に違いはあれど。分かりやすい展開においては、そう大きな差異はないの」
知らなかった。
まさかあーんで百合展開になってしまうとは。
「受け取り方は人それぞれだけど、会話しているだけでも百合と解釈する人もいるわ」
「何でもアリすぎないかっ!?」
てことは、もはやあたしと氷乃が会話している時点で百合なのか……?
いや、待て。
「そういう人もいるということ」
「でも待ってくれっ。それをアリにするなら、この学校の女子生徒同士も百合って事になるじゃないかっ」
「貴女はそう思うの?」
氷乃に問いを返される。
いや、冷静に考えてそんなはずはない。
それを百合とするなら世の中は百合だらけになってしまう。
何か条件があるはずだ……はっ、そうかっ。
「恋愛か、恋愛感情をもった瞬間にそれは“百合”に成り得るんだな!?」
基本的な事を忘れていた。
鍵は恋愛感情の有無なのだ。
特別な感情を抱いた瞬間に、お互いに交わすやり取りの意味は変わってしまう。
そこに百合と呼ばれる展開が生まれるのだ。
これなら女子生徒同士は百合にはならない。
そして設定上は主人公とヒロインであるあたしたちは、この“あーん”が百合展開に変わるわけだ。
なるほど、完全に理解した。
「いえ、恋愛感情がなくても女の子同士で仲睦まじくしているだけで百合と捉える人もいるわ」
「見境がなさすぎる!?」
なんだそれっ、百合ってテキトーすぎないかっ。
じゃあ、ムリじゃんっ。
線引きムリじゃんっ。
「そう、この世界は奥が深いのよ。それを貴女が教えてくれるのでしょう?」
「……え、そうなるのか?」
いや、曖昧すぎてもう分からん。
ていうかやっぱり氷乃の方が百合に対する造詣が深いじゃん。
……ま、いいか。
あたしにとってのミッションは昼食を氷乃と一緒に食べること。
それがクリアできるなら何でもよくなってきた。
「はい、あーん」
「……あーん」
氷乃に箸を口元に運ばれ、あたしは言われるがまま口を開く。
口内から舌の上にハンバーグを置かれる。
箸が口から出たのを確認して、あたしは咀嚼を始めた。
冷めていてもお肉のジューシーさとスパイスの効いた味わいが広がる。
「どう、美味しいかしら?」
「まあ、うん、美味いよ」
あたしはもぐもぐと咀嚼し、氷乃は冷めた表情でそれを見つめる。
「……」
「……」
なんだろう。
お互いに変な空気だ。
いや、これは決してあーんにときめいているとかそんな空気ではない。
違和感だ。
本来であれば恋愛で弾むはずの感情が動かない事について、あたしたちは違和感を覚えている。
「あのさ」
「何かしら」
「何でも“あーん”すれば百合、もとい恋愛展開になるとは限らないんじゃないか?」
「……やはり、そうなのかしら」
氷乃もそのこと気付きつつも、その根本的理由にまで追いつけていない様子だ。
「例えばだけど、こういうのって氷乃がお手製のお弁当を作ってくれたりした方が効果ある気がする」
「……そういうことなの?」
そうだ。
恋愛が感情である限り、その行動も感情に紐づいていなければならない。
行動そのものに囚われてしまったあたしたちは、それを見落としていたのだ。
「でもその理論で言うなら、“パフェであーん”はどうなるの? あれも他人が作ったものじゃない」
それも恐ろしいほど定番の場面だが、ちゃんと説明がつく。
「アレはお金という対価を払っているからね。 “お金で得た対価”を誰かに譲ってるんだから、それは特別なものだし、感情も伝わるよ」
「一理あるわね……」
ふむふむ、と氷乃が素直に頷いてくれる。
奇しくも恋愛感情の勉強にはちゃんとなっている気がする。
そしてあたしは手元にあるお弁当箱に視線を落とす。
「言ってもコレはママが作ってくれたお弁当で、ママの気持ちだからね。それを氷乃に食べさせてもらっても氷乃の気持ちは伝わらないというか……」
いや、絶対にそうとは言わないけどね。
でも半減はしちゃう気がするな。
「……感情一つでここまで受け取り方が変わるなんて。恋愛って難しいわ」
ほ、ほんとだね……。
あたしたちは何とも言えない空気のまま、吹いた春風にぶるりと身を震わせるのだった。
2
あなたにおすすめの小説
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
かつて絶交した幼馴染と再会できたなら、その時はあなたを二度と離さないと決めていました。
白藍まこと
恋愛
白凪雪(しろなゆき)は高校時代、唯一の親友で幼馴染の羽澄陽葵(はすみひなた)と絶交してしまう。
クラスで他者との触れ合いを好まない雪と、クラスの中心的人物である陽葵による価値観のすれ違いが原因だった。
そして、お互いに素直になれないまま時間だけが過ぎてしまう。
数年後、社会人になった雪は高校の同窓会に参加する。
久しぶりの再会にどこか胸を躍らせていた雪だったが、そこで陽葵の訃報を知らされる。
その経緯は分からず、ただ陽葵が雪に伝えたい思いがあった事だけを知る。
雪は強い後悔に苛まれ、失意の中眠りにつく。
すると次に目を覚ますと高校時代に時間が巻き戻っていた。
陽葵は何を伝えようとしていたのか、その身に何があったのか。
それを知るために、雪はかつての幼馴染との縁を繋ぐために動き出す。
※他サイトでも掲載中です。
ハナノカオリ
桜庭かなめ
恋愛
女子高に進学した坂井遥香は入学式当日、校舎の中で迷っているところをクラスメイトの原田絢に助けられ一目惚れをする。ただ、絢は「王子様」と称されるほどの人気者であり、彼女に恋をする生徒は数知れず。
そんな絢とまずはどうにか接したいと思った遥香は、絢に入学式の日に助けてくれたお礼のクッキーを渡す。絢が人気者であるため、遥香は2人きりの場で絢との交流を深めていく。そして、遥香は絢からの誘いで初めてのデートをすることに。
しかし、デートの直前、遥香の元に絢が「悪魔」であると告発する手紙と見知らぬ女の子の写真が届く。
絢が「悪魔」と称されてしまう理由は何なのか。写真の女の子とは誰か。そして、遥香の想いは成就するのか。
女子高に通う女の子達を中心に繰り広げられる青春ガールズラブストーリーシリーズ! 泣いたり。笑ったり。そして、恋をしたり。彼女達の物語をお楽しみください。
※全話公開しました(2020.12.21)
※Fragranceは本編で、Short Fragranceは短編です。Short Fragranceについては読まなくても本編を読むのに支障を来さないようにしています。
※Fragrance 8-タビノカオリ-は『ルピナス』という作品の主要キャラクターが登場しております。
※お気に入り登録や感想お待ちしています。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる