【完結済】王女様の教育係 〜 虐げられ続けた元伯爵妻は今、王太子殿下から溺愛されています 〜

鳴宮野々花

文字の大きさ
36 / 75

36. 執拗な元夫

 はぁはぁと肩で息をしながら、私はできる限り早足で歩く。広い王宮を必死で進み、建物の外に出て、ようやく門の近くまで行くと、衛兵たちがヴィントを取り囲むようにして立っているのが見えた。

(……っ!!)

 やっぱり。あいつだ。どうして……っ?!

 私と目が合ったヴィントは、ニヤリと口角を上げた。

「おお、やっと来たかミラベル。本当に王宮勤めなんかしてるんだな、お前。こっちがどれだけ探したと思ってやがる」
「……ごめんなさい。私の知り合いなんです。少し、二人きりにしていただけますか」

 周囲に集まっていた厳しい表情の衛兵たちにそう伝えると、彼らは納得のいかない顔をしつつも私たちから距離をとった。そして離れたところから、じっとこちらを見ている。これ以上ヴィントに騒がれたら困る。

「なぁ、こっちに出てこいよミラベル。話をしようじゃねぇか」
「……出ていきません。一体なぜ私がここにいることが分かったんです。用件は何ですか」

 重厚な門を挟んで、私たちは向かい合った。ヴィントは門に両手をかけ舌打ちをする。

「てめぇ……。偉そうな態度をとりやがって。居所なんか簡単に調べたさ。お前が通っていた学園まで出向いて、お前と手紙のやり取りをしていた教師の一人に聞き出したんだ。……ハンスが出て行った。うちにはもう使用人が一人もいなくなったんだよ」

 ……わざわざ学園まで行ったなんて。そこで手当たり次第私の居所を聞いてまわったのだろうか。

(ハンスさん……。無事にハセルタイン伯爵家を出て行ったのね。よかった)

 私があの屋敷を出る時に、急いで私の荷物をまとめ、なけなしのお金とともに手渡してくれた親切な彼のことを思い出す。どうかもっといい仕事が見つかりますように。

「だからうちには使用人が必要だ。お前、すぐに戻って来い」

 ……この人、何を言っているんだろう。馬鹿なのかな。や、知ってたけど。

「……戻るはずがないでしょう。あなた、自分が私にどんな仕打ちをしていたか、忘れたの?毎日懸命に働く私を尻目に愛人たちと遊び回り、私に暴力をふるい、ついには離婚してまで私を無給の労働者として酷使して……。そんな場所に、私が戻ると本気で思ってるわけ?とっとと帰って」

 話しているうちに結婚生活の苦労や苦しみが次々に思い出され、目の前の男に対して激しい怒りが湧いてくる。あの頃ずっと我慢していたものを吐き出すように、私は言った。

「私は今この王宮でやりがいのある仕事をして、毎日充実した幸せな日々を送っているの。それなのに、好き好んであなたの元になど戻るはずがないでしょう。よくわざわざここまで来ようと思ったものね。今ここで騒ぎを起こせば、あなた拘束されるわよ。大人しく帰って」

 私の言葉に、ヴィントがギリ……、と歯軋りをして、こちらを睨みつける。

「偉そうな態度をとりやがって!てめぇの方こそ、うちに受けた恩を忘れやがったのか!間抜けなてめぇの親父が借金まみれになったのにどうにか生き延びていられたのは、てめぇが俺と結婚したおかげだろうが。なら恩をしっかり返せよ!グダグダ言わずに早くうちに戻って働け!!」
「……ええ。たしかにクルース子爵家はあの頃、ハセルタイン伯爵家とのご縁を結ぶことによって、どうにか持ちこたえることができましたわ。だけど、その分のご恩でしたらもうとっくに返し終わっているつもりです。あなた方が、私の両親や領民たちが最低限生活していける程度に援助してくださっていた金額以上の利益なら、とうに出しました。あなたのご両親の死後など、私はたった一人で必死で領地経営をやりくりしていましたわ。何度も申し上げましたよね?どうかあなたもブリジットさんも、もっと倹約して欲しいと。私一人がこんなに切り詰めて生活していても、これじゃ取り返しがつかないことになると。……失礼ながら、あなた一人で切り盛りしていたらとうに潰れていたはずのあのハセルタイン家を、あそこまで維持させていたのは私の手腕です。私は必死でした、ヴィント様。精一杯やったつもりです。それでも、ああなってしまった。……今のハセルタイン家の現状は、全てあなたの責任ですわ」
「っ!!き……、貴様……っ!」

 語りはじめたら止まらない。恨み辛みならいくらでも出てくる。話せば話すほどに怒りがこみ上げ、私は長い間溜め込んでいたこの人への恨みをぶち撒けた。でも間違ったことは何も言っていないはずだ。

「私はもう知りません。とうにあなたから離婚された身ですしね。離婚後は無給の使用人として働かされていましたが、もう結構ですわ。その頃のお給金はいりませんので。……ですから、もう二度と私には関わらないでくださいませ。ブリジットさんとどうぞ仲良く頑張ってください。お家再興をお祈りしておりますわ」

 心にもないことを言い、私はヴィントに背を向けた。

「おいっ!待ちやがれ!まだ話は終わってねぇぞ!」
「……。」

 騒ぎを起こすなと言っているのに、なぜこんな大声を上げるのか。
 衛兵たちの目を気にしながら、私はもう一度ヴィントの方を向く。

「……知りませんよ。拘束されても。もう私とあなたは無関係なのですから、私はそう言い張りますよ。しつこくつきまとわれている相手だって」
「く……っ!……お前、王宮勤めなんかしてるってことは、相当いい給金を貰ってるんだろうが。俺に分け前をよこせよ。長い間屋敷に置いてやって、面倒見てきてやったんだぞ。その俺に、最後に少しぐらい恩返ししたってバチは当たらないんじゃないのか?!」

 ……だから、恩返しというのならもう私の働きによって充分に返し終わったつもりだと。さっきそう言ったじゃないの。
 それに、大人しく帰ってほしいからってここで一度でもお金を渡してしまったら、この男のことだ、絶対に味をしめてこれから先もずっと私にたかり続けるに決まってる。

 爪を立てて門を掴みながら血走った目で私を睨みつけるヴィントに、私は宣告した。

「あなたにあげるお金なんてないわ。とっとと帰って!二度と会いに来ないでね。さよなら」
「っ!!……おいっ!待ちやがれミラベル!!……クソッ!!」

 ヴィントが悪態をつくのが聞こえてきたけれど、私は振り返らなかった。けれど、堂々としたそぶりで王宮に戻りながらも、一抹の不安が残った。これですんなり諦めてくれるだろうか。これ以上何度も騒ぎを起こせば、私はもうここにはいられなくなるかもしれない。

「自分ばっかりいい思いしてんじゃねーぞミラベル!!覚えてろよ!!」

 元夫の恨み言が、私の背中に突き刺さった。





あなたにおすすめの小説

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

《完》わたしの刺繍が必要?無能は要らないって追い出したのは貴方達でしょう?

桐生桜月姫
恋愛
『無能はいらない』 魔力を持っていないという理由で婚約破棄されて従姉妹に婚約者を取られたアイーシャは、実は特別な力を持っていた!? 大好きな刺繍でわたしを愛してくれる国と国民を守ります。 無能はいらないのでしょう?わたしを捨てた貴方達を救う義理はわたしにはございません!! ******************* 毎朝7時更新です。

【完結】王妃はもうここにいられません

なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」  長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。  だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。  私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。  だからずっと、支えてきたのだ。  貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……  もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。 「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。  胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。  周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。  自らの前世と、感覚を。 「うそでしょ…………」  取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。  ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。 「むしろ、廃妃にしてください!」  長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………    ◇◇◇  強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。  ぜひ読んでくださると嬉しいです!

9番と呼ばれていた妻は執着してくる夫に別れを告げる

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から言いたいことを言えずに、両親の望み通りにしてきた。 結婚だってそうだった。 良い娘、良い姉、良い公爵令嬢でいようと思っていた。 夫の9番目の妻だと知るまでは―― 「他の妻たちの嫉妬が酷くてね。リリララのことは9番と呼んでいるんだ」 嫉妬する側妃の嫌がらせにうんざりしていただけに、ターズ様が側近にこう言っているのを聞いた時、私は良い妻であることをやめることにした。 ※最後はさくっと終わっております。 ※独特の異世界の世界観であり、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。