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43. 溢れる想い(※sideセレオン)
「口づけでもなさるのかと思いましたよ。全く……、少し落ち着いてください、殿下」
ミラベル嬢が部屋を出ていくやいなや、ジーンが私のそばにやって来て小さな声で言った。その声には揶揄するような響きもなく、彼が真面目に言っているのだと理解できた。
「……分かっている」
そんなことをするつもりがあろうはずがない。
そうきっぱりと、言い切ることはできなかった。
アリューシャが部屋に飛び込んできた時、私は急ぎの書類に次々と目を通しているところだった。しかし彼女の言葉を聞いた途端、すでにもう無意識に立ち上がっていた。
ダイアナが何故、わざわざミラベル嬢を連れて二人で?万が一にもよからぬことを企んでいては大変だ。ミラベル嬢の身に何かあっては……。
そんな不安が頭をよぎり、我々が確認してまいりますからと私を制すジーンの言葉も振り切って、私は急ぎ庭園を目指した。
結果、行ってよかった。まさかあんな光景を目の当たりにするとは。あの無礼な乱暴者をこの手でミラベル嬢から引き剥がし怒鳴りつけたことで、わずかに溜飲は下がった。が、もちろん、奴のしでかしたことに対して厳しい罰を与えるのは当然のことだ。
(……あれが、ミラベル嬢の元夫か……)
ヴィント・ハセルタイン伯爵。彼女が白い結婚を続けていたという相手。彼女を粗末に、乱暴に扱い、不幸にした挙げ句大きな怪我まで負わせた男。
そんな奴がミラベル嬢の腕を掴み、髪を引っ張っていた。
目にした瞬間、理性が飛んだ。王太子という立場でありながら、護衛たちより先に奴の元に向かい、突き飛ばし、この手でミラベル嬢を抱き寄せてしまった。
あの瞬間は、彼女を守ること以外に何も考えられなかった。
彼女が不憫でならず、誰にも触らせずに自室に連れ帰り、手ずから手当てを施した。俯きまつ毛を震わせるミラベル嬢は可憐でいじらしく、彼女に対する愛情はもうこの胸から溢れ出さんばかりで、抑えようもなかった。我ながら未熟なものだ。きっとこの部屋の中にいた誰もが、私の気持ちを察してしまったことだろう。
一人の女性に対して、ここまで愛おしいという感情を持ったことがなかった。
腫れてしまった頬に優しく薬を塗り込みながら、至近距離で見つめた時、あの赤く色づいた唇に自らのそれを重ねたい衝動が湧き上がったのも事実だった。
この人を、この手に得ることができたなら。
そんな想いが日増しに強くなっていく。
簡単に叶う想いではないことはよく分かっている。私はこの王国の王太子であり、たとえミラベル嬢が心優しく優秀な人であろうとも、好きだからこの人を、などという理由で結婚相手を選ぶことなどできない。そもそもミラベル嬢がそれを望んでくれるのかも分からないし、ましてや私にはすでに有力な婚約者候補の令嬢がいるのだから。
(さっきの出来事により、そのうちの一人はもう候補から外れたがな……)
ダイアナ・ウィリス。彼女も彼女なりに、この地位を得るまでに努力を重ねてきたのだろう。母や私から説教されたことで天より高い彼女のプライドに大きな傷がついてしまったであろうことも、想像に難くない。
だが、やはり彼女に王太子妃の素質はなかった。もしもミラベル嬢が彼女と同じ立場に置かれたとしたら……、ミラベル嬢なら下位貴族の教育係に向かって見下すような発言はしないだろうし、なりふり構わず王宮から追い出そうと汚い手を使ったりも、決してしないはずだ。
(……また私は、彼女のことを考えてしまっている……)
ミラベル嬢が私の婚約者候補の立場だったなら、などと。
そんな都合の良い夢想をしている場合ではないというのに。
「……。」
さっき庭園でとっさに駆け寄り抱きしめた、彼女の細く柔らかな感触を、ふわりと鼻腔をくすぐった彼女の髪の甘い香りを思い出す。
胸が疼き、私は静かに深く息を吐いた。
ミラベル嬢が部屋を出ていくやいなや、ジーンが私のそばにやって来て小さな声で言った。その声には揶揄するような響きもなく、彼が真面目に言っているのだと理解できた。
「……分かっている」
そんなことをするつもりがあろうはずがない。
そうきっぱりと、言い切ることはできなかった。
アリューシャが部屋に飛び込んできた時、私は急ぎの書類に次々と目を通しているところだった。しかし彼女の言葉を聞いた途端、すでにもう無意識に立ち上がっていた。
ダイアナが何故、わざわざミラベル嬢を連れて二人で?万が一にもよからぬことを企んでいては大変だ。ミラベル嬢の身に何かあっては……。
そんな不安が頭をよぎり、我々が確認してまいりますからと私を制すジーンの言葉も振り切って、私は急ぎ庭園を目指した。
結果、行ってよかった。まさかあんな光景を目の当たりにするとは。あの無礼な乱暴者をこの手でミラベル嬢から引き剥がし怒鳴りつけたことで、わずかに溜飲は下がった。が、もちろん、奴のしでかしたことに対して厳しい罰を与えるのは当然のことだ。
(……あれが、ミラベル嬢の元夫か……)
ヴィント・ハセルタイン伯爵。彼女が白い結婚を続けていたという相手。彼女を粗末に、乱暴に扱い、不幸にした挙げ句大きな怪我まで負わせた男。
そんな奴がミラベル嬢の腕を掴み、髪を引っ張っていた。
目にした瞬間、理性が飛んだ。王太子という立場でありながら、護衛たちより先に奴の元に向かい、突き飛ばし、この手でミラベル嬢を抱き寄せてしまった。
あの瞬間は、彼女を守ること以外に何も考えられなかった。
彼女が不憫でならず、誰にも触らせずに自室に連れ帰り、手ずから手当てを施した。俯きまつ毛を震わせるミラベル嬢は可憐でいじらしく、彼女に対する愛情はもうこの胸から溢れ出さんばかりで、抑えようもなかった。我ながら未熟なものだ。きっとこの部屋の中にいた誰もが、私の気持ちを察してしまったことだろう。
一人の女性に対して、ここまで愛おしいという感情を持ったことがなかった。
腫れてしまった頬に優しく薬を塗り込みながら、至近距離で見つめた時、あの赤く色づいた唇に自らのそれを重ねたい衝動が湧き上がったのも事実だった。
この人を、この手に得ることができたなら。
そんな想いが日増しに強くなっていく。
簡単に叶う想いではないことはよく分かっている。私はこの王国の王太子であり、たとえミラベル嬢が心優しく優秀な人であろうとも、好きだからこの人を、などという理由で結婚相手を選ぶことなどできない。そもそもミラベル嬢がそれを望んでくれるのかも分からないし、ましてや私にはすでに有力な婚約者候補の令嬢がいるのだから。
(さっきの出来事により、そのうちの一人はもう候補から外れたがな……)
ダイアナ・ウィリス。彼女も彼女なりに、この地位を得るまでに努力を重ねてきたのだろう。母や私から説教されたことで天より高い彼女のプライドに大きな傷がついてしまったであろうことも、想像に難くない。
だが、やはり彼女に王太子妃の素質はなかった。もしもミラベル嬢が彼女と同じ立場に置かれたとしたら……、ミラベル嬢なら下位貴族の教育係に向かって見下すような発言はしないだろうし、なりふり構わず王宮から追い出そうと汚い手を使ったりも、決してしないはずだ。
(……また私は、彼女のことを考えてしまっている……)
ミラベル嬢が私の婚約者候補の立場だったなら、などと。
そんな都合の良い夢想をしている場合ではないというのに。
「……。」
さっき庭園でとっさに駆け寄り抱きしめた、彼女の細く柔らかな感触を、ふわりと鼻腔をくすぐった彼女の髪の甘い香りを思い出す。
胸が疼き、私は静かに深く息を吐いた。
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