60 / 77
60. 不思議な護衛兵
しおりを挟む
その後はしばらく、セシルとビクトール殿下との会話が続いた。そして一段落した頃、ふいにセシルが殿下に言った。
「殿下、早速ですが、我々はこのままシアーズ男爵邸へ出向こうと思います」
「ああ。早い方がいいだろうね。もたもたしている間に、いろいろと余計な小細工を整えられても面倒だろう」
「ええ。つきましては非常に厚かましいお願いではあるのですが……非番の護衛兵を、何名かお貸しいただけないでしょうか」
セシルのその言葉に、殿下は承知しているとばかりに静かに頷いた。
「構わない。サイラスも連れて行くといい。彼がいれば心強いだろう」
殿下がそう言うと、その背後にズラリと並んでいる近衛の中で特に細身の男性が、目を丸くして殿下の方を見た。
「俺ですか?」
「うん。お前、午後は休みを出す。セシルと共に行っておいで」
ビクトール殿下は首だけ後ろに向け、歌うような軽い口調でその男性に告げる。
「殿下……。お心遣い、感謝いたします」
そんな殿下に対し、セシルは丁寧にお礼の言葉を述べていた。
ビクトール王太子殿下の前を辞した後、ユーリを片腕に抱き王太子宮のだだっ広い回廊を歩きながら、セシルが私を気遣うように言った。
「ティナ、疲れているだろうが、このまま君の実家、シアーズ男爵家に向かう。万が一向こうがよからぬことを企んでいる場合を考えて、できるだけ準備を整えさせたくはない」
「ええ、分かっているわセシル。私は大丈夫よ。ありがとう。このまま行きましょう」
「そうですね。行きましょう行きましょう」
「ひゃっ!!」
突然背後から聞き慣れない男性の声がして、私は思わず声を上げ、振り返った。そこには先ほど殿下からサイラスと呼ばれた護衛の方が、ニコニコしながら立っていた。パープルグレーの髪は癖っ毛なのか、あちこちの方向にピョンピョン跳ねている。人懐っこそうなヘーゼルの瞳が印象的な青年だった。近くで見るとうっすらとそばかすがあって、どことなく可愛らしい雰囲気だ。王太子殿下の近衛をしているなんて、一見した限りでは信じられないほど飄々としていて、おまけにすごく痩せている。けれど……。
(い、いつの間に私の後ろにいたんだろう。謁見室を出る時は、たしかに三人だけだったのに……)
「サイラス。ティナが驚いているだろう。近くに来たのなら普通に声をかけろよ」
セシルが呆れたようにそう声をかけても、彼は悪びれた様子もなくフフンと笑った。
「普通に声をかけたつもりだけど? ……はじめまして、奥様。セシルの同僚の、あ、もう元同僚か。サイラスと申します。以後お見知り置きを。今日はどうぞ、よろしくお願いしますね。それは俺からの、ほんのお近づきのしるしです」
「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします……。え? お近づきの、しるしって……?」
何のことだろう。
訳が分からないけれど、サイラスさんの視線に誘導されるように、私は自分の体を見下ろしてみた。すると。
「えっ!?」
(い、いつの間に……っ!?)
私の左手首に、草花を編んで作られた可愛らしいブレスレットが着けられていた。その手首を顔の前に上げ呆然と見つめていると、セシルの腕に抱かれたユーリがキャッキャと手を叩いてはしゃいだ。
「わぁっ! ままいいなー! かわいいねまま!」
(……んっ!?)
そうはしゃぐユーリの耳の上にも、まるで髪飾りのように草花が飾られていたのだった。
はしたなくも口をあんぐりと開けたまま、私はサイラスさんを見つめる。この人は一体何なのだろう。手品師か何か……?
「ティナ、この通りサイラスは身のこなしが尋常じゃなく速いんだ。剣術の腕前も含め、そばにいてくれれば心強い。今日はこいつにも、君とユーリの護衛をしてもらうつもりだ」
「はい。そういうことですので、どうぞ俺にお任せを。奥様とお坊ちゃまには、誰にもかすり傷一つつけさせないとお約束いたしますよ。では、行きましょう行きましょう」
「……」
(この風貌で剣術の腕前も確かなのか……すごいわね)
不思議な人だけど、なんだか頼もしい……気がする。
そんなサイラスさんをはじめとする五名ほどの護衛兵と馬車を一台、ビクトール殿下からお借りし、私たち一行はシアーズ男爵家へと向かったのだった。
「殿下、早速ですが、我々はこのままシアーズ男爵邸へ出向こうと思います」
「ああ。早い方がいいだろうね。もたもたしている間に、いろいろと余計な小細工を整えられても面倒だろう」
「ええ。つきましては非常に厚かましいお願いではあるのですが……非番の護衛兵を、何名かお貸しいただけないでしょうか」
セシルのその言葉に、殿下は承知しているとばかりに静かに頷いた。
「構わない。サイラスも連れて行くといい。彼がいれば心強いだろう」
殿下がそう言うと、その背後にズラリと並んでいる近衛の中で特に細身の男性が、目を丸くして殿下の方を見た。
「俺ですか?」
「うん。お前、午後は休みを出す。セシルと共に行っておいで」
ビクトール殿下は首だけ後ろに向け、歌うような軽い口調でその男性に告げる。
「殿下……。お心遣い、感謝いたします」
そんな殿下に対し、セシルは丁寧にお礼の言葉を述べていた。
ビクトール王太子殿下の前を辞した後、ユーリを片腕に抱き王太子宮のだだっ広い回廊を歩きながら、セシルが私を気遣うように言った。
「ティナ、疲れているだろうが、このまま君の実家、シアーズ男爵家に向かう。万が一向こうがよからぬことを企んでいる場合を考えて、できるだけ準備を整えさせたくはない」
「ええ、分かっているわセシル。私は大丈夫よ。ありがとう。このまま行きましょう」
「そうですね。行きましょう行きましょう」
「ひゃっ!!」
突然背後から聞き慣れない男性の声がして、私は思わず声を上げ、振り返った。そこには先ほど殿下からサイラスと呼ばれた護衛の方が、ニコニコしながら立っていた。パープルグレーの髪は癖っ毛なのか、あちこちの方向にピョンピョン跳ねている。人懐っこそうなヘーゼルの瞳が印象的な青年だった。近くで見るとうっすらとそばかすがあって、どことなく可愛らしい雰囲気だ。王太子殿下の近衛をしているなんて、一見した限りでは信じられないほど飄々としていて、おまけにすごく痩せている。けれど……。
(い、いつの間に私の後ろにいたんだろう。謁見室を出る時は、たしかに三人だけだったのに……)
「サイラス。ティナが驚いているだろう。近くに来たのなら普通に声をかけろよ」
セシルが呆れたようにそう声をかけても、彼は悪びれた様子もなくフフンと笑った。
「普通に声をかけたつもりだけど? ……はじめまして、奥様。セシルの同僚の、あ、もう元同僚か。サイラスと申します。以後お見知り置きを。今日はどうぞ、よろしくお願いしますね。それは俺からの、ほんのお近づきのしるしです」
「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします……。え? お近づきの、しるしって……?」
何のことだろう。
訳が分からないけれど、サイラスさんの視線に誘導されるように、私は自分の体を見下ろしてみた。すると。
「えっ!?」
(い、いつの間に……っ!?)
私の左手首に、草花を編んで作られた可愛らしいブレスレットが着けられていた。その手首を顔の前に上げ呆然と見つめていると、セシルの腕に抱かれたユーリがキャッキャと手を叩いてはしゃいだ。
「わぁっ! ままいいなー! かわいいねまま!」
(……んっ!?)
そうはしゃぐユーリの耳の上にも、まるで髪飾りのように草花が飾られていたのだった。
はしたなくも口をあんぐりと開けたまま、私はサイラスさんを見つめる。この人は一体何なのだろう。手品師か何か……?
「ティナ、この通りサイラスは身のこなしが尋常じゃなく速いんだ。剣術の腕前も含め、そばにいてくれれば心強い。今日はこいつにも、君とユーリの護衛をしてもらうつもりだ」
「はい。そういうことですので、どうぞ俺にお任せを。奥様とお坊ちゃまには、誰にもかすり傷一つつけさせないとお約束いたしますよ。では、行きましょう行きましょう」
「……」
(この風貌で剣術の腕前も確かなのか……すごいわね)
不思議な人だけど、なんだか頼もしい……気がする。
そんなサイラスさんをはじめとする五名ほどの護衛兵と馬車を一台、ビクトール殿下からお借りし、私たち一行はシアーズ男爵家へと向かったのだった。
841
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!
柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」
『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。
セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。
しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。
だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
婚約者に値踏みされ続けた文官、堪忍袋の緒が切れたのでお別れしました。私は、私を尊重してくれる人を大切にします!
ささい
恋愛
王城で文官として働くリディア・フィアモントは、冷たい婚約者に評価されず疲弊していた。三度目の「婚約解消してもいい」の言葉に、ついに決断する。自由を得た彼女は、日々の書類仕事に誇りを取り戻し、誰かに頼られることの喜びを実感する。王城の仕事を支えつつ、自分らしい生活と自立を歩み始める物語。
ざまあは後悔する系( ^^) _旦~~
小説家になろうにも投稿しております。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる