トラウマ持ち令嬢と潔癖王子の白い結婚契約は撤回されました 〜 白くない結婚を目指します! 〜

鳴宮野々花@書籍4作品発売中

文字の大きさ
39 / 51

39. どうにかしたい

しおりを挟む
 互いの想いを伝え合った、あの日。
 甘えるように膝の上に身を寄せるクリス様の背を撫でながら、私は満ち足りた幸福に包まれていた。
 愛する人に、同じ想いを返してもらえる。その事実に私は夢見心地だった。クリス様に触れることにも、嫌悪感がない。このままいけば、きっと近いうちに、私たちは……。ううん、もちろんクリス様次第ではあるけれど……。
 でも、やはり冷たい水の中に落ちてずぶ濡れになってしまったのがいけなかったのか、その夜から私は熱を出した。元々少し体調が悪いような気もしていたし、疲れが溜まっていたのも悪かったかもしれない。
 クリス様は私を心底心配し、熱が完全に下がるまでの三日間、何度も私を見舞ってくれた。

「……クリス様。そんなに大袈裟な状態ではございませんので……。もう部屋まで来ていただかなくて結構ですわ。クリス様に風邪が移ってしまったら大変です」

 公務に支障が出てもいけないし、何よりクリス様が寝込んだりしたら、私の方が心配でどうにかなってしまう。
 けれど、何度言ってもクリス様は時間ができるたびに私の様子を見にやって来るのだった。

「夫が妻を見舞って何が悪い。俺は丈夫だから平気だ。今日は何か口にしたのか? 何か欲しいものは?」

 そんなことを言いながら、私の額に手を当てたり、水を飲ませようとしたり、……指先にかすかにキスをしたり。

(こ、こんなことをされたら、余計熱が上がってしまうのですが……っ)

 ついに初めて、クリス様に直に唇を押し当てられ、私の顔は真っ赤に染まったのだった。



 そうしてついに全快した四日目。クリス様の愛を知った私は、もう元気いっぱいだった。そして頭が回りはじめると、あの日のことをまざまざと思い出し、怒りが再燃した。
 執務室に向かうために王宮の廊下を歩きながら、私はポーカーフェイスの下で苛立ちを滾らせていた。

(絶対に許せないわ、ユーディア王妃陛下……! クリス様にあんなにも深い苦しみを残しておきながら、何もなかったかのようにのうのうと王宮で暮らしてきただなんて。このまま終わらせたくない……!)

 そうはいっても、向こうは王妃。彼女の絶大な権力を前に、私に何ができるだろうか。その上クリス様は、母君である側妃のアイラ様の立場を守るためにも、また、余計な心痛を味わわせないためにも、過去の出来事を誰にも打ち明けずにここまできている。

(でもどうにかしたい……。私は絶対に、あの人を許すことはできないわ)

 これからどう動けばいいか。そもそもクリス様のお気持ちを汲めば、私が下手に余計な動きをするべきではないのか。
 頭を巡らせながら歩いていると、ふいに穏やかな声が私を呼び止めた。

「フローリア妃殿下。ご機嫌麗しゅう」
「……あら、ギルフォード伯爵。ごきげんよう。気付かなくてごめんなさい」

 なんと、考え込むうちにギルフォード伯爵の前を素通りしようとしていたらしい。私から声をかけるべきところを。
 ギルフォード伯爵は人の良い笑みを浮かべている。

「先日の舞踏会は素晴らしゅうございました。クリストファー王太子殿下と妃殿下のダンスもとても見事で。皆が一様に見惚れておりましたな」
「ふふ。ありがとうございます。楽しいひとときでしたわ。……伯爵、あの夜は母のことを気遣ってくださり、ありがとうございました」

 父が一人でさっさと姿を消してしまったため、体の弱い母がダニエルと一緒に残されてしまった。ギルフォード伯爵は、母に付き添って会場のどこかにいる父のことを、わざわざ探しに行ってくださったのだ。
 伯爵はいやいや、とにこやかに首を振る。

「すぐに見つかったのでようございました。そういえば、バークリー公爵夫人と隣国の大使夫人であるワイズ伯爵夫人とも、旧知の仲のようでしたよ。あの後公爵を探している時に広間の中で夫人とすれ違ったのですが、バークリー公爵夫人はとても嬉しそうにお話ししておいででした」
「あら、そうだったんですのね。知りませんでしたわ」

 優しく穏やかだけれど、あまり社交的でない上に病気がちな母には、友人はさほど多くない。だからそんな話を聞くと、少しほっとする。

「ええ。ワイズ夫人がこちらの国にいる時にお知り合いになったようで。私も妻を通じて彼女とはご縁がありますし、今度ぜひ他の友人も招いて皆で茶会でも……という話になったのですが、バークリー公爵夫人は浮かないご様子でした。……公爵の許可が出れば、と仰っていましたが」
「……そうですか」

 母が可哀想で、胸が痛む。きっと父はそんな茶会には同席してくれないと分かっているのだろう。自分は好きに出歩き、よその女性たちとも遊び放題の父だが、母のわずかな楽しみのことなど考えてくれる人ではない。ギルフォード伯爵には会いたくないだろうし、自分に利のない茶会など興味もないだろう。かといって、異性の参加する私的な茶会に、夫のいる公爵夫人が一人で行くのも世間体が悪い。

「せっかく素敵なお声がけをいただいたのに、母も残念でしょう。重ね重ね、ありがとうございます伯爵」
「いえ。……私にできることが何かあれば、いつでも仰ってください。妃殿下も、バークリー公爵夫人も、お心穏やかに過ごされることを願っております」

(……本当にお優しい方だな)

 父とは大違いだ。改めてお礼を言おうとした、その時。
 場にそぐわぬ甲高い声が、廊下に響き渡った。

「んまぁ~。仲のおよろしいこと。お義父様と妃殿下ったら」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

【完結】きみは、俺のただひとり ~神様からのギフト~

Mimi
恋愛
 若様がお戻りになる……  イングラム伯爵領に住む私設騎士団御抱え治療士デイヴの娘リデルがそれを知ったのは、王都を揺るがす第2王子魅了事件解決から半年経った頃だ。  王位継承権2位を失った第2王子殿下のご友人の栄誉に預かっていた若様のジェレマイアも後継者から外されて、領地に戻されることになったのだ。  リデルとジェレマイアは、幼い頃は交流があったが、彼が王都の貴族学院の入学前に婚約者を得たことで、それは途絶えていた。  次期領主の少年と平民の少女とでは身分が違う。  婚約も破棄となり、約束されていた輝かしい未来も失って。  再び、リデルの前に現れたジェレマイアは……   * 番外編の『最愛から2番目の恋』完結致しました  そちらの方にも、お立ち寄りいただけましたら、幸いです

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

「君は悪役令嬢だ」と離婚されたけど、追放先で伝説の力をゲット!最強の女王になって国を建てたら、後悔した元夫が求婚してきました

黒崎隼人
ファンタジー
「君は悪役令嬢だ」――冷酷な皇太子だった夫から一方的に離婚を告げられ、すべての地位と財産を奪われたアリシア。悪役の汚名を着せられ、魔物がはびこる辺境の地へ追放された彼女が見つけたのは、古代文明の遺跡と自らが「失われた王家の末裔」であるという衝撃の真実だった。 古代魔法の力に覚醒し、心優しき領民たちと共に荒れ地を切り拓くアリシア。 一方、彼女を陥れた偽りの聖女の陰謀に気づき始めた元夫は、後悔と焦燥に駆られていく。 追放された令嬢が運命に抗い、最強の女王へと成り上がる。 愛と裏切り、そして再生の痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです

珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。 その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。 それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。

妹の身代わりに殺戮の王太子に嫁がされた忌み子王女、実は妖精の愛し子でした。嫁ぎ先でじゃがいもを育てていたら、殿下の溺愛が始まりました・長編版

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるアリアベルタは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンやまふ腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしアリアベルタはそれでもなんとか暮らしていた。  アリアベルタの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はアリアベルタに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたアリアベルタは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろうとカクヨムにも投稿しています。 ※中編を大幅に改稿し、長編化しました。2025年1月20日 ※長編版と差し替えました。2025年7月2日 ※コミカライズ化が決定しました。商業化した際はアルファポリス版は非公開に致します。

処理中です...