40 / 51
40. 無礼なエヴァナ
しおりを挟む
声の主を見て、一旦鳴りを潜めていた私の怒りが再燃した。……エヴァナ嬢だ。まだ王宮にいたのか。
二人の侍女と共に現れた彼女は、嫌な感じの挑発的な笑みを浮かべ、私たちの元に近寄ってくる。
「……これはエヴァナ嬢。王妃陛下の元で、粗相などはないですか? 日々つつがなく過ごしておるかな」
養父であるギルフォード伯爵がそう声をかけてあげたのに、エヴァナ嬢は返事をすることもなく、私に向かって勝ち誇ったように言う。
「王宮の廊下で、二人きりの密談中ですの? ふふ。以前から、王太子妃殿下はお義父様とやけに親しげだと噂で聞いたことはありましたけどぉ……。もう少し周囲の目を気になさった方がよろしいんじゃなくて? お義父様……ギルフォード伯爵は、独身でいらっしゃるのですよ? あたしでなくても、皆よからぬことを疑っちゃいますわぁ~。うふふふふ」
(……いや、ちょっと待ってよ。その前に、数日前の噴水事件のことは? 何か私に言うことはないわけ? ……ないか。あるわけないな、この人に限って)
先日は大変失礼をいたしました、フローリア妃殿下。あたしのせいであんなことに……無礼な振る舞いを、深く反省いたしております。その後お体の具合はいかがでございますか? ……なんて、この人の口から出るわけがないけど。
それにしたって、何か一言あってもいいんじゃないの? 私あなたのせいで噴水に落ちたんですけど、噴水に!
「……どこを見ておっしゃっているの? エヴァナさん。ここにいる私の侍女や護衛たちの姿が見えていらっしゃらないのかしら。この状況のどこが密談だと? 失礼だわ」
「んまぁ、そんなにムキにならないでくださいますぅ? 妃殿下ったら。ますます怪しいわぁ」
わざと挑発しようとでもしているのか、エヴァナ嬢は腹が立つほどわざとらしい喋り方をしながら体をくねくねさせ、ねちっこい笑みを浮かべている。さすがのギルフォード伯爵も声を荒らげた。
「よしなさい、エヴァナ嬢。一体何のつもりだ。無礼だぞ。君は今、何のためにこの王宮に滞在している。王妃陛下の格別のご厚意により、妃陛下の元で淑女教育を学び直させていただいているのだろう。立場を弁えなさい。君の振る舞いが、妃陛下のご尊顔に泥を塗ることになりかねないのだぞ」
いつも温和なギルフォード伯爵の厳しい声と顔色に驚いたいけれど、まぁ当然のご指摘だ。伯爵にとっては一応義娘なのだから。
けれどエヴァナ嬢は不貞腐れたような表情をし、そのまま去っていったのだった。……信じられない。何なの? あの人。
「……申し訳ございません、妃殿下。よく言って聞かせますので」
困りきった様子で謝罪する伯爵が不憫で、私は慌てて笑みを浮かべる。
「ギルフォード伯爵のせいでは……。それにしても、本当に不思議ですわね。ジョゼフ様と共に準男爵領にお移りになったエヴァナさんが、こうしてわざわざ王妃陛下の元で再教育を受けていらっしゃるなんて」
先日の噴水事件は、伯爵の耳には入っていないようだ。私にとって下手に不名誉な噂話が広まらないよう緘口令を敷いてあると、お見舞いに来てくださったクリス様が言っていたっけ。
伯爵は少し眉をひそめた。
「ええ。私も事後報告を受けた時には驚きました。エヴァナ嬢はうちでの教育にも全く前向きではなく、ほとんど何も身につかぬままに王都を去りましたから……。まさか王妃陛下が手ずからあの子を教育してくださるなど、思いもよりませんでした」
「そう……。伯爵は王妃陛下から、直接その理由を?」
「はい。教育が必要ならば養家である我が家でいたしますからと申し出たのですが、妃陛下は、エヴァナ嬢の誠実さや優秀さは、ジョゼフ様から聞き及んでいると。彼女の将来のためを思いご自分が支援してやろうと決めたと、そのように仰ったのです。廃太子とされ王宮を去った王子の妃など、自分の監視下にでも置かない限りは戻してやれないから、と」
「……そうなのですね」
絶対に嘘だと直感した。あの王妃陛下が、そんな慈悲深い理由でエヴァナ嬢をわざわざこの王宮に呼び戻したりはしない。
(一体何を考えているの、あの人は……)
嫌な予感しかしない。クリス様への、過去の歪んだ執着。私への辛辣を極めた態度。先日の庭園での、王妃陛下とエヴァナ嬢の陰湿な笑い声。
私にだけなら、まだいい。でも、もしもクリス様に対してよからぬことを企んでいるのなら、ただじゃおかないわ。
ギルフォード伯爵と別れ執務室へと向かいながら、私の中に再び、彼女たちへの怒りが渦巻いていた。
二人の侍女と共に現れた彼女は、嫌な感じの挑発的な笑みを浮かべ、私たちの元に近寄ってくる。
「……これはエヴァナ嬢。王妃陛下の元で、粗相などはないですか? 日々つつがなく過ごしておるかな」
養父であるギルフォード伯爵がそう声をかけてあげたのに、エヴァナ嬢は返事をすることもなく、私に向かって勝ち誇ったように言う。
「王宮の廊下で、二人きりの密談中ですの? ふふ。以前から、王太子妃殿下はお義父様とやけに親しげだと噂で聞いたことはありましたけどぉ……。もう少し周囲の目を気になさった方がよろしいんじゃなくて? お義父様……ギルフォード伯爵は、独身でいらっしゃるのですよ? あたしでなくても、皆よからぬことを疑っちゃいますわぁ~。うふふふふ」
(……いや、ちょっと待ってよ。その前に、数日前の噴水事件のことは? 何か私に言うことはないわけ? ……ないか。あるわけないな、この人に限って)
先日は大変失礼をいたしました、フローリア妃殿下。あたしのせいであんなことに……無礼な振る舞いを、深く反省いたしております。その後お体の具合はいかがでございますか? ……なんて、この人の口から出るわけがないけど。
それにしたって、何か一言あってもいいんじゃないの? 私あなたのせいで噴水に落ちたんですけど、噴水に!
「……どこを見ておっしゃっているの? エヴァナさん。ここにいる私の侍女や護衛たちの姿が見えていらっしゃらないのかしら。この状況のどこが密談だと? 失礼だわ」
「んまぁ、そんなにムキにならないでくださいますぅ? 妃殿下ったら。ますます怪しいわぁ」
わざと挑発しようとでもしているのか、エヴァナ嬢は腹が立つほどわざとらしい喋り方をしながら体をくねくねさせ、ねちっこい笑みを浮かべている。さすがのギルフォード伯爵も声を荒らげた。
「よしなさい、エヴァナ嬢。一体何のつもりだ。無礼だぞ。君は今、何のためにこの王宮に滞在している。王妃陛下の格別のご厚意により、妃陛下の元で淑女教育を学び直させていただいているのだろう。立場を弁えなさい。君の振る舞いが、妃陛下のご尊顔に泥を塗ることになりかねないのだぞ」
いつも温和なギルフォード伯爵の厳しい声と顔色に驚いたいけれど、まぁ当然のご指摘だ。伯爵にとっては一応義娘なのだから。
けれどエヴァナ嬢は不貞腐れたような表情をし、そのまま去っていったのだった。……信じられない。何なの? あの人。
「……申し訳ございません、妃殿下。よく言って聞かせますので」
困りきった様子で謝罪する伯爵が不憫で、私は慌てて笑みを浮かべる。
「ギルフォード伯爵のせいでは……。それにしても、本当に不思議ですわね。ジョゼフ様と共に準男爵領にお移りになったエヴァナさんが、こうしてわざわざ王妃陛下の元で再教育を受けていらっしゃるなんて」
先日の噴水事件は、伯爵の耳には入っていないようだ。私にとって下手に不名誉な噂話が広まらないよう緘口令を敷いてあると、お見舞いに来てくださったクリス様が言っていたっけ。
伯爵は少し眉をひそめた。
「ええ。私も事後報告を受けた時には驚きました。エヴァナ嬢はうちでの教育にも全く前向きではなく、ほとんど何も身につかぬままに王都を去りましたから……。まさか王妃陛下が手ずからあの子を教育してくださるなど、思いもよりませんでした」
「そう……。伯爵は王妃陛下から、直接その理由を?」
「はい。教育が必要ならば養家である我が家でいたしますからと申し出たのですが、妃陛下は、エヴァナ嬢の誠実さや優秀さは、ジョゼフ様から聞き及んでいると。彼女の将来のためを思いご自分が支援してやろうと決めたと、そのように仰ったのです。廃太子とされ王宮を去った王子の妃など、自分の監視下にでも置かない限りは戻してやれないから、と」
「……そうなのですね」
絶対に嘘だと直感した。あの王妃陛下が、そんな慈悲深い理由でエヴァナ嬢をわざわざこの王宮に呼び戻したりはしない。
(一体何を考えているの、あの人は……)
嫌な予感しかしない。クリス様への、過去の歪んだ執着。私への辛辣を極めた態度。先日の庭園での、王妃陛下とエヴァナ嬢の陰湿な笑い声。
私にだけなら、まだいい。でも、もしもクリス様に対してよからぬことを企んでいるのなら、ただじゃおかないわ。
ギルフォード伯爵と別れ執務室へと向かいながら、私の中に再び、彼女たちへの怒りが渦巻いていた。
314
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
「君は悪役令嬢だ」と離婚されたけど、追放先で伝説の力をゲット!最強の女王になって国を建てたら、後悔した元夫が求婚してきました
黒崎隼人
ファンタジー
「君は悪役令嬢だ」――冷酷な皇太子だった夫から一方的に離婚を告げられ、すべての地位と財産を奪われたアリシア。悪役の汚名を着せられ、魔物がはびこる辺境の地へ追放された彼女が見つけたのは、古代文明の遺跡と自らが「失われた王家の末裔」であるという衝撃の真実だった。
古代魔法の力に覚醒し、心優しき領民たちと共に荒れ地を切り拓くアリシア。
一方、彼女を陥れた偽りの聖女の陰謀に気づき始めた元夫は、後悔と焦燥に駆られていく。
追放された令嬢が運命に抗い、最強の女王へと成り上がる。
愛と裏切り、そして再生の痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!
【完結】きみは、俺のただひとり ~神様からのギフト~
Mimi
恋愛
若様がお戻りになる……
イングラム伯爵領に住む私設騎士団御抱え治療士デイヴの娘リデルがそれを知ったのは、王都を揺るがす第2王子魅了事件解決から半年経った頃だ。
王位継承権2位を失った第2王子殿下のご友人の栄誉に預かっていた若様のジェレマイアも後継者から外されて、領地に戻されることになったのだ。
リデルとジェレマイアは、幼い頃は交流があったが、彼が王都の貴族学院の入学前に婚約者を得たことで、それは途絶えていた。
次期領主の少年と平民の少女とでは身分が違う。
婚約も破棄となり、約束されていた輝かしい未来も失って。
再び、リデルの前に現れたジェレマイアは……
* 番外編の『最愛から2番目の恋』完結致しました
そちらの方にも、お立ち寄りいただけましたら、幸いです
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです
珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。
その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。
それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』
鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」
――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。
理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。
あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。
マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。
「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」
それは諫言であり、同時に――予告だった。
彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。
調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。
一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、
「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。
戻らない。
復縁しない。
選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。
これは、
愚かな王太子が壊した国と、
“何も壊さずに離れた令嬢”の物語。
静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる