トラウマ持ち令嬢と潔癖王子の白い結婚契約は撤回されました 〜 白くない結婚を目指します! 〜

鳴宮野々花@書籍4作品発売中

文字の大きさ
41 / 51

41. 初めての口づけ

しおりを挟む
 それはそれとして、気持ちの通じ合ったクリス様と私は今、新たな局面を迎えていた。
 恋する二人の男女は、互いに想い合っていると分かった時、さらにその想いが燃え上がる。
 大好きだからこそ、湧き上がる感情。この人に触れたい。触れられたい。もっと深く知り、愛し合いたい。
 一晩中そばにいたい。片時も離れたくはない。
 抑えきれないその想いから、恋人たちは夫婦となり、共にベッドに入り、やがて子を成す。

(……それは分かってるんだけど!!)

 その夜も夫婦の寝室で、私は心臓をバクバクと高鳴らせながら、身を固くしてソファーに座り、膝の上で作った自分の拳を見つめていた。
 クリス様は時折小さく咳払いをしながら、離れたところでうろうろしている。お水を飲んだり、本棚の本を見たり。
 もうお互い、どうしていいのか分からないのだ。いや、違う。分かってはいる。でも……私たちは互いに異性との触れ合いを完全に拒絶して生きてきた、二十歳と十八歳。
 夫婦となった。どうにかダンスができるほどに触れ合えるようにはなり、抱き上げてももらったし、素手で手も握り合った。指先に、キスもされた。夜も毎晩、同じベッドで眠っている。
 さらに、お互いを好きだと知った。
 その上、王太子夫妻としての大いなる責任も自覚している。
 もうすることは、一つだけ。

(分かっているからこそ余計に、ベッドに入りづらいのよ……!!)

 自分の大きな心臓の鼓動を聞きながら、私は静かに大きく息を吸い、吐き出した。何回目だろう。水を飲んでも喉はカラカラだ。
 きっと今、クリス様も私と同じことを何度も自問自答しているはずだ。
 私たち、本当にできるのかな。お互いに想い合っていると分かった上で、それでもどうしても無理だったら、どうしよう。
 緊張し、プレッシャーを感じれば感じるほど、脳裏をよぎる記憶もある。あの女が今、王宮をうろついているから余計に……。
 エヴァナ嬢の勝ち誇ったような、あの腹立たしい笑みを見るたびに、あの夜のジョゼフ様と彼女の姿がよみがえる。それと連鎖して、父のことも。
 私以上のトラウマを抱えたクリス様は、なおさらのことだろう。

(……どうなんだろう。あちらでうろうろしてるクリス様は今、どっちの意味で逡巡なさっているのかしら。深く触れ合うことに対する嫌悪感? それとも……私との初めての閨に対する緊張?)

 私の風邪が治ってからの、この数日間。共にベッドに入る前、毎夜こんな風に何とも言えない緊張感漂う時間を過ごし、そして結局ベッドに入ってからは、そのまま指先をそっと絡めて眠る。その繰り返しだった。

(……結局今夜も、そうなるかな……)

 固唾を呑み、再び静かに息を吐いた時。少し上擦った声で、クリス様が私の名を呼んだ。

「……リア」
「ひっ! ……は、はい」

 心臓が口から飛び出すほど大きく跳ね、私の体も思いっきり跳ねた。おそるおそるクリス様の顔を見ると、彼は意を決したように真剣な眼差しで、唇を固く結び、私を見ていた。そしてゆっくりと、私のそばまで歩いてくる。

「……おいで」

 間近で見るクリス様の瞳には、いつもと違う熱が宿っていた。彼が私の指先をそっと握ったのを合図に、私は立ち上がり、そのまま彼に手を引かれベッドへと向かう。

(何だかクリス様……昨日までと雰囲気が違う)

 今夜こそと、覚悟をお決めになったのかもしれない。それならば私も、あとはクリス様のお気持ちに従うだけ……。
 クリス様が灯りを落としている間に、覚悟を決めてベッドに上がり、横になった。もういい。こうなった以上、早く済ませてしまった方が、お互いの精神衛生上絶対にいい。毎晩この緊張感が続くのでは身が持たないもの。とにかく、最初の一夜さえ越えてしまえば……!

 部屋が薄闇に包まれると、クリス様もベッドに入ってくる。……案の定、昨日までとは違い、彼は私の体に触れるほどすぐそばに横たわった。

「…………」

 外の宵闇から梟の鳴き声が聞こえてきそうなほど、静まり返った室内。寄り添う私たちの腕や足はかすかに触れ合っていて、それだけでめまいがするほどに緊張する。思わずこくりと喉を鳴らした。クリス様の漏らす熱い吐息が、私の額をそっと掠める。その感触に、私の全身が敏感に反応し、甘く痺れたような不思議な感覚がした。
 彼は無言のまま、私の指先に自分のそれをそっと絡め、胸元へと誘った。
 クリス様の胸に押し当てられたその指から、狂ったように高鳴る彼の鼓動が伝わってくる。私の心臓も今、同じように暴れている。緊張のあまり潤んだ瞳で彼の顔を見上げると、クリス様はその青く澄んだ目に壮絶なまでの色気を滲ませ、私のことを見つめていた。絡み合った視線から、全身に熱が広がっていく。

「……嫌じゃない?」

 そう問いかけてくるクリス様の声は、まるでこれまでの彼とは別人のようで。
 かすかに震えるその低い囁きは、ぞくりとするほど妖艶に私の耳を撫でた。私は大丈夫、あなたは? そう問い返したいのに、息が詰まって言葉が出ない。小さく頷くだけが精一杯だった。

「もう少し触れても、構わないか」
「……っ」

 もう心臓が、破裂しそう。全身を火照らせながら、私はもう一度小さく頷き、目を閉じた。
 すると。
 彼の香りと気配がより近くなったと感じた途端、私の唇を柔らかな感触が掠めた。

(……今の、って……)

 反射的に目を開けると、視界に入ったのは、大好きな人の美しい瞳。
 唇にかかる彼の吐息は、火傷しそうなほどに熱い。言葉にできないほどの幸福感と緊張の中で、私は全てを彼に委ねるように、再びゆっくりと目を閉じた。

「……君が好きだ、リア」

 そう囁いたクリス様の唇が、二度、三度と軽く押し当てられ、そのたびに脳の奥が痺れるような感覚がした。触れ合うたびにその痺れが全身に拡散し、体が溶けてしまいそう。何度も喉を鳴らしながら、二人の息が徐々に上がっていく。
 何だろう、この感じ。何も考えられなくなって、まるで自分が自分じゃなくなるみたい。不快さはなく、余計なことも頭をよぎらない。
 ただ、目の前のクリス様が、愛おしくてたまらなくて。すぐそばにいるはずなのに、この距離さえももどかしい。そんな焦燥感にも似た熱が、私の体を満たしていた。

(……私もです、クリス様。あなたのことが大好き……)

 その夜、唇を重ねるだけのキスを何度も繰り返した私たちは、やがてその距離のまま眠りについた。
 緊張の時間が続いたことで、私は身も心もすっかり消耗してしまっていた。けれど、ふと夜中に目を覚ますと、視界いっぱいにクリス様の美しい寝顔があり、完全に目が冴えてしまった。
 結局その後は朝まで眠ることができず、翌日は睡眠不足でフラフラだった。

 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

【完結】きみは、俺のただひとり ~神様からのギフト~

Mimi
恋愛
 若様がお戻りになる……  イングラム伯爵領に住む私設騎士団御抱え治療士デイヴの娘リデルがそれを知ったのは、王都を揺るがす第2王子魅了事件解決から半年経った頃だ。  王位継承権2位を失った第2王子殿下のご友人の栄誉に預かっていた若様のジェレマイアも後継者から外されて、領地に戻されることになったのだ。  リデルとジェレマイアは、幼い頃は交流があったが、彼が王都の貴族学院の入学前に婚約者を得たことで、それは途絶えていた。  次期領主の少年と平民の少女とでは身分が違う。  婚約も破棄となり、約束されていた輝かしい未来も失って。  再び、リデルの前に現れたジェレマイアは……   * 番外編の『最愛から2番目の恋』完結致しました  そちらの方にも、お立ち寄りいただけましたら、幸いです

「君は悪役令嬢だ」と離婚されたけど、追放先で伝説の力をゲット!最強の女王になって国を建てたら、後悔した元夫が求婚してきました

黒崎隼人
ファンタジー
「君は悪役令嬢だ」――冷酷な皇太子だった夫から一方的に離婚を告げられ、すべての地位と財産を奪われたアリシア。悪役の汚名を着せられ、魔物がはびこる辺境の地へ追放された彼女が見つけたのは、古代文明の遺跡と自らが「失われた王家の末裔」であるという衝撃の真実だった。 古代魔法の力に覚醒し、心優しき領民たちと共に荒れ地を切り拓くアリシア。 一方、彼女を陥れた偽りの聖女の陰謀に気づき始めた元夫は、後悔と焦燥に駆られていく。 追放された令嬢が運命に抗い、最強の女王へと成り上がる。 愛と裏切り、そして再生の痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!

『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』

鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」 ――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。 理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。 あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。 マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。 「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」 それは諫言であり、同時に――予告だった。 彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。 調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。 一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、 「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。 戻らない。 復縁しない。 選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。 これは、 愚かな王太子が壊した国と、 “何も壊さずに離れた令嬢”の物語。 静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。

妹の身代わりに殺戮の王太子に嫁がされた忌み子王女、実は妖精の愛し子でした。嫁ぎ先でじゃがいもを育てていたら、殿下の溺愛が始まりました・長編版

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるアリアベルタは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンやまふ腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしアリアベルタはそれでもなんとか暮らしていた。  アリアベルタの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はアリアベルタに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたアリアベルタは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろうとカクヨムにも投稿しています。 ※中編を大幅に改稿し、長編化しました。2025年1月20日 ※長編版と差し替えました。2025年7月2日 ※コミカライズ化が決定しました。商業化した際はアルファポリス版は非公開に致します。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです

珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。 その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。 それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。

処理中です...