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47. 委ねる
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「まぁ。本当に無礼ね、口止めだなんて。まるで私がよからぬことを企てた張本人かのようだわ。不愉快よ」
「……私の護衛らが、こちらの部屋に漂っていた香は媚薬である可能性が高いと。そう申しておりますが、あなた様は何もご存知ないとおっしゃるのですね」
クリス様が運ばれ、ようやく少し冷静さを取り戻した私は、怒りを抑えしらばっくれる王妃に問いただす。王妃は鋭い目つきで私を見据え言い放った。
「私は何も知らないと言っているでしょう。あの香を私にプレゼントしてくれたのはエヴァナさんよ。素敵な香りだから使ってみてほしいと。……もしも本当にそのようないかがわしいものだったのなら、エヴァナさんを厳罰に処す必要があるわね」
「お……王妃陛下……っ!」
拘束された状態のエヴァナ嬢は、今にも泣き出しそうな顔で王妃陛下を見上げている。けれど、彼女はエヴァナ嬢にちらりとも視線を向けない。
「……さようでございますか。であれば、香の成分が明確になるまでは、王妃陛下にも別室にて待機していただきます」
「……何ですって?」
燃えるような目で睨みつけてくる王妃に、私は淡々と伝える。
「目の前でクリス様の状態をご覧になっておられましたでしょう? 王妃陛下のお体に同じような影響がでたらどうなさいます? あのようなお姿、王宮の者たちに晒すわけにはいきませんわよね。王妃陛下のもとへもすぐに侍医を向かわせます。どうぞ、それまでは安全な場所で待機していただきますよう。……王妃陛下を離宮の奥の間へお連れして」
護衛らにそう命じると、彼らは強張った表情で王妃陛下の周りを取り囲む。
王妃は彼らに連れられ部屋を出る瞬間まで、その真っ赤な瞳に燃えるような憎悪を宿し、私を射抜いていた。私もその目を睨み返しながら、心の中で彼女に宣告する。
(これまでの悪魔のような行為に対する償いは、必ずさせるわ。覚悟していなさい)
王妃陛下が去った後、私は駆けつけた近衛隊長に王妃の軟禁と監視を、そしてエヴァナ嬢を取り調べのために隔離することを命じた。
やらなくてはならないことはたくさんあったけれど、まずはとにかく、クリス様の無事を確認したい。香を回収した侍女と共に急いで居館に戻ると寝室に飛び込み、侍医の診断を聞いた。
「強力な媚薬を嗅がされておられますな」
(……やっぱり……)
ベッドの上では苦しげに喘ぎ続けるクリス様。汗ばみ悶えるその姿に、胸が苦しくなる。
「呼吸が浅く、脈も早く、体温も高い。……明らかに、薬の効果による興奮状態にあられる」
「どうすれば? 時間が経てば、治まるの?」
焦りを含む私の問いに、侍医は淡々と答えた。
「時が経てば、いずれは治まりましょうが……。このままでは殿下のお体への負担が大きゅうございます。昂ぶりが完全に鎮まるまで、ある程度は放出という形で解消されねばなりません」
(放出? ……ああ、な、なるほど)
一瞬意味が分からず、問い返しそうになった。よかった、自分で思い至って。
侍医は言葉を続ける。
「この種の香は精神に作用いたしますので、我慢が長引くほどにお苦しみが増します。迅速に対応すべきかと」
「……分かったわ。ありがとう。報告書の作成をお願いね。国王陛下に提出することになるから。ここは一旦、私に任せてくれる? 外で待機していて」
「は。承知いたしました、妃殿下」
侍医を含め、私は寝室内にいた侍女や使用人らを全員退出させる。
「だ、大丈夫でございますか? フローリア様……」
戻ってきていたラーラが、不安そうに私を見つめる。
「ええ。とにかくクリス様を楽にして差し上げなくちゃ。何かあれば呼ぶから、あなたも向こうに」
「承知いたしました」
そう言って最後に下がっていったラーラが扉を閉めると、私とクリス様は寝室に二人きりになった。静かに歩み寄り、クリス様のお顔を覗き込む。
「……クリス様、私が分かりますか?」
「……はぁっ……、はぁっ……、リ、ア……」
苦悶に満ちた表情で背中を反らしながら、それでも彼は私の問いかけに反応し、蕩けたように潤んだ瞳でこちらを見た。そして荒い息の合間に、掠れた声を漏らす。
「頼む……、君も、どこか別の場所に、いてくれ……っ」
「ご冗談を。こんなに苦しんでいるあなたを一人置いてなんて行けませんわ。何かあったら……」
「その何かが怖いんだ!!」
突如声を荒げ、クリス様が私に懇願する。
「頼、む……。今の俺は、普通じゃない……っ。もしも君に、取り返しのつかないことをしてしまったら……!」
「……クリス様……」
彼の言っている意味は分かる。意に反して昂る体。どうにもならない熱。白い結婚生活から脱却するために、私たちなりの速度でぎこちなく前に進んでいる最中なのに、全てを台無しにしてしまうのではないか。クリス様はそう恐れているのだ。
この私に、また新たなトラウマを植え付けてしまうのではないかと、きっと怯えている。
だけど──
「……クリス様、私はあなたの妻です。こんな時こそおそばで支えられなくどうしろと? あなたが苦しんでいるのなら、それを拭うのは私の役目です。そうさせてください」
「……リア……」
苦悶の表情を浮かべ、救いを求めるようにこちらに顔を向けるクリス様に、私はゆっくりと語りかける。
怯えているそぶりなど、一切見せずに。
この言葉を紡ぐために、今この心臓が、かつてないほど激しく脈打っていることなど、決して悟らせないように。
「私なら大丈夫です、クリス様。大好きなあなたですもの。あなたとなら、大丈夫。だから……よろしいですか? クリス様。この手であなたに触れてしまっても。それとも……やはり難しいでしょうか」
「……っ」
彼の荒い呼吸が一瞬止まり、瞳が見開かれる。激しく動揺しているのは明白だった。
どう答えるべきか、悩んでいるのだろう。もしくはいまだ乗り越えられずにいる苦しみと本能の狭間で、混乱しているのかもしれない。喉を反らせ私から顔を背けるクリス様の表情は、艶めかしくも痛々しい。
再び荒い呼吸を繰り返しながら、小さなうめき声を漏らすクリス様。見ているだけで胸が締めつけられ、早くどうにかしてあげたいという焦りだけが募る。
でも……彼の気持ちを無視して触れることだけはできない。
私はもう一度、クリス様に問うた。
「無理強いはしたくありません。クリス様の心がまだわずかでも拒絶しているのなら、あなたが一番楽な方法をとります。誰か、別の者に付き添わせましょうか。従者か、侍医を呼ぶことも……」
そう提案すると、ゆるゆると首を振ったクリス様の唇が、かすかに震えた。そして再び、彼は潤んだ瞳で私を姿を探す。
「……嫌だ」
(……クリス様……)
「他の誰でも嫌だ、リア。君でなければ……。俺が俺自身を委ねられるのは、君だけだ、リア。……頼む……」
「……承知いたしました」
こんな時なのに、彼のその言葉に心が喜びで震える。私を頼ってくれた。他の誰でもなく、この私がいいと。
泣きたくなるほど胸がいっぱいになり、少しでも鼓動を落ち着かせようと、静かに息を吐く。
クリス様を安心させるために、私は彼にゆっくりと顔を近付け、笑顔を見せた。
「大丈夫です。あなたが楽になるまで、私だけがずっとおそばについておりますから」
本当は私も、どうしようもなく緊張していた。こんなこと、もちろん初めてだし。
心臓が狂ったように暴れている。
けれど私はもう一度優しく微笑みかけると、クリス様の着衣の紐に手を伸ばした────
「……私の護衛らが、こちらの部屋に漂っていた香は媚薬である可能性が高いと。そう申しておりますが、あなた様は何もご存知ないとおっしゃるのですね」
クリス様が運ばれ、ようやく少し冷静さを取り戻した私は、怒りを抑えしらばっくれる王妃に問いただす。王妃は鋭い目つきで私を見据え言い放った。
「私は何も知らないと言っているでしょう。あの香を私にプレゼントしてくれたのはエヴァナさんよ。素敵な香りだから使ってみてほしいと。……もしも本当にそのようないかがわしいものだったのなら、エヴァナさんを厳罰に処す必要があるわね」
「お……王妃陛下……っ!」
拘束された状態のエヴァナ嬢は、今にも泣き出しそうな顔で王妃陛下を見上げている。けれど、彼女はエヴァナ嬢にちらりとも視線を向けない。
「……さようでございますか。であれば、香の成分が明確になるまでは、王妃陛下にも別室にて待機していただきます」
「……何ですって?」
燃えるような目で睨みつけてくる王妃に、私は淡々と伝える。
「目の前でクリス様の状態をご覧になっておられましたでしょう? 王妃陛下のお体に同じような影響がでたらどうなさいます? あのようなお姿、王宮の者たちに晒すわけにはいきませんわよね。王妃陛下のもとへもすぐに侍医を向かわせます。どうぞ、それまでは安全な場所で待機していただきますよう。……王妃陛下を離宮の奥の間へお連れして」
護衛らにそう命じると、彼らは強張った表情で王妃陛下の周りを取り囲む。
王妃は彼らに連れられ部屋を出る瞬間まで、その真っ赤な瞳に燃えるような憎悪を宿し、私を射抜いていた。私もその目を睨み返しながら、心の中で彼女に宣告する。
(これまでの悪魔のような行為に対する償いは、必ずさせるわ。覚悟していなさい)
王妃陛下が去った後、私は駆けつけた近衛隊長に王妃の軟禁と監視を、そしてエヴァナ嬢を取り調べのために隔離することを命じた。
やらなくてはならないことはたくさんあったけれど、まずはとにかく、クリス様の無事を確認したい。香を回収した侍女と共に急いで居館に戻ると寝室に飛び込み、侍医の診断を聞いた。
「強力な媚薬を嗅がされておられますな」
(……やっぱり……)
ベッドの上では苦しげに喘ぎ続けるクリス様。汗ばみ悶えるその姿に、胸が苦しくなる。
「呼吸が浅く、脈も早く、体温も高い。……明らかに、薬の効果による興奮状態にあられる」
「どうすれば? 時間が経てば、治まるの?」
焦りを含む私の問いに、侍医は淡々と答えた。
「時が経てば、いずれは治まりましょうが……。このままでは殿下のお体への負担が大きゅうございます。昂ぶりが完全に鎮まるまで、ある程度は放出という形で解消されねばなりません」
(放出? ……ああ、な、なるほど)
一瞬意味が分からず、問い返しそうになった。よかった、自分で思い至って。
侍医は言葉を続ける。
「この種の香は精神に作用いたしますので、我慢が長引くほどにお苦しみが増します。迅速に対応すべきかと」
「……分かったわ。ありがとう。報告書の作成をお願いね。国王陛下に提出することになるから。ここは一旦、私に任せてくれる? 外で待機していて」
「は。承知いたしました、妃殿下」
侍医を含め、私は寝室内にいた侍女や使用人らを全員退出させる。
「だ、大丈夫でございますか? フローリア様……」
戻ってきていたラーラが、不安そうに私を見つめる。
「ええ。とにかくクリス様を楽にして差し上げなくちゃ。何かあれば呼ぶから、あなたも向こうに」
「承知いたしました」
そう言って最後に下がっていったラーラが扉を閉めると、私とクリス様は寝室に二人きりになった。静かに歩み寄り、クリス様のお顔を覗き込む。
「……クリス様、私が分かりますか?」
「……はぁっ……、はぁっ……、リ、ア……」
苦悶に満ちた表情で背中を反らしながら、それでも彼は私の問いかけに反応し、蕩けたように潤んだ瞳でこちらを見た。そして荒い息の合間に、掠れた声を漏らす。
「頼む……、君も、どこか別の場所に、いてくれ……っ」
「ご冗談を。こんなに苦しんでいるあなたを一人置いてなんて行けませんわ。何かあったら……」
「その何かが怖いんだ!!」
突如声を荒げ、クリス様が私に懇願する。
「頼、む……。今の俺は、普通じゃない……っ。もしも君に、取り返しのつかないことをしてしまったら……!」
「……クリス様……」
彼の言っている意味は分かる。意に反して昂る体。どうにもならない熱。白い結婚生活から脱却するために、私たちなりの速度でぎこちなく前に進んでいる最中なのに、全てを台無しにしてしまうのではないか。クリス様はそう恐れているのだ。
この私に、また新たなトラウマを植え付けてしまうのではないかと、きっと怯えている。
だけど──
「……クリス様、私はあなたの妻です。こんな時こそおそばで支えられなくどうしろと? あなたが苦しんでいるのなら、それを拭うのは私の役目です。そうさせてください」
「……リア……」
苦悶の表情を浮かべ、救いを求めるようにこちらに顔を向けるクリス様に、私はゆっくりと語りかける。
怯えているそぶりなど、一切見せずに。
この言葉を紡ぐために、今この心臓が、かつてないほど激しく脈打っていることなど、決して悟らせないように。
「私なら大丈夫です、クリス様。大好きなあなたですもの。あなたとなら、大丈夫。だから……よろしいですか? クリス様。この手であなたに触れてしまっても。それとも……やはり難しいでしょうか」
「……っ」
彼の荒い呼吸が一瞬止まり、瞳が見開かれる。激しく動揺しているのは明白だった。
どう答えるべきか、悩んでいるのだろう。もしくはいまだ乗り越えられずにいる苦しみと本能の狭間で、混乱しているのかもしれない。喉を反らせ私から顔を背けるクリス様の表情は、艶めかしくも痛々しい。
再び荒い呼吸を繰り返しながら、小さなうめき声を漏らすクリス様。見ているだけで胸が締めつけられ、早くどうにかしてあげたいという焦りだけが募る。
でも……彼の気持ちを無視して触れることだけはできない。
私はもう一度、クリス様に問うた。
「無理強いはしたくありません。クリス様の心がまだわずかでも拒絶しているのなら、あなたが一番楽な方法をとります。誰か、別の者に付き添わせましょうか。従者か、侍医を呼ぶことも……」
そう提案すると、ゆるゆると首を振ったクリス様の唇が、かすかに震えた。そして再び、彼は潤んだ瞳で私を姿を探す。
「……嫌だ」
(……クリス様……)
「他の誰でも嫌だ、リア。君でなければ……。俺が俺自身を委ねられるのは、君だけだ、リア。……頼む……」
「……承知いたしました」
こんな時なのに、彼のその言葉に心が喜びで震える。私を頼ってくれた。他の誰でもなく、この私がいいと。
泣きたくなるほど胸がいっぱいになり、少しでも鼓動を落ち着かせようと、静かに息を吐く。
クリス様を安心させるために、私は彼にゆっくりと顔を近付け、笑顔を見せた。
「大丈夫です。あなたが楽になるまで、私だけがずっとおそばについておりますから」
本当は私も、どうしようもなく緊張していた。こんなこと、もちろん初めてだし。
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けれど私はもう一度優しく微笑みかけると、クリス様の着衣の紐に手を伸ばした────
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