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50. 再生
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王宮内が慌ただしい動きを続ける中、クリス様はあれ以来およそ一週間に渡り、厳重な警護のもとでの静養の日々を過ごしていた。
何せ王太子であり、今となっては国王の血を残せる唯一の殿方。彼の体にまで何かあっては一大事と、誰もがクリス様の体調に神経を尖らせていた。
けれど皆の心配をよそに、クリス様のお体はあの事件の翌日には回復し、後遺症が残ることもなかった。
侍医の許可が降りた一週間目の午後。私はようやくクリス様とゆっくり顔を合わせることができた。
「──ありがとう、リア。父に……国王陛下に、言わずにいてくれたんだな。俺の過去のことを」
事の顛末に関してすでに報告を受けていたクリス様は、部屋を訪れた私を腕に抱くようにしてソファーに腰かけると、こちらをじっと見つめながらそう言った。距離が近くて緊張してしまう。あんなことがあった後なのに、大丈夫なのかしら……。自分がドキドキする以上に、クリス様の精神面が心配になる。
けれど、目の前の彼は少しも無理をしているようには見えないし、肩に回されたこの腕を振り払ってまで距離を取る理由などない。私はされるがままに、彼の隣で身を任せた。
「あなたはそれを望んではいらっしゃらないと、知っていましたから。それでよかったのですよね……?」
「ああ。今回の件だけでも、奴らは十分な罰を受けることになった。今さらあの頃のことまで蒸し返して、母やルミロの耳にそれが入ることは望まない。特にルミロは実母の不祥事と処罰を聞いた今、ただでさえ動揺は大きいだろう。……ありがとう」
(……やっぱりこの方はお優しい)
再びあんな目に遭い、過去のトラウマも思い出しきっと大きな恐怖を感じただろうに。
ご自分の苦しみよりも怒りよりも、大切な人たちの心を守ることを優先する人なのだ。
ふいにクリス様が、何かを思い出したようにクスクスと笑いはじめた。
「……格好良かったな、俺を助けるためにあの女に摑みかかってくれた君は」
「っ!? ……お、覚えていらっしゃるのですか……っ」
あの時のことを言われ、私の耳は一気に熱くなる。今思い返しても、あまりにも見苦しい。クリス様の上に乗った半裸のエヴァナ嬢が、彼に無体なことをしようとしていると察した瞬間、瞬間的に怒りが頂点に達し、我を忘れて彼女に飛びかかってしまったのだから。どう考えても一国の王太子妃のする行動ではない。
朦朧としたまま忘れていてほしかったです、クリス様……。
「覚えているよ。君が必死になってあの女を俺から引き離そうとしてくれて、その後王妃にまで歯向かい怒鳴りつけていたことも」
(……そこも覚えていらっしゃるのですね……)
そう。私はエヴァナ嬢を強引に引き剥がそうとし、その上王妃を怒りのままに糾弾したのだ。クリス様はあなたの玩具じゃない、私の大切な人だと。絶対に許さないと……。
思い返せば思い返すほど、あまりにも感情的でみっともない。本当に忘れていてほしかった。私は体中をカッカと火照らせ、真っ赤な顔で俯いた。
「あ、呆れてしまったでしょう。あんなはしたない行動するなんて」
すると彼は、穏やかな笑みを保ったまま、ゆっくりと首を振る。
「まさか。……以前、君に言ったことがあっただろう。君に守られるより、頼られる方がはるかに嬉しいと。あの言葉は、撤回する。この一週間ベッドに横になったまま、何度も思い返した。俺を守ろうと必死になってくれていた、あの時の君の姿を。頭をよぎるたび、どうしようもなく胸がときめいた。そしてたまらなく、君を愛おしいと思ったよ」
「クリス様……」
熱っぽい視線と、噛みしめるようにゆっくりと紡がれる彼の言葉。恥ずかしさを堪え見つめ返していると、ふいにクリス様が真剣な表情になる。
「あの時……抗いがたい感覚に苦しみながら、心底思ったよ。君に触れたいと。君でなくては嫌だと。心の底から、君を求めた。……あの後、君の手で助けてくれてありがとう」
その言葉に私の胸はいっぱいになり、視界が滲む。
「……私もです、クリス様。あなたを他の誰にも触れさせたくないと、そう強く思いました」
過去のトラウマを克服しなければ。早く触れ合って、世継ぎを成さなければ。恐怖心を抑え込まなければ。
そんな強迫観念めいた義務感に苛まれていたことが嘘のように、私は今、目の前のこの人にもっと深く触れたいと切実に思っていた。
触れなくてはいけない相手だからじゃない。
愛しているから、心がこの人を求めている。
体を繋ぐのは、互いの心をより深く満たすための手段なのだ。
見つめ合う私たちは、互いの心が同じことを望んでいることを知った。
さらに一月ほどが経ち、王宮内はようやく落ち着きを取り戻しつつあった。去るべき人は皆去り、新たな体制が整えられる中、ついに私たちはその夜を迎えた。
いつものように灯りを消し、二人でベッドに横たわる。毎夜彼から与えられる最初の口づけが、今日はやけに熱くて。
ゆっくりと目を開け、クリス様の瞳を見た時、今夜なのだと分かった。
私の頭には、もう他の誰の姿もよぎらなかった。
ただ目の前のこの人が、どうしようもなく愛おしくて。涙が出るほど、好きでたまらなくて。
互いに緊張しためらいながらも、ゆっくりと夜着を解いていく。生まれたままの姿になって、わずかな隙間さえもないほどにしっかりと抱き合いながら、私たちは深い口づけを交わした。腕を回し、足を絡め、ただ相手の吐息に耳を澄ます。そして鼓動を重ねながら、言葉にできない愛おしさと喜びを伝え合った。
それは傷を抱えた二人の心が、ゆっくりと再生していくような時間で。
「──リア……リア、愛している。こんなにも深く……」
掠れた彼の低い声が、耳元で響き、私の体温を上げる。言葉を紡ぐ余裕さえない私は、彼の首を掻き抱き、自分の想いを夢中で伝えた。
交わした温もりが、肌の奥に溶けていく。
どこまでも甘く、優しい夜だった。
何せ王太子であり、今となっては国王の血を残せる唯一の殿方。彼の体にまで何かあっては一大事と、誰もがクリス様の体調に神経を尖らせていた。
けれど皆の心配をよそに、クリス様のお体はあの事件の翌日には回復し、後遺症が残ることもなかった。
侍医の許可が降りた一週間目の午後。私はようやくクリス様とゆっくり顔を合わせることができた。
「──ありがとう、リア。父に……国王陛下に、言わずにいてくれたんだな。俺の過去のことを」
事の顛末に関してすでに報告を受けていたクリス様は、部屋を訪れた私を腕に抱くようにしてソファーに腰かけると、こちらをじっと見つめながらそう言った。距離が近くて緊張してしまう。あんなことがあった後なのに、大丈夫なのかしら……。自分がドキドキする以上に、クリス様の精神面が心配になる。
けれど、目の前の彼は少しも無理をしているようには見えないし、肩に回されたこの腕を振り払ってまで距離を取る理由などない。私はされるがままに、彼の隣で身を任せた。
「あなたはそれを望んではいらっしゃらないと、知っていましたから。それでよかったのですよね……?」
「ああ。今回の件だけでも、奴らは十分な罰を受けることになった。今さらあの頃のことまで蒸し返して、母やルミロの耳にそれが入ることは望まない。特にルミロは実母の不祥事と処罰を聞いた今、ただでさえ動揺は大きいだろう。……ありがとう」
(……やっぱりこの方はお優しい)
再びあんな目に遭い、過去のトラウマも思い出しきっと大きな恐怖を感じただろうに。
ご自分の苦しみよりも怒りよりも、大切な人たちの心を守ることを優先する人なのだ。
ふいにクリス様が、何かを思い出したようにクスクスと笑いはじめた。
「……格好良かったな、俺を助けるためにあの女に摑みかかってくれた君は」
「っ!? ……お、覚えていらっしゃるのですか……っ」
あの時のことを言われ、私の耳は一気に熱くなる。今思い返しても、あまりにも見苦しい。クリス様の上に乗った半裸のエヴァナ嬢が、彼に無体なことをしようとしていると察した瞬間、瞬間的に怒りが頂点に達し、我を忘れて彼女に飛びかかってしまったのだから。どう考えても一国の王太子妃のする行動ではない。
朦朧としたまま忘れていてほしかったです、クリス様……。
「覚えているよ。君が必死になってあの女を俺から引き離そうとしてくれて、その後王妃にまで歯向かい怒鳴りつけていたことも」
(……そこも覚えていらっしゃるのですね……)
そう。私はエヴァナ嬢を強引に引き剥がそうとし、その上王妃を怒りのままに糾弾したのだ。クリス様はあなたの玩具じゃない、私の大切な人だと。絶対に許さないと……。
思い返せば思い返すほど、あまりにも感情的でみっともない。本当に忘れていてほしかった。私は体中をカッカと火照らせ、真っ赤な顔で俯いた。
「あ、呆れてしまったでしょう。あんなはしたない行動するなんて」
すると彼は、穏やかな笑みを保ったまま、ゆっくりと首を振る。
「まさか。……以前、君に言ったことがあっただろう。君に守られるより、頼られる方がはるかに嬉しいと。あの言葉は、撤回する。この一週間ベッドに横になったまま、何度も思い返した。俺を守ろうと必死になってくれていた、あの時の君の姿を。頭をよぎるたび、どうしようもなく胸がときめいた。そしてたまらなく、君を愛おしいと思ったよ」
「クリス様……」
熱っぽい視線と、噛みしめるようにゆっくりと紡がれる彼の言葉。恥ずかしさを堪え見つめ返していると、ふいにクリス様が真剣な表情になる。
「あの時……抗いがたい感覚に苦しみながら、心底思ったよ。君に触れたいと。君でなくては嫌だと。心の底から、君を求めた。……あの後、君の手で助けてくれてありがとう」
その言葉に私の胸はいっぱいになり、視界が滲む。
「……私もです、クリス様。あなたを他の誰にも触れさせたくないと、そう強く思いました」
過去のトラウマを克服しなければ。早く触れ合って、世継ぎを成さなければ。恐怖心を抑え込まなければ。
そんな強迫観念めいた義務感に苛まれていたことが嘘のように、私は今、目の前のこの人にもっと深く触れたいと切実に思っていた。
触れなくてはいけない相手だからじゃない。
愛しているから、心がこの人を求めている。
体を繋ぐのは、互いの心をより深く満たすための手段なのだ。
見つめ合う私たちは、互いの心が同じことを望んでいることを知った。
さらに一月ほどが経ち、王宮内はようやく落ち着きを取り戻しつつあった。去るべき人は皆去り、新たな体制が整えられる中、ついに私たちはその夜を迎えた。
いつものように灯りを消し、二人でベッドに横たわる。毎夜彼から与えられる最初の口づけが、今日はやけに熱くて。
ゆっくりと目を開け、クリス様の瞳を見た時、今夜なのだと分かった。
私の頭には、もう他の誰の姿もよぎらなかった。
ただ目の前のこの人が、どうしようもなく愛おしくて。涙が出るほど、好きでたまらなくて。
互いに緊張しためらいながらも、ゆっくりと夜着を解いていく。生まれたままの姿になって、わずかな隙間さえもないほどにしっかりと抱き合いながら、私たちは深い口づけを交わした。腕を回し、足を絡め、ただ相手の吐息に耳を澄ます。そして鼓動を重ねながら、言葉にできない愛おしさと喜びを伝え合った。
それは傷を抱えた二人の心が、ゆっくりと再生していくような時間で。
「──リア……リア、愛している。こんなにも深く……」
掠れた彼の低い声が、耳元で響き、私の体温を上げる。言葉を紡ぐ余裕さえない私は、彼の首を掻き抱き、自分の想いを夢中で伝えた。
交わした温もりが、肌の奥に溶けていく。
どこまでも甘く、優しい夜だった。
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