【完結済】母国を捨てた冷遇お飾り王子妃は、隣国で開花し凱旋します

鳴宮野々花

文字の大きさ
18 / 53

18. 食事の席で

 低く艶を帯びたその声に、なぜだか頬が熱くなる。

「素敵な贈り物の数々をありがとうございます、殿下。ですが、このような過分なお心遣い……あまりにも恐れ多く、申し訳ない気持ちがいたします」

 夕食を共にする前日にわざわざ贈られたのだから、もちろんあれらの中から身に着けるのが礼儀だと思い衣装を選ばせてもらったが、やはり萎縮する気持ちが強い。
 けれど殿下はゆっくりと口角を上げ、当然のことのように言った。

「今後必要になる場面も多々あるだろう。外交の場で君が恥をかかぬよう、職務の一環として用意しただけだ。遠慮なく身に着けてもらえる方が嬉しい。華やかで麗しい君には、やはりそのような装いがよく似合う」
「……ありがとうございます」

 お世辞なのか本気なのかは分からないけれど、彼のその真っ直ぐな褒め言葉は、緊張で張り詰めている私の心をふわりと浮き立たせた。

「君ならばよく知っているだろう。場に相応しい装いを選ぶのも、大切な礼儀の一つだ。今後も必要な時にはいつでも着るといい。足りないものがあれば言え」

 そう言うと、殿下はためらいなくスタスタと歩き、食堂へと向かう。私も慌てて彼の後ろを追いかけた。



 テーブルの上には磨き上げられた銀器とグラスが整然と並び、燭台の灯りが黄金色のワインをきらめかせていた。
 ハーブを散らした鴨肉のパテなどの前菜をいただきながら、殿下が私に尋ねる。

「働きぶりは聞いている。頑張ってくれているようだな」

 こちらに視線を向けグラスを手に微笑む殿下の姿には、やはりそこはかとない色気が漂っている。艶やかな銀髪が室内の灯りで輝き、漆黒の瞳の奥にも神秘的な光が満ちている。

「身に余るお言葉です。まだまだ至らぬところばかりですわ。とにかく必要な知識を早く蓄え即戦力にならねばと思い、励んでおります」

 殿下の麗しさに少しドキドキしながらも、私は平静を装いそう答えた。すると殿下は笑みを引っ込め、真面目な表情を作る。

「その心意気は素晴らしいが、無理をしすぎるのはよくない。勤めはじめて以来君がほとんど休みをとっていないと、リューデ卿から聞いている。体を壊してしまっては元も子もないぞ」
「そ、そこまで無理をしているわけでは……」
「焦る必要はない。君の真面目さとその能力で、自ずと結果が出る日は来る。長く務めを果たせるよう、自分の体を労ってくれ」
「……はい。承知いたしました」

 とにかく早く周りに追いつかねばという私の焦りが、リューデ局長を通して殿下にまで伝わってしまっているらしい。私が外務局での勤めを続けられそうか様子を探り、その覚悟を確認するために来られたのかと思っていたけれど……どうやら心配してくださっているらしい。

(それを伝えるためにわざわざ来られたのかしら……)

 殿下は私の返事に満足したのか、また表情を緩めるとグラスを傾けた。

「外務局の雰囲気はどうだ? 王宮内でも特に優秀で真面目な者たちが集まっている部署だ。手厳しい反応もあるんじゃないか」

 ……私が一部の人たちから辛く当たられることも、見越していらっしゃったようだ。でも……。

「大丈夫です。勤めはじめたばかりの頃は、正直に申し上げますと、時折向けられる強い視線に背中を叩かれる思いでおりましたが、今は皆さんに受け入れられてきたと感じています。おかげさまで親切にしていただけて、業務を覚える手助けもしていただいていますわ」

 それは本当のことだった。最初の二週間ほどは、決して好意的でない人たちからの猜疑心に満ちた目や、きつい嫌みも飛んできていた。けれど、これまで培ってきた知識を駆使し黙々と仕事をこなしていくうちに、徐々に同僚たちの私への態度も温和なものへと変わってきた。
 とある会議資料のミスに気付き深夜まで差し替えを行い、翌日の会議に間に合わせたことに気付かれた時には、一番当たりのきつかった女性文官から「助かったわ。きついこと言ってごめんなさいね」と謝罪の言葉までいただいたのだ。
 殿下を安心させようとそんな話を明るい口調で披露すると、彼は目を細め満足そうに頷いた。

「正直、周囲の反発はもっと長引くものだと思っていたが……努力はすでに届きはじめているじゃないか。君を迎え入れて正解だったな」
「あ、ありがとうございます、殿下」

 そんな風に褒められると照れてしまう。
 その後は食事を楽しみながら、殿下と二人アルーシアやイルガルドの国について語り合った。その他仕事絡みの軽い雑談や、ここでの私の生活についてなど、いろいろな会話を楽しんだのだった。



「殿下、今夜はわざわざお越しいただき、ありがとうございました。このように何不自由ない生活をさせていただいていること、心から感謝申し上げますわ」

 食事が終わり、玄関ホールまで見送った時、私は最後にそう殿下にお礼を伝えた。何度伝えても十分ということはない。それほどまでに、イルガルド王国に来てからの私の生活は公私共に充実していたから。
 家令から受け取った上着を羽織った殿下が、振り返って私の目をじっと見つめる。そして一呼吸置くと、静かな声で言った。

「──特別な人なのだから、当然だろう」

(……え……?)

 その漆黒の瞳の奥がやけに熱を帯びている気がして、私の心臓が大きく音を立てた。
 けれどその言葉の意味を探るより早く、殿下がにやりと口角を上げ、言葉を続けた。

「何せ他国の元王子妃であり、侯爵家の令嬢でもあった人だ。多少の特別扱いをしたところでバチは当たるまい。期待しているよ、ラザフォード嬢。だがもうほどほどにな。頑張ってくれ」

 そう言うと殿下は背中を向け、外へと出て行った。

「何かあれば真っ先に俺に相談しろ」
「は……はい! どうぞお気を付けて、殿下。ありがとうございました」

 振り返ることなく告げられた最後の言葉に、私は慌てて返事をしながら見送ったのだった。



 

あなたにおすすめの小説

【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ

ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。 スピーナ子爵家の次女。 どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。 ウィオラはいつも『じゃない方』 認められない、 選ばれない… そんなウィオラは―― 中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。 よろしくお願いします。

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」 謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。 けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。 なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。 そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。 恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

【完結】立場を弁えぬモブ令嬢Aは、ヒロインをぶっ潰し、ついでに恋も叶えちゃいます!

MEIKO
ファンタジー
最近まで死の病に冒されていたランドン伯爵家令嬢のアリシア。十六歳になったのを機に、胸をときめかせながら帝都学園にやって来た。「病も克服したし、今日からドキドキワクワクの学園生活が始まるんだわ!」そう思いながら一歩踏み入れた瞬間浮かれ過ぎてコケた。その時、突然奇妙な記憶が呼び醒まされる。見たこともない子爵家の令嬢ルーシーが、学園に通う見目麗しい男性達との恋模様を繰り広げる乙女ゲームの場面が、次から次へと思い浮かぶ。この記憶って、もしかして前世?かつての自分は、日本人の女子高生だったことを思い出す。そして目の前で転んでしまった私を心配そうに見つめる美しい令嬢キャロラインは、断罪される側の人間なのだと気付く…。「こんな見た目も心も綺麗な方が、そんな目に遭っていいいわけ!?」おまけに婚約者までもがヒロインに懸想していて、自分に見向きもしない。そう愕然としたアリシアは、自らキャロライン嬢の取り巻きAとなり、断罪を阻止し婚約者の目を覚まさせようと暗躍することを決める。ヒロインのヤロウ…赦すまじ!  笑って泣けるコメディです。この作品のアイデアが浮かんだ時、男女の恋愛以外には考えられず、BLじゃない物語は初挑戦です。貴族的表現を取り入れていますが、あくまで違う世界です。おかしいところもあるかと思いますが、ご了承下さいね。

誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』

富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。

婚約破棄された私は、号泣しながらケーキを食べた~限界に達したので、これからは自分の幸せのために生きることにしました~

キョウキョウ
恋愛
 幼い頃から辛くて苦しい妃教育に耐えてきたオリヴィア。厳しい授業と課題に、何度も心が折れそうになった。特に辛かったのは、王妃にふさわしい体型維持のために食事制限を命じられたこと。  とても頑張った。お腹いっぱいに食べたいのを我慢して、必死で痩せて、体型を整えて。でも、その努力は無駄になった。  婚約相手のマルク王子から、無慈悲に告げられた別れの言葉。唐突に、婚約を破棄すると言われたオリヴィア。  アイリーンという令嬢をイジメたという、いわれのない罪で責められて限界に達した。もう無理。これ以上は耐えられない。  そしてオリヴィアは、会場のテーブルに置いてあったデザートのケーキを手づかみで食べた。食べながら泣いた。空腹の辛さから解放された気持ちよさと、ケーキの美味しさに涙が出たのだった。 ※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開や設定は、ほぼ変わりません。加筆修正して、完成版として連載します。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

妹の身代わりに殺戮の王太子に嫁がされた忌み子王女、実は妖精の愛し子でした。嫁ぎ先でじゃがいもを育てていたら、殿下の溺愛が始まりました・長編版

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるアリアベルタは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンやまふ腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしアリアベルタはそれでもなんとか暮らしていた。  アリアベルタの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はアリアベルタに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたアリアベルタは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろうとカクヨムにも投稿しています。 ※中編を大幅に改稿し、長編化しました。2025年1月20日 ※長編版と差し替えました。2025年7月2日 ※コミカライズ化が決定しました。商業化した際はアルファポリス版は非公開に致します。 ※表紙イラストは猫様からお借りしています。