SPIRITS TIMES ARMS

西順

文字の大きさ
5 / 103

とんぼ返り

しおりを挟む
「お帰りなさいませ」


 グリフォンデン家の車で、ヴァストドラゴン領の分館まで送って貰うと、俺の帰宅に合わせてだろう、エントランス前にグーシー、アーネスシス、ブルブルが立っていた。俺の派閥、それも側近だからと言って、ここまでしなくても良いのに。


「送って頂き、ありがとうございました」


 グーシーが車の後部座席の扉を開けたところで、運転手さんに礼を言って外へ出る。グーシーが扉を閉めて、車がゆっくりエントランス前から出ていくのを、見えなくなるまで見送ると、「さて、寒いし夜も遅い、中に入ろう」と四人でエントランスに入ると、


『お疲れ様でした!』


 と俺の派閥の面々が俺を出迎えてくれた。…………。


「ご苦労様。別に待っていてくれなくても良かったのに」


「グーシー君たちにも言われましたが、フェイルーラ様より先に、部屋でのんびりする訳にはいきませんから」


 などと派閥の一人が言えば、皆が頷く。うん。何で俺、こんなに慕われているんだろう?


「諸君ありがとう。でも、分かった分かった。はい、解散解散。今日王都に着いたばかりなんだ。明日には観光なんてものも用意しているし、疲れを残して、明日が楽しめなくなったら、元も子もない。諸君らもゆっくり休んでくれ」


『はい!』


 俺の派閥は元気が良いねえ。俺の指示が下ると、皆三々五々に己の部屋に引き上げていく。それと入れ替えでジェンタール兄上が、エレベーターからエントランスにやって来た。


「帰ってきたか」


「? はい」


 何とも苦い顔のジェンタール兄上の姿に、何かあったんだろうな。とすぐに理解出来てしまった。


「グリフォンデン家との話を、テレフォンで父上に報告したのだが、まあ、それはそれはお怒りでな」


 それはそうだろうな。だけれども、それは俺を人身御供に、グリフォンデン家と安値で関係の継続を図ろうとした父上の悪手ゆえだ。


「父上がテレフォンでお前と話したがっている」


「ええ? 確かに、フレミア嬢の心を射止める事は出来ませんでしたが、グリフォンデン家むこうの良心で、俺が領婿の座から降ろされる事はありませんでしたが?」


「ああ、それは分かっているし、俺も父上にそう伝えはしたのだが、逃した魚は大きいと考えているのだろうな。お前が父上の了承を得ずに、勝手にインシグニア嬢との婚約を進めた事に、色々言いたいのだろう」


 ああ。まあ、文句も言いたくなるか。父上の立場なら、あれこれ手を打ってから、俺を領婿に出すか、それともエスペーシか、それともジェンタール兄上にするか、手札はまだあっただろうしな。ジェンタール兄上には婚約者いるけど。今回の事を考えると、父上ならジェンタール兄上の婚約解消も視野に入れそうだ。


「グロブス殿下が、ヴァストドラゴン寮ではなく、グリフォンデン寮へ移る。と言うのも、父上を更に苛立たせた要因だな」


「グロブス殿下がグリフォンデン寮に!? それはどこからの情報ですか!?」


 俺たちが通う事になる王立魔法学校には、四つの寮がある。ヴァストドラゴン寮、グリフォンデン寮、タイフーンタイクン寮、ギガントシブリングス寮、それぞれ王領の東西南北に広い領地を持つ四大貴族の名を冠するこの各寮は、魔法学校で各授業の成績などを競い合う関係にあり、その年で一番の結果を出した寮は、国王直々に栄誉が授けられるだけでなく、その寮出身と言うだけで、王族や各領から高い評価を得られ、就職するうえで有利となる。


「フレミア嬢が、俺たちをせめてものもてなしとばかりに見送ってくれたと思ったら、彼女の口から、そのように言われてしまってな。エスペーシなど、帰宅するなり部屋に閉じ籠もっているよ」


 あれだけの魔力量を持っていても、元婚約者からの痛恨の一撃は心を抉ったのだろう。哀れな弟の為に、心の中で手を合わせておく。


「そんな事より!」


「そんな事より!?」


「それってつまり、グロブス殿下がインシグニア嬢のいる寮で活動すると言う事ですよね!?」


「まあ、そうなるな。王族の魔力量は四大貴族である我々の魔力量をも凌駕する。そんな強力なカードがグリフォンデン寮に行ったとなると、グロブス殿下、フレミア嬢、インシグニア嬢と、今後五年、フェイルーラの世代はグリフォンデン寮が、どの教科でもトップを独占する勢いがあるな」


 王立魔法学校は五年制である。基本的には十五歳から二十歳までの五年を王立魔法学校で過ごす。『基本的に』である理由は、この王立魔法学校自体が国の中枢に食い込んでいる為、学校に受かる為に、他の魔法学校を蹴って、この王立魔法学校に受かるまで受験する者は騎士貴族ら、一般市民でも少なくないのだ。因みに領主貴族は受験免除だ。でなければ、俺が国内最高峰の魔法学校に通える訳がない。


 なんて事はどうでも良い。本当にどうでも良い。問題はグロブス殿下とインシグニア嬢が、一つ屋根の下で寮生活をすると言う事にある。当然、結婚前の男女が共に暮らすので、男子と女子の部屋がある場所は、寮の中央にあるエントランスや共有スペース、勉強部屋、訓練室、食堂などで分けられているが、自由時間などでは共有スペースなどで男女が語らう事は良くあると兄上や姉上が言っていた。これが問題だ。


「グーシー、車の用意を」


「分かりました」


「兄上、俺はもう一度グリフォンデン家に向かいますので、その事をテレフォンでグリフォンデン家へ伝えておいてください」


「は? 父上ではなく、グリフォンデン家にか?」


「そうです!」


 ✕✕✕✕✕


「夜分遅くに申し訳ありません。そして、面会の機会を頂きありがとうございます」


「随分と早い再会となったな」


 俺は今、アグニウス卿の執務室で、アグニウス卿と執務机を挟んで対面している。アグニウス卿の顔は……こちらへ胡乱な視線を向けている。夕餐の時にはアグニウス卿に合わせていたが、分館に戻って父上に何か吹き込まれ、慌ててここに戻って来たとでも思われているのだろう。


 因みに一緒に付いてきたグーシーたちは、執務室に入れて貰えなかった。俺は手ぶらで執務室におり、他にいるのは、アグニウス卿とその執事らしき人に、インシグニア嬢のお母上である黄土色の髪のあの女性だけだ。執務室に設けられたローテーブル周りのソファの一つに座っている。


「生憎だが、インシグニアはもう寝る時間でな。さっきの今で化粧もしていない素顔を見せるのも可哀想なので、君が来た事は知らせていない」


「はい。それは構いません。私がこのような夜分に来ましたのは、アグニウス卿と直接お会いして、事の真意を確かめたかったからなので」


「事の真意?」


 アグニウス卿の視線が鋭くなる。恐らく今回の婚約に関して。と考えていたのと違ったからだろう。


「分館に戻って兄より耳にしたのですが、何でもフレミア嬢から、グロブス殿下がグリフォンデン寮に入寮なされると伺ったとか?」


「ああ、その話か」


 ここにきて、俺が来た理由が分かったらしく、眉間の険が少し和らぐアグニウス卿。


「フレミアが第一婚約者となったのだ。グロブス殿下がこちらの寮に入寮される事は不自然ではないだろう?」


 何を今更。って顔だ。でも今更でもこれには懸念がある。


「でしたら、インシグニア嬢を我がヴァストドラゴン寮へ移して頂けないでしょうか?」


「……ほう?」


 恐らく俺の発言は、アグニウス卿からすると瓢箪から駒ばりの意外な発言だったのだろう。目がまん丸になって、それからこれまでよりも険しくなった。


「現第一婚約者がいる寮に王族の子が入寮されるのが習わしとなっているのは知っています。我が寮でも来年入寮するフィアーナ、そしてグロブス殿下の入寮に対して、あれこれ動いていましたから。しかし、これでは第二ではあったとしても、元婚約者であられたインシグニア嬢のお立場がない」


「だから、インシグニアをそちらへ移せと?」


 うっわあ、すっごい胡散臭いものを見る目をされている。まあ、学校寮の戦力を考えれば、インシグニア嬢をヴァストドラゴン寮に渡したくはないよな。でも、


「ヴァストドラゴン寮が駄目なら、タイフーンタイクン寮でも、ギガントシブリングス寮でも構いません。とにかく、グロブス殿下とインシグニア嬢を離して頂きたいのです」


 俺の目的はそこ・・なのだ。俺がいる時点で、ヴァストドラゴン寮はマイナス発進だからな。グロブス殿下やフィアーナが入寮したとて、他寮と同等になるくらいだろう。


「ふむ。フェイルーラ君は、そこまでしてインシグニアとグロブス殿下を引き離したい訳かね?」


 アグニウス卿の目が、俺の真意を探るようなものへ変わった。


「はい。今日、東屋で語らいをさせて頂いたのですが、インシグニア嬢は素晴らしい。その彼女が、…………私の婚約者が、寮で辛い生活を強いられると考えると、それだけで私の胸は張り裂けそうです」


「インシグニアが辛い生活を強いられる? 幾らグロブス殿下とは言え、衆目の中、インシグニアを邪険に扱う事はないだろう」


 …………やっぱり、インシグニア嬢はあの事をご両親に隠しておられたようだ。


「これも、東屋でインシグニア嬢から聞いたのですが、どうやら彼女は、我が妹、フィアーナとグロブス殿下が仲睦まじくしている傍で、曲を演奏し、歌を歌っていたとか」


「……………………は?」


 これには理解の外だったのだろう。アグニウス卿も顔を崩し、インシグニア嬢のお母上の方へ顔を向ける。


「エルサ」


「私の耳にも、そのような馬鹿な話は入ってきておりません」


 エルサ殿と言うらしいインシグニア嬢のお母上も、お茶のカップを手にしたまま驚いた顔で固まっている。


「俄には信じ難いな」


「私も。娘は王城のみならず、この王都に住まう者たちから、『歌姫』と敬われる程の自慢の娘です。そのような誹謗中傷は止めて頂きとうございます」


 アグニウス卿とエルサ殿が遺憾の意を示す。当然の反応だ。


「インシグニア嬢としても、己のそのような境遇を、ご両親の耳に入れるのは忍ばれたのかと」


 二人の強力な魔力の込められた視線が痛い。これだけで弱い魔属精霊なら死んでいるくらいの強烈さだ。


「今日会ったばかりの私の言葉が信用ならないのは理解しています」


「では帰り給え」


「帰りません」


 これに嘆息するアグニウス卿。


「フェイルーラ君。君のこれまでの行いは、君の父上の犯した馬鹿な行いのせいで自寮が不利となるから、その挽回に来たようにしか、私の目には映っていないのだが?」


「それはご尤もです。なので、私の話ではなく、インシグニア嬢の……」


「インシグニアをここへ呼べと!?」


 アグニウス卿の語気が強くなる。明らかにこの場からすぐに俺を立ち去らせたい意志を感じるが、ここで引く事は出来ない。


「いえ、インシグニア嬢の生活を間近で見てきた、彼女の侍女のお二人のどちらかでも呼んで頂けないでしょうか?」


「…………はあ」


 粘る俺に根負けしてか、それとも侍女から話せば、俺も納得すると思ってか、アグニウス卿は執務机の上にあったテレフォンの内線で、侍女を呼んでくれた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

黄金の魔導書使い  -でも、騒動は来ないで欲しいー

志位斗 茂家波
ファンタジー
‥‥‥魔導書(グリモワール)。それは、不思議な儀式によって、人はその書物を手に入れ、そして体の中に取り込むのである。 そんな魔導書の中に、とんでもない力を持つものが、ある時出現し、そしてある少年の手に渡った。 ‥‥うん、出来ればさ、まだまともなのが欲しかった。けれども強すぎる力故に、狙ってくる奴とかが出てきて本当に大変なんだけど!?責任者出てこぉぉぉぃ!! これは、その魔導書を手に入れたが故に、のんびりしたいのに何かしらの騒動に巻き込まれる、ある意味哀れな最強の少年の物語である。 「小説家になろう」様でも投稿しています。作者名は同じです。基本的にストーリー重視ですが、誤字指摘などがあるなら受け付けます。

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

ボンクラ王子の側近を任されました

里見知美
ファンタジー
「任されてくれるな?」  王宮にある宰相の執務室で、俺は頭を下げたまま脂汗を流していた。  人の良い弟である現国王を煽てあげ国の頂点へと導き出し、王国騎士団も魔術師団も視線一つで操ると噂の恐ろしい影の実力者。  そんな人に呼び出され開口一番、シンファエル殿下の側近になれと言われた。  義妹が婚約破棄を叩きつけた相手である。  王子16歳、俺26歳。側近てのは、年の近い家格のしっかりしたヤツがなるんじゃねえの?

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】

ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。 転生はデフォです。 でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。 リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。 しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。 この話は第一部ということでそこまでは完結しています。 第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。 そして… リウ君のかっこいい活躍を見てください。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...